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シニアの大先輩に質問です。
死ぬのは怖いですか?

私は歳をとると、死の恐怖感が薄まると思っていましたが、
人生の折り返しのいい歳になった今でも 変らず死は怖いままです。

もしかして60を超えても70を超えても怖いのでしょうか?
80を超えたら達観できるのでしょうか?

もしかして死ぬ直前まで、怖いままなのでしょうか?

最近は痴呆(ボケ)は、死の恐怖を忘れる必要な事であり、
(本人にとっては)幸せな事かも? と思いはじめました。

死の恐怖の克服について教えて下さい。

gooドクター

A 回答 (15件中1~10件)

死ぬの怖いと生きるのも怖くなる。

思う存分に生きられない。幸せとも言えない。自由じゃない。
死の恐怖はあらゆる心配事、日常茶飯の様々なネガティブな感情、憂いに潜んでいる。
死の恐怖が心に卵を産んでそれが孵ると悩みとなる。金や人生の苦悩もその陰に死が潜んでいる。我々は生まれてから、世の中に死を教えられる。ちょっと歩けば墓にあたる。
みんな死を信じ、それが宗教の様になってる。葬式とか戒名とか、商売の道具にしている。
だがここで死など存在せんと言ったら、おそらく、何を馬鹿なと言うだろう。それでも
それが真実だ。どこにある? 墓や葬式とか戒名があるだけじゃないのか?
おかくれになった。と昔の日本人がいった様に隠れただけだとわしは思う。
死はエゴが見てる幻覚だと、、、わしは今 a course in miracles の生徒である。
質問者さんもこの本を読まれることをお勧めする。開眼して自由になってください。
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心残りがあると、まだ死ねないとしがみついちゃうので、一つ一つ終わらせて行く。

会いたい人に会い、描きたい絵を描き、部屋を掃除して、おいしい物を食べ、旅行をし、家族の自立を見届け。

何もなさなかった自分という姿が、余りにも哀れなので、何か形を残す。大きな挑戦をする。

やるだけやった、と思ったらいつ事故死しても大丈夫。自分はまだやる事が多過ぎて達観できないけど。しかし子供二人出産した時点で、自分の役割は果たした、と思った。その後の育児のが死ぬより大変だった。(笑)
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死への恐れが全くないといえば、嘘になりますが、私はクリスチャンなので、人生の歩みの基盤が聖書の御言葉であり、一つ一つの出来事に後悔をしていません。



何が自分にとって大切なのか、それが明確なので、死への恐れが締め出されます。

世間の法則は時代と共に変わりますが、聖書は不変の真理です。


何よりも、私の神であるイエス・キリスト自体が自分の命を犠牲にしたのですから。
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29歳独身男性



私はある宗教を信じていますので、怖くありません。

死ねば、あの世に移行するだけで、あの世の生活に飽きたらまたこの世に移行するんだろうなあと思ってます。

死の先があるかないかは人それぞれですが、ないと思うと絶望と寂しさが募る日々になると思います。

一方、あると思うと、先に亡くなった両親、友人に会える楽しみでワクワクします。


なぜ、年をとると病気になりやすく、体が衰えるのかと思うことがあるのですが、もしかしたらこの世で生きることに嫌気をさすようにして、あの世への憧れを持たすためにあるのかなと思います。
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死ぬことよりも、年を取って中途半端に生きている方がつらいです。

体が不自由になり いずれ死ぬと分かっているのに多額の医療費が掛かり介護を含め家族に迷惑をかけるコトには耐えられません。迷惑をかけないうちに死ねる安楽死制度が出来たり、認知症が劇的に治るが副作用(例えば心臓発作)で突然死ぬ確率が50%の薬でも発明されないかと思ったりします。
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60歳代です。


時々考えますがどうしようもないですね。生きている間は時間の経過に身を任せるしかありませんね。私は健康に生きることしか考えていません。
死は精神と肉体からの開放ですから今悩んでいることあるいは病気があればそれから開放されます。私の父は癌で死ぬとき楽にしてくれといって延命治療を拒否しました。
達観とかその様な次元の高い話ではなく、ただ今の苦痛から逃れたいために拒否したのだと思います。死ねば灰になってこの世から消滅します。土に返ります。でもそのことは本人にはわからないことですから、恐らく苦痛とか恐怖は何にもないと思います。戦争でどれだけ多くの人がこの世に未練を残して死んで行ったか解かりませんがそのことは今生きている人が想像するしかない世界ですね。自分が死んだとき、自分のことを考えてくれる子供がいる。そのことが救いのような気がします。
回答になっていませんがどうしようもないと言うのが私の意見です。
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死ぬのが怖いし、避けられないので、


生きているあいだは、女房子供と幸せな生活を送ろう、
と心がけています。

精一杯、家族と楽しい生活したな、って、死ぬときに思えたらよいですね。
いつそうなるか分からないわけですから。
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60代、男子。



死に就いては、日に一二度は何となく考える今日この頃です。 でも結論は出ていません。

死に対する恐怖は、本能的なものなので死にそうになれば恐怖を感じ、その危険性を避けようとするのは脳が機能している限り当然のことで、克服というのは難しいことだろうと思います。

本能ですから、人間に限ったことではなく、どの動物(もしかしたら植物も)も死の恐怖(或いはそれに似たもの)はあるものと思います。 何故なら喪失を避ける行為がなされなかったなら、今その動物の種は存在しないからです。

日常何の危険性がないのに、死の恐怖に襲われるのはある種の異常で、自分自身もその類です。所謂パニック障害というやつです。頭ではこれは感覚だけなのだと判っているのに、生理は死の恐怖に晒されるのですから、本当に「嫌な感じ」です。ただ、30分以上は続かないのが救いです。

ボケれば死の恐怖は感じないということは聞きますが、ボケたくはないと思うのも本音です。データでは70歳で10%がボケるそうですが、意外と少ないようです。

今までの死に関する経験では、死に対する恐怖は「死ぬまで」治らないと思っています。ある意味それが生きている証拠だからです。 死んだ父は死ぬ直前に、ある宗教の信者から死後の国に就いて語るのを聞いていました。 多分、少しでも恐怖を紛らわせたかったのだと思います。
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例えば、超高齢者に、強盗が、金を出さねば殺す! と言った時


「私は、もう十分に生きたから殺して下さい。」

大きな地震が来た時、「私は、もう十分に生きたからこの儘で良いです。」
とは、絶対に言わ無いと思います。
死ぬ時はほんの一瞬で有ったとしても、未知の世界への旅立ちは恐怖そのものだから…

人生に於いて諦めは有っても、達観なんて有りません。
高僧などが達観した振りを見せますが、色や欲への執着は並の人間と少しも変わりません。

死の恐怖への克服は、人生を諦めた時、諸々の絆を諦めた時。

死への恐怖が有るから人は生きているのです。

国家が老人は邪魔だから、60歳を過ぎたら皆しんで貰いますと、おふれを出したら60歳のひとは、70歳からにしてくれと言う、70歳にと決めたら、80歳からにしてくれと言い80歳にしたら90歳に…
100歳の人でも110歳からにして欲しいと言うでしょう。

安楽死は、本人が望まなければ、国家が決める冪では無いと思う。
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呆けたら本当に死に対しての恐怖心が無くなるのでしょうか、
呆け老人の首を絞めたら、恐らく、
たすけて~と、命乞いの声をあげると思います。
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>シニアの大先輩に質問です。


>死ぬのは怖いですか?

大先輩でもありませんが…(還暦目前)
個人的には、死ぬのは、ちっとも怖くありません。
というか、ダラダラ生きるほうが怖い。

ただ、苦痛が怖いだけです。
ですから、1日も早く法律で安楽死を認めて欲しいと思っています。

>死の恐怖の克服について教えて下さい。

「男も女も、金持ちも貧乏人も、善人も悪人も、賢人も愚か者も、この世の誰一人避けて通ることの出来ない道、それが『死』である」
と思ってはいかがでしょう?

皆が通る道であれば、貴方も通らざるをえません。
心安らかに通っても、恐怖に戦きながら通っても、同じことなんです。
行く先は同じですから(笑

あまり恐れることはありませんよ。
それよりも、虚しく死ぬことをこそ恐れて下さい。
やりたいことをやって、満足して死にましょう^^
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