私は人の幸せを喜ぶことが出来ません。

私は彼の子の中絶を強要されました。

その後、その彼自身もうつ病を患った後、原因不明で亡くなってしまいました(中絶のことと彼の死は関係ありません)。

特にそれから「結婚」「妊娠」「出産」等のキーワードに触れると死にたい気持ちになります。

もちろん、表面上祝福しているように繕うことは、やろうと思えば出来ますが、本音として祝福の気持ちを持ったことはありません。

彼の一周忌が近く、彼の親友だった方と連絡をとっていたのですが、その方が突然「最近子どもが生まれた」という話をされ、私はデリカシーを疑いました。

彼が亡くなったこんな時にすぐ子どもを作れることにも、私の中絶のことを知っているのに私にそんな話が出来ることにも絶望しました。

私自身、とても醜いことだと思っています。

このような心を持っている限り、幸せにはなれないと思います。

でも、これが正直な気持ちです。

どのようにすれば自分も無理をせず、心から相手の幸せを喜んであげられるようになるのでしょうか?

A 回答 (4件)

自分の弱点を言える素直さがあるのは、救いと思えます。


人の幸せを喜べなくとも気にしないで良いでしょう。

自分の心がリラックスできる状態に持ってゆきましょう。

自分に不向きな事にあえて進む事などしない方が良いでしょう。

結論を急がず、解決出来ない事を無理して努力する必要は今はないと見えます。

この回答への補足

ご回答ありがとざいます。

「今は仕方ない」「私がそういう人間なのではなく、今はそういう状態なのだ」という考え方も必要かも知れませんね。

そうでないと自分が許せなくなってしまいそうです・・・。

補足日時:2011/04/28 15:23
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そんなのたった一年じゃとても心の傷は癒えんですよ。

私がいえるのはそれだけです。一般的に三回忌くらいまではやりますから、やっぱり人の死は少なくとも二年(三回忌は数え年で計算します)はかかるってことでしょうね。もちろん、人によってはもっとかかっても、場合によっては一生続いても不思議ではありません。

歌手のちわきまゆみさんはご主人となった男性が君は歌を歌えといったので歌手をやっていたそうです。そしてそのご主人が病気で亡くなったとき、彼女は歌う理由を失いました。火葬場でお棺にすがりこのまま一緒に自分も焼いてくれと泣き叫んだといわれる彼女は以来、表舞台から去り二度と公けの場に現れることはありませんでした。しかし今でもご主人のお墓は花が絶えることはないそうです。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。

私が中絶手術を受けてからは4年近くになろうとしていますが、悲しみは減るどころか増えています。

私に事情があるにしろ、それと人のことは切り離して考えなければならないと思いつつ、それが出来ずにいました。

でもやはりこの感情(人の幸せに対して不快に思うこと)も彼らの死に起因していて、傷が癒えるまでは(そんな時が来るとは思えませんが)仕方のない部分があるのですね。

補足日時:2011/04/28 15:32
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お辛い経験をされましたね、心中お察し致します。



まだ過去の事に出来ない位の体験かも知れませんが、人生必ず明るい光が差し込んで来る時があります。

辛い事は早く忘れて他人の幸せを喜べる人間になって下さい。陰ながら応援させて下さい。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。

過去にはならないし忘れることなど出来ないと思いますが、自分の幸せが見えなくなった以上、人の幸せを喜べないと世界は絶望でしかなくなってしまいます。

どうにかそこだけは改善したいです。

補足日時:2011/04/28 15:15
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被災地へ行って


ヴォランティアで
お役に立ってくれば、
人を慈しみ尊重する精神が
育まれ、そのプロセスで
徐々に
心の健康が戻ってくるでしょう。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。

それも一つの方法ですね。

ただ、私は先述の事情もあり、今回の震災についてすら被災者の方が聞いたら気分を害されるような思いを持ってしまっています。

本当に自分は醜いと思います。

補足日時:2011/04/28 11:44
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