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政治学者や行政学者が、いわゆるアジェンダセッティングの重要性を指摘し、原案起案者の問題設定がその後の意思決定過程の大きな枠組みを規定することが多いといった意味で、「原案は七分の利」ということを言いますが、これまでにこの言い回しのそもそもの出典を聞いたことがありません。何か由来や出典を御存じの方がいらしたら教えてください。

A 回答 (1件)

七分の利、というのはちょっと聞いたことが無いんですが



仮定による前提の設定をした時に、その仮定が結論を含んでしまっている場合は
その影響力が極めて大きいこと、そしてそれが否定されるべき詭弁や誤謬の一種
であると最初に示したのはアリストテレスのオルガノンの一つ、
Analytica Priora(分析論前書)にある、いわゆる『論点先取』だと思います。

どんなものかというと、たとえば、万能の神は居ると仮定する。神は万能なのだから、
存在しつつ、存在を隠蔽できる。よって神は観測されなくとも存在する、などなど。
本質的には循環参照の誤謬を含んでおり、見ての通りの詭弁となるわけです。

もちろんここまであからさまに見たままの詭弁となる例は、単語の定義がされていれば
起こりにくいんですが、一見して誤謬に気付きにくく問題を設定されると、
さらっと流して信じてしまう人もいるわけです。



つまり、七分どころか問題の設定という行為は、扇動の方法として
十分の力を発揮しうるものであるのです。
アジェンダが結論から導き出されたものであるのならば、
アジェンダを設定して、その議論が始まった時点で、もう論争には勝ったようなものです。
(もちろん論点先取を指摘されると破綻しますけど。アリストテレスの論点もそこにあるわけです。)


そこを七分とあえて言うのは、怪しげな自己啓発セミナーとか偽コンサルタント
の自己弁護の逃げ道であったり、説得の技法(十分と言ってしまうと人は中々
騙されてくれなくなるわけです。)がさらにブレンドされちゃったんじゃないでしょうか。
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