ここから質問投稿すると、最大4000ポイント当たる!!!! >>

開戦劈頭の無敵零戦(零式艦上戦闘機)伝説は、おそらくポートダーウィン上空の航空戦で当時世界屈指の高性能機と謳われたスーパーマリン スピットファイアに圧勝したと伝聞されたからだと思います。英国のスピットファイアはヨーロッパ上空でドイツのメッサーシュミットBf109に勝った、そのスピットファイアに勝った零戦が世界最強という図式です。
でも果たして本当にそうなんでしょうか?零戦がオーストラリアで勝利したスピットファイアは当時は既に旧式となっていたMk. V型でしかも北アフリカから配備された砂漠仕様の機体をオーバーホールしたもの、南太平洋の環境に決して適していなかった。搭乗員は未経験なオージーパイロット、対する零戦隊側は歴戦の熟練パイロットで編成しています。これで勝ったと言っても機体性能云々を語れるデータとしては不十分だと思います。
もし零戦がヨーロッパ戦線で戦っていたら、開戦当初あれ程の連戦連勝を続けられたでしょうか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (15件中1~10件)

まあ、漫談です。




メッサーシュミット109は、欧州で負けた、とのことですが、バトル・オブ・ブリテンの主役E型は、単発戦闘機だけの損耗率でみると、英国戦闘機に対して2対1で勝っています。F型はカタログ・スペックだけみたら武装も少なくなりチョロそうですが、実はプロペラ軸を通したモーター・カノンの実用化に成功し、せまい機首に全火器を集中配備できたので、決してチョロくなく、ドイツ空軍で唯一、全てのスコアが西側機材のエース、ハンス・ヨアヒム・マルセイユはこのF型を使っています。そのF型の武装を強化したG型から、戦争オシマイの時期のK型までつくって使ったのですから、これはこれで傑作です。
事実ドイツ航空省の試作要求に「空戦性能において劣らないこと」と明記してあり、低速でフラップ使って回転すれば、いわゆるドッグ・ファイトでも有用な飛行機です。
戦後、アメリカの高名なテスト・パイロット、チャック・イェーガーはBf109を、小さいがその分人馬一体感のある戦闘機でこれに比べればムスタングは鈍重だと発言しています。


零戦ですが、飛行機を使う一番危険な環境である航空母艦向けの戦闘機なので、着陸が非常にしやすい(車輪と車輪の間、トレッドが広い)、低速・低高度でも失速しない、しても回復がはやい。視界がいい。といった、飛ばすのにいい飛行機でした。かつ、日本の塗装技術は実は欧米より高く、必要な分をうすく、すこし塗ることで、塗料の分の軽量化までしています。で、このような努力は海軍が出した、500キロ以上、A5、つまり九六艦上戦闘機に空戦性能でおとらない、航続距離エンジン全開で1時間以上、をクリアさせるものでした。
で、これが見落とされることが多いのですが、零戦への戦闘分野での要求は、敵攻撃機撃滅と敵観測機の排除でありました。これは拡大解釈すると、自分のいるところで敵機を活動させない、ということになり、結果として敵戦闘機にも強いA戦闘機、艦上戦闘機ができたのです。


欧州のスピット・ファイア、Bf109は、1935年前後のデビューで、日本で言うなら九〇式艦上戦闘機の世代にあたります。実用化を勘案しても九六式と同時期の戦闘機なので、零戦の方が進歩した飛行機である部分があって当然です。


なので、欧州で零戦は時期的にいろいろ間に合わないのでムリです。出したら、未来戦闘機現る! になります。でも、出したら滞空時間が長いので、味方の制空権奪取につかえたのではないかとは思います。


スピット・ファイアにかぎらず液冷エンジン戦闘機は被弾に弱く、ラジエターにヒットしたら必ず落ちます。その点、星型エンジンはタフで、シリンダ1本なくなっても回っているなどという話はよくある話で♪ 太平洋戦線のスピット・ファイアは欧州で使うべき機材でした。負けて当然です。
このときの零戦は一部で評価が高くないといわれる三二型なんですが、三二型はロール率が早く、速度も携行弾薬も増加している、デビュー時にはガダルカナル戦とはいえ基地はブインに移っていたのでガダルカナル上空でも三〇分以上作戦ができ迷惑を被った連合軍は零戦の後継機がでたとかんちがいして、三二型をZeroではなくHampという別コードつけていたほどです。


蛇足ですが、ムスタング、すごい戦闘機ですが燃料タンクの操作系統が不必要に複雑で、あのタンクが空になったらこのタンクからでその時はこのコックひねって、次はこれで、と長距離飛ばすのが意外に苦労で、編隊からはぐれたら航法をまともにできなくなる欠点がありました。F4Fは発艦したらすぐ、手回しでクランクを44回転させて車輪を引っ込めなくてはならず、失敗したらガーッと車輪がまた出てしまうという、ちょっとコツのいる飛行機でした。スピット・ファイアは初期の型式だとキャブレターを使っていたので、マイナスGがかかるとエンジン・トラブルがおきるという欠点がありました。零戦は燃料の配管に工夫をし、Bf109は直噴だったので、そのような問題はありません。


つまり、相手の得意なところ、高度、天候、支援システムのもとで空戦をすれば、どんな飛行機でも圧倒的に不利になります。Me262でも着陸時を狙われればイッパツでした。

二次大戦最高のエース、エーリッヒ・ハルトマンは、インタビューにこう答えています。

「敵機が多かったら、その時はどうしますか?」

「今日は運が悪かったとあきらめて、帰ります」

おあとがよろしいようで。
    • good
    • 5

日本軍による第1次攻撃の参加機数は零戦21機、艦爆21機、艦攻20機で合っているが



日本側の損失は
零戦:被撃墜7(3)機、不時着2(2)機
艦爆:被撃墜11(7)機、不時着6(6)機
艦攻:被撃墜10(2)機、不時着6(6)機

米側の損失は
F-4F:被撃墜5(5)機

が実際のデータ
()内は空戦での損失
F-4Fの目標はあくまで艦爆と艦攻で零戦と遊んでる暇がない


逆に米軍の第1次攻撃では
参加機数F-4F8機、SBD30機、TBF6機

日本側の損失
零戦:被撃墜5(5)機、不時着1(1)機


米側の損失
F-4F:被撃墜2(2)機
SBD:被撃墜2(2)機



南太平洋海戦は日本側の航空機と操縦者の損失が米側よりかなり多かった戦い
    • good
    • 2

>ヘンダーソン飛行場への一点攻撃のようなものでなく幾重ものドイツ空軍の防空ラインを突破して中部、東部ドイツへ爆撃機を護衛していった零戦より航続距離のあるP-51の操縦者はある意味超人的ですね



目印のある、しかも不時着&脱出可能な陸上と方角を間違えたら死の洋上では疲労が違うと思います。

そもそも、私が語っているのは、長駆して披露している日本と待ち構えているアメリカではどちらが全力を出せて有利かということですよ。

P-51の操縦者も、連日休みなく1000キロ飛んで、敵が待ち構えている同じ箇所に突っ込め甚大な被害が出るのではないでしょうか。

毎日、目標が変わる爆撃の護衛と、同じ箇所を爆撃する護衛、どちらが損害が出やすいか、また守りやすいかは少し考えたらわかることだと思います。



また私が例を挙げた南太平洋海鮮についてですが、どうして全体の損失しか見ないのか理解に苦しみます。

ここで論点になっているのは艦隊の防御力の話ではなく、戦闘機同士の話です。
なので、南太平洋海鮮で起こった純粋な空中戦を見ていかなければいけません。
というか、例として南太平洋海戦を挙げたのは、この空中戦が行われたからです。



6時40分、日本軍第3艦隊より発進した第一次攻撃隊(零戦21機、九九式艦爆21機、九七式艦攻20機)と、「エンタープライズ」より発進した第二次攻撃隊(F4F戦闘機8機、SBD急降下爆撃機3機、TBF雷撃機8機)が、空中で鉢合わせします。

分派した零戦9機(第一次攻撃隊はそのまま目標に)とエンタープライズ第二次攻撃隊が交戦、F4F戦闘機6機とTBF雷撃機8機を叩き落しています。なお、零戦の被害は0です。


これを圧勝と言わずになんというのでしょう?
    • good
    • 3

No.10さんへ




零戦は長距離戦闘可能にしたところが利点なのでは?
それで操縦者の疲労云々言うのであれば
ヘンダーソン飛行場への一点攻撃のようなものでなく
幾重ものドイツ空軍の防空ラインを突破して中部、東部ドイツへ爆撃機を護衛していった零戦より航続距離のあるP-51の操縦者はある意味超人的ですね


あと南太平洋海戦について

海中投棄機数を除いた双方の損失数は()内は空戦による損失
日本側
零戦:被撃墜15(13)、不時着9(3)、計24(16)
99艦爆:被撃墜30(15)、不時着11(8)、計41(23)
97艦攻:被撃墜22(6)、不時着7(7)、計29(13)

米側
F-4F:被撃墜13(13)、不時着10(1)、計23(14)
SBD艦爆:被撃墜2(2)、不時着8、計10(2)
TBF艦攻:被撃墜3(2)、不時着16、計16(2)


零戦の圧勝とはいえないと思いますが
しかも基地攻撃と違い基地防衛や空母同士の戦闘の主任務は戦闘機の撃墜でなく
基地や空母を攻撃する爆撃機や攻撃機の撃墜
となると零戦よりF-4Fの方がはるかに仕事をしていると言えます

勿論、艦船損失は米側が悪いのはまだ発展途上であった米側防空管制の過失と米側攻撃隊の未熟さであることは否定しませんが
    • good
    • 0

さて回答ですが、1942年までは優位に戦えたのではないでしょうか。



もし、日本の航空兵団がドイツに派遣されていたら、バトルオブリテンでドイツが勝ったかもしれません
ね。

あと、Mk. V型を旧式といったら零戦も旧式になると思います。
    • good
    • 3

NO7さん。



ラバウルから、ガダルカナルまでどのくらい距離があるか考えてください。
連日休むことなく、遠距離を長時間、狭い密室で神経を尖らせながら移動をして戦闘をする日本軍と、敵が来るまで体力を温存しておける米軍ではどちらが有利か・・・

もはや機体やパイロットの優劣以外の問題と思いますよ。

事実、南太平洋海戦での零戦vsF4Fでは零戦が圧勝してますよ。
    • good
    • 0

兵器の評価は、


「どちらが強いか」という相対評価ではなくて、
「任務を達成できたか」という絶対評価であります。

また、のこぎりにも、金属用と木材用では違うように、
戦闘機にも使用目的による違いがあります。

おおざっぱに四捨五入すると、

零戦は、
空母から飛び立ち、味方の爆撃機等を守りながら、時速約300kmほどの巡航速度で数時間飛んで、
1日1往復の飛行をします。これが任務。

メッサは、激戦になると、
基地から飛び立ち、500km以上の巡航で、分単位で、戦場との間を一日に何回も往復します。これが任務。

零戦はヨーロッパの戦場、特に短距離の戦いが多く、また、地上からの攻撃も多い、独ソ戦には向きません。
また、通常のメッサも、航続距離が短く、空母で使用できないので、太平洋では使えません。
それぞれの任務が違いますので、
「どちらが強いか」なんて比較は無意味です。

総論として、平凡な結論。
零戦は、初戦の任務を達成し、勝利に貢献した大戦初期の名戦闘機。初期だけ。


長距離を飛ばすためには、
(1)巡航速度を落とす。空気抵抗は速度の2乗に比例しますので、単純計算では巡航速度は、航続距離に反比例します。
(2)主翼に燃料タンクを入れる。燃料タンク内の燃料を消費するまでは、機体が重くなります。また、被弾の際に燃えやすくなります。
(3)空気抵抗や重量を落とす。

航続距離を伸ばすことはさほど難しくはありません。燃えやすくて、巡航速度も遅くて良ければ。
現に、メッサにも長距離タイプがあります。量産しませんでしたが。

スピットもメッサと似た任務の戦闘機です。

ムスタングは、巡航速度440km。零戦の長距離とは質が違います。恐るべきマーリンエンジンと、層流翼。
    • good
    • 1

No.6です。

補足ですが、文章を確認せず投稿したので、意味は通じるかもしれませんが、文章中に誤字、脱字が多いことをお詫びします。この年になってお恥ずかしい。創造は想像です。この話し大部分は私の記憶では、NHKの番組で放送されたものですから、興味があるなら、オンデマンドで観れるかもしれません。後は、私が子どもの頃読んだ本でペロハチはぺロリと撃墜できるからだそうです。子ども頃ゼロ戦のプラモデルを良く組み立てたのもです。しかし皆さん、本当にお詳しいですね。生半可な回答ですみません。
    • good
    • 0

ガダルカナルに米軍が上陸し占領したヘンダーソン飛行場に米海軍カクタス飛行隊が編成されました


平均飛行時間平均40時間の新米飛行隊で主力戦闘機は《日本では》零戦より劣るといわれるF4F

一方、日本側の主力飛行隊は平均飛行時間2000時間以上のベテラン揃いの台南空


双方とも《特に日本側の》戦果誇張があるのでそれを省き、双方の自軍損失機数を示すと

8~9月の戦闘で
《のべ参加機数》
日本側:零戦293機、その他265機
米側:F4F229機、Pー400 4機
《損失機数》
日本側:零戦20機撃墜、6機不時着
その他21機撃墜、9機不時着
米側:F4F13機撃墜、2機大破
Pー400 4機撃墜

8~9月のガダルカナル航空戦は16回あったが、吹聴される《零戦神話》とは違い、1回のみ除き常に日本側が機数の数的優位にありながら敗れている


10月25日の航空戦では
日本側が台南空の零戦28機の他陸攻16機
空母準鷹の零戦12機、艦爆12機
空母飛鷹の零戦12機
以上零戦52機、陸攻16機、艦爆12機でガダルカナルへ大挙来襲した
それに対しカクタス飛行隊は僅か20機のF4Fで迎撃
結果

日本側の損失:零戦11機撃墜、陸攻2機撃墜
米側の損失:F4F2機撃墜
の米側の圧勝に終わっている


誇張された戦果報告を除き双方の損失報告をもとにすると零戦神話のほころびが見えてきます
    • good
    • 1

歴史カテゴリに久々投稿します素人です。



私はネットであまり検索してませんので、もう、当たり前のことを書いていたらごめんなさい。

ゼロ戦。

日本はすばらしい技術の結晶ですね。スピード。回転半径の小ささ。

でも、航続距離を持たせるための軽量化のため、欠点。

急降下すると、機体がこわれる。

日本軍も使用前からわかっていたそうですが、名前は忘れましたが、どこかの島に無傷で落ちていたゼロ戦をアメリカ軍に徹底的に研究さればれてしまった。

アメリカ軍は、日本の操縦席の防弾ガラスが操縦者を守るだけの重く厚いものではないことに、クレージーだと感じたそうです。

そのため、アメリカとの会戦当初は日本軍のゼロ戦のパイロットにぺロハチと呼ばれていたP38も、終戦まじかでは、ゼロ戦と戦う時は急降下で逃げ、操縦席に向かって、弾丸を撃ち込むという戦術にやられたてしまうようになってしまったそうです。

資源不足のため、ラバウルに配備された、羽の端を切った、改良型ゼロ戦は航続距離が出ず、あまり敵地で長く戦えなかったらしい(間違っていたらごめんなさい)。

とにかく、ゼロ戦は、中国の奥地や南方で戦うため、なんとしても航続距離を持たせるために考えて造られた日本ならではの名機で、ヨーロッパで戦うとしたら、戦術を変えて、当時の日本には、さらに性能のいい違った名機を造り出すだけの技術が日本にはあったのではないかと創造します。

戦争は反対ですが、、物造りの技術大国日本頑張ろう!
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q第二次世界大戦頃までの戦闘機乗りの生還率は?(撃墜王の事が知りたいです)

撃墜王なる言葉がありますが
調べて見ると5機墜とすと与えられた称号らしいです、もちろん諸説ありますが
5機墜とす位は熟練パイロットなら出来るのでは?なんて思いましたが
たぶんこれはTVゲームしてる感覚で捉えての結果だと思います
全然ピンときません
生涯戦闘で5機でエースなんて呼ばれるって事は
ものすごく生還率が悪かったと予想出来るのですが・・・

撃墜王って呼ばれるにはかなり大変だったのでしょうか?
また太平洋戦争までの生還率など
素人に解りやすく教えて頂ければ幸いです
よろしくお願い致します

Aベストアンサー

直接的な回答ではありませんが、
アメリカ軍の集計では
・エースは総パイロットの1%に満たない
・しかし、全撃墜数に於けるエースのシェアは40%位
・トップ・エースは生存率も高い(米軍の場合、20傑中戦死者は3人だけ)
という結果が出ています(これがアレグレッサーなどの摸擬空戦を重視する訓練へと繋がっていく)。

 つまり、パイロットになると、大体は戦果を上げることなく敵に喰われる。その時点で運が良いか、技量がいいものは生きのこり、やがてエースになるか、運が良いだけでなんとか生きのこる「その他大勢」になるか、という事になるわけです。

 ただし、生存率に関して言えば、国によって条件が異なり、落とされても歩いて自陣に返ってもう一回出撃、なんて恐ろしいことが平気で起こるWW2のドイツ(3桁級がゴロゴロ。肋骨負っても再出撃した奴もいた)、ローテーション態勢がしっかりしていて、それほどスコアを伸ばせないアメリカ、洋上を長距離侵攻が多く必然的に死にやすい日本など、「その国の事情」があるので、一概には言えません。

 なお、現在ではそもそも空戦自体がほとんど発生しないので、撃墜経験のあるパイロットの方が希少です。最後のエースは1986年のイラン空軍人でした。もう20年以上前の話です。

直接的な回答ではありませんが、
アメリカ軍の集計では
・エースは総パイロットの1%に満たない
・しかし、全撃墜数に於けるエースのシェアは40%位
・トップ・エースは生存率も高い(米軍の場合、20傑中戦死者は3人だけ)
という結果が出ています(これがアレグレッサーなどの摸擬空戦を重視する訓練へと繋がっていく)。

 つまり、パイロットになると、大体は戦果を上げることなく敵に喰われる。その時点で運が良いか、技量がいいものは生きのこり、やがてエースになるか、運が良いだけでなんと...続きを読む

Q四式戦闘機、五式戦闘機、紫電改どれが最強だと思いますか?

四式戦闘機(疾風)、五式戦闘機、紫電改どれが最強だと思いますか?私は急降下速度と20ミリ機銃胴体装備の点で五式だと思うのですが・・・

Aベストアンサー

私の持っている本に、No.3の答えの記載とおなじで、「戦後の米軍の調査で日本の陸海軍戦闘機中で四式戦(疾風)が最優秀と評価された」と書かれています。
五式戦、紫電改の生産機数がそれぞれ約400機に対し、四式戦は約3300機と多く、実戦を経て改良が良くなされている為と思われます。
性能的にはたいした差はないでしょう。

Qゼロ戦とムスタング51が空中戦したら性能的にムスタングの圧勝になります

ゼロ戦とムスタング51が空中戦したら性能的にムスタングの圧勝になりますか?それともパイロットの技量や飛行機の位置取りにより違ってきますか?何かデザインを見るとムスタングはプロペラ機の集大成みたいに思えるのですが、どうでしょう??

Aベストアンサー

このように、現代ではありえない空中戦を推測するというのは楽しいですね。
私は元戦闘機設計技師の弟子で、ただの戦闘機マニア、格闘技マニアです。

まず、当時の記録では、機体の性能以前に、ゼロ戦のパイロットの技量、ガソリンの質、敵機の情報、戦闘機の数量というすべての面で日本軍側が圧倒的に劣っていたので、結果的にムスタングの圧勝だったので、その印象が強いようですが、
さて、それらが完全に同条件になった場合はどうでしょう?

空中戦の場合必要な要素というのはたくさんありますが主に「戦闘機の性能」「パイロットの技量」で考えると、
性能面では、設計がより新しいムスタングが、速度、上昇力、武装、防御力で多くの面で勝っていますが、
ゼロ戦の場合は、「旋回性」という非常に重要な要素が勝っています。

では、意外と検証が難しいのは「パイロットの技量」です。
単純に「双方同程度の熟練者」と言ってしまえば簡単なのですが、
熟練したパイロットというのは、
●自機の性能を限界まで使いこなせる、
●敵戦闘機のことを熟知している、
●敵パイロットの癖を熟知している、または最初のわずかな戦闘で、敵パイロットの癖を見極める能力が高い。
●戦闘の長時間の緊張に耐えられる精神力
●周辺の情報を察知する認知能力
などかなり多くの要素が必要となります。

同じ戦闘機とはいえ、そもそも機体の設計思想が全然違うので、格闘技でいえば剣道とフェンシングのような異種格闘技みたいなものですから
重視すべきは、敵戦闘機の性能の熟知度と敵パイロットの癖の熟知度が意外と大きく影響すると思います。

例えば、人間の格闘技では以下のようなことがよくあります。
AさんはBさんより強い、BさんはCさんより強い、CさんはAさんより強い。
じゃあ誰が一番強いの?ってなりますよね。
これは相手との愛称の良し悪しと「特定の敵をどれくらい知っているか」によるからなのです。

以上のことから総合的に推測しますと、「理想的熟練パイロット同士の1対1の戦闘」の場合、
主に有利な攻撃ポジションを得やすいムスタングが攻撃するのをゼロ戦はその旋回性を生かして守勢にまわりつつ反撃するチャンスを伺って攻撃するというパターンになりそうです。
結果、なかなか勝負は決まらないまま長時間の戦闘になり、最終的にはより強い緊張感を強いられるゼロ戦パイロットの集中力低下から敵に攻撃チャンスを与えてしまうという結果になりやすいのではないしょうか?

おそらく10回勝負すれば、6:4かせいぜい7:3位でやはりムスタングの勝率が高いかなという気がしますが、
ムスタングの圧勝ってことは絶対にないと思います。

ちなみに、趣味のコンバットフライトシュミレーターではゼロ戦のほうがムスタングに圧勝しました。
一応実機の性能を設定したプログラムをされているはずなので、あまりでたらめではないとは思いますが、
私の技量を考慮してもレシプロ機の格闘戦において旋回性がいかに重要であるかを実感させられました。

添付画像は1995年にムスタングとゼロ戦が同時離陸したときのものです。
ゼロ戦の軽さを感じました。
あ、私はゼロ戦はあまり好きではないので決してゼロ膳贔屓な意見ではありません。

このように、現代ではありえない空中戦を推測するというのは楽しいですね。
私は元戦闘機設計技師の弟子で、ただの戦闘機マニア、格闘技マニアです。

まず、当時の記録では、機体の性能以前に、ゼロ戦のパイロットの技量、ガソリンの質、敵機の情報、戦闘機の数量というすべての面で日本軍側が圧倒的に劣っていたので、結果的にムスタングの圧勝だったので、その印象が強いようですが、
さて、それらが完全に同条件になった場合はどうでしょう?

空中戦の場合必要な要素というのはたくさんありますが主に「戦闘...続きを読む

Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む

Q戦闘機や航空基地 : どうして陸軍と海軍でバラバラだった?

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが ・・・

それと、海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか? 

もちろん、戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。

たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?

歴史書を読んでいて、ふと感じたので質問させて頂きました。

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では「イエス・サー」といいますが、海軍では「アイ・アイ・サー」といいます。かように「はい」という答えひとつでも違う言い方をしたがるほど陸軍と海軍はときに対抗します。いわんや航空機の仕様については他の方も回答されているように陸軍と海軍では要求するスペックが違いますから自ずと機種が違ってきます。
それは現在でもそうで、例えばアメリカ空軍が使うF-16と海軍/海兵隊が使うF-18は大きさといい性能といいよく似ています。大きな違いは、F-16が単発エンジン、F-18が双発エンジンという点です。一時期、海軍でもF-16を採用してはどうか、という声も上がったのですが、海上で活動することが多い海軍機はエンジンがひとつ故障(あるいは損害)を受けてももうひとつのエンジンで基地や空母までたどり着ける可能性がある双発機のほうがふさわしいとのことで海軍/海兵隊はF-18を採用しました。しかし実際は長年米海軍とお付き合いのあるノースロップ社の「ロビー活動」のたまものです。

合理的精神の塊であるアメリカ人でさえ空軍(陸軍)機と海軍機の統一ができません。ロバート・マクナマラが機種を統一しようとしてF-111という戦闘爆撃機を作りましたが、これは海軍と空軍の猛反対を押し切って強引に進められたものでした。海軍はよっぽど気に食わなかったのか、何かと理由をつけてちゃっちゃとF-111を退役させました。

今でも、ゼロ戦と隼とどっちが優れているか議論させたら答えは出ませんよ。カタログスペックではゼロ戦が優れていますが、ゼロ戦はかなりクセの強い戦闘機だったようです。じゃじゃ馬だったんですね。それに比べると隼のほうがはるかにマイルドで乗りこなしやすかったそうです。ゼロ戦はホンダ車、隼はトヨタ車みたいなもんだったのかもしれません。

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では...続きを読む

QB29の迎撃に活躍した戦闘機

B29の迎撃に活躍して
最も多くのB29を撃墜破した戦闘機は何でしょうか?
月光ですか?
屠龍ですか?
それとも雷電でしょうか?
またどのような性能がB29の迎撃に適していたかも
教えて下さい

Aベストアンサー

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するようになります。小林照彦戦隊長率いる244戦隊は部品の補給、整備も行き届いていたため他隊に比べ稼働率も高く、また攻撃精神旺盛なためB29の迎撃に活躍しました。震天制空隊による体当たりをはじめ、通常の攻撃でもB29を撃墜しています。小林戦隊長自らB29に体当たりで撃墜し、生還するなど244戦隊は敗戦までに撃墜84機(うちB29 73機)撃破94機(同92機)と言う戦果を上げました。
 
 水冷エンジンについては工業力が追いついていないのを無理して使ったというのが一般的ですが、ただ単に今までの日本機のほとんどが空冷エンジンであったため整備員が不慣れであったと言う話も聞きます。同じく水冷エンジンの彗星を装備した芙蓉部隊は整備員の努力により高い稼働率を維持していました。
 
 B29の迎撃に必要な性能は高高度での飛行性能、速度、高い上昇力、加速性、火力など格闘戦性能より一撃離脱に適した機体が良かったと思います。

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するよう...続きを読む

Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む

Q零戦と隼

ベタな質問で申し訳ありませんが、
迎撃などの局地戦闘機として運用する場合、
零戦と一式戦隼はどちらが優れた戦闘機といえるでしょうか。

Aベストアンサー

対爆撃機戦闘では、一般的に20mm機関砲を装備した零戦の方が有利です。
しかし、大戦後期の零戦52型乙、丙といった火力と防弾を強化したものは重量の増加で飛行性能が低下、それに反して改良された隼III型は性能で零戦に逆転、事実パイロットに好まれていました。翼面積が大きく軽量ゆえ、同時代の日本戦闘機としては高高度性能も良い方でした。
また隼は零戦と異なり、I型当時から防濡タンクを装備、II型の途中からパイロット背面の防弾板を装備しており、末期まで防弾装備の無い零戦より防御力に勝っていました。

現代の我々が手軽に比較する方法として、リアルなデータに基づくフライトシム・ゲームを試してみるというのもあります。最近、PacificFightersというゲームの日本語マニュアル付きが発売されましたので、お勧めです。

Q紫電と零戦のちがい

紫電は航続距離の短い局地型戦闘機で、零戦は航続距離の長い艦上戦闘機じゃないですか。この二つってどう違うんですか?発動機や装備が違うんですか?

Aベストアンサー

紫電は水上戦闘機「強風」を陸上機化した機体で1942年末に試作機が完成しています。発動機は誉二一型で、20ミリと7.7ミリの機銃が二つずつと60キログラム爆弾4個もしくは250キログラム爆弾2個を搭載しています。
零戦との違いですが、これは零戦と紫電の違いなのか、局地戦闘機と艦上戦闘機の違いなのかはわかりませんが、後者で行くと元々海軍には戦闘機は艦上戦闘機のみでした。しかし、艦上戦闘機は狭い空母の甲板で離着艦をするため、それが性能向上のネックとなっていました。中国戦線で国府軍の高速戦闘機に手を焼いた海軍は性能に制限がつかない陸上専用の戦闘機を開発することにしました。それが局地戦闘機です。局地戦闘機は基地上空の防衛が任務なので航続距離が短めとなっています。
対して、艦上戦闘機は広い洋上で敵空母部隊を発見して攻撃するため、ある程度の航続距離が必要となりますが、零戦の場合は陸上攻撃機の護衛という任務もあるため人一倍航続距離が求められたのです。両者に発動機や装備に差異はないと思います。
あと、零戦と紫電の違いは簡単にいうと、零戦は戦争を通しての主力戦闘機で、紫電は零戦にかわる主力戦闘機とされた雷電の実戦配備が遅れていたので問題があるにもかかわらず採用された機体です。その後、改良されて紫電改となってアメリカの戦闘機と互角に戦えるまでになりましたが、すぐに終戦となってしまったので零戦の後継の主力戦闘機にはなれませんでした。

紫電は水上戦闘機「強風」を陸上機化した機体で1942年末に試作機が完成しています。発動機は誉二一型で、20ミリと7.7ミリの機銃が二つずつと60キログラム爆弾4個もしくは250キログラム爆弾2個を搭載しています。
零戦との違いですが、これは零戦と紫電の違いなのか、局地戦闘機と艦上戦闘機の違いなのかはわかりませんが、後者で行くと元々海軍には戦闘機は艦上戦闘機のみでした。しかし、艦上戦闘機は狭い空母の甲板で離着艦をするため、それが性能向上のネックとなっていました。中国戦線で国...続きを読む

Q零戦の塗装について。

零戦の塗装ですが、21型は明灰白色がポピュラーです。

私は緑にしてみたいのですが、海軍機緑では変でしょうか。

52型と間違えられそうですが、機体色が緑でも21型と判断できる塗装、マーキングのポイントを教えてください。

Aベストアンサー

今丁度、零戦21型のプラモ(1/72)を製作していた所、この質問を見つけました。(good timing!)

零戦各型の外見上の相違点はお分かりでしょうか? 今回は塗装とマーキングによる判別方法は存在するかと言う質問ですので、各型の相違点については言及しませんが、もし、必要でしたら補足要求して下さい。

で、本題の塗装&マーキングについてですが、仰るとおり、零戦の塗色イメージと言うのは固定観念のようになっており、初期タイプ(11型から32型前期)は灰色(正式名は後述)、52型以降は緑色と言うイメージがつきまといます。私も同感です。

21形を緑色(正式名称=D1濃緑黒色)で塗装しても52型と見間違わないかと言う事ですが、外観で判別出来る人は間違う事はないでしょうが、これが出来ない人は、52型と思う可能性が高いと思います。零戦=緑色と言うイメージを植えつけたのは、過去の零戦プラモが殆ど52型をキット化していた為と推測出来ます。これには理由があり、52型は見た目が一番模型栄えするし、武装も強力な為(特に52型丙)、商品としてアピールする点が多いからです。零戦各タイプなんて当時はまだ詳しく分からない年代のプラモ好き(私も含め)が、こう言う状態を作っているのかもしれません。

21型にも緑色の塗装の機体は存在しますが、やはり灰色(J3灰色)の方が圧倒的に多いですね。

零戦の塗色の変遷を少し紹介しますと次のようになります。

昭和15年7月に正式採用された零戦(11型)は、それまでの標準塗装(ジュラルミン地の無塗装或いは、ワニス塗装)の塩害問題に対処する為、試行錯誤のうえ、灰色と言う事が決まりました。(この色調には諸説があり、飴色と称される艶あり塗料と言う説が最近では有力となっています)その後、戦局の悪化により、昭和18年6~7月頃に、上面=緑、下面=灰色と言う塗装が制式化されています。(転機は昭和17年8月のソロモン諸島海戦と言われています。)

その丁度転換期に製造されたタイプが21型、32型となりますので、緑色の21型や32型も少なからず存在します。

21型を緑色で塗装する場合、ソロモン海戦頃のマーキングにする事で、違和感なく緑色で塗装出来ると思います。(ただ、ソロモン海戦頃と言っても、そのマーキングを分かる人は少ないでしょうが…。)極端な言い方をすれば、空母搭載機は灰色、地上戦闘隊機は21型でも緑色と言う区分けが出来るかと思います。(厳密には、多少異なりますが…。)

注意点として、零戦は三菱製だと思われがちですが、中島でも数多く生産されており、塗色も三菱と中島では多少異なります。また、日の丸の白ふちの幅も両者で相違があります。(これ以外にも、相違点がありますが、省略します。)

零戦の塗装に関しては、まだ解明されていない点も多く、今後も新しい資料が発見される可能性があります。ご自分のイメージだけに捉われずに、違った塗装をするのも面白いと思います。

私が現在製作中の21型は灰色で塗装しようと思っていますが、機会があれば緑色で塗装して見ようと思います。

最後に零戦各型の変遷を書いておきます。(制式採用されたタイプのみ)

11型⇒21型⇒32型⇒22型⇒52型と言う順番です。(21型の次は22型ではない点に注意!)52型以降、54型、64型なども開発していたようですが、制式採用前に終戦日を迎えてしまいました。また、各型にも前期・後期に分かれていたり、甲・乙・丙などの相違点もあります。

長々と書いてしまいましたが、お役に立てれば幸いです。(ある程度の資料にもとづいての回答ですが、まだ解明されていない点も数多く存在しますので、「自信なし」とさせて頂きます。)

今丁度、零戦21型のプラモ(1/72)を製作していた所、この質問を見つけました。(good timing!)

零戦各型の外見上の相違点はお分かりでしょうか? 今回は塗装とマーキングによる判別方法は存在するかと言う質問ですので、各型の相違点については言及しませんが、もし、必要でしたら補足要求して下さい。

で、本題の塗装&マーキングについてですが、仰るとおり、零戦の塗色イメージと言うのは固定観念のようになっており、初期タイプ(11型から32型前期)は灰色(正式名は後述)、52型以降は緑色と言うイ...続きを読む


人気Q&Aランキング