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「環境」という言葉は明治時代に外国から輸入され、この言葉が広く使われるようになったのは、およそ1980年代後期以降だったそうです。ということは、外国から輸入するまで日本には「環境」という言葉がなかったということになるのですが、それまでなぜ日本に「環境」という言葉がなかったのでしょうか・・・?

A 回答 (5件)

「環境」という言葉の由来はともかく、


「環境」という言葉が国内で注目されるようになったのは、
やっぱり公害問題・環境問題が意識されるようになったからではないでしょうか

1970年の国会は「公害国会」とも呼ばれるほど公害問題が注目されていたし、
1972年には「人間環境宣言」という国際的な宣言も成されています

さすがに1980年後半まで使われていなかったとまでは思いませんが(^^;
それでも1980年後半から広く使用されるようになったというのなら、
それだけ「環境問題」が広く認知されるようになったということでしょうか?

酸性雨か、地球温暖化か、海洋汚染か・・・
個人的には、オゾンホールかなと思います。
「モントリオール議定書」は、確か1987年でした
当時は相当なインパクトがあったと聞いております
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 環境という言葉は、中国では少なくとも元の時代に使われていましたが、学問的・体系的に用いられたのは19世紀の地理学者の著作の翻訳を通じてのことです。

たとえばベルリン大学の創設者であるアレキサンダー・フォン・フンボルトや、環境決定論を唱えたフリードリヒ・ラッツェルなどがその代表です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A2%83% …

 日本でも地理学者によってこの概念は展開されましたが、学術用語から一般用語に広がったのは1970年代の公害の社会問題化以後といえるかもしれません。1971年に環境庁が設置されたのが、ひとつの転機でしょう。80年代後期というのは的外れかな。
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何の本にそんなことが書いてあったのですか?


明治時代に、外国の本の翻訳をするとき、ぴったりの言葉がないので、新しく作られた言葉は数限りなくあります。いまなら、カタカナでそのまま使うようなことに、いちいち漢字の訳語を作ったのです。
それらは、微妙に適用できる対象の区分けが違うだけで、状況を分ければ、いくらでも既存の日本語が使えます。
気にするようなことではありません。
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日本にない概念だからです。

宗教観の違いのようです。

そもそも日本人は八百万の神の恵を受けて生きていると信じ、自然崇拝をしていましたので、自分を含めて人間そのものが自然の一部だったのです。西洋では、人が神の領分を犯して自然に手を加えてきた、と考えているので神や人間に対するものとして「環境」という概念があったのです。

科学的な分野に限らず、政治や法律、文学、歴史から哲学、芸術に至るまで、明治維新当時に西洋からもたらされた学問の用語は、すべて翻訳の過程で造られた和製漢語です。幕末から維新後に造られた四字熟語は、中国の四字熟語を真似て造られたものです。報道で見かける「政冷経熱」「愛国無罪」のような用語の感覚で、スローガンとしてもてはやしたのです。

ちなみに「人民」「共和国」「民主主義」などの政治用語もその当時の日本人が造った和製漢語です。今の中国の国名は日本語で造ったと言っても過言ではありません。韓国がハングルを捨てきれないのは、漢字表記を復活すると、韓国語が日本語から言葉を大量に輸入していることが明らかになるからです。「○○は古来、韓国のものなり」と標榜するデマが、バレバレになってしまうのです。
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>それまでなぜ日本に「環境」という言葉がなかったのでしょうか・・・?


日本には「環境」にあたる概念がなかったからです。

自由とか思想とか権利なんて言葉も同様です。

そんなめんどくさい言葉以外でも、ギターとかテレビとかパイナップルも似たような事情です。
どれも日本になかったものですから聞いたまま仮名であらわすしかなかったのです。
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この回答へのお礼

迅速なご回答ありがとうございます!!
たしかに、そうですね(笑)

まず概念がなければ元も子もないといいますか、言葉生まれないのも当然ですね…

お礼日時:2013/04/26 19:39

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