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こんにちは。

心理学にお詳しい方にちょっとお尋ねしたいのですが…。

私は自分の子どもが小さいころ、「自分が言われて嫌なことはお友だちには言ってはいけない」と教えてきました。
私自身も誰かと話す時には相手の気持ちを考えて話すように気をつけています。
なのに、周囲の人は時に私がびっくりするようなことを平気で言う。

言われたことを嫌だと思っても私は争いたくはないのでたいていその場は黙っています。
そうしたら、その人は私がおとなしく何も言い返さないと思うのか、その後もずっと平気で意地悪を言い続け、人と人との境界線を踏み越えて、本来なら他人が口出しするようなことではないことにまで口出しするようになってくる。
そうなってくると、私もだんだん我慢できなくなってきます。

嫌なことは嫌だと言ったほうがいい、とアドバイスされて、意地悪を言われたときに「なぜそんなことを私に言うの?」と聞いてみたら、逆切れされてヒステリックな言葉を浴びせられ、そしてわあわあ泣き叫び、私から言われた、言われた、と逆に私を責め立てる。

自分が言われて嫌なら、なぜ私に言うの?
そう言ってやろうにも相手の怒りが凄まじく、話になりません。
何だか子どもみたいな人だな…と思うのですが、こういう人たちはどういう性格や心理状態なのでしょうか?

A 回答 (4件)

こんにちは


勝手ながら、少し違った視点での回答をさせて頂きたいと思います。

言われると嫌な事と言っても人それぞれに種類があります。
例をあげると、イジメにあった子は自分のキャラクターを強く作り、イジメる側に周り、いじられるのが極度に嫌になる場合があります。
そんな人に対して仲良くしようと馴れ合いのつもりで
「お前はバカだな~」などといえばその人は深く傷つきそうになり、傷つかない為にもキャラクターを強く演じ怒って相手を責めたりします。子供の場合は喧嘩などでお互いを理解しあい折り合いをつけ、関係をより良くし継続させて行きます。
これは極端な話ですが大人の日常生活でも同じ現象はよくおこっています。
「どこに行くんですか?」
なんて挨拶でも、強く縛られた環境に育った人には
「また、縛られる」と、とてもストレスになります。
責められて育った人ならば
「どこに行くかで評価される。ちゃんと答えないと馬鹿にされる」というストレスになります。責められていると感じ、攻撃的になる場合もあります。
優しさのつもりでもそれが本当にその人にとって優しさとは限りません。
質問者さんの優しさはもしかするとストレスなのかもしれません。
お話相手の場合、余計なおせっかいは親切なのかもしれません。
「私はこんなに深くまでアドバイスしてあげている」
という優しさとそんな自分に自己陶酔しているのかもしれません。否定されれば陶酔もできなくなりますし、親切を裏切られた気分になってしまいます。
だから傷つかないように騒ぎ立て自分の正当性を主張したいのでしょう。

不満かもしれませんが、逆の可能性も考えられます。
質問者さんが『当たり前』と思っている考え方は人と少しずれている可能性もあります。その為、人が当たり前の様におかしな事を言うと感じるのかもしれません。

子供の教育で思いやりの心の成長には必要な作業ではありますが、それは学校という管理下で仲間(集団)と同じ目標を持ち(持たされ)生活する子供だからこそ近い考えを持ちやすいといった面もあり、自立して自由に自分の為に生活をする目的が多様な大人にとっても「自分の嫌な事は他人の嫌なこと」で考えるのは少し無理があるのかもしれません。

争いを起こさずに落ちついた安定した人間関係を望むのなら、客観的、社会的価値観で発言の良し悪しを判断するのではなく、なぜその言葉が自分にとって驚く程の発言になり得るのかという主観的な考え方も持ち、原因の究明をすれば「ここからの発言は、私固有の価値観だな」と折り合いどきが分かり争いを起こさずにお互いに丁度いい距離感を見つけられ快適な生活が送れると思います。
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 なにかに対する敵意や攻撃性をぶつける事が目的です。

その対象自体当人が分かっていないので「嫌がらせが楽しい」などの意識しか湧かない訳です。つまり嫌がらせしてる当人も良く分かってないんです。なのでやられる側が嫌がらせしてくる理由が分からなくて当然ですし、分かったら凄いですよ、心理学者になれますよ。

 対象が分からず「とにかく敵意と攻撃性を食らわせる事が出来れば良い」という愚かな考えに陥ってしまった人がそういう事をsます。対象が分からないという事は基本誰でも良い訳ですが、出来れば無抵抗、弱そうな人、等がターゲットに成り易いのは納得いくでしょうか?

 ご自身は嫌がらせを何故するのか?という疑問で聞いただけでしょうが相手からするとそれが「抵抗」に感じたんだと思います。無抵抗な人から抵抗されたので悔しくて泣いたのではないでしょうか?

という勝手な予測ですがまずそのような行為を取る人は自分でもその衝動が制御できない訳で・・・まあなんというか・・・・
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意地悪な人は攻撃的ですが、自分が攻撃されるとすごく傷つきます。



おそらく、自分が攻撃的なので人から攻撃される経験が少ないからだと思います。

これからは、ちょっと攻撃されたら、その場でさっと切り替えして攻撃していけば、相手は意地悪しなくなります。
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根本的には親の影響を受けているためでしょう。




生活環境の違いで、無意識にそうなってしまっている人も見受けられます。

例えば、自称1流の学生なのだけれども、自称1流の学生が腐るほどいる大学にいる人。名前を出しちゃうと早稲田大学の学生達。自分が周りの人達より1歩前に出るため、周りの結論に対して必ず最後に一言付け足したり、相手に一撃(の一言)を喰らわせますね。

産まれ育ちが都会という人にも、同様の傾向があります。見栄っ張りな人が多く、普段は大人しくしているのだけれども、ここぞという時にはやりますね。

会社員になっても同様です。意地悪な文化が続いている会社だと有りがちです。

結局は、擦れた人が題意の言動を取っています。
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