
No.9ベストアンサー
- 回答日時:
歴史的なものの考え方と思想的なものの考えかたを混同されますと、混乱して誤解を生じますので注意して下さい。
今日「阿弥陀如来は釈迦の先生だよ」という人に会いました。とありますがこの方は思想上の話をされています。
ネット検索をかけると、「阿弥陀如来はフィクションの存在である」と書いてあり、・・・
ネットで記載された説明は歴史的なものの考え方に基づいて説明しています。
歴史的なものの考え方が正しいのか、思想的なものの考え方が正しいのか、という議論は無意味です。
生き物について議論する際に、生物学的な考え方が正しいのか、化学的が正しいのか、物理学的なのが正しいのか、ということを議論するのと同じことです。
物理学の世界で言えば、エネルギーの集合体である、という答えがでます。
化学の世界であれば、分子が結合した高分子の集合体である、という答えがでます。
生物学の世界であれば、なに科、なに属、なに種に属する生き物である、という答えがでてきます。
どの答えが正しいとか間違っているとかは言えません。
釈迦についても同じではありませんでしょうか。
釈迦という歴史上の人間について議論するのか、釈迦の思想について議論するのか、では議論する対象が変わってきます。
阿弥陀如来についても、歴史的に何時から思想上に現れたのかを議論するのか、阿弥陀如来の思想について議論するのかでは議論の内容が全く異なります。
歴史的なものの考え方というものも
歴史学であれば文献資料に基づいて議論されます。
考古学であれば遺跡や遺物に基づいて議論されます。
この観点からすれば、阿弥陀如来に関する文献史料は釈迦に関する史料よりも400年~500年ほど後のものとされるものだけが見つけられています。
文献史料に基づけば、法華経と呼ばれる経典は釈迦が亡くなられてから400年~500年後に、当時の人達が作り上げた経典であるとされています。
少なくとも釈迦という歴史上の人物は与り知らない経典ということになります。
つまり、歴史学的に言えば、法華経を元にして釈迦について議論されても、釈迦本人は困惑してしまいます。
一方思想上からであれば、釈迦は修行して悟りを得たとされますが、釈迦が修業したのは如何なる思想に基いて修行したのか、ということを考える必要があります。
思想の連鎖というものを考える必要があります。
詳しくは下記のサイトをご参照ください。
古代思想は何処へ行ったのか
http://journal.seijo.ac.jp/gslit/student/europe/ …
仏教思想においては、仏は釈迦以前の遠い昔から存在していたとされます。
阿弥陀如来も仏の世界の一員ですから、釈迦に教えを説くことは可能であるということになります。
思想の連鎖という観点からしても、釈迦の思想に後に仏呼ばれる概念についての思想が影響を与えていたと考えられます。
この概念の象徴として阿弥陀如来が影響を及ぼしたと言ってもあながち間違いとは言い切れなくなります
誰が如何なる背景に基づいて発言しているのか、ということを常に考える習慣をつけられることをお勧めします。
その意見を信じるか信じないかはあくまでも質問者さんの問題です。
他人が信じるから信じる、信じないから信じない、ではどうにもなりません。
回答ありがとうございます。
>仏教思想においては、仏は釈迦以前の遠い昔から存在していたとされます。
阿弥陀如来も仏の世界の一員ですから、釈迦に教えを説くことは可能であるということになります。
阿弥陀如来を人物ではなく、仏として捉えれば確かにそうなりますね。
僕は今回の一件に関して、皆さんの意見を聞きたかったのです。
中でもichikawaseijiさんの意見がしっくりきたのでベストアンサーにさせていただきます。
No.8
- 回答日時:
真宗のボーズはなかなか上手いことをおっしゃるなと思いました。
結局は阿弥陀様とお釈迦様は同じレベルだと言うのですね。お立場から阿弥陀様が架空だとは言えませんものね。真言宗では大日様の方がお釈迦様より上だ言うよりはまだ間仕です。お釈迦様は極楽浄土があるとは言わなかったが、阿弥陀様は極楽浄土があると言っているのですね。普通の現代人はあの世に極楽浄土や無間地獄があるとは思っていませんよ。死ぬ間際になったら判りませんが、あの世の心配よりも、この世のことが心配です。この世のことを無常などと言っていては勝てません。
No.7
- 回答日時:
どうも真宗のいわゆるボーズと呼ばれるもんです。
>>今日「阿弥陀如来は釈迦の先生だよ」という人に会いました。
>>またネット検索をかけると、「阿弥陀如来はフィクションの存在である」と書いてあり、どちらが正しいのか分かりません。
>>どなたか分かる方がいましたら、ご回答ください。
たぶんこれを言った人は、真宗系の人だと思います。これを大きく取り上げたのは確か八代目蓮如上人かと思います。蓮如上人の『御文(御文章)』いうものの中には
十方諸仏の為には本師本仏なるが故に、阿弥陀一仏に帰したてまつれば、すなわち諸仏菩薩に帰する謂あるが故に、阿弥陀一体の中に諸仏菩薩は皆悉くこもれるなり
等の文章があり、このあたりが論拠でしょう。親鸞聖人も『和讃』の中で、
無明の大夜をあはれみて法身の光輪きはもなく、無碍光仏としめしてぞ安養界に影現する
久遠実成阿弥陀仏 五濁の凡愚をあはれみて 釈迦牟尼仏としめしてぞ 迦耶城には応現する
と説いておりますが、親鸞聖人は阿弥陀仏を、真理そのものとしての阿弥陀仏(法性法身)とその真理そのものが人々を救うために王として生まれ出家し四十八願を成就してなった阿弥陀仏(方便法身)との二種の姿があるという仏身観をお持ちですが、上述の『和讃』では、前半の一種には、方便法身の阿弥陀仏は法性法身の阿弥陀仏から現れたものであり、後半はこの世に生まれ悟りを開いたお釈迦様も法性法身の阿弥陀仏より現れたものであるという考えが示され、二人の悟りの統一性が説かれているわけです。しかし、親鸞聖人自身の著作を見る限りでは「阿弥陀仏がお釈迦様の先生です」という考えではないように思います。
ただいまの『和讃』は『諸経意弥陀仏和讃』と題されていますから、何か経典によっていると考えられますが、『悲華経』(『法華経』ではありません)よっているものと考えられます。親鸞聖人は、その『教行信証』に、この『悲華経』に登場する無諍王(阿弥陀仏になる前の王様)と宝海梵志(釈迦仏の前世で当時は無諍王の国の大臣)の成仏について、憬興という方の『述文賛』を引用して
既に此土にして菩薩の行を修すと言まへり。即ち知ぬ、無諍王は此の方に在ますことを。宝海もまた然なり
としています。つまり、阿弥陀仏とお釈迦様はこの娑婆世界で修行を共にした仲間であり、それぞれの役目としてお釈迦様は娑婆へ阿弥陀仏は西方浄土にいるというわけです。そして、それぞれの役目が親鸞聖人にとっては『浄土文類聚鈔』には
釈迦の発遺を蒙り、また弥陀の招喚に籍り
とあるように、お釈迦様は娑婆において「浄土に行けよ」、阿弥陀仏は極楽浄土において「浄土に来いよ」とおっしゃっていると考えるわけです。ここが、親鸞聖人の念仏の根拠となる部分の一つで、阿弥陀仏だけでも成り立たないし、お釈迦様だけでも成り立たない、この二人の仏が一体となって初めて念仏の教えは力を持つわけです。ですので、浄土教の事を別名「二尊教(お釈迦様と阿弥陀仏の教え)」といわれるわけです。
上述のように、親鸞聖人自身には「本師本仏」という思想自体はないように思います。あくまで、蓮如上人がそのように解釈したという事が言えますかね。
この辺までが、質問内容への答えです。ただ、気になった点があるので幾つか、他の方の御返事に
>>例えばの話ですが、法然さんや親鸞さんが一回死んでからまた蘇って「経典には阿弥陀如来や極楽浄土がのことが書いてあるが、それは本当のことであり、私はそれを確認した」と言われたことが浄土宗や浄土真宗の経典に書かれているのであれば信じますがね。
とありますが、本当に信じるんですか?そうであるなら、この文章はあります。浄土思想の中には還相という思想がありますが、法然聖人は『和語燈録』の中で
ここにわれらこのたひはしめて人界の生をうけたるにもあらじ。世世生生をへて。如來の敎化にも。菩薩の弘經にも。いくばくかあひたてまつりけん。ただ不信にして敎化にもれきたれるなるべし。三世の諸佛十方の菩薩思へはみなこれむかしのとも也
と述べて、私たちは初めてこの世に生を受けたのではなく、浄土において阿弥陀如来の教化を頂いた仲間であり、浄土より下生した還相の菩薩であると述べています。また、親鸞聖人も法然聖人がおっしゃった言葉として『和讃』の中で、
命終その期ちかづきて 本師源空のたまはく 往生みたびになりぬるに このたびことにとげやすし
と、法然聖人は亡くなる直前に往生はすでに三回目であるからもう慣れたもんよとおっしゃっていたことを伝えています。この内容は親鸞聖人が書写した法然聖人の法語録の一つ『西方指南抄』にも記されています。
こんな風に法然聖人は何度か往生してこの世に戻ってきているって資料は存在しますよ。さて、これで信じますか?信じられないでしょ?
また
>>架空の仏だということを教えていただき、安堵しました。
この、「阿弥陀仏は架空の仏でお釈迦様は実在の仏」という事でいうのならば、私たちが知っているお釈迦様も実は架空の仏です。例えば、お釈迦様の生涯を記した経典の最初はドイツのウインディッシュ氏の説によれば『稀有未曾有経』と考えられます。しかし、数多くの比較検討によって仏伝(仏の生涯)を伝える経典としてより古いものは『大譬喩経(大本経)』であるといわれています。しかしこの『大譬喩経』に記されている内容は、お釈迦様の生涯ではなく過去七仏のうち第一仏である毘婆尸仏の生涯を語ったものです。つまり、私たちの知っているお釈迦様の生涯は第一仏である毘婆尸仏という質問者の言葉でいえば架空の仏の生涯を基本としてつくられているという事です。
わかりやすく言えば、ワシントンの桜の木の話はご存じでしょう?少年ワシントンが父が大事にしていた桜の枝を折ってしまった(または木を切り倒した)ことがあったそうですが、父親が「この枝を折ったのは誰だ?」と尋ねると、ワシントン少年は「私です。」と正直に名乗り出ると、その正直さ故におとがめなしであったという有名な逸話です。しかし、この話は完全なでたらめです。ワシントン大統領の伝記で一儲けしようという人が作った話なんですよ。
ちなみに、私たちが知っているお釈迦様って、いわばこの桜の逸話の中のワシントンと同じです。ワシントンは実在の人物ですが、この桜の話のワシントンは架空の人物です。お釈迦様も実在の人物でしょうが、経典に記されているお釈迦様は架空の人物といってもいいくらいです。しかも、その経典の中から実在した人間ゴータマブッダをサルベージするという試みは非神話化という名前で多く行われてきましたが、下田正弘先生等の現在の仏教学者の多くはその試みは徒労に終わると考えています。
その典型が、
>>釈尊ほどの現実主義者が、極楽浄土(死後の世界)について語るだろうか?
>>またその極楽浄土にいる阿弥陀仏についても語ったのだろうか?という疑問や不安にさいなまれていたからです。
これです。この「現実主義者の釈尊」て、どの経典を根拠としていらっしゃるんですかね?私も実在のお釈迦様自身が極楽浄土を語ったなどさらさら思ってはありません。しかし、お釈迦様が死後を語らなかったというのは間違いであると思います。例えば、最初期の経典といわれる『スッタニパータ』『ダンマパダ』などには地獄という事がはっきり記されています。他にも『サンユッタニカーヤ』にはお釈迦様はゴーディカ尊者の死体の上にモヤモヤが見えるがそれは悪魔だとおっしゃっていますし、同経にはモッガラーナ(目連)尊者が下半身だけとか内臓だけが飛んでるのが見えたといえばお釈迦様は「それは餓鬼道だよ」って言いますし、「現実主義者の釈尊」ってどこにいるんでしょう?この「現実主義の釈尊」というのは仏教を学ぶ上のいわば中二病みたいなもんだと私は思います。経典そのものを読んでみればそんなお釈迦様はいません。
では、この「現実主義の釈尊」はどこから来たのか?一つには日本の仏教学という学問が、西洋の仏教学の影響下で成立しているという事が理由です。例えば、ニーチェなんて人は「「仏教はキリスト教に比べて百倍も現実主義的だ。」なんてことを言ったそうですが、結局「現実主義的な釈尊」はキリスト教に比べて仏教がそうだったという比較の問題の中の一つの回答であったはずのものを、仏教学が日本につくられたときに「仏教は現実主義的だ」「釈尊は現実主義者だ」と比較の問題を忘れて結論だけもらってしまったことによる思い込みでしかありません。
そして、「現実主義や釈尊」という事を証明しようといる方々が必ず犯しているミスは「論点の先取り」です。「現実主義者の釈尊」を証明しようとする人は、「現実主義者の釈尊」だといえるような経典の文章を集めて、「現実主義者の釈尊」を証明しようとしている場合が多い、つまり結論を論拠に結論を導き出しているという事です。これは、論理学の世界においては誤謬というものの一種です。経典の中から現実主義っぽいところを抜き出して「これが釈尊」といえば、「現実主義者の釈尊」の出来上がりですが、なぜ現実主義的ではないところは無視されるのかという論拠は示されることはありません。経典の新旧についての研究をみても、明らかに古い経典にも現実主義という言葉では片づけられないお釈迦様記されています。
こんなとこですかね。結局私たちは仏教を自分たちが聞きたいように聞いているにすぎません。解説書なんかを読んでも本当か?と自分で調べることが大事です。頑張ってください。誤字脱字乱文ご容赦を。
合掌 南無阿弥陀佛
回答ありがとうございます。
>結局私たちは仏教を自分たちが聞きたいように聞いているにすぎません。
なるほど、確かにそういうことはいえますね。
No.6
- 回答日時:
すげー「ぶっちゃけ」な説明ですが
釈迦は「人」です。そりゃ後で「仏陀」として仏になりましたが、
元々が「誰」とわかる「人」だったことは間違いありません。
阿弥陀如来は「現世の人」ではなく、天上人です。要は一種の
神様でして、もとは「人」だったのかもしれませんが、基本的に
「誰」だったかは分からない、つか「誰」でもなかったんです。
「先生」というのがどういう概念か、というといろいろ問題が
ありますが、例えばクラシック音楽をジャズ化して演奏する
プレーヤーが居たとして、その彼が「私の先生はバッハです」
という意味なら「阿弥陀如来」は「釈迦」の先生かもしれません
が、「小学校教諭」というような意味での「先生」ではあり得ない
ですよ。
回答ありがとうございます。
その方が言うには「阿弥陀如来が過去世で釈尊の先生だった」と言われるのですが、僕としてはどうも釈然としないのです。
FEX2053さんの説明なら、納得がいきますね。
No.5
- 回答日時:
「阿弥陀仏」は、釈尊の経典中に出て来る架空の仏であります。
実際にこの世に出て衆生を教化したことはありません。これに対して釈尊はインドで生まれ法を説き衆生を済度された仏であります。法華経に「今、此の三界は皆是れ我が有(う)なり、其の中の衆生悉く是れ我が子なり、而も今此の処、諸々の患難(かんなん)多し唯我一人のみ能く救護(くご)を為す」と説かれるように釈尊こそ現実の娑婆世界で一切の衆生を救っていく真実の仏である事が明かされています。ですから「阿弥陀如来はフィクシン?」、漫画の登場人物と同じだと私は思います。従って、法華経に説かれる真実の仏を捨て架空の仏をたのむ他宗の教えでは成仏は出来ません。
回答ありがとうございます。
僕も親鸞さんや法然さんの教えを学んでいたときには、阿弥陀仏は実在した仏だと信じていました。
しかし、あることがきっかけで釈尊の教えを学ぶこととなり今回の疑問が生じたわけです。
架空の仏だということを教えていただき、安堵しました。
釈尊ほどの現実主義者が、極楽浄土(死後の世界)について語るだろうか?
またその極楽浄土にいる阿弥陀仏についても語ったのだろうか?という疑問や不安にさいなまれていたからです。
177019さんに架空の仏だということを教えていただき、安堵しました。
No.4
- 回答日時:
いろんな説があります。
いろんな説があるということは、フィクションなんだということの証拠なのかもしれませんね。釈迦の教えは彼の手で書かれたものではなく、すべて彼の死後に弟子達によって語られた話をもとにしています。それですべて?が『如是我聞』、つまり「私はこのように聞いた」という言葉で始まります。
したがって、どのような話を信じるかは、質問者さんの自由です。どういう説に立っても、「ほかにも説はある」と知っていれば恥をかくことはありません。
ちなみに、こんなのもあります。
はるかに昔、「世自在王仏」が仏の道を説いていた。この教えを聞いた一人の王が心から感動し、自分も悟りの境地に達したいと思い、王位を捨てて出家した。
彼は「法蔵比丘」と名を改めた後、どうしたら世の中すべての人々の苦しみをなくすことができるか、世自在王仏に尋ねた。世自在王仏は200億を超す仏国土を見せてその詳細を語った。
「法蔵比丘」はそのどれよりも優れた浄土を西方に建立することを決意し、同時に48の誓願を立てて、それがかなわなければ仏になるまいと決意した。
その後、長い期間の修行の末、ついに誓願は完成されてすべての人々の救済は可能となり、彼は仏になった。そして名は「阿弥陀如来」に改まった。
加えて、釈迦の前々世において、仏教の手ほどきをしたのは、「梵天」だという話もあります。
仏に関する説話は全知全能系よりも緻密で、とてもおもしろいものが多いです。言論の自由とか言っても、神様自身や神の世界を描くのはタブーだったのかしらん。
回答ありがとうございます。
>釈迦の前々世において、仏教の手ほどきをしたのは、「梵天」だという話もあります。
僕は、釈迦を悟りまで導いたのがブラフマン(つまり梵天)であると聞いたことがあります。
ほかの回答者さんにもあるとおり、いろいろな説が出せれていますが僕はこれらの説を知りませんでした。
あらためて、自分の浅学を思い知らされました。
No.3
- 回答日時:
私はお釈迦様(釈尊)には実在の人物であると認めますが、阿弥陀如来の存在ははっきりしないと思っています。
浄土宗や浄土真宗では阿弥陀如来は大事な存在ですが、私は極楽浄土があると思っておりませんので、阿弥陀如来は認められません。あの世のことよりも、この世の幸せが一番大事だと思っています。
回答ありがとうございます。
>浄土宗や浄土真宗では阿弥陀如来は大事な存在ですが、私は極楽浄土があると思っておりませんので、阿弥陀如来は認められません。
この意見には僕も同感です。
例えばの話ですが、法然さんや親鸞さんが一回死んでからまた蘇って「経典には阿弥陀如来や極楽浄土がのことが書いてあるが、それは本当のことであり、私はそれを確認した」と言われたことが浄土宗や浄土真宗の経典に書かれているのであれば信じますがね。
No.2
- 回答日時:
「釈迦」というのは、実在の人物でした。
現在のインドの地にあった小さな部族であるシャークヤ国の王子として生まれました。
本名は一般には「ゴータマ・シッダールタ」と呼ばれています。
それが、あるとき城を捨てて、難行・苦行の末、一人で仏の悟りを開いたのです。
その結果、「釈迦如来」と呼ばれるようになりました。
その悟りの境地に到達する過程が、「阿弥陀如来」に導かれたものだったと説明したわけです。
大宇宙には数えきれないほどの仏があり、それらのすべての先生に当たるのが、「阿弥陀如来」であると位置づけたのです。
従って、「阿弥陀如来」と「釈迦如来」の関係も、先生と生徒になります。
「釈迦」が到達した悟りの世界の中で、作られたものですから、フィクションの存在であると言うのもあながち間違いではありません。。
回答ありがとうございます。
>「釈迦」が到達した悟りの世界の中で、作られたものですから、フィクションの存在であると言うのもあながち間違いではありません。。
なるほど、そういう見かたもあるのですね。
勉強になりました。
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