やまとはくにのまほろば たたなづくあおがき やまこもれる やまとしうるわし

という有名な歌があります。
その出典を WIKIでは 古事記の日本武尊作 説と 日本書紀の景行天皇作 と 二説上げています。

また、桜井市では 万葉歌碑として この歌を 紹介しています。この万葉は 万葉時代でなく 万葉集という意味もあるのでしょうか?

この歌の出典をご存知の方、教えてください。

よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

こんにちは。



この歌は、「古事記」では倭建命の辞世、「日本書記」では景行天皇が日向で詠んだ望郷歌、とされていて、二つの出典があるようですが、どちらかというと、倭建命の歌として広く知られています。私の手元にある「和歌の解釈と鑑賞辞典」にも、古事記の倭建命の歌として紹介されています。
桜井市の歌碑の方は、川端康成の発案で、万葉集だけではなく、記紀歌謡も取り上げられることになったという経過があったようで、万葉集の歌ということではありません。

万葉歌碑 番号10
http://www.city.sakurai.lg.jp/sosiki/machidukuri …

http://blog.goo.ne.jp/urikame2007/e/897399ecfd9f …

御参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

ヤマトタケル説(古事記出典)と景行天皇説(日本書紀出典)は、ウィキにも書かれていますので、知っていました。

また、桜井市の万葉歌碑は もともと 万葉集ばかりでなかったということは知りませんでした。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2014/10/09 10:18

>この万葉は 万葉時代でなく 万葉集という意味もあるのでしょうか?



奈良県各地にある万葉歌碑は一般的に
万葉集の歌を碑にしたものと考えてよさそうです。
http://www.city.sakurai.lg.jp/sosiki/machidukuri …

ただ、この碑文については古事記が出典のようですよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼の遅れたことをお詫びいたします。

お礼日時:2014/11/12 05:30

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http://www.city.asakura.lg.jp/www/contents/1297063902051/

http://www.tousuishobou.com/zo-nsha/otsubo.htm

誰がどこで詠んだ歌か不明なので、間違っているかもしれませんが、

「秋月の歌碑」の碑文の原本の大きな掛軸が十二畳ある広い部屋の床(=床の間)に朝かけてある、という意味ではないでしょうか。歌碑の大きさとしては過大なので、十二畳は部屋の広さだと思います。

歌碑は普通石に碑文を刻みますが、その原本を大きな掛軸にしたのでしょう。「秋月の歌碑」はご質問のように「秋月の歌の歌碑」とも「秋月(人名)という歌人の歌碑」とも「秋月(地名)にある歌碑」とも解釈できますが、インターネットで検索してみたと...続きを読む

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