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 どんな《神は死んだ》のか?

 主題は ふたつです。
 神とは何か?――あるいはつまり 神とは何でないか?
 ニーチェのたましいをやすらかな眠りにみちびくことばをかけるとしたら それは何か?


 まづ 三島憲一のニーチェ論の一端を引きます。あとで 具体的に問います。

 ▲(三島憲一:ニーチェが戦ったもの) ~~~~~
 ニーチェが『喜ばしき知識』の中で《神の死》を宣告した話はよく知られている。

   寒くなってきてはいないか?
   これからはますます夜に 夜が深くなっていくのではないか?
   昼前から行燈を灯す必要はないのか?
   神を埋葬する墓掘人たちの音がまだなにも聞こえないというのか?
   神が腐る臭いがまだしてこないのか?
   ――神々といえども腐るのだ。
   神は死んだ!
   死んでしまい 蘇ることはない!
   しかも 我々が殺したのだ!
   殺しの中の殺しをしたの我々は いかにして自分たちを慰めたらいいのだろうか?
   これまで世界が持っていた最も聖なるもの 最も強いもの その神が我々のナイフによって血を流して死んだのだ。
    (『喜ばしき知識』125番)

 大方の思想史では このいささかパセティックで安っぽいレトリックに溢れた文章によって ニーチェはプラトニズムとキリスト教がその根拠となっていたヨーロッパの道徳の自己崩壊を確認したということになっている。形而上学の完成と解体が告げられている とされている。

 しかし 考えてみれば 変な話である。すでに一八世紀の啓蒙主義以降 知識人は 家庭のつきあいを別にすれば キリスト教の神は信じていなかったはずである。プラトンのイデアとなればなおさらで 大学の哲学科の訓古注釈の営みの外で そんなものを信じている銀行家や工場主や労働者や農民や そしてなによりも将校たちが多数いたとは到底考えられない。なぜ キリスト教の神の死を ニーチェはいまさらのごとく触れ回ったのだろうか。

 実際には・・・ニーチェはいわば 自己の議論の正当化のために 当時において標準化されていたヨーロッパの思想の歴史を逆転して 新たに構築しただけであって 実際に闘っていたのは一九世紀の自分の周囲の生活形式(あるいは文化)であり それへの抵抗の中で このようなキャッチフレーズを生み出したのである。

 《我々が殺したのだ》ということは 神を生かしておくも 殺しておくもこちら側 つまり我々の思うまま 我々のさじ加減一つということである。すでに神は我々によって構築されていたことが含みとしてある。つまり 神を構築してきた当の我々が葬られるべき存在なのである。ニーチェが闘った相手は 神の語をむやみに重視する一九世紀の生活形式であり 文化なのであった。

 ひとことで言えば この生活形式の中核は ナポレオン戦争の終結とともに だがさらには一八四八年革命以降 特に顕著になったヨーロッパの再キリスト教化 そしてそれとタイアップした市民階級の再封建化といわれる現象である。ニーチェはその知的生涯においてそれと闘う中で 彼の《破綻の美学》を生み出したのだ。
 ・・・
 再キリスト教化自身が ニーチェには神の死を意味していたのである。

 (三島憲一:『ニーチェ以後――思想史の呪縛を越えて』 2011 第五章 破壊的理性の美学――素描の試み   pp.149-151 )
 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 一九世紀の《再キリスト教化》について三島は きちんと例証していると思います。
 そこでそのことに深入りはせずに 全体としてこの三島の議論に 必要な注釈をつけたり あるいはちょっと違うのではないかという批判を加えたり 言うべきことがありましたら まづそれらをおしえてください。

 と言っておいて あとは 神とは何か? を問います。

 三島も触れていますが 《われわれが構築した神をナイフで殺した》のなら それは《観念の神》であって・あたまの中の想念の中に描かれた思いや考えであって 劣ったものであったり時代遅れになったりしたら ナイフで切り殺されても当たり前です。ただの想像の産物を相手に闘った。またそういうたぐいの〔ニーチェの〕文章である。

 つまり そんな《ただの観念の構築と抹殺といったお遊び》のことを どうしてそんなに熱情を燃やして闘ったりしたのか? それは どこから見ても《神》ではなかったというのに。

 いったいニーチェとは何だったのか?
 レクイエムを書いてやってください。

A 回答 (24件中1~10件)

歴史も文献もすべて軽視自覚の上ですが、ニーチェが否定したかったのは、外から拘束してくる外在神でしょう。



観念化、教義化、制度化され、それゆえ、人を縛ってくるのが、外在神。

ニーチェに安らかさを与えうるのは、外在神でもあり内在神でもある、梵我一如であり、観念の縛りを越えた境地でしょう。

もっともキリスト教にも聖霊という内在神の面もありますが、観念化、教義化、制度化により、実質離れてしまってきていたのではないでしょうか? 観念、教義、制度の度合いを少なくしたクエーカーあたりに、本来の内在神との接触が残されてきているように思われます。日本では、梵我一如の同型として、大乗仏教や神道があり、これらに触れていれば、ニーチェも満足したかもしれません。
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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。


 ★ 観念化、教義化、制度化され、それゆえ、人を縛ってくるのが、外在神。
 ☆ そのとおりだと考えます。

 しかも もしそれだとすると――それだけだとすると―― あたかも日本人の暮らす社会のごとく言わば《クウキ》として支配するような《神の観念 観念の神》がその《外在神》であるということになると思います。そうなってしまわないかとおそれます。

 そうなってしまったのならそれは 人びとのただの疑心暗鬼のような――占い師の断言する口調に身のおそれを感じてちぢこまってしまうかのような――弱さであるに過ぎない。

 弱さは 弱さを誇ろうとさえ言われる場合もあるほどなのですが それでも そのまま放っておいてはよくない。

 つまり問題としょうとしているのは
 ★ ニーチェが否定したかったのは、外から拘束してくる外在神でしょう。
 ☆ と言われるごとく そのことが当たっているとしても その《否定する》といったニーチェの態度 またそれがもとづく思想 これらの生活態度やその思想に マチガイの元があるように思えるからです。




 クウキは 必ずしも否定する対象ではないはずです。クウキを醸し出す人びとの考えを批判の対象にしなければならない。あるいは そのクウキのあたかも導こうとしている方向に従おうとしている人びとのやはり考えを問題としなければならない。

 ということは 確かにおっしゃるように
 ★ ニーチェに安らかさを与えうるのは、外在神でもあり内在神でもある、梵我一如であり、観念の縛りを越えた境地でしょう。
 ☆ すなわち 同じ次元で《観念の神 神なる観念》に相い対するのではなく――そのような観念は持ちたければ好きに持つであろうから 持たせておけばよいのであって――問題は 《神は何であるか》または《神は観念ではない》と言いたいがために《神は何でないか》にあると考えられるからです。

 《観念の縛りを越えた境地》とは ふつうに人びとが生活の中で歴史をつうじて受け容れ信じている神のもとにあれば すでにそこで実現している状態なのだと考えられます。
 
 坊主が その樅の木の信仰生活に ああぢゃこうぢゃとクリスマスツリーのごとく余計なカザリをつける。だけだと考えられます。

 ローマ教会がわるい。しかしそれはすでにルーテルらが言ったとすれば 坊主による支配体制がわるい。万人司祭と言っても そこには《司祭》がまだいる。そういった広い意味での《クウキ》を問題にし それがもとづく考えを検証し批判する。のが 筋であったはずです。




 ★ 日本では、梵我一如の同型として、大乗仏教や神道があり、これらに触れていれば、ニーチェも満足したかもしれません。
 ☆ 地方と呼ばれる地域社会 そこでの生活世界における生きたシントウがよいとわたしは思います。山里に暮らす人びとは つよいですよ。
 (ただしたいてい 外から来るクウキにまづは 譲歩する姿勢を見せるとも思います。相手に従ったかたちをまづ採ると思います。・・・)(ニーチェは そういう生活の襞にかかわるようなものごとについて無知であったのでしょうか?)

お礼日時:2014/11/19 10:20

再度の「お礼コメント」を拝見しました。


が、多くは語りません。

> ★ 「パウロは、もう一人のイエス」とも呼ばれますが、彼の立ち上げたキリスト教の実態は、かなりイエスから離れました。
> ☆ これは わたしの立ち場としましては 弁護します。
⇒少なくともニーチェは、『アンチ・クリスト』や『権力への意志』などでそう言っていたと思います。私も共感した記憶があります。

> ★ キリスト教
> ☆ というのは 宗教です。煮詰めた捉え方では 《オシエをそのまま無条件に受け容れよ。つまりオシエを信ぜよ》というワケの分からない取り決めによって成り立っています。オシエは思考において取り扱うものであって非思考の信仰の対象ではありませんから。
> つまり 《キリスト教を信じる》といった表現は 自己矛盾です。
⇒「宗教」には、必ずと言っていいほど「教え」が伴い、逆に、「教え」と聞けば多くの場合「宗教」との関連を感じさせます。両者は、密接不可分とも言えるほどの一体観があります。お説のような峻別をしたところで、後追い的・学問的な意義はあっても、それが当時のパウロの布教とその相手(流浪の民)との間でも果たして同じような意識があったとはとうてい言えないでしょう。まさしく、渾然一体だったに違いありません。

> ★ もともと、ニーチェの著作は、哲学書という狭い枠に納まらないと思いますよ。
> ☆ でしたら 《哲学》をもふくむということになります。哲学としての中身で勝負しましょう。
⇒そんなことをしたら、ますます細部に分け入っていくだけじゃないですか。この分野での、質問者さんの造詣の深さは認めます(回答・投稿しないまでもだいたいの流れは拝読しています)が、この場合私は、「一部で全体を判断するのは難しいし、誤りを冒す危険がある」と申しあげているだけです。

少し話題がそれてきたように思います。
とにかく、最初の2つのご質問に対してはすでにお答えしたとおりです。
それで、話題がこれ以上展開もしくは枝分かれする場合には、別途質問を立てることをお勧めしたいと思います。
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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。


 ★ ⇒少なくともニーチェは、『アンチ・クリスト』や『権力への意志』などでそう言っていたと思います。私も共感した記憶があります。
 ☆ ですから 解釈は自由ですが マチガイはマチガイです。誤読です。誤読だという根拠をわたしは示しました。

 ★ お説のような〔* 信仰と宗教との〕峻別をしたところで、後追い的・学問的な意義はあっても、それが当時のパウロの布教とその相手(流浪の民)との間でも果たして同じような意識があったとはとうてい言えないでしょう。まさしく、渾然一体だったに違いありません。
 ☆ パウロの《宣教 もしくは キリスト・イエスの人類史における登場の意味についての解説》は何であるか? これのみです。いまの課題は。

 ニーチェが ローマ教会やあるいは聖書についての民衆の態度だけを扱ったのなら そういう民俗学としてけっきょく水掛け論を書き継いで行ったたというほどの一コマがあった。これで おしまいです。

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ☆ ・・・哲学としての中身で勝負しましょう。
  ⇒そんなことをしたら、ますます細部に分け入っていくだけじゃないですか。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ ぎゃくですよ。そうしないから おままごとのような水掛け論でしかないのです。

 ★ この分野での、質問者さんの造詣の深さは認めます(回答・投稿しないまでもだいたいの流れは拝読しています)が、この場合私は、「一部で全体を判断するのは難しいし、誤りを冒す危険がある」と申しあげているだけです。
 ☆ 個別の主題あるいは特殊な問題をめぐる主題について論じるほうが 一般論をおしすすめるよりも 難しいのです。それを おおむね大過を侵すことなく 打ち出しています。

 ★ とにかく、最初の2つのご質問に対してはすでにお答えしたとおりです。
 ☆ なおまだフリッツくんにお出ましを願って 現代思想の中で活躍して欲しいということでしょうか?

 それならそれで構いませんが もう少し理論的なお話をしましょうよ。

 賛同者が ニーチェの著作内容から理論を引き出しこれをきちんと整理して公表すれば 話は早いでしょう。

お礼日時:2014/11/21 22:59

「お礼コメント」への書き込みをありがとうございました。



> ☆ つまり 宗教の神は ローマ教会のしわざです。儀式化がひとつの特徴的な要素でしょうね。パウロもイエスもかかわっていません。
⇒「パウロは、もう一人のイエス」とも呼ばれますが、彼の立ち上げたキリスト教の実態は、かなりイエスから離れました。
ユダヤの律法学者サウロが、その律法の煩雑さに嫌気がさしてこれを嫌い、肉・歓楽・淫蕩…に悩み、イエスの十字架上の死によってサウロからパウロに変身し、キリスト教を立ち上げた。「一人の無抵抗主義者・絶対平和主義者が磔刑に処せられた」という事実を、「神の子が人間の罪を贖うために十字架にかけられた」と解釈したのだ。
愛と謙遜を説くイエスに対し、贖罪死・明るい現世の否定・死の臭いといったペシミズムからついには生の否定に結びつくような陰気な宗教を捏造したのである。

>『アンチ・クリスト』を呼んでみてください。その支離滅裂ぶりを。
⇒以前、共同研究で読みました。だいぶ昔なので記憶は薄らいでいますが、少なくとも「支離滅裂」とは思いませんでした。

> ★ その気になれば手にできるかも知れない、無限の可能性を持った人間の「自己写像としての神」を求めたかったのだと思います。
> ☆ これは先ほどの《仮託》よりも劣った心に成り下がったと捉えます。《想定》していればよいのです。
⇒そうかも知れません。「心が成り下がって、意志が高く舞い上がった」のですね。「神のしろしめす」空より高く。

> 人間が神をこしらえてどうするんですか。ローマ教会とまったく同じことになります。
⇒えっ!? 人間が神をこしらえるのでなければ、誰がこしらえるのですか? 「馬が神を造ったら、馬の顔に似せて神を造るだろう」と言った人がいましたが、人間が造った神なればこそ、人は「神の似姿」とされるでしょう。(ベクトルが逆ですが。)

>★ それはニーチェの情感や嘆きの強さを訴えるための、彼一流の修辞法と考えます。少なくとも、私は「パセティック」とは感じません。せいぜい、「これも愛嬌」ぐらいに見ます。
> ☆ わたしの感覚では 《修辞法》も《愛嬌》も 哲学ではないという批判になります。
⇒もともと、ニーチェの著作は、哲学書という狭い枠に納まらないと思いますよ。哲学書であり、思想であり、文献学であり、啓蒙書であり、詩・フィクションという形の文学書でもある、でしょう。そう思います。

> ★ 「目からウロコ」の気分です。
> ☆ なかい702さんに似合わず 論証も例証も見当たりません。残念。
> 輪郭だけは描いてあります。
⇒キリスト教が、生の重心を「あの世」に置くのに対し、ニーチェはそれを現実の生に置く。その意味でニーチェの主張は、「生の哲学」や「実存主義」の範疇にも入り、仏教にも通じる。私にとっては、まずこの点が大いに共感するところです。肉やエロスや快楽を、それに溺れることを肯定するわけではありませんが、少なくともそれを敵視する必要もないでしょう。

ニーチェはまた、キリスト教の徳目とされる愛や同情は、「悲惨の倍率を高め、人間種属の高揚のために必要な淘汰の法則と矛盾する」と見ますね。なるほど、そういう視点もあったか、と思いました。
『脱病院化の社会』(イリッチ)を思い出しました。共感するとか賛同するとかという観点とはあまり関わりませんが、「そういう視点があったんだ!」と感動した記憶があります。

ところで、この問題に関連して私の申しあげたいことをまとめると、以下のとおりです。
(1)1つの事象を取り上げて、人を批判するのは問題があろう。「罪を憎んで人を憎まず」の伝で考えるべきである。
(2)1つの事象を取り上げて批判する場合、その事象のみを批判し、さらに批判によって発生する欠を補う案、つまり、代案を提示すべきであろう。
(3)1つの事象を取り上げて批判すべきことが見えた場合、それに関連する他の事象を広く見て、全体像を掴むように努めたい。
(4)1つの事象を見て批判すべき余地があると感じても、他の事象を広く見て俯瞰し、全体像を鳥瞰してみると、全然見当違いであっとことに、しばしば気づくものである。

おっと、偉そうなことを言ってしまいました。お腹立ちの際は、どうぞご寛恕のほどを。
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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。


 ★ 「パウロは、もう一人のイエス」とも呼ばれますが、彼の立ち上げたキリスト教の実態は、かなりイエスから離れました。
 ☆ これは わたしの立ち場としましては 弁護します。

 信仰の中身と言いますかその深さだったりするような中身ですね これは人それぞれですので判定できませんが キリスト・イエスの信仰を説明することにかけては パウロにはペテロも誰も及ばない。と考えます。

 表現の問題になりますが・それでも実質的な中身にもかかわるので申しますが
 ★ キリスト教
 ☆ というのは 宗教です。煮詰めた捉え方では 《オシエをそのまま無条件に受け容れよ。つまりオシエを信ぜよ》というワケの分からない取り決めによって成り立っています。オシエは 思考において取り扱うものであって 非思考の信仰の対象ではありませんから。

 つまり 《キリスト教を信じる》といった表現は 自己矛盾です。




 ★ その律法の煩雑さに嫌気がさして
 ☆ これは 誤解です。ひとつに モーセの律法より以前にすでに アブラハムの信仰があったわけです。したがって――エレミヤ書31:31以降に書かれた《あたらしい契約》(これは へブル書8章に取り上げられています)ですでに触れられていますが――イエスによって モーセの律法主義からアブラハムの信仰なる基礎を基礎とすることに変わりました。

 あとは 要するに律法ないしオシエというのは それを守るにはけっきょくのところでは神の聖霊による(つまり信仰による)よりほかには出来ない。人間の能力と努力とだけでは ついぞ守り切れない。ということもあります。

 そうして 同じく要するにオシエは われわれが日々生活するときに アヤマチを侵したというとき いわゆるヤマシサ反応(良心のとがめ)があるごとく もしおのが信じる神に失礼をしたと思えば その意味で罪を自覚するようになる・その自覚をうながすために〔オシエは〕あるものです。ほとんどそれだけのためにあります。

 ですから 《律法の煩雑さに嫌気がさして》という理解は 筋が違っています。誤解だと思います。




 ★ 「一人の無抵抗主義者・絶対平和主義者が磔刑に処せられた」という事実を、「神の子が人間の罪を贖うために十字架にかけられた」と解釈したのだ。
 ☆ これは 目的語が違います。その《事実》を否定するという意味ではなく その事実認識は ふつうの人びとのいだいた内容であり それにしか過ぎないという意味です。

 十字架上に去って行かねばならなかった。と言いますか そういう手段をとって イエスは自分が神でもあることを――そういう大嘘を――人びとに伝えようとしたのです。

 ハリツケになったとき 人びとはそのイエスに もし神であるならそこから降りて来いと言いました。もし《人間イエスであると同時に 神の子でありみづからも神であるキリストでもある》のでないならば 神としてその挑発に乗って ハリツケの木から奇蹟をはたらくかのように降りて行ったでしょう。つまり そういうふうに聖書記者は 書いたでしょう。

 ところが ただ人間イエスとしてのみ 十字架じょうに去って行くのだとしたら それは 確かに《あぁ あの人は立派な人だった。神のオシエをあたらしくわれわれに伝えてくれた。あぁ 残念だ》と言っておしまいとなります。

 人びとに何がしかの光を見させることが出来たかも知れませんが その人びとのおのおの心の奥底なる心の灯心に火をともすことは――人間イエスとしてのみであっても 神キリストであるだけであっても―― 出来なかったでしょう。

 よって モーセに対して語られたくだりが 成就したかっこうになりました。
 ▼ (出エジプト記 33章) ~~~~~~~~~
 21: 更に、主は言われた。

   「見よ、一つの場所がわたしの傍らにある。
   あなたはその岩のそばに立ちなさい。
 22: わが栄光が通り過ぎるとき、
   わたしはあなたをその岩の裂け目に入れ、
   わたしが通り過ぎるまで、
   わたしの手であなたを覆う。
 23: わたしが手を離すとき、
   あなたはわたしの後ろを見るが、
   わたしの顔は見えない。」
 ~~~~~~~~~~~~
 ☆ というように――ひとつの後づけとしての解釈に過ぎませんが―― イエス・キリストは 死を死ぬまで・去って行くまで 人びと(つまり弟子たちをふくむ)の顔には キリストにかんする《神の肉化》のことが分からないように覆いがかけられていた。去って行ってやっと――顔を見たわけではないが――その後ろ姿を人びとは見た。という仕組みになっている。

 ですから
 ★ 「一人の無抵抗主義者・絶対平和主義者が磔刑に処せられた」という事実
 ☆ の認識は マチガイだと言うのではなく けっきょくどうでもいい事態なのです。それほどの大いなる虚構が 歴史したのだと 信仰の理論としては 語るわけです。

 キリスト・イエスは このことを特にはパウロにまかせた。ということだと見ます。





 ★ (アンチ・クリスト) 少なくとも「支離滅裂」とは思いませんでした。
 ☆ わたしも記憶がうすらいでいますが そのように受け取ったことははっきりおぼえています。反論がありましたら 中身で勝負をどうぞ。



 ★ えっ!? 人間が神をこしらえるのでなければ、誰がこしらえるのですか?
 ☆ 神は 《非知》です。《非経験の場》として想定されるものです。

 ○ 《非知》とは何か ~~~~~~~~

  経験事象
    可知
      既知
      未知
    不可知 (知り得ないと知ったもの)

  非経験の場
    非知 (知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ)

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ☆ この非知は 人間がこしらえたものではありません。経験世界における因果関係や有る無いの排中律やから自由な場です。非経験の場として 人間はこれを想定するのです。




 ★ もともと、ニーチェの著作は、哲学書という狭い枠に納まらないと思いますよ。
 ☆ でしたら 《哲学》をもふくむということになります。哲学としての中身で勝負しましょう。




 ★ キリスト教が、生の重心を「あの世」に置くのに対し
 ☆ ローマ教会そのほかの坊主がどう言っているか知りませんが たとえば:
 ▼ (ルカによる福音書 20章 38節) 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。すべての人は、神によって生きているからである。 
 ☆ 例のレヰラート婚の話が出たところで イエスがみづから語ったと伝えられる言葉です。
 
 なかい702さんは 世間でうわさされているその内容に従って議論をなさっているようです。

 ★ ニーチェはそれを現実の生に置く。その意味でニーチェの主張は、「生の哲学」や「実存主義」の範疇にも入り
 ☆ ということなら 当のフリッツくんも じぇんじぇん聖書を知らないということですよ。初歩的ミスです。



 ★ ニーチェはまた、キリスト教の徳目とされる愛や同情は、「悲惨の倍率を高め、人間種属の高揚のために必要な淘汰の法則と矛盾する」と見ますね。
 ☆ これはすでに触れましたオシエの問題です。エレミヤ書31:31以降に書かれた《あたらしい契約》では――それがイエスの登場によって成就したと見るのですが―― ふたつのあたらしいコトがあります。神はもうそれまでの人びとの罪をおぼえない。忘れるということが ひとつ。もうひとつは 人びとは神を知れと言って 教えることはなくなるということ。です。

 モーセの律法ないし倫理規範としてのオシエは もう教えないのだと言っています。ですから キリスト信仰としての聖書にもとづくなら ニーチェの言うことは 誤読です。信仰は――非思考であって―― 思考や道徳の問題ではないのです。

 このようなわたしの話を聞いて
 ★ 「そういう視点があったんだ!」と感動し
 ☆ ましたか?


 ★ (1) 1つの事象を取り上げて・・・
 ☆ どんな小さいことでも・ただひとつのことだけでも 問題だと思うならば 自由に互いに批判するのが 哲学です。

 ★ (2) ・・・代案を提示すべきであろう。
 ☆ 前回は示し得なかったでしょうか。今回はしっかりと明らかにしています。

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 (3)・・・
 (4)1つの事象を見て批判すべき余地があると感じても、他の事象を広く見て俯瞰し、全体像を鳥瞰してみると、全然見当違いであっとことに、しばしば気づくものである。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ これも 例証がありません。わたしの議論のどこのどの部分について言っているのか? その理由は何故か? これを明らかにして初めて《どうぞご寛恕のほどを》をいう言葉が出て来るというものです。

 一般に《批判》は 俯瞰図によってするものではないですよ。例証しませんが。

 ニーチェを阿呆と言っているのは 全体像として俯瞰した言い方ではあります。
 
 
 


 

お礼日時:2014/11/19 22:05

日下部吉信(立命館大学名誉教授)の『古代ギリシアにおける魂(プシュケー)』などは、示唆に富んでいて面白いですよ。



http://kusabe-yoshinobu.blog.eonet.jp/default/fi …

ピタゴラスがギリシアに、自然(ピュシス)に基づかない《(個的、人格的)我・アートマン》を持ち込み、ソクラテス・プラトンによって《エゴ・自我》として完成されたのだ。
古代ギリシア人にとってこの新参の思想は受け入れがたいものであり、プラトンの弟子であるアリストテレスでさえこうした霊魂(プシュケー)観を否定し、イオニアに端を発する自然哲学へと回帰した。プラトンの霊魂観は古代ギリシアで一旦捨てられ、ヘレニズムに復活、開花した。

このようなことを述べております。

日下部は、こうしたピタゴラス→ソクラテス→プラトンの流れを「自然(ピュシス)の我(アートマン)による汚染」と何処かで形容していたように思います。

~~~~~~
ここには文明の衝突とでも言うべきものを縮約した極めて根深い精神の対立構造が見られるのであって、この主観性原理と存在(ピュシス)の差異意識こそその後の2500年にわたる西洋形而上学に通底する対立意識でありつづけたものなのであります。
~~~~~~
ここに記されている《主観性原理》をソクラテス・プラトンが確立し、西洋哲学の流れを作ったんだ、と日下部は言うております。
もっともこの主観は、日下部の言葉で言うならばピュシス・自然に基づかない、それゆえに永遠である《ロゴス》に立脚するものですけれども。
そして、《パトス》は、肉体、つまりピュシス・自然に基づくものと西洋哲学では考えられているようなので、
《ロゴス》⇔《ピュシス(パトス)》
の対立構造となり、
ニーチェと結びつく…。
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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。

 1. 《魂(プシュケー)》について アリストテレスが立った立ち場は ギリシャ古来の《ピュシス(自然)》観である。

 2. これは 《人格》も見ていなければ《個》もない。

 3. ところが 《人格的・個人的な魂》の概念が エジプトからかどこからか入って来てこれをピュタゴラスが伝え ソクラテスやプラトンが受け継いだ。

 4. その場合には 魂は 《エゴ》でありえ《主観》であり《主観性原理》というまでの概念となった。じっさいこの《個人》が ヨーロッパの思想に一貫して影を落とした。

 5. ただし細かく見れば 問題もある。凸凹がある。プラトンには《個の自覚はない》とも言われる。それは 《エゴや主観》があくまで 《ロゴス(理性)》のもとで捉えられているからだ。

 6. 《個人・主観》とは言うものの ロゴス(理性)の世界につつまれている。あたかもギリシャ人は・特にアリストテレスは 伝統の《ピュシス(自然)》の中にすべてがつつまれているのと同じように・ただしその包むものが違って 《ロゴス(理性)》と成り替わったというかのように。

 7. そういう意味では
 ▼ (日下部吉信:『古代ギリシアにおける魂(プシュケー)』 p.5 ) エゴこそがソクラテス的自己確信の源泉なのであります。
 ☆ と言われ むしろこのエゴによる主観性原理としての魂が 不死であり永遠であると思い込まれた。と捉えられる。

 8. たぶん・おそらく 《自然(非文化)》から《理性(文化)》への世界全体としての転換であるように考えられる。

 9. アリストテレスは:
 ▼ ( p.3 ) 何のコメントも付さずにソクラテス、プラトンの人格的な魂概念を無視するところに、アリストテレスの信念の深さとギリシアにおける魂概念の伝統の根強さを垣間見る想いがいたします。魂の概念に関してもアリストテレスは、ソクラテス、プラトンを跳び越して、前ソクラテス期の哲学に繋がるのであります。

 10. 同じくさらに:
 ▼ ( p.4 ) 人格や個人、要するに「私」(エゴ)を越えた、そしてそれらを包み込んだ父祖伝来の「自然」(ピュシス)の境位に立って思索したと言うか、潜在層からの存在の呼び声を彼のタームに包んで発声したのであります。そのようなアリストテレスにとって「わたしの魂の不死」など何ら課題とならなかったことは当然であって、自然(ピュシス)の境内に生きる者は時いたれば黙って死ぬのであります。

 11. ピュシスとロゴスとの戦いは ブラフマンとアートマンとのたたかい?
 ▼ ( pp.4-5 ) ~~~~~~~~~~~~~~~
 したがってギリシアに出現した「存在(ピュシス)と主観性の戦い」の構図をわたしたちは「ブラフマンとアートマンの戦い」と言い換えることもできるでありましょう。

 世界をブラフマンとアートマンという二大原理の戦いの場と見た古代インド人の知恵には深いものがあります。これこそ世界の真実を見据えた知恵であり、仏教のみの真理ではありません。彼らはブラフマンとアートマンの合致(梵我一如)を理想としましたが、しかし彼らはブラフマン(梵)にアートマン(我)を帰一させようとしたのであって、アートマン(我)にブラフマン(梵)をしたがわせるなど彼らの思いもよらないことでありました。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 12. さらに:
 ▼ (承前) まさに近代はこのこと、アートマン(我)にブラフマン(梵)をしたがわせようとしているのであって、とんでもないことであります。存在(ブラフマン)を自らの配下に置くなどという思い上がった暴挙が長くつづくわけがなく、世界や人間おかしくなるのは当然であります。
 
 13. 次の第一文は どうなんでしょうかねぇ。:
 ▼ ( p.6 ) すなわち理性(ロゴス)もまた自然的概念でないがゆえに、不死なのであります。したがって魂を理性(ロゴス)と同一視した場合にのみ、プラトンの言うことは真理ですが、しかしそれは彼が行っている論証以前のことなのであります。理性(ロゴス)と自然(ピュシス)の差異性はギリシア人が格闘した問題のひとつであります。

 14. (6)などで捉えたように むしろ《ピュシス(自然)》の座に《ロゴス(理性)》を置き換えたので 《不死》が 主観の側において主観の思いの問題として起きて来たのかも知れない。

 15. けれども 《ピュシス》は 永遠なのであろうか どうであったのか? ピュシスを魂(プシュケー)として強引に見れば:
 ▼ ( p.4 ) ホメロスによれば魂は風のようなものであるし、アナクシメネス、アナクサゴラス、アルケラオス、ディオゲネス(アポロニアの)によれば空気、ヘラクレイトスによれば蒸気、デモクリトスによれば火、ヒッポンによれば水、クリティアスによれば血液であります。
 ☆ そうして ただしそれらのさらに根源(アルケー)を問い求めようとしたのかも知れません。このアルケーは ピュシスの側にあるものと考えられるかぎりで。

 16. ニーチェは どこに位置しているか? その思想は いったいこれらの《たましい》観のどれを見ていたのであろう?

 17. 《わたしは有る》という《存在》観は 人間にとって普遍の問題であるはずです。そうして そのことが ロゴスによってすべてが説き明かされるとは おそらく誰も考えていない。ピュシスの要素ないし自然観が取り込まれなければならない。

 18. また 人間としての存在の理論は 理性(ロゴス)や感性(ピュシス・パトス)によるその究極(アルケー)の探究のみによっては おそらく埒が開かない。《不死・永遠》を思い描いたように・ただしそれを やはりロゴスによるでもなくパトスにでもなく ルーアハ(霊)として語ったヘブライイズムの洗礼を受けた。はずなのである。プネウマ。

 19. しかもこれら霊も 言葉としては 単なるシルシである。シルシを超えて《もののあはれを知る》哲理が 輸入されるようになるはずだ。

お礼日時:2014/11/19 16:05

~~~~~~~~~~~~~~~~~



われわれが世界を超克したかの聖者たちに、自分自身の経験のなかで出会えるなどということは、もちろんめったに恵まれないことであろうが、しかし彼らについて記録された物語や、内的な真実さという印象を押されて保障ずみの芸術作品が、かの聖者たちをわれわれの眼の前に髣髴とさせてくれることと思う。そこでわれわれは本書の以上のような仕方に従って、これら聖者たちの生涯や行状を考察して、無にまつわるあの暗い印象を払いのけなければならない。この無こそあらゆる徳ならびに精進の背後に、その最終的な目標としてただよっているものであるというのに、われわれは子どもが暗闇を怖れるように、この無を怖れているのである。
あのインド人たちにしてからが、神話だとか、意味の空っぽな言葉をつかって、梵(ブラフマン)への参入と仏教徒たちの涅槃(ニルヴァーナ)への帰入とかいって、無を回避しているのであるが、われわれはこれを回避することすらしてはならないのである。―

むしろわれわれはとらわれなしにこう告白しよう。意志を完全なまでになくしてしまった後に残るところのものは、まだ意志に満たされているすべての人々にとっては、いうまでもなく無である。
しかし、これを逆にして考えれば、すでに意志を否定し、意志を転換し終えている人々にとっては、これほどにも現実的にみえるこの我々の世界が、そのあらゆる太陽や銀河を含めて――無なのである。[1]

[1]これこそまさしく仏教徒たちの般若波羅蜜多 Pradschna-para-mita、「一切の認識を超えた世界である」である。すなわちもはや、主観も客観も存在しない地点のことである。
[イサーク・ヤーコブ・シュレミット『大乗と般若波羅蜜多』についてを参照されたし]



ショーペンハウアー 
意志と表象としての世界 III


西尾幹二 訳

中公クラシックス

243~244ページ


~~~~~~~~~~~~~~~~

《永劫回帰》なる阿呆な考えについて
http://okwave.jp/qa/q7814067_5.html?by=datetime# …
回答No.11

読み返すと引用した文に誤字があるので、注意して欲しいですが、

そこでも引用した
ショーペンハウアーですけれど、改めて読むと難しい。
梵我一如やニルヴァーナを批判している一方、
般若波羅蜜多だといっている。

そして、ニーチェはショーペンハウアーの影響を受ける一方で
批判しているのですから。

とりあえず、
意志の否定は般若波羅蜜多ということになるのでしょうか?

~~~~~~~~~~

むしろわれわれはとらわれなしにこう告白しよう。意志を完全なまでになくしてしまった後に残るところのものは、まだ意志に満たされているすべての人々にとっては、いうまでもなく無である。
しかし、これを逆にして考えれば、すでに意志を否定し、意志を転換し終えている人々にとっては、これほどにも現実的にみえるこの我々の世界が、そのあらゆる太陽や銀河を含めて――無なのである。[1]

~~~~~~~~~~~~~

その文章の

「意志を完全なまでになくしてしまった後に残るところのものは、まだ意志に満たされているすべての人々にとっては、いうまでもなく無である。」

これは、意志を肯定するニーチェの無

「しかし、これを逆にして考えれば、すでに意志を否定し、意志を転換し終えている人々にとっては、これほどにも現実的にみえるこの我々の世界が、そのあらゆる太陽や銀河を含めて――無なのである。[1]」

これは、意志を否定するショーペンハウアーの無

なのだろうか。
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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。

 ▼ 内的な真実さという印象を押されて保障ずみの芸術作品
 ☆ この《保障済み》という判断は 著者の主観です。世界が確かにこの著者と主観を同じくするといったところで 問題は それを経験合理性において検証することです。それまでは 確かなことは言えません。



 そもそも 
 ▼ 聖者
 ☆ とは何を言うのか? ここから始めなければならないでしょう。


 ▼ この無こそあらゆる徳ならびに精進の背後に、その最終的な目標としてただよっているものである
 ☆ そういう見解もあり得ます。というだけのことでしょう。つまり これだけでは 議論は始まっていないという意味になります。


 ▼ あのインド人たちにしてからが、神話だとか、意味の空っぽな言葉をつかって、梵(ブラフマン)への参入と仏教徒たちの涅槃(ニルヴァーナ)への帰入とかいって、無を回避しているのであるが、われわれはこれを回避することすらしてはならないのである。―
 ☆ 多少議論っぽくなりましたが ここはまだおかしい。

 ブディストは《無を回避している》のではなく 最終的には生きていることを選ぶにしても 途中まではニルワーナの修行では無に近づこうとしているかも分かりません。

 あるいは 《梵(ブラフマン)への参入》というのはきわめて不用意な表現です。ブラフマンもアートマンも あくまでマクロでは非経験の場でありミクロ(個人)では非思考の庭である想定としての神でありその霊です。《参入》は 人間が意志的に意図的に努力しておこなうものとは 基本的には 考えられません。(修行としては おこなわれるようですが)。


 ▼ 意志を完全なまでになくしてしまった後に残るところのものは、まだ意志に満たされているすべての人々にとっては、いうまでもなく無である。
 ☆ マチガイです。それは 無ではなく精確には死です。




 ▼ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 しかし、これを逆にして考えれば、すでに意志を否定し、意志を転換し終えている人々にとっては、これほどにも現実的にみえるこの我々の世界が、そのあらゆる太陽や銀河を含めて――無なのである。[1]

   [1] これこそまさしく仏教徒たちの般若波羅蜜多
    Pradschna-para-mita、「一切の認識を超えた世界である」
    である。すなわちもはや、主観も客観も存在しない地点の
    ことである。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ これは 気が違っただけのことでしょう。《意志を否定し》ということくらいは その自己表明として出来ないわけではありませんが
 ▼ 意志を転換し終えている
 ☆ などということは くるっています。さもなくば 分かるようにきちんと説明しなければならない。

 ▼ 「一切の認識を超えた世界である」
 ☆ これは 不可知と呼ばれるところのことは 認識し得なくてもこの経験世界に属していますから 表現があいまいです。

 もし《経験事象を超えている場》という想定であるならば その想定じたいはあり得ます。つまり ブラフマン神でありアートマンなる霊我です。むろん のちのブッダター(仏性)も同じくです。

 ですが その《非経験の場 ないし非思考の庭》そのものに《参入》するとかいったかたちで《意志を転換し終えている》などということは あり得ません。阿呆の与太話です。自分が神になったと語ったことになります。語っても自由でしょうが 誰も相手にしません。


 ▼ 主観も客観も存在しない地点のことである。
 ☆ ぢゃあその地点を知っている人間 その地点におのれがあってそのことを自覚している人間 これは どういう状態にあるのか? 

 つまり いまの議論はすべて 与太話として想像力をたくましくしただけのことです。よほど暇だった人間なのでしょう そんなことを考えるとは。さもなければ 精神錯乱です。


 以上のようにお応えします。

 

お礼日時:2014/11/19 14:27

プラトンにとって、死は生より善きものであり、人間の生は死(完全なる自由)への準備期間に過ぎませんから。



「ならば、さっさと死んでしまえばいいじゃないか」と思うかもしれませんが、
プラトン大先生は「われわれは神々に見守られているのであって、人間は神々の家畜のひとつ(だから勝手に自殺してはいけない)」と『パイドン』で言っていたんじゃなかったかな。

底意地の悪い私としましては、家畜(人間)が勝手に死ぬと何か不都合が起こるのですか、とプラトン大先生に質問したいところなのですが、
古代ギリシア人は羊や山羊などを飼っていましたので、
この時代においては説得力のある説明だったのかもしれませんね。
当時の人は、これで納得できたのかもしれない(笑)。


肉体の牢獄説には、「人間は罪を犯したが故に肉体という牢獄に閉じ込められている。人間の生はその罪の贖いに過ぎない。自殺はその義務を放棄することだから不敬虔なのだ」というピタゴラス学派の影響があるとかないとか・・・。

ピタゴラスのこうした考えは、東方、オリエント社会からもたらされたとか・・・。

さらに、ピタゴラスは、インドから直接ではないが、インドのアートマン(我)という考えをギリシアにもたらしたと、と指摘する古代ギリシア哲学の研究者もいます。
ピタゴラス以前の古代ギリシアには、ポリスに対立するような《我(アートマン)》という考えは存在しなかった。ピタゴラスがギリシアに持ち込み、ソクラテス→プラトンの系譜で、《我(アートマン)》が発展したのだ。
ソクラテスのダイモニオンの正体は、インド起源の《アートマン》であり、それは単に古代ギリシア起源のものではなかったからだけではなく、ポリスの調和・コスモスを乱す危険な思想、神学であったから、裁判にかけられたのだ。
こういったことをいう研究者がいたりします。

こういうことをいう研究者・専門家がいるということで、眉にツバをつけて読んでください。
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この回答へのお礼

 お早うございます。ご回答をありがとうございます。


 アートマンとダイモニオンとの突き合わせは おもしろいですが たぶんアートマンが霊我であることをギリシャ人は知らない。大きく勘違いしているようですね。

 ダイモニオンの場合は 霊我であるようでもあるのですが どうも経験的なハタラキが濃すぎるようにも見られます。
 経験的な守護霊のごとくしてヒラメキだけではなくあらゆる振る舞い・おこないを見守っていつつけっきょく介入さえして来て言ってみれば《われの拡大版》であるように思われます。


 アウグスティヌスにも 型どおりの説明が見られると言えばそうなのですが プラトンについてはいろいろ書いています。おおむね好意的です。

 ▼ (アウグスティヌス:プラトンの神について) ~~~~~
 であるから まさしく 評価と名声において他の哲学者たちにぬきんでているとわたしたちが思っているかの哲学者たち(*1)は

  *1 他の哲学者たちにぬきんでている:キケロ『神々の本性』
   (2・12)で プラトンは《哲学の神》と呼ばれていたと
    いうことからだそうです。

 いかなる物体も神ではないと知っていたのである。それゆえ 彼らは一切の物体的なものを越えて神を求めたのである。彼らはまた いかなる可変的なものも最高の神ではないと知っていた(プラトン『国家』2・380D-381B)。それゆえ 彼らはあらゆる魂 あらゆる可変的な霊を越えて最高の神を求めたのである。さらに彼らは あらゆる可変的なものにおけるすべての形体は それが何であろうと どのような仕方で存在していようと どのような本性であろうと 存在する限り 不変的に存在するゆえに真に存在するところの神によってでなければ存在することができないことを知っていたのである。

 このことから 世界のすべての物体 すなわち その形体(スペキエス) 質 秩序ある運行 天から地に到るまで整然と配分された諸元素 さらに それらの中に存在するすべての物体 あるいはまた すべての生命あるもの 植物がそうであるように養分を摂取し〔存在を〕維持するだけのもの 動物がそうであるように それに加えて感覚するもの 人間の場合がそうであるように それに加えて知性(インテレクトゥス)によって認識するもの 天使たちの場合がそうであるように 養分の補給は必要としないが 〔存在を〕維持し 感覚し 知性をもって認識するもの――そうしたすべてのものは純一に存在している神によってでなければ存在することはできないのである。

 なぜなら 神にとっては あたかも生きることなく存在することが可能であるかのように 存在することと生きていることとは別の事柄ではないからである。また神にとっては あたかも知性によって認識することなく生きることが可能であるかのように 生きていることと知性によって認識することとは別の事柄ではないからである。さらにまた 神にとっては あたかも至福であることなく知性によって認識することができるかのように 知性で認識することと至福であることとは別の事柄ではなく 神にとっては存在することは 生きることであり 知性によって認識することであり 至福であることであるからである。

 プラトン派の人びとが 神はそうした万物の創造者であり しかも神自身はいかなるものによっても創造されることはできないと考えているのは こうした〔神の〕不変性と純一性のためである。存在するところのものは物体であるか生命であるかのいづれかであり 生命は物体よりもすぐれており 物体の形体は感覚でとらえられるものであり 生命の形体は知性によってとらえられるものであると彼らは考えたのである。


 したがって 彼らは知性によってとらえられる形体を感覚によってとらえられる形体よりも上位に位置づけたのである。感覚によってとらえられることのできるものとは 身体の視覚や触覚によって感覚されうるもののことを言い 知性によってとらえられることのできるものとは 精神の注視(コンスペクトゥス・メンティス)によって知られ得るもののことを言うのである。

 それゆえ いかな形体的な美も 例えば 姿かたちのような 身体の静的な美であれ 歌の曲のような動的な美であれ 必ず魂が判断するのである。もし魂の中に量的な広がりも 声の響きも 空間や時間の広がりもないすぐれた〔美の〕形体が存在していないとすれば そうした判断はまったく不可能なことである。けれども そうした〔美の〕形体がもし魂の中で変化することなく存在するとすれば 一方の人が他の人よりも感覚的な〔美の〕形体についてよりすぐれた判断を下すということはありえないであろう。よりすぐれた才能の持ち主はより愚かな者よりも より熟練した者は未熟な者よりも より経験豊かな者はより経験のとぼしい者よりもいっそうすぐれた判断を下すのである。さらに 同一人においてさえも 進歩したときには たしかに前よりも後のほうがいっそうすぐれた判断を下すのである。


 しかしながら 増減するものが可変的であることは疑いえないことである。このことから こうした事柄(哲学)の中で訓練された才能豊かで学識にすぐれた人びとは 可変的であると確信されるものの中には根源的な〔美の〕形体は存在しないと容易に結論したのである。それゆえ 彼らの見方に従えば 身体も魂も共に大なり小なりの〔美しい〕形を持って存在しているのである。したがって もしそれが一切の形体を欠くならば それはまったく存在しなくなるのである。かくて彼らは 不変にして それゆえに比較を絶する根源的な形体がその中に存在するところのあるものが存在することを知っていたのである。そして彼らはそこにこそ 創造されないがむしろそれによってすべてのものが創造された万物の根源が存することをたいへん正しく信じたのである。

 このように 神について知り得る事柄は彼らには明らかであり 神がそれを明らかにされたのである。神の見えない性質 すなわち 神の永遠の力と神性とは 天地創造このかた被造物において知られていて 明らかに認められるからである。この神によって 目に見えるもの 過ぎ去りゆくもの そうしたすべてが創造されたのである。
 
 以上において わたしたちは彼ら(プラトン派の哲学者たち)がフィシカ すなわち 自然に関する学(ナトゥラーリス)と呼んでいる哲学の一部門について述べた。

 (アウグスティヌス:神の国 Bk.8 ch.6  茂泉昭男訳)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

お礼日時:2014/11/19 09:34

民主主義というのは あくまで・どこまでも・とことん 互いに分からないところを指摘して 自由に批判しあうことです。



こんな しょーもないサイトで話し合う様な内容では無いし

イエスも 祭司や立法学者に理解して貰えなかったから 乞食同然の弟子に話したのです

祭司や立法学者に とことん話しても無駄だと言う事を いち早く悟って それでも やらなければならない事があったから・・
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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。


 イエスよりもさらに大きい仕事を おまえたち(弟子たち)がおこなうようになるとイエスは言いましたが そのことも・そのチカラもキリスト・イエスによるわけです。聖霊によります。

 したがって イエスのつとめとあなた〔がた〕の活動とを同じレベルに並べて議論するとは おそれいりました。



 ☆☆ けっきょく予定調和の二番煎じのようなものなのかなぁ。



 ぢゃあ バイバイ。

お礼日時:2014/11/18 21:43

信じているものが あなたと俺は違うのだから それで良い



好きな様に・・

聖書はタダの本・・


キリストの到来を示す本

キリストが使命を果たした今 聖書はタダの書物

じゃ( ´・ω・`)ノ~バイバイ
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この回答へのお礼

 民主主義というのは あくまで・どこまでも・とことん 互いに分からないところを指摘して 自由に批判しあうことです。

 あなたの神は それを排除しますか?



 けっきょく予定調和の二番煎じのようなものなのかなぁ。


 とにかくにも ご回答をありがとうございます。

お礼日時:2014/11/18 18:15

「神は死んだ」というのは伝統が守破離の離の段階に来たことで、「離の段階の伝統」と「新しさ」の歩み寄りからの新たな可能性が見え隠れしている「現代」に流れついてはいるような気がします。

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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。



 《伝統》を 宗教としての・ローマ教会としての《オシエ》ととるか それともあくまで個人の主観内面における《信仰》のことと採るかで 違って来るように思います。


 信仰の問題は 《守破離》のような過程を必ずしもとおらない。初めから破っても――つまり神なんか何だい 死んぢまえとののしっても―― 信仰は或る日ふとわが心の扉をノックしている。はずですから。


 オシエとして伝統は あまり守ることもないとわたしは思っています。シュウキョウは 百害あって一利なしだと。


 それでも《オシエとしての伝統》が その歴史の過程を経て行くときに 或る人からは《神は死んだ》という発言があり それに対して《おまえは やがて死ぬ。神はまた生きる》とでもいうような応答がなされる。かも知れません。そういう流れの中において見るということでしょうか。

お礼日時:2014/11/18 18:12

ニーチェが格闘したのは、プラトンであり、プラトニズムですよ。


そして、
キリスト教は、その教義形成において、プラトニズムやネオ・プラトニズムと深い関係がある。
だから、キリスト教を攻撃したんですよ。
ニーチェの真の敵は、キリスト教ではなく、ソクラテスであり、プラトンです。
ロゴスとパトスが融合し、健全であった古代ギリシアの精神を、エートスやロゴスで歪めたプラトンを許せないんですよ、ニーチェは。
そして、プラトンの発する腐臭をキリスト教に感じ取ったから、キリスト教を攻撃したにすぎない。

プラトンにとっての神は、ロゴス、エートス的な神であり、古代ギリシアの詩人が語るようなパトス的な神ではない。プラトンの神は地上の人間(男女問わずです)と不道徳(?)な情事などは決してしない。であるから、「詩人は、自身の想像力で神を汚している。詩人は国家(ギリシアのポリス)から追放すべきだ」と、プラトン大先生は声高に主張する。
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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。

 プラトンやアポローンなどは 目の敵にしたと思います。けれども 何度も出しますが『アンチ・クリスト』なる著書を読めば いかにキリスト・イエスとの間主観性が ニーチェにおいて 欠かすわけにはいかなかったもののようだなと思わせるものがあります。
 
 寄りすがるように・そして悪魔呼ばわりしてののしるように 自動筆記のごとく自己表現していると思います。


 ◇ ロゴスとパトスが融合し、健全であった古代ギリシアの精神を、エートスやロゴスで歪めたプラトンを許せないんですよ、ニーチェは。
 ☆ 《ロゴスとパトスが融合し、健全であった古代ギリシアの精神》 これなら 誰からも文句は出ないでしょうね。


 プラトンは イデア世界とこの地上世界とを自分の思考や想像でつなげてしまっています。これは 或る意味で《神の代理人》であるかのごとき姿になります。

 ただの文学ですよとか ただの補助線に過ぎませんよとかことわっていれば まだましだったのだと思います。

お礼日時:2014/11/18 18:05

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