経済学や組織論などの英語の文献を読んでいると、特に理論やモデルを構築する話のところで「parsimony」という単語がしばしば出てきます。日本語では「吝嗇性、けち」ということなのですが、そのままでは理解できません。「吝嗇性のある理論」「吝嗇性のあるモデル」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?

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A 回答 (2件)

cainさんの回答に オッカムのかみそり が


ありましたので 僕なり調べてみました

英語ですが 以下のHPに 詳しく掲載されています

参考URL:http://phyun5.ucr.edu/~wudka/Physics7/Notes_www/ …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
「オッカムのかみそり」でさえ、初耳だったのに、まさか「ハンロンのかみそり」まで出てくるとは。
とても役に立ちました。

お礼日時:2001/06/13 20:26

それは、経済学や組織論固有のものではなく、科学と関するものとくに現象の理論化をともなう分野におけるモデル・理論が有すべき性質、あるいは有しているほうがよい理論・モデルだという大きな基準のひとつです。


(1):parsimony= 極度の倹約,けち=現象の本質だけを抜き取り理論化するということともいえますし、
(2):同じ現象を説明できるなら、「無用な」複雑化を避けて、 「最も簡潔な」理論を採るべきだという原則=Ockham's razor :オッカムのかみそり (=law of parsimony)、ともまとめられています。(オッカムの話は、この文脈でしか知らないのでオリジナルの話は別の人にでも聞いてください。)

これは、理論化であれば誰もが実践していることですから、少なくとも有名な理論・モデルは、分野に限らず、貴方が質問されている「吝嗇性のある理論」「吝嗇性のあるモデル」ということと理解されてよいと思います。
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この回答へのお礼

有難うございます。おかげで理解できました。
「オッカムのかみそり」なんて、初めて耳にしました。これについても、調べてみる価値がありそうですね。

お礼日時:2001/06/12 18:28

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Q古典派理論での市場分析手順・ケインズ派理論での市場分析手順

こんにちは、現在資格試験の試験勉強で経済学の勉強をしています。
先日やっと経済学の問題集をマクロミクロ1周した程度の知識の経済学初心者です。
私の受ける試験ではほとんどが計算問題ばかりです。ですから古典、新古典、ケインズなどの理論の根本や相違についてそれほど完全な理解をしないままでも個々の理論モデルについてバラバラにある程度は理解でき問題集の学習をそれほど詰まることもなく進めることができました。
【数式とグラフ】から、「この理論モデル(この章の学習)では何を論点の中心にしているか?」「何がこの理論モデル(この章の計算問題)では最も望ましい答えか」はある程度は推測できますし、私の受ける試験の問題もそれほど難解な問題は多くなく、計算問題の答えを出すことだけについてならそれほど頭を抱える事もあまりございませんでした。
 
しかし今、問題集を1周してかなり頭を抱えております。
個々の理論は分かりました。というより問題の解き方を覚えたというレベルです。動物の学習実験でレバーを押せばごほうびが出る事を学習したサルのレベル、理解というには恐れ多いです。
全体が把握できていません。

以下より、皆様の失笑をかうほどの私の「経済学不理解露呈し放題疑問文」が記述されますが、分からない事を分かるためには恥を忍んでお伺いするしかございません(汗)
どうか心の広い経済学の先輩方、なぜレバーを押せばごほうびが出るのかをサルにご教示ください。


~以下、やや長い質問の前置きが続きます(汗)~

私の問題集には「ケインズ派の分析方法であるIS-LM分析やAD-AS分析を古典派の視点からみるとどうなるか」のような記述があり、他にも双方の分析方法を互いの学説視点から見た場合といった具合にひとつの理論×2(学説対比のためにあえて混在させて)のような記述がよくあります。
経済学においてこれはよくある考察方法のひとつなのかもしれませんが、これで私はやや混乱しております。
ここが最も今回私が皆さんにお伺いしたい疑問点の発生原因の核かもしれません。
というのも、いくつかの説が混在していてそれらを単純にその理論モデル内において区別する事は、それ自体はそれほど困難ではありません。
しかしその理論モデルからの視点をいったん離れ、それら前述の説を主張するそのおおもとの学派の個別の経済理論の全体像という視点に立ったとき、その学説がそもそもその学説たりえるための、十分条件としての理論が何なのかが、把握できないのです。
要は、「古典派が古典派理論のもとで経済を論ずる」という原点にかえったときそもそもどの理論を用いどの理論が他学派の不必要な理論なのかが区別できないのです。
例えば古典派がケインズ派の「政府の裁量的な財政政策」を長期的視点で否定するためにIS-LM分析を基礎に理論展開することはあっても古典派が古典派としての理論を単独で展開する際には物価一定を前提とするIS曲線(IS-LM分析)は用いる必要はないのではないでしょうか?

このような混乱した疑問を解決するために実際に古典派とケインズ派がそれぞれどういった順番でどの理論を用い市場を分析し提案していくのかの手順のようなものを別々にご教示いただきたいのでございます。

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【質問】

古典派(新古典派)およびケインズ派の市場分析の手順を個々の理論モデルの羅列で結構ですので教えてください。

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「そもそも疑問の前提になっているお前の知識が間違っている」等の指摘でも結構です。
【理論の展開、流れ】を説明する際、難しい説明をガンガンしていただいても結構です。問題集をいちおう1周しているので鼻血がでるまでがんばって理解します

読むのがイヤになるくらいに煩雑で長い駄文になってしまっていないか心配です(汗)
申し訳ありませんが、この駄文の要点は【質問】の上下線分内です。読み返す際はそこだけ読んでくださっても結構です。

古典派のみ、ケインズ派のみでも結構です。
どうか宜しくお願い致します。_○/|_

こんにちは、現在資格試験の試験勉強で経済学の勉強をしています。
先日やっと経済学の問題集をマクロミクロ1周した程度の知識の経済学初心者です。
私の受ける試験ではほとんどが計算問題ばかりです。ですから古典、新古典、ケインズなどの理論の根本や相違についてそれほど完全な理解をしないままでも個々の理論モデルについてバラバラにある程度は理解でき問題集の学習をそれほど詰まることもなく進めることができました。
【数式とグラフ】から、「この理論モデル(この章の学習)では何を論点の中心にして...続きを読む

Aベストアンサー

資格試験のマクロ経済学などではいまだに「古典派対ケインズ派」とか「IS-LM図式」などが紋切り型で載っていますが、現代の経済学ではもはやそういう区別は時代遅れです。

マクロ経済学におけるミクロ的基礎の確立、というおおまかな方法論的な合意の下に、リアル・ビジネス・サイクル(RBC)とニューケインジアンが融合しつつあります。キーワードは動学的一般均衡モデル(DGEとかDSGEとか略称される)で、その仮定を変えていろいろとシミュレーションする分析手法がメインストリームになっています。資格試験では上記のような知識はかえって邪魔になるだけかもしれませんが、根本的なところに疑問があるなら一度そういう学説史的な流れをさらってみるのもいいかもしれません。

以下のテキストはどれも定評のあるものですが、読み比べるとかなりクセのあることがわかります。いずれもあまり簡単ではありませんが。
※そもそも現代の展開については入門レベルのテキストが無い。
齋藤誠「新しいマクロ経済学」(新しい古典派寄り)
加藤涼「現代マクロ経済学講義」(DSGEの説明)
脇田成「マクロ経済学のナビゲーター」(最近のマクロへの展望)
吉川洋「マクロ経済学」(ケインジアン寄り)
ローマー「上級マクロ経済学」(ニューケインジアン寄り)

それから、古典派にしてもケインズ派にしても「自分の理論を他の理論の分析用具で解釈するとこうなる」といった説明については、比較したり解釈を明確にするために行われるのですが、それ自体が自説に必要なわけではありません。たとえば「古典派のケースのIS曲線」といった概念は「ケインズ派の枠組みで古典派を解釈するとすれば」ということに過ぎず、古典派自体ではIS曲線などという概念はそもそも無くても理論として完結して成り立っています。なぜなら(紋切り型風な説明をすると)古典派ではセイ法則で「需要は供給を作る」だから実物市場での貯蓄と投資が均衡するように利子率が決まり、IS曲線を持ち出さなくても均衡が自明だからです。貨幣市場(LM曲線)も、貨幣量の変動はただ比例的な物価変動にしかつながらず、流動性選好という概念を重要視しないので、LM曲線といったものを考える必然性が全く無いのです。したがって、どちらの理論が「何を前提条件として考えているか」をよく吟味すると、モデルの組み立てがその前提にしたがっているだけだと理解できることが結構あります。

答えになっているかどうかわかりませんが、ご参考まで

資格試験のマクロ経済学などではいまだに「古典派対ケインズ派」とか「IS-LM図式」などが紋切り型で載っていますが、現代の経済学ではもはやそういう区別は時代遅れです。

マクロ経済学におけるミクロ的基礎の確立、というおおまかな方法論的な合意の下に、リアル・ビジネス・サイクル(RBC)とニューケインジアンが融合しつつあります。キーワードは動学的一般均衡モデル(DGEとかDSGEとか略称される)で、その仮定を変えていろいろとシミュレーションする分析手法がメインストリームになって...続きを読む

Q「バスタブ理論」の妥当性

初期出荷ロットに不良品が混ざりやすい、という事情の理由は、
分野によって違うものなのでしょうか?

Aベストアンサー

個別の原因はいろいろあるのでしょうけれど、本質的には、試作と実際の生産ではいろいろと異なる点があり、それは大量生産を始めてみないとわかりません。

たとえば素材Aと素材Bを1Lずつ混ぜたときにはうまく混ざったのだけれども100Lずつ混ぜようとしたらムラができるかもしれません。あるいは100Lずつ混ぜることを100回繰り返すと攪拌機に汚れが蓄積して不良を生じるかもしれません。

1分間に100個の穴をあける装置を30分間稼働させて何も問題が生じなくても、30時間稼働させると少しずつ発熱して温度が上昇して不具合を生じるかもしれません。

個別の原因はいろいろでしょうけれど、結局は販売するために大量に生産を開始すると、それまではわからなかった問題がいろいろと生じてくるからです。

Q所得分配の限界生産性理論について

現在クルーグマンミクロを読んでいるんですが、
所得分配の限界生産性理論について本文中に「賃金格差は本当に限界生産性の違いを反映しているのだろうか?」という著者の導入的投げかけの問いがありました。(整合的な部分とそうでない部分があるのは知ってます)
所得分配の限界生産性理論について考えるとき、限界生産性の違いによって異なる労働市場があると考えるのでしょうか?
今まで異なるタイプの仕事(職種など)で別々の労働市場があるという風に考えていたんですが、(本書の違う部分にはこのようにかかれていました)
ここでは「限界生産性の違い」というようにかかれています。
「限界生産性の違い」=異なるタイプの仕事(職種など)というのがどうもしっくりきません。これは同じことを意味しているのでしょうか?
 お詳しい方是非ともご教授ください、宜しくお願いします。

Aベストアンサー

経済学の市場概念を少し思い出してみましょう。

取引されるものはどれも同質のものです。
たとえばパンならばパンとして、1番目のものも100番目のものも、全く同質で見分けがつかないわけです。逆にいえば、見分けがつくものは別の財として別の市場があると考えます。

この考え方を適用すると、たとえば学歴で見分けられる大卒という市場や高卒という市場があることが理解できると思います。全く同じ仕事(職種)をするにしても、見分けられる=別の市場に属する、というわけです(もちろん経済学は学歴で分けるべきだとは考えていない)。


もちろん、同じ大卒でも、ある人は経理が得意、ある人は営業が得意、といったように、能力に差があります。こういったところは、不確実性のお話やシグナリングの話になります。

Qゲーム理論、外部性

日本における環境税のあり方について、ゲーム理論や外部性の部分で扱った内容をふまえて考えを述べよ

という問題なのですが、
全く分かりません(T_T)

助けてください!!

Aベストアンサー

あくまで参考にして欲しいんですけど…

まず外部性は「市場」が解決できないけど、経済活動をしていると発生するコストとか利益とかの事です。例えば工場がモノを生産して販売する時、汚水が出たとしますよね?それって確実に川とかを汚染していきますけど「需要」と「供給」の変数にはならないんです。「川が汚れてるからラーメン食べるのやめよう」とはなりませんよね

そうなると「供給者」である「企業」は「市場」に影響がでないならそういった汚水とかの対策をしなくなります。コストが高くなるからです。それが進むと深刻な環境破壊や人体に悪影響を及ぼしかねません。また「環境」が未来の人も使う財産であるとするなら今の我々だけで「環境」を使いつぶすべきじゃないです。

なのでそういった市場では解決できない「市場の外部性」に対して「企業が本来払うべきだった筈のコストを払わせる」というのが外部性に対する環境税の在り方かなと思います。実際に環境被害にあってる方は日本にも普通にいるのにそういった方への環境対策は十分になされていません。しかし多くの環境問題を起こしている「道路特定財源」はそういった問題に対する税の使い方を認めていません。そういった意味では「道路特定財源」の「環境税の転換」というのは日本における環境税の在り方の一つと言えないことは無いのかもしれません。

ゲーム理論との関係っていうのは良く分からないんですが、「囚人のジレンマ」なんかを考えると例えば自動車産業を取り上げるとするなら本当なら皆で決めた環境対策を行えれば環境被害を抑える事が出来て、価格も維持されるのに皆が本当にそれを守るのか疑心暗鬼になってしまい結局余計なコストをかける事が出来ず、競争が激化するに従って企業も価格競争等で損をしてしまう。なので「政府の政策」として全ての自動車会社に税をかける事で環境対策を行わざるをえない状態にする必要がある、という事でしょうか。ちょっと自信ありません。

あくまで参考にして欲しいんですけど…

まず外部性は「市場」が解決できないけど、経済活動をしていると発生するコストとか利益とかの事です。例えば工場がモノを生産して販売する時、汚水が出たとしますよね?それって確実に川とかを汚染していきますけど「需要」と「供給」の変数にはならないんです。「川が汚れてるからラーメン食べるのやめよう」とはなりませんよね

そうなると「供給者」である「企業」は「市場」に影響がでないならそういった汚水とかの対策をしなくなります。コストが高くなるからです。そ...続きを読む

Q課税の中立性と公平性はどういう関係にあるか??

「課税の中立性と公平性はどういう関係にあるか?」
課税の中立性とは
1.課税によって人々の経済活動が影響を受けないこと。
2.課税が民間部門の資源配分をかく乱しないこと。
ということは調べたのですが、課税の公平性については調べてもわかりません。
ましてやこの二つの関係なんて・・・(汗)

どんなことでもいいです。教えてください。

Aベストアンサー

中立性については、理解されている通りだと思います。公平性については、大雑把に整理すると、以下のような事になると思います。

1. 公共のサービスから受ける便益に応じて税を負担するのが、『応益原則』。簡単に言えば「受益者負担」という事。しかし、現実には、それぞれの便益を個々人に帰属させるのは困難なので、一部の例外を除いて「負担能力に応じて税負担をする」という『応能原則』に従って課税される事となる。

2. 「負担能力に応じた税負担」を公平にするのは、『水平的公平』(=同等の経済力の人は同レベルの税を払う)と『垂直的な公平』(=経済力のある人はより多くの負担をする)と言う2つの観点から考えられる。つまり、両方ともが達成されていて、はじめて公平な税と言える。
3.

で、中立性と公平性の関係ですが、これまた大雑把に整理すると、以下のような事になると思います。

 人は、概ね現行の税体系を前提に生活設計や事業計画を作っているので、極論すれば「税金を一切いじらないのが、経済活動に影響を及ぼさず資源配分を撹乱しない一番良い方法」という事になる。
一方、公平性については、No.1の方が指摘されているように、様々な考え方があり、また、経済環境の変化や人々の意識の変化に伴って、何をもって公平とするかも変っていくものでもある。
従って、できた当初から公平性に問題があった税、あるいは時代の変化によって公平とはみなされなくなった税に手を加える場合、どうしても中立性と対立してくる恐れがある。

具体例で考えると、

 自動車重量税は、道路の建設費用を自動車保有者に負担させる性格を一部持っている=『応益原則』=が、CO2やNOX等の環境に対する負荷の観点から、環境対策費用の一部も自動車保有者に負担させる事が公平である、という考えが広まったとする。この考え方に従って自動車重量税を高くする場合、それがあまりに極端だと、自動車の売れ行きが悪くなり、自動車産業に大きな打撃を与える恐れがある。(⇒民間の資源配分への悪影響)

水平的公平、垂直的公平に加えて、昨今(特に財務省が中心だと思うが)「世代間の公平」という観点も言われるようになっている。つまり、今のままの財政赤字を続ければ、将来増税が必至となり、今の世代と将来の世代の間で不公平となる、という事である。仮にこの議論が受け入れられたとして、あまり急激にそれを解消しようとすると、「大増税→経済破綻」というリスクもある。(⇒民間経済活動への悪影響)ちょっとこの例はいまひとつかな?

他にもたくさん例はあげられると思いますが、こんなもんでどうでしょうか?

参考URL:http://kazuochan.hoops.ne.jp/okanskeizaikazeigennsoku.htm

中立性については、理解されている通りだと思います。公平性については、大雑把に整理すると、以下のような事になると思います。

1. 公共のサービスから受ける便益に応じて税を負担するのが、『応益原則』。簡単に言えば「受益者負担」という事。しかし、現実には、それぞれの便益を個々人に帰属させるのは困難なので、一部の例外を除いて「負担能力に応じて税負担をする」という『応能原則』に従って課税される事となる。

2. 「負担能力に応じた税負担」を公平にするのは、『水平的公平』(=同等の経...続きを読む


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