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ゆとり教育が取り入れられた理由として自分はこのように考えています。
・大手企業で週休二日が取り入れられるようになった。
・公務員が週休二日を取り入れた。
・教師どもが俺らも公務員なんだから土曜日休みてぇよとわがままを言い出した。
・そのまま主張すると国民が納得しないので、どうするか日教組内で頭をひねった。
・詰め込み教育が生徒によくないので、土曜日を休みにしよう生徒のためだと嘘をついた。
・うまく国民を騙し、土曜日が休みになって教科書がペラペラになった。
・世界での児童の学習ランクがみるみる下がり、問題化した。
・ゆとり教育が見直され教科書が分厚くなった。しかし土曜日は休みのまま。
・教えきれない教師は、外国の教師はもっとゆとりがあるとさらなるわがままを言い出した。
あってるでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 昔、橋下知事が諸悪の根源として、日教組と解放同盟をあげていました。解放同盟が力をなくしたのは知ってましたが、日教組も力を落としているのですね。

      補足日時:2015/11/02 12:39

A 回答 (4件)

質問者の観点もあながち間違いではないですが、表面的にはそのような理由には出来ないでしょう。


根本的な理由は、高度経済成長が終わって、日本経済が工業的な発展が不可能だと言う事がわかったと言う事なんだと思います。
ゆとり教育を推進した原動力は元々は日教組にありましたが、日教組にしても高度経済成長期には詰め込み教育に同調していたわけです。(当時は、国際的にもアメリカ、ソ連などの科学技術の進歩は顕著でした、宇宙開発などにもお金がかけられたわけです)
日本も、技術者(開発・生産の両方)がいくらでも必要だったわけです。(当時は、小学校の算数で集合(論理代数)を教えていた位です)
バブル崩壊と、国際情勢の変化(ソ連崩壊に伴う新秩序体制)により、日本も方向性の変化が必要だったわけです。
そうなると、技術者(開発・生産)はもうそれほど必要でないわけですから、自ずと初等中等教育も方向性を変える必要があります。(実際に生産拠点は外国へシフトしていきました)
これが、もっとも顕著に行われたのが、理系の科目です。
英語などの、国際コミュニケーションに必要な科目の削減はなされなかった分、算数(数学)・理科の教育範囲が大きく削減されたわけです。
国策としては、技術者資格者の削減も視野に入っていますから、実際合格者数を減らす方向に進んだ資格もあります。
新興国の躍進もありますから、必然的に特定の工業分野では、著しく競争力を失いました。
ただ、誤算だったのは、少子化が急速に進んだ事です。
実際は、そこまで教育改革を行わなくても、自然に若年者の人口は減っていってしまうんです。
これから数年経てば、若年者の採用自体が困難になります。
アベノミクスの雇用流動化は、企業に有利に見えますが、求職者は最終的には条件の良い場所にしか就職しませんから、大企業など、求職者に魅力のある会社でなければ、必要な従業員は確保出来無くなります。
国内の内需だけ考えれば、人口が減れば、それに伴って労働市場も縮小するので、問題が無いですが、国際市場を見た場合はそうではないでしょう。
特に、輸出入が多い日本ではなおさらです。
外需がなければ、日本に必要な資源が輸入できません。
国際情勢の不安定さから、再び生産拠点を国内に戻す必要もあります。
自動生産機械により、製造に必要な人員は縮小可能かもしれませんが、ある程度に人員は必要です。
ゆとり教育の当初の目的を変化させる必要が出てきたと言う事です。
元々は、日本の産業構造の変化に対応させる為のゆとりだったわけですが、これからは少ない若年者をきちんと教育する方向にシフトしなければいけません。
元々のゆとり教育は、それも目的になっていたのですが、実際の運用は違いました。
しばらくは、雇用延長でなんとかしのげるでしょう。(それも、後15年程度です)
15年後には、若年者は現在から14%減ります。(その時の経済状況は不明ですが、必要な労働人口を考えると、本当に移民に頼らざるを得ない状況になる可能性もあります)
予想がはずれたのはやむを得ないかもしれませんが、今からはじめて実効が出るかが不安ですね。
新たに設定された、高大接続システム改革により、高校での学習習熟度が高等学校基礎学力テストによって評価される事になりますが、それが新たな管理教育に堕したら、本来の目的とは乖離してしまうでしょう。
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この回答へのお礼

大きな視野からご意見くださりありがとうございます。勉強になりました。

お礼日時:2015/11/02 14:12

必要も無い ゆとり だか何だかが入り・・


ジャズダンス必須だとか
社会経験するだの 
何か常識無さ過ぎですよね
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この回答へのお礼

学校でダンスを習うとかありましたね、なんでしょうね。いったい。

お礼日時:2015/11/02 12:42

趣旨は、No.1さんが詳しく書かれているので、そういうことだと思います。



 全体の平均レベルは、トップクラスの頑張りでそこそこに上がったので、「底辺の底上げ」を目指したのでしょう。「必修」を減らして「選択」を増やそうという趣旨。
 そして「出来の悪い子は、そのゆとり時間に何とか追いつかせる」「そこそこの子は、そのゆとりの時間に「選択」科目を学ぶ」「できる子は、そのゆとりの時間に個性を伸ばす」という趣旨でだったのしょう。
 実際、サッカー選手(ドイツで活躍する香川選手以下)、メジャーで活躍する野球選手(田中マー君やダルビッシュ)、テニスの錦織選手、若手ゴルフプレーヤー、国際バレエコンクールに入賞する子など、今の20代には日本の枠を飛び出した逸材が輩出していると思います。これは間違いなく「個性を伸ばした」成功事例でしょう。

 しかし、「ゆとり時間には、何をやってもよい」といっても、個性を伸ばせるのは一握りで、「出来の悪い子」も含めて大半は昼寝していただけでした。(「何をやってもよい」と言われたら、一番楽なことをするのが凡人の常)
 それだけの社会的受け皿も、面倒を見られる大人も少なく、「ゆとり時間は休み」と考えた文部科学省・教育委員会も、「教育は学校でやるもの、金を払っているんだから」という親も、ただ放置していただけでした。唯一の受け皿は塾かな、お金持ちの家の子だけ。

 趣旨はよかったが、社会や仕組みが整っていなかった、社会的コンセンサスのない「お上」の一方的な施策だった、ということなのだと思います。
 全否定する必要はなく、「ゆとり教育」を冷静に反省して中長期的視野で改善して行けばよいのに、「目先の成果」を求める役人達は、またすぐに「制度改革」と予算獲得に走る・・・。振り回される子供たちと、その子たちが担う将来の社会が心配です。
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この回答へのお礼

趣旨はよかったのですね、勉強になりました。

お礼日時:2015/11/02 12:41

まず、日教組なんて何の発言力持っていませんので全く関係ないことです。


問題は高校で7割中学で5割小学校で3割と言われるように学習を理解できない子どもが多くいたことが根本的な問題のです。
ですから、学習内容を減らして、誰でも100%近く学習内容を理解できるようにしたいと言うのがゆとり教育の始まりです。
 こそまでは、間違っていませんが、文科省のバカな役人が総合科を作ったのです。この総合科のために週3時間も使いますので、当然、国語、算数、理科、社会から時間を削ることになったのです。
 総合化の趣旨は子ども達が学びたいことを学ばせようという趣旨ですので、本来は算数が苦手な子は算数をして、読書がスキな子は読書をすれば良かったのですが、学校の校長達が何をしたらいいのか分からないと言ったので、文科省が、福祉、環境、国際理解なんて例を出したのです。すると算数の練習問題なんかしてはいけないと勝手に解釈したのです。
 ですから授業時間が削られて、授業内容も少なくなったのです。総合化にしても学校が勝手に決めた事をさせられる、それをグループでしますので、リーダーの子どもは多少の勉強になるでしょうが、そうでない子は本やHPに文書を丸写しすることになります。
 ゆとり教育の失敗じゃなくて総合科の失敗なのです。
総合科で算数が苦手な子は、分かるまで勉強して、算数が得意な子は微分でも積分でもさせれば良かったのです。
 どんどん本を読んで,その感想を発表し合うことが出来れば、子どもの知識も高まります。当時はすでにネット環境も整いつつありましたので、日本中の人たちにどんどん質問することも出来たわけですが、そんな自由な学習を否定したのが間違いなのです。
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この回答へのお礼

なるほど、勉強になりました。

お礼日時:2015/11/02 10:04

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