プロが教えるわが家の防犯対策術!

善悪は、
はじめからあるのではない。
人間が作り出した幻である。

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→ これって本当ですか?

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A 回答 (9件)

能力者側の話では、悪意ある考えしかできない人は闇エネルギ―生産をしまくるので、そういう人と接触すると、かゆみ現象がこちらにおきます。



能力者でも素晴らしい活躍できたとしても、真の深層心理に悪意ある考え合って、世間では見せないように言葉を上手く使う方も悪意の塊であり闇属性というのはあります。

善悪と区別を公平にする審神ってのもありますが、一般の方はまず審判を下る件はまず少ないでしょう。

これは危険な話ですが、会社、家、苗字、看板を背負っているすべての中心には、人間として道徳心から離れる行為は悪意となって、ポイントが増えて大変なことになるということもあるらしいですw

法があって、法が無い場合ならば何してもいいということにはならない理由はひとつ、人間というカテゴリー内に集約があるからです。

しかし、起こしたこと、起きたことは変えれない場合は、手遅れだと思います。
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群れを成す動物から進化してきたのが人類なので


集団の存続に有益な価値観が淘汰のふるいを潜り抜けて
善として定着してきたんだと思います。
幻とは違うでしょうね。
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善悪というのは、善意、悪意を実行した場合、成功したものを言います。



つまり、あの人が困っていたから話に行って一助となろう と思って 実際に話に行って、一助に成ったものが善です。

一方も 悪意は あいつが生意気な事を言っていたから 今度会ったら嫌味を言ったり殴ったりしてやろう

という考えが実現して初めて悪です。悪の場合は 今度は「罪」という問題も出ます。

これだけの歴史と70億の人間から成る世界ですから、倫理と言うものが有り 善は徳として、悪は罪として

自分に報いる。自業自得です。

善意があっても実行しなければ善ではありません。悪意があっても実行しなければ罪じゃないのです。

しかし悪口や厭味はもう実行しているので 悪です^^
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本当です。



人間は一人では生きていけません。
社会で育って、初めて人間になれます。

社会で育たない人間は、二足歩行すら
出来なくなります。

人間にとって社会は必須です。
その社会の秩序は、いの一番に守る必要が
あります。

どんなヒドイ政治でも、無秩序よりはマシ、
と言われる所以です。

その社会の秩序を守るために、善悪、という
概念を人間が創ったのです。

これが整備されて、道徳倫理になり、法体系に
発展しました。

ところが、この道徳などを守らせることが
困難です。

学校教育では不十分です。
中国、韓国などの道徳教育の厳しさは日本の比
ではありませんが、結果は御存じの通りで、
犯罪発生率などは桁違いです。

英国などでは、宗教を利用して、道徳教育を
しています。

「お国では、宗教教育をしていないと聞きました
 が本当ですか?」
「本当です」
「おお、それでどうやって子供達に道徳を教える
 ことができるのでしょう?」
「我が国には武士道があります」
(新渡戸稲造 武士道)

西洋では、道徳を教えるためにキリスト教を利用
したため、いつの間にやら、善悪は神が定めたモノ
である、ということになってしまったのです。

「どうして人を殺してはいけないの?」
「神様がそう決めたのだ」

だから、質問者さんみたいな疑問を持つ人が
でてくるわけです。

動物に善悪などありません。
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善悪はあります。



たとえばの回 : 豪華客船は5階建てである。
なるほど、5階建ての豪華客船はある。この回が正しいところは豪華客船は階建てである。これだ。
当該webはたとえばの回のようなものである。
おわかり?

善悪はあります。いかようなものか。馬鹿にわかるわけないでしょ。
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そのあとに



  このマボロシもまた現実である。

 とつづきます。
  色即是空 のあとに 空即是色とつづくようにです。
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所どころに事実を例として入れることによって説得力を作ろうとし、またテンポよく構成することによって自分の持っていきたい結論に誘導しようとする文章ですね。



善悪を作ったのは人間。こんなことは言われる前から当たり前にわかっていること。
幻か?
多数の他人が集団として円滑に生活を行っていくために 必要な共通の認識や 思考を揃えるために作られたものだから この社会で生活をする人にとっては幻ではなく現実。
ですので 単純に言葉だけを捕らえて「幻だ」と思い 生活をすると 社会的能力不足と周囲から認識される可能性がありますね。

でも、善悪が完ぺきな物であるとは言いません。
社会が歪んでいけば善悪も歪んでいきますから。

本人の思考は自由だと思いますし、自分なりの意見を持つことも大切だと思いますが、その上で社会の共通認識を理解して それに合わせたライフスタイルをとる事が多数の他人の中で円滑に生活していくために必要な事だと思います。
当たり前の事を言ってすみません。
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悪(あく):深まる認識が、現象をより原理的に把握したり、また、組織化に於ける個体間相互作用を経験的に編成したりして、体系化(>世界観)する上で、経験の基底(移入)であると同時に意志として認識上に展開される衝動も、不可分に体系性(>価値観)を帯びてくる。



その中で、未だ認識化されない原理に基づく現象の経験的先入化による、あるいは組織化の分業に於ける相対的な環境の違いに基づく認識の違和の他律的原理化による、体系への編入(常識)は、そこに於ける衝動及びその原動力たる進化の展開が認識されぬ以上、自我(衝動充足)以外の先験的価値領域を形成する。
そこに於て、進化(反エントロピー=生~充足)方向現象に於ける自己中心的認識の補完を善と呼べば、それに反する被淘汰(正エントロピー=死~非充足)方向のそれを悪と呼びうる。

その、短絡的利己の社会システム的(認識外)矯正としての、善-悪寄生体系は、より高まる認識に於て、内なる物理=自己の認識システムの存在原理(~不確定性)としての把握と、外なる物理=社会システムの自己の生命の延長としての把握による、全衝動の自己の生(反エントロピー)への集束によって、認識体系に吸収され、即ち全環境(宇宙)の自己としての理解と、全行動の(生産)の利己としての把握に到達する事により、その「意志による生=生存自体による充足」は、最高認識に基づく最大生存に於ける完全充足、即ち最大充足を実現する。

それこそ、現象の如何を問わず、一切の認識=全ての宇宙の、究極の理想であり、善悪の概念は、飽くまで妥協的修正(他律的常識)であって、善は過程として善(生産)であっても、本質として悪(非認識=非充足)に属する。
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もともと、善悪はありません。

人間界(人類)だけです。例えば、野生の動物、自然界、宇宙に善悪ありますか、みな人間が作り出したものにすぎません。善悪の基準になるものは何だと思いますか。この基準があって、初めて善悪が決められるのです。判定の基準になるものとは何でしょうか、わかりますよね。幻でははない。人間にはそれは必要だから。
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