AKB48の推しメンをセンターにできちゃうかもしれない!? >>

アメリカは南北戦争が長引き、ヨーロッパも巻き込まれ、中国は意外と強かった・・・ということにしておきましょう。

日本では、藩による独占ビジネスに成功したところ・・・薩摩藩としましょう・・・が力をつけて挙兵。九州を制圧する。同時に商人からビジネスを略奪。給料制にしてしまう。もちろん農民の借金は全部チャラにする。すると、この噂が四国、中国地方に伝わり各地で薩摩産いらっしゃいとばかり一揆が発生。混乱に乗じ、薩摩は短期間に四国、中国をも制する。
大阪商人はこれをみて青ざめ、幕府に申しでる。「今までの借金チャラにして、しかも軍資金を寄付しますので薩摩をぶっ潰してください」幕府はその金で大軍を整える。
ここで薩摩藩は扇動作戦を展開。島津に組みすれば借金はチャラ、商人の財産は没収。みんなにお金も仕事も分配します。税金はあんまり取らないし百姓を可愛がります。半分、民主主義にします。幕府は商人とグルです。悪いのは商人です。
この作戦がマンマとハマって大阪は放火によって火の海に。
薩摩は大阪まで進出。
江戸の商人たちは大阪の二の舞はゴメンだとばかりに幕府を説得。自分たちにそこそこ都合の良い条件で江戸無血開城する。
かくして島津幕府は封建制度を大幅に緩めて近代国家を樹立する。


・・・素人考えなのでたぶん、ありえないと思います。そこのところを歴史と政治に詳しい皆さん、ご教授ください。よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

えーとペリー来航はあったけど、その後の日米和親条約などは無かった、ということなのでしょうか?そのあたりの「明治維新に向けての外圧」がどのくらい減ったと想定しているのかがわかりません。


ので、適当に書きます。

まず外圧という点は明治維新にとって、というか薩長などが維新に向かって進んでいくのに非常に重要な推進力を持っています。したがって外圧がないのに「藩による独占ビジネスに成功したところ・・・薩摩藩としましょう・・・が力をつけて挙兵。九州を制圧する」という理由が見つかりません。他藩を軍事力で圧倒してしまっても、その後の運営は絶対にうまく行かないでしょうし、なにより尊皇攘夷という雰囲気からすれば天皇の許可を経ない九州制圧は国賊以外のなにものでもありません。
ですから、薩長だろうが他の藩だろうが、当時の「幕府を倒す思想→尊皇攘夷」という流れを無視して動くことはありえないでしょう。

また商人にスポットを当ててもかなり難しいでしょう。なにより戦争に必要な兵器や消耗品などを調達してくるのは、商人である、ということです。
 この書き方だと薩摩藩の島津公は「商人は悪者」として扱うようですが、どうやって戦争に必要な物資を供給するのでしょうか。その点がありえないし、まさか外国の商人から買うつもりではないでしょうね。そんなことをしたら九州を征服した時点で、幕府も天皇側も薩摩討伐に乗り出すでしょう。日本を外国に売り渡した国賊、になってしまうからです。

また「かくして島津幕府は封建制度を大幅に緩めて近代国家を樹立する」ということですが、そもそも藩という存在の立脚点からすれば、島津公が封建制度を緩める、または廃止する理由がまったくありません。

尊皇攘夷というのは、幕府を廃止することと、幕府を廃止しても外国に付け込まれないこと、を念頭において薩長などが連合して皇軍を組織したことから始まっています。薩長土肥という4藩連合であったからこそ「幕府廃止後の政治運営は西洋にならって民主化する」という方針ができたわけですが、薩摩藩だけでは自分たちの身分制度を否定する動きには繋がらないでしょう。ましてや藩が率先して九州を制圧するなら、その手柄は武士たちのものですから、手柄を立てた武士たちに報いるのではなく、その下の農民たちを優遇するような民主化は絶対に起きないといえるでしょう。

ですから、このような流れが起きるとすれば「どこかの藩で民主革命がおきてそれが九州全土にひろがり、九州民主政府は京都に上って、幕府に変わる民主政府の成立を交渉すると共に、幕府と対立し日本全土が民主政府側と幕藩側に分かれて戦争し、日本全土を包括する民主政府が誕生して天皇がそれを許可する」ということになるでしょう。つまりペリー以降の外圧が弱いわけですから、それを越えるだけの国内の民主化圧力が必要なわけです。

そもそも薩長土肥は幕藩体制を終わりにすること、尊皇攘夷を実現すること、は考えていましたがそれが民主政府を樹立すること、であったわけではありません。ただ、西洋列強に対応しうる政府のあり方、軍隊のあり方、ということを考えたときに封建主義の社会では成り立たず、現実的な解決策として明治政府の変革の流れとして民主化された、ということでしょう。もともと藩士であった初代の明治政府の人々は憲法も国会も「時期尚早」として作っていません。憲法は明治14年、国会が出来たのはようやく明治23年です。それまでは藩閥政治が明治政府の実態であったといえます。

このようなことから、外国の圧力もないのに、国内で商人に対する農民たちの不満が高まって民主化する、というのは実現性としてはかなり無理がある、と思います。
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この回答へのお礼

鋭い!
私の思いつきにこれほどまでに詳しくツッコミを入れていただいて非常に嬉しいです。ベリーベリーサンクスです。

九州制圧は野心家ならやると思います。ただ・・・九州を制圧すると侍に褒美を与えないといけないので民主化は困難。・・・そうでした。
民主化は時期尚早・・・幕末の日本の経済構造と欧米のそれを良く知っていれば、封建主義は時代遅れだと気づいたんじゃないかと思います。ただ、それはインテリだけなので一般人には時期尚早で大きなうねりにはならなさそうですね。・・・大飢饉でもない限り。
悪いのは商人だ・・・はどこから出てきた話か分からないようにして商人を上手く騙さないと失敗しそうですね。

こういう動きが出るのは第一次大戦後のドイツみたいに国じゅうが困窮状態にならないと有り得ないことがよくわかったように思います。

お礼日時:2016/05/10 10:40

薩摩が江戸に入って政権を握ったら、それこそ明治維新と変わらないものになる気がしますが。


明治維新がなければ、徳川中心の政権ができて近代化が図られたと考えるのが普通ではないでしょうか。

あと、商人からビジネスを略奪して農民の借金をチャラにするという手法は何となく社会主義革命を思い起こさせますが、それによって当時の日本で支持を得て勢力を拡大できたようには思えないのですが。商人は金儲けはしていたものの、社会にとって必要不可欠な存在だと認識されていたはずですから。
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この回答へのお礼

江戸時代には飢饉が何度もありましたので、そんな折に
悪いのは商人だ!・・・みたいな。
盛り上がっちゃうような気がするのです。ドイツみたいに。
ご教授サンクスです。

お礼日時:2016/05/09 21:55

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Qもしも、明治維新が無かったら?

もしも、鳥羽伏見の戦いで幕府軍が勝利し、大政奉還も版籍奉還も無かった場合、その後の日本はどのような道を進んでいったと思いますか?

幕府による日本の近代化は無理だったのでしょうか?

武士階級の解体、旧習に囚われない新しい時代の人材etc・・・
幕府は、日本の近代化を進める能力が無かったのでしょうか・・・。

Aベストアンサー

恐らく大政奉還はされたでしょうね。そして廃藩置県は実施され、
幕藩体制は崩壊するはずです。

坂本竜馬が提案した「船中八策」で提言しているように幕府に進言力のある土佐藩が舵をとって
徳川慶喜を議長とした議会制政治へと動くと思います。

まして鳥羽伏見で幕府軍が勝つような勢いや戦力があるなら、坂本が死ぬ事は無かったと想定できます。

とすると薩長土肥に偏った政治ではなく、日本中の優秀な人材が幅広く登用される可能性もあります。
新撰組も彰義隊も幕臣も薩長連合も関係なく、統一した世界が作れそうになると思いますが、
幕府側が圧勝してしまえば、薩摩長州は「お家断絶」妥当なとこでしょうね。

どう転んでも、当時の戦力差では幕府が勝つ目は全く有りません。
薩摩長州連合が成立した時点で、国内最強軍になってしまったのですから。

Q日本がハルノートをを受け入れ戦争しなかったら?

歴史で”たら、れば”は持ち出す事は駄目なんですが、もし、太平洋戦争に突入しなかったら日本はどうなっていたでしょう? 戦争で余りにも多くの方がなくなりましたが、戦争しなかった方が日本の将来は明るくなる事が期待できたのでしょうか?

Aベストアンサー

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の失業者が
街に溢れ、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
さっぱりです。
それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。
その現れがハルノートです。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きづり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。


米西戦争では、 1898年 2/15 ハバナ湾で、
米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しています。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり戦争が始まっています。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと思われる理由です。

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の...続きを読む

Qもしハルノートを受諾し、大日本帝国が続いていたら?

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのままで今日この21世紀のIT社会に至ったらどうなったことでしょう?

若者が茶髪でスマホに熱中し前を見ずに道歩き、少女がローライズでパンツ半分見せながら道歩いて、それでも大日本帝国存続中だとしたら。

いったいどんな日本社会になっていることでしょうね?

テクノロジーは今の現実そのままの社会で、国体は大日本帝国。

つまり往時(1941時点で)、あと数年を待たずして、台頭する巨大な軍事大国ソ連、蒋介石を追い出し中国の覇権を握った中国共産党。米国はこれらと対峙するために、日本を利用せざるを得なくなるのです。良い悪いはこのさい別として。

尚、連合国による対独・対伊 の戦争はあり、歴史通り連合国の勝利に終わったとします。日本だけがそのまま。


今どんな日本社会になってますか?あくまで IF です。

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのまま...続きを読む

Aベストアンサー

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本でも。

勿論、戦中の相手であったアメリカと比べては凄く物足りなかったような気がしますが、戦前日本の産業基盤がそんなに貧弱な訳じゃありませんでしたよ。

もしかして此れが「確固とした産業を持たない」とされている戦前日本の姿(?)でしょうか。
これは戦中の敵国であった日本を出来るだけ嘲笑する為に日本を今の朝鮮、中共みたいにポンコツしか作れない産業未開国のように酷く描写している連合国側のプロパガンダアニメです。

第二次世界大戦中のポパイのアニメ(反大日本帝国)
jp.youtube.com/watch?v=NzRgvt_0Trg

Tokyo Jokyo
jp.youtube.com/watch?v=QGbQjyrHjF8

しかし実際はどうだったんですか。
ご存知の通り戦中には歴史上最大の戦艦である大和級戦艦を、しかも3隻も建造したのですよ。(大和、武蔵、信濃。ただし、信濃は途中で空母改装)

それ以前に有色人種が白人国家の技術力に頼らずに独自設計で独自に建造した世界最初の近代艦船の「薩摩」もあったし、戦後連合軍側は鹵獲した旧日本軍の航空機に適用された技術力を高く評価しました。

(軍事兵器しか評価しなかったような気がしますが、そもそも軍事技術というものはその国の工業技術力の尺度を表すのですからね。)

既に戦前からそれなりの技術力と工業力を持っていた日本を 確固とした産業を持たないと評価するには無理があると思います。

>>… 国内での国民の不平不満はかなりの高さで暴動や革命思想へと容易に誘導される不安定な不穏な状態が続くでしょう。

>>ちょうど南米の共産主義国家が歩んだ道筋に似た感じになるのではないかと想像されますが、日本はアメリカから遠いので、より共産主義国家の影響力が高くなる可能性は強く、共産主義革命が成功してしまう可能性もありえます。

戦争を回避した帝国より、寧ろ実際の戦後のドサクサの中の暫くの間に未だ自衛隊も編成出来ずになんの軍事力も無かった時、そして60~70年代の高度成長期に団塊世代の青年(今はジジババですけどね…)どもが火炎瓶と石投げたり竹槍振るったりする暴力的な共産主義闘争を繰り広げた時代のほうがもっと共産主義革命が成功しやすかった環境だと思いませんか。
スパイを丸腰に容認してしまってた実際の戦後の方がもっとやばかったんじゃないですかね。

そして南米の国家は、土着文明を破壊して占領してきたスペイン、ポルトガルの植民地だった地域が独立したばかり、国家としての基盤が非常に軟弱な地域でした。
当然、この隙が共産主義勢力を安易に許してしまう結果となり、これが直ぐに南米社会主義政権の誕生に直結したのです。

それに対して日本は王家が途中で断絶するなどインディオ民族としてのアイデンティティを相当失ってしまった南米地域とは違い、長い時皇室を断切なく継続的に維持しながら昔から地道にソフト、ハード的なものを積み上げる等、長い時にかけて大和民族とその国家としての基盤とアイデンティティを確立することが出来ました。

国家としての基盤とアイデンティティの丈夫さがガン並みに違うのに、南米と同じく呆気なく共産化する、というのは無いじゃないんですか。

物理的にソ連からの距離は日本が南米より近いからソ連からの風当たりそのものは南米へのより遥かに強いかもしれません。
しかし、民族としてのアイデンティティと国家としての基盤が既に確立した日本がそんなに共産主義の波に安易に巻き込まれるはずがないんでしょう。

更に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」中華秩序からの離脱を告げるこの文章が書かれた以来、日本は決して中華勢力の侵入を許した事が無かったんです。依然として中国からの文物は受け続けながらですね。
中華大陸とシルクロードを全て制覇して更には東ヨーロッパにまで飲み込もうとしたモンゴル帝国の侵略も食い止めたんじゃないんですか。

大陸からの侵略にずっと立ち向かってた歴史、経験があるから日本が又大陸勢力であるソ連の侵略を簡単に許す訳にはいかないと思います。

(実際にはハルノートを日本が拒否したのも、ある意味ではそれまで大陸からの侵略に屈服してなかった伝統の続きでないのか、と私はそう思っています。ただ、その時は日本としては始めての海洋勢力からの脅威で、その始めての海洋勢力との全面衝突には負けて今に至る…んじゃないんですかね。)

>> この惨状の日本をソ連が黙ってみているとは思えず、何らかの形で冷戦時代初期に良くあったように、武装革命を影で援助し、武器を供給したりされる可能性は高いと思えます。

しかし実際の戦後日本でもないのに、此れをただ見ているわけでもないですね。日本の方もソ連のやり方を黙ってみているだけじゃ居られませんよ。

こんな共産主義勢力が余計な真似をしないようにした法律がありました。「治安維持法」。
勿論、この法律が真っ当な国民まで些細な理由で無闇に捕まってしまうなど、立憲主義に違背し国民の権利を一部侵害した負の側面もありましたが、
共産主義勢力、無政府主義勢力等の国家の治安に害悪を及ぼす諸勢力が帝国内外部からの混乱を煽るのを食い止める事には相当に役が立ちました。

そもそも帝国がずっと存続していたならこの治安維持法を国民の権利を侵害しない、ながらももっと有効に国家の安全を脅かす勢力を食い止めれる方向へ何回も改正されてる筈でしたね。

(もしかして、実際今の日本に一番必要なのはこの治安維持法かも知れません。ただ、前述のように立憲主義に違背されるように要素は改正する必要はあるんですけど…)

今更やっと日本版NSCだね、特定秘密保護法だ、スパイ防止法だ、と急いで対内外諜報対策が用意されてるのが救いなんだけど、とにかく戦後日本が敵性国家のスパイを丸腰で許して来たたのはご存知の通りですね。
しかし、戦後GHQによって旧帝国の各機関が解体される前は日本にも一応諜報機関が存在して、その能力はかなり優秀だったと要られます。

もしソ連が密かに武器を配るなど日本内部から革命を煽ろうとしても、それが日本側の諜報機関によって食い止められるのは間違いないでしょう。



…取り敢えずハルノートを受け入れるのはとにかくアメリカをはじめとする連合国側の下に入るというのだから、この点では史実の敗戦後の日本がアメリカの同盟国になったのとあんまり差が無いと思います。
大陸共産勢力の中蘇からの脅威に対応するために日米が連合するのは…

多分、こうなったら南米のようになるのではなく、他ならぬ実際の今の日本と似ている情勢になったんじゃないのかと思います。
はい、今の「第二次安倍政権の日本」みたいにですよ。
今年2013年度の安倍政権は憲法9条を解釈改憲して集団的自衛権を容認しようとしたり、日本版NSC,秘密保護法などの安保対策を用意する等、アメリカとの連帯を強めて中共からの脅威を含む様々な安全保障的なリスクに対応しようとしていましたね。

ハルノートを受け入れた大日本帝国はデブ将軍が率いる独裁国家北鮮でも、社会主義革命が成功してしまった南米のようにでもなるわけは無いです。
多分今の安倍率いる自民党政権が目指す国家の姿に似ているではないかと思います。(安倍晋三が敢えて始めてからハルノートを受け入れて戦争を回避した帝国を想像してあんな政策を推進するわけではないですけどね。)

ただ、旧帝国なら朝日、毎日新聞はあるけど9条も日教組も共産党もないから一部偏向報道するマスコミは処分して立憲主義、国民の権利を侵害し得る憲法、法律の「穴」を適切に改正してアメリカとの関係を改善しただけで良いでしょう。

又の長文、駄文申し訳ございません。

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本で...続きを読む

Q聖路加病院って、治療費が高いんですか?

聖路加病院のイメージって、入院するにしても普通の病院に比べて費用が高そうですよね。

産婦人科なんて、普通分娩で人並みの出産で100万くらいかかると聞いた事があります。

そんな中で、もし事故にあって救急車で運ばれた先が聖路加だったら??と思うと庶民なんかは、どうしているのでしょうか?

私達、家族は江東区、中央区などで活動する事が多いので、そこらへんの地域にお住まいの方、もしくは実際に聖路加で通院、もしくは入院経験のある方、費用が他の病院と比べられる事が出来る方の回答、お待ちしています。

Aベストアンサー

家族が入院したことがあります。
聖路加はすべてが個室です、確か600部屋ほどあったと思いますがその半分くらいが保険の効く部屋です。これはいつも満室です入院時に予約をして1日3万円の部屋で待つことになります。普通は数日で保険の効く部屋に移ることが出来るようです、私の家族は2日で移ることが出来ました。もちろん私立ですから10万円を超える部屋もあるようです。
私の個人的な感想ですが、料金云々の前に医師、看護士の患者に対する温かい姿勢、思いやりなど聖路加は素晴らしい病院だとおもいます。

Q「幕府」と「朝廷」の違いを教えて

中学校1年生の子供からの質問なのですが、

・「幕府」と「朝廷」の違いが分からない。
・そもそも「幕府」って何?「朝廷」って何?

と言われました。
お恥ずかしながら的確に説明できません。
教科書には説明が載ってないし、「先生に聞いてみたら?」と言うと
「先生は授業が終わるとすぐに職員室に戻ってしまうし、あまり質問しやすい先生じゃないもん!o(;△;)o 」
とのこと・・・(´_`;)

どなたか教えていただけますか?
私も勉強したいです。よろしくお願いします。<(_ _;)>

Aベストアンサー

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるということはほとんどなく、武士に言われるがままに任命していたわけですから、実権は武士の側にあったということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E5%A4%B7%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D
これを端的にお子さんに説明するのは難しいかもしれません。
ただ、今の天皇陛下も政治的な実権はまったくなくて象徴として存在しているわけなので、それとちょっと似ているというような説明は、できるかもしれませんね。(今でも首相を任命するのは天皇と決まっています。ただし天皇が首相を選ぶことはできず、国会が選んだ人を形式的に任命するだけです)

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるという...続きを読む

Qもし昭和日本軍が諸外国の要求を呑み中国を放棄していたら?

22歳の学生です。時期が時期なのでいろいろ考え、みなさまの考えを聞いてみたくなりました。

太平洋戦争はもともと勝つ見込みの低い戦争であったとはよく言われます。
ただ諸外国からのアジア大陸からの撤兵の要請および、
その拒否によっておこった資源の禁輸から開戦やむなしであったともよく言われます。
また資源が残り少ない以上無駄な待機は無駄に血を流し続けるも同然で
戦端をひらくならば早い方が良かったともよく言われると思います。
実際アメリカ軍との戦闘にくわえて、資源をもとめて東南アジアを探検するという
二重の戦いは確かにどう見ても心許なく、
また帝国海軍および近衛首相も米英開戦には基本反対であったようです。

そもそも中国における満州事変およびそれによる日本の国際連盟脱退あたりから
太平洋戦争勃発の「臭い」をかぎとることができますが、
もし日本が素直に国際連盟の勧告に従い中国利権を破棄していたら、
日本はどうなっていたと思いますか。
中国利権を手放すことは日本にとって必死(必ず死に至る)だったのでしょうか?

すでにざっと調べた限り以下のような意見が多く見受けられます。
1、日本はアメリカの植民地になっていたのではないか
2、日本が戦わなかったらアジアの白人支配は終わらなかった
3、日本が赤化した

2はなんとなくわかりますが、1,3はありえないような気もしています、が
もちろん自分は確固たる考えはいまだ持てずまたいろんな人の意見が聞いてみたいと思っています。
みなさまの考える if をお聞かせください。
よろしくお願いいたします。

願わくばその考えに行き着いた思考のプロセスを詳細に
教えていただけると助かります。

22歳の学生です。時期が時期なのでいろいろ考え、みなさまの考えを聞いてみたくなりました。

太平洋戦争はもともと勝つ見込みの低い戦争であったとはよく言われます。
ただ諸外国からのアジア大陸からの撤兵の要請および、
その拒否によっておこった資源の禁輸から開戦やむなしであったともよく言われます。
また資源が残り少ない以上無駄な待機は無駄に血を流し続けるも同然で
戦端をひらくならば早い方が良かったともよく言われると思います。
実際アメリカ軍との戦闘にくわえて、資源をもとめて東南...続きを読む

Aベストアンサー

個人的には、現在の日本ほど豊かになれたかどうかは分かりませんが、決して悪い方向には進まなかったと思います。

「民衆に不満が溜まった時は、外交(戦争)でガス抜きをさせる」ことは治世の常套手段です。第一次世界大戦終了の反動で襲ってきた不景気、世界恐慌というダブルパンチで経済が停滞し、国民の不満が溜まったところで、当時の政治家が国内での調整を怠り、全て軍拡で対応しました。雇用問題は軍隊の増強で解決し、中国に進出して国民の目を反らすとともに、中国を植民地化して日本製品にとっての新たな市場を確保することで、経済を立て直そうとしました。

当時の世界情勢もあるので、この方針が全くの間違いというつもりもありません。ただ、本来国内で解決すべき問題を全て国外に押しつけてしまい、肥大した軍隊と、完全に戦争に目が行ってしまった国民を政治がコントロール不可能になったしまったところに悲劇があったと思います。つまり、アメリカ始め諸外国の外圧で仕方なしに始めた戦争というよりは、自国の問題を政治家が責任回避し続けたために、対米戦争まで行きついてしまったというのが真相だと考えます。

>もし日本が素直に国際連盟の勧告に従い中国利権を破棄していたら、
日本はどうなっていたと思いますか。

という質問ですが、もちろん時の政府は国民から反発を喰らい、政権を失っていたでしょう。さらに、加速する不景気と用済みになった軍人の処遇を巡って国内はかなり混乱したに違いありません。

それでも、数年の混乱を乗り切れば、ヨーロッパの第二次世界大戦の特需により日本経済は持ち直し、ドイツの敗勢が濃くなった後は、むしろソ連への牽制のために英米の支持を取りつけながらシベリアへの出兵もあったでしょう。こうなれば、満州についても、英米にとってはソ連の脅威からの防波堤の意味で、むしろ日本の権益を積極的に認めていた可能性が高いのではないでしょうか。

日本が撤退することで再発する中国国内の内戦も、ひょっとしたら国民党を助ける名目で英米の支持のもと堂々と再出兵していたかもしれません。

実際の歴史では、日本が経済大国化した後は、アメリカが冷戦を乗り切るために西側にイギリス、東側に日本という前線基地を確保して、共産主義を抑え込もうとしました。

日本が中国から仮に撤退していたとしても、この流れだったと思います。日米はむしろ共産主義の浸透を防ぐという旗印のもとに接近し、超大国アメリカの支援を受けながら東アジアの地域覇権国としてそれなりに恵まれた歴史を迎えることになっていたような気がします。

ただし、これによって日本社会の変革は、GHQの改革ほど進まなかったでしょうし、中国共産党が史実通り中国を支配すれば、日中そして日ソの対立は史実の比ではないので、国防費がうんとかさむ「軍国・日本」のままだったかもしれませんが。

個人的には、現在の日本ほど豊かになれたかどうかは分かりませんが、決して悪い方向には進まなかったと思います。

「民衆に不満が溜まった時は、外交(戦争)でガス抜きをさせる」ことは治世の常套手段です。第一次世界大戦終了の反動で襲ってきた不景気、世界恐慌というダブルパンチで経済が停滞し、国民の不満が溜まったところで、当時の政治家が国内での調整を怠り、全て軍拡で対応しました。雇用問題は軍隊の増強で解決し、中国に進出して国民の目を反らすとともに、中国を植民地化して日本製品にとっての...続きを読む

Q日本の歴史がもっとも変化した分岐点はいつですか?

 関ヶ原?

 戊辰戦争?

 過去にいろいろ分岐点となる出来事はありましたが

 一番の分岐点はいつでしょうか?

Aベストアンサー

 明らかに明治維新でしょう。
 明治維新では,近代化を成し遂げた西欧諸国に対抗するために,あらゆる分野で西欧の文明を取り入れ,それによって日本の伝統文化が大幅に排斥されることになりました。政治面のみならず,経済面及び文化面においても,短期間でこれほどの変革が行われた時期は,明治維新をおいて他にありません。


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