激凹みから立ち直る方法

日本語を勉強しているベトナム人です。みんなさん、ちょっと文章を見ていただけませんか。ありがとうございます。

2016年10月27日。
毎日先生に会えますし、今日も頑張ろう、今日の日記には何を書こうって思って、つい、習慣になりました。
急に今日から先生に会えなくて、日記もつけなくていいっていう思考に変わっちゃって、今日は無気力で何もやる気が起きない一日でした。
先生、たまに寝坊して青空教室に来れなくて、すみませんでした。寒い季節には遅刻しがちになったりして、本当に申し訳ないです。会える時はちゃんと時間を守って会えればよかったのに。今は申し訳ない気持ちでいっぱいです。
先生、東屋の近くの池の一匹のカメがいることを覚えていますか?その時、カメが見えるかどうかより発見者として興奮して、気持ちよさそうにカメを教えてくれた先生の姿が絶対忘れません。
レッスンに遅刻の時(本当にすみません)、先生を待たせるのはちょっとだけでも悪いですが、遠目から、待ち時間潰し、先生のカッコよく頑張っているゴルフ練習や運動の元気な姿を思い出す度になんだか心がすっごく癒されています。
毎日先生からチョコをもらったら戦争のような雰囲気になって、うるさく取り合ったり笑い合ったりする私達を見たら先生も明るく笑顔をして、本当にパワーのようなものをもらいました。
留学生のスピーチに参加できて、N1合格がとれて、テレビにも出ちゃって、新聞に2回も載って、全ては先生のおかげです。日本語を教えることなく毎日私達の楽しいこととか悩みとか不安や人間関係などをよ〜く理解して応援したり優しくアドバイスしたりしてくれてなんか救われた気持ちになって本当にたすかりました。
先生、いつも背中を押してくれてありがとうございました。先生にさよならと言いません。なぜならば、また会えることは間違いなしからです。どうぞお元気で。待っています。先生と中国のお土産を。

A 回答 (5件)

ご本人の心情や状況を把握しているわけではないので,書かれた文章から予想して直してみるなら,



「毎日先生に会えるので,今日もがんばろう,今日の日記には何を書こうと思うようになり,そのようなことが習慣になっていました。
それが今日から先生に会えなくなることになり,日記もつけなくてもいいやという気持ちになってしまいました。今日一日も,無気力で何もやる気がなく終わってしまいました。
先生,ときどき寝坊のために青空教室に行くことができないことがありました。すみませんでした。(以下略)」

といった具合になるのではないかなと思います。

でも,ごく普通の日本人でも,あなたの書くような文章を書いていたりします。日本人なんだからもっとちゃんとした日本語の文章を書くだろうと思うかもしれませんが,そんなことはありません。
キーワードが書いてあるんだからそこから読み取れるだろう,文章全体の雰囲気から察することができるだろうという日本人独特の甘えから,必要なことを書いていない文章を平気で書く人もいたりします。あなたがちゃんと打てている句読点を打てない日本人もけっこういるみたいです。それからあなたがちゃんと書けている,発音上は「わ」だけど文章上は「は」になる「は」を,小学校で何を習ってきたのか「わ」と書く日本人の大人だっています。たとえば「かわいい」と書くべきところを「かゎぃぃ」なんて書いちゃう大人が存在するだなんて,「お前らほんとに日本人かーっ!?」なんて叫びたくなっちゃいますが,でも現に存在してるようです。日本人に文盲はほとんどいないということになっているようですが,それは正しい日本語を使えるということと同義ではないようです。
ベトナムではどうか知りませんが,日本語が母国語である日本人の語学力はそんな状態です。恥ずかしいことですが,日本人にそんなに期待しないでください。

たぶんこの添削希望の文章は,先生に宛てた手紙か何かなのでしょうけど,この文章には「あなたらしさ」が出ていると思います。そういう文章と,日本人が書いたような日本語の文章,先生はどちらに好感を持つと思いますか? あなたをよく知っている人であれば,あなたの人柄をも表している「あなたの文章」にこそ好感を持つに違いありません。

よりよいものを目指すのは良いことだとは思いますが,それは場合によります。根本的な間違いがないのであれば,手紙なら,ご自身の言葉で書かれた文章こそがベストなものではないかと僕は思います。
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こんにちは。



>留学生のスピーチに参加できて、N1合格がとれて、
私よりも、日本語はうまいかもしれませんね。私は、ご質問で書かれたような文章は、書けないからなのです。私にも日本語学で、マンツーマンで教えてくれた先生がおります。「先生、私が遅刻したらどうしますか?」と伺ったら、「待ちます」とおっしゃってくださいました。だから、一度も遅刻もしないようにしました。しかし、一度もそのような、きちんとしたお礼状は書いたことがありません。

お書きになった文章そのものは問題はないと思います。最近、ベトナムの留学生のことを知り、大変に驚きました。日本語の習得率が、他の外国からの優秀な留学生と比較しても、だんとつに高いそうです。日本とベトナムとは、つながりがあるのに、日本では、あまり焦点をあててこなかったようです。アジア発展のために日本が行う役割があるはずですし、その後、日本の国は、高齢化社会、過疎化社会に向かっていきますから、必ず助けてもらう日が来るかと思います。

他の方が、ちょっと変だなというなら、長いワンセンテンスの中で、読点(、)がまったくないものがあります。ところが、これも、調べてみると、目上の人に「読点(、)」入れるのは、失礼だという考え方もあるそうですから、なかなか、こういう話は単純に、良い悪いという段階ではなくなってしまいます。

また、プライベートの私信には、基本的に他人には介入できるものではないということです。それをいうのは、日本語ネイティブでさえ、やはり僭越なことだと私は思います。

ちょっと難しい事を申し上げますと、日本人が英語を習うのと同じことなのですが、まさに、ご質問者さんのように、多くの人たちは、会話的・口語的な表現を求め、それを習得します。今の社会全体が、そういう語学を奨励させられるようです。そして、ついには、ご質問者さんは一定のレベルに到達する人もいます。しかし、それは、留学生であるがゆえに、それだけではないことはご存知だと思います。

かつて、約150年前、日本人は、新しい知識を求めて外国から多くのことを学びました。その頃の人々の気概は、今の日本のどこにもありません。もし、これから日本語や日本文化をさらに学ぼうとするなら、150年前の人たちの意気込みを知ったほうがよいのではないか、とさえ思うのです。私は、独立運動の指導者・潘佩珠氏(Mr. Phan Bôi Châu)については、数年前にテレビ・ドラマで知りました。

例えば、中村正直の『西国立志編』(1871)は、イギリス人のスマイルズの"Self-Help" という著書を翻訳したものです。明治の初頭、大変なベストセラーだったそうです。今から、20年前に、私が出会った人物で忘れられない中国人は、「祖国(PRC)のために、再び国に戻って、この知識を役立てる」言っていました。大変な才能の持ち主でしたが、きっと、今頃は、中国で活躍しているはずだと思います。もちろん、揺れ動く国政のために働くことが、必ずしも良いことではないのは、言うまでもありませんが。

これからも、ご精進ください。
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ところどころ変ですが


なにか?
何が聞きたいの?
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この回答へのお礼

悪いですが、変なところを添削してもらえませんか。

お礼日時:2016/10/28 23:14

rất tốt!!

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この回答へのお礼

Hihi.ベトナム人ですか。サンキュー❗️

お礼日時:2016/10/28 23:15

文章を読ませてもらいました。



さすが、N1を持っているだけあって、素晴らしい文章だと思います。
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この回答へのお礼

いいえ。ちょっと買いかぶりじゃないんですか。N1を受けてから、自分の日本語力が足りないことが身にしみて分かりました。もっと頑張らなくちゃいけません。
ありがとうございます。

お礼日時:2016/10/28 23:18

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