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外国人に日本語を教えていますが、時を表す言葉に助詞をつけるルールについて、基本ルールみたいなものがあるのでしょうか?

たとえば、「あした」であれば、なにもつけませんよね。
1)あした公園へ行きます。
でも「来週の日曜日」になると「に」があってもおかしくないですよね?
2)来週の日曜日に公園へ行きます。

これは単に「に」をつけることによる強調であって、(あしたでも、あさってでもない、来週の日曜日に公園に行くんだ!という強調。)基本的にこのような「時を表すことば」プラス「行為」の場合は助詞はなにも要らないのでしょうか??どなたかお願いします。。

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A 回答 (2件)

 amitoさん、こんにちは。


 
 まず、時間を表わす言葉の品詞を考えてみますと、「今日、去年、この夏、来週、あるとき、むかし、今、現在、このごろ…」などは「(時間の)名詞」です。そして、この「時間の名詞」は文中で「副詞」によく似た働きをすることがあります。

 「は」、「も」、「に」などの「助詞」に関してですが、日本語の助詞には「副助詞」、「格助詞」、「終助詞」、「接続助詞」があります。
 
 さて、時間を表わす言葉に助詞がつくのかつかないのか、あるいは、つくとしたらどんな条件の元でつくのかということですが、まず、時間を表わす名詞が副詞的に用いられている場合は「格助詞である『に』」はこれらの語の後にはつきません。
 『あした公園へ行きます』
 この例文では「あした」が副詞的に用いられていると考えられるため、後に「に」は不要です。

 ただ実際には、この副詞的に働く「時間の名詞」の後に「に」がつくものとつかないものが存在し、これにはある一定の法則があり、我々日本人は普段意識せずに使い分けているのですが、この点は外国人日本語学習者が迷う点の一つですので、注意が必要です。下に少しまとめておきます。

 1)「時間の名詞」が単独で副詞的に用いられる場合は、後に「格助詞・に」はつきません。例:「おととい」、「昨日」、「今日」、「明日」、「あさって」、「毎日」、「先先月」、「先月」、「今月」、「来月」、「再来月」、「先々週」、「先週」、「今週」、「来週」、「再来週」、「おととし」、「去年」、「今年」、「来年」、「再来年」など。
 2)「時間の名詞」が複合の形をとる場合、例えば、「おととい」という時間を表わす名詞にさらに「朝」という時間を表わす名詞がついて「おとといの朝」などという形になる場合はやや複雑で、「あしたの昼、テニスをします」と助詞を伴わずにも使われますし,「あしたの昼に、テニスをします」と助詞を伴っても使われます。この二つの文の場合ですが,意味的には実は違いがありません。「に」を伴うことによって「強調」を表わしていると思われる傾向にあるようですが,この場合の「に」は「格助詞」として「より顕著な副詞表現に属することを表わしている」に過ぎません。仮に「あしたの昼、テニスをします」という文の「あしたの昼」を強調するのであれば、「あしたの昼は、テニスをします」と「副助詞・は」が使われます。この「副助詞・は」の働きは「判断の対象や叙述の内容がその範囲内に限られている」ということを表わし,つまりは「他の日ではなく明日」というように限定の意味を加え、そして強調の意味を加えています。「明日の昼も、テニスをします」と「副助詞・も」を使うこともできます。「副助詞・も」には「類似した事柄を列挙したり、同様の事柄がまだあることを言外に表わしたり」する働きがあり、昨日も今日もテニスをしたが明日もテニスをするという「類似あるいは同様の事柄の列挙」を示しています。
 
 a)つまり、「時間名詞」が単独で副詞的に用いられる場合には「に」などの「格助詞」はつきません。
 b)時間を表わす名詞が複合形で用いられる場合には、「に」がつく形も「に」がつかない形も存在し,「に」がつくかどうかは日本人の間でも揺れが見られるので、各個人での判断に違いがあるのが現状です。
 c)ただし、「昨晩」、「夕べ」、「昨夜」、「今晩」、「今夜」、「明晩」、「毎晩」、「毎夜」、「今朝」、「明朝」、「毎朝」、「(先週/今月/来年etc)末」という一種の複合形の例では「に」がつきません。
 d)「時間名詞」に助詞がつく場合は、その助詞が「副助詞」であり、なおかつ、「時間名詞」は副詞的に用いられているのではなく、本来の「名詞」として用いられていると考えることができます。
 e)また、同様に時間を表わす名詞で「四季の名称」や「曜日名」にも、「格助詞・に」がつく場合とつかない場合があります。

 少し分かりにくい説明になってしまったかも知れませんが、お役に立てれば幸いです。

 では、失礼いたします。
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この回答へのお礼

すみません、長い間ログインできずに、お二人にお礼ができませんでした。ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/11 19:53

「あした」でもつくことがあります。



※ あしたは公園に行きます。
※ あしたも公園に行きます。

この場合、「別の時」を表す言葉が入った文がきます。
「も」の場合は必ず前にきますが、「は」の場合は前後どちらでもありえます。

※ 昨日はデパートに行きました。あしたは公園に行きます。
※ 今日公園に行きました。あしたも公園に行きます。
※ あさって学校に行きます。あしたは公園に行きます。

「も」は前の文章と同じ行為をする時ですよね。
「は」は「に」と同じで、強調の意味だと思いますが、
「前(後)の文とは『行為』が違う」と言う意味での強調ですね。
だから、「も」の文の前に「は」の文がくるとおかしいですので、「助詞なし」がくるかと思います。

「昨日、今日、あした、あさって…」に「に」がつくことはありませんね。
助詞がなしの場合は、その文単独で、完結することができます。
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Q「に」をつける/つけないのルール?

■「に」をつけないと 不自然な名詞(時間を表すもの)。
 ・6時、勉強します。
   (不自然とまでは言わないのかもしれませんが、違和感はあります。)
 
■「に」をつけても、つけなくても、どちらでもOKなもの。
 ・月曜日、勉強します。
 ・月曜日に、勉強します。

■「に」をつけると、不自然なもの。
 ・毎朝に勉強します。

 いろいろあって困っているのですが、
 これらを説明できるルールのようなものは、ありますでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。

日本語教師です。
文法書から説明を引用します。

日本語記述文法研究会編『現代日本語文法2』くろしお出版 2009年  p.85-

 時の名詞がとる格は、基本的に、時の名詞の意味的な性質によって決まる。
指し示す時点が発話時を基準として相対的に決まる時の名詞は無助詞で、発話時に関わりなく
絶対的に決まる時の名詞は「に」をつけて表す。
  ・それでは、駅の西口で明日{0/xに}会いましょう。  (「0」は無助詞を表す: 「x」はダメということ)
  ・それでは、駅の西口で3時{x0/に}会いましょう。 

 時の名詞が無助詞でも「に」を伴っても自然になることもある。基準となる事態、あるいは
基準時を表す名詞が時の名詞を修飾する場合や、期間を表す名詞の場合である。
 次の例では基準となる事態を表す名詞が時の名詞(3日後)を修飾している。
  ・事件の3日後{に/0}、犯人が捕まった。
 「事件(の起きた時点)」は絶対的に決まる時であるが、「3日後」は、それを基準として
相対的に決まることを表している。この場合、時の名詞は、無助詞でも「に」をつけてもどち
らでもよい。
 次の例は、基準時を表す名詞が時の名詞を修飾している例である。
  ・そ無助詞でもの年の冬{に/0}、大雪が降った。
  ・先週の日曜日{に/0}、教会に行った。
  ・7日の晩{に/0}、カレーを食べた。

 季節(春、夏、秋、冬)、曜日(日曜日、月曜日…)、1日の時間帯(午前、午後、朝、昼、夕方、
晩、夜)などを表す名詞は、ある年、ある週、ある1日を基準時として想定されやすい。基準時
が明確な場合は、「に」をつけても自然になる。
  
(引用終わり)

なお、新聞記事や歴史叙述は、少し別。「は」が付く場合も、別。
その解説は省略します。

引用のはじめの5行分は、日本語教師にはよく知られていることだと思います。
日本語を(外国人に)教える時、すぐ問題になることだからです。

saburoo

こんにちは。

日本語教師です。
文法書から説明を引用します。

日本語記述文法研究会編『現代日本語文法2』くろしお出版 2009年  p.85-

 時の名詞がとる格は、基本的に、時の名詞の意味的な性質によって決まる。
指し示す時点が発話時を基準として相対的に決まる時の名詞は無助詞で、発話時に関わりなく
絶対的に決まる時の名詞は「に」をつけて表す。
  ・それでは、駅の西口で明日{0/xに}会いましょう。  (「0」は無助詞を表す: 「x」はダメということ)
  ・それでは、駅の西口で3時{x...続きを読む

Q日本語の「なん」と「なに」の違いはなんでしょう?

日本語の「なん」と「なに」の違いはなんでしょう?
外国人に日本語を教えています。
「なん」と「なに」は英語で”What”。
だけど、どんな場合に「なん」を使い、どんな場合に「なに」になるのか、うまく説明できません。
よい説明、もしくは、サイト等をご存知でしたら教えてください。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

 これは次ぎにくる音が(1)タ行、ダ行、ナ行、の三行ではじまれば「なん」、(2)その他では「なに」です。

 (1)何と言っていいか分からない、何でもいいよ、何年になりますかね。

 以上は「なん」とお読みになったと思います。

 (2)何か分からないことがありましたら、一体何サマと思ってるんだ。この漢字は何篇?、何もおかしいことは無い。

 以上は「なに」とお読みになったと思います。

 ただし what の内容ではなく、数字の答えを期待している時はすべて「なん」です。

 「ご利用は何階でしょうか」「ナニカイ」とは言わないし、「ちょっとこれ何枚あるか数えてみてちょうだい」も「ナニマイ」とは言わないと思います。

Q日本語動詞のアスペクト・・・?

日本語動詞のアスペクトの特徴ってなんでしょうか?できれば、アスペクトから詳しく教えていただきたいです。

Aベストアンサー

アスペクトとは、「動詞の表す動作を、その動作が時とともに展開してゆく過程においてとらえたときのさまざまなあり方、およびそれを表現する組織的な文法形式」です。

例えば、「食べる」という動詞は、
  今ご飯を〔食べている〕。
という、動作が「進行(継続)」中である状態を経て、
  もうご飯を〔食べた〕。
という、動作が「完了」した状態へと移行していきます。

一方、「開く」という動詞は、
  ドアが〔開いた〕。
という、完了の状態から、
  ドアが〔開いている〕。
という、動作・作用が終わった後、その状態が「結果」として存在している状態へと移行します。

このように、述語動詞の表す動作・作用についての、「完了」「継続」「結果」などの概念、及びそれらの表現形式をアスペクトと呼ぶわけです。テンス(時制)とは全く違った概念です。

このアスペクトの観点から動詞の分類が行われます。以下ほんの一例です。

1、状態動詞…「ある」「居る」のように、「ている」が付かずに「状態」を表すもの。
2、継続動詞…「読む」「見る」などのように、「ている」が付いて、動作が進行中であることを表すもの。
3、瞬間動詞…「死ぬ」「付く」などのように、「ている」が付いて、「結果」をあらわすもの。

ほとんど説明になっていませんが(本気で回答しようとすれば膨大な量になってしまいますから)、なんとなく雰囲気を感じてくだされば幸いです。「ないよりはましか」ぐらいのつもりで回答いたしました。参考URLは、(3)アをごらんください。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%BD%A4%A6&kind=jn&mode=0&base=21&row=1

アスペクトとは、「動詞の表す動作を、その動作が時とともに展開してゆく過程においてとらえたときのさまざまなあり方、およびそれを表現する組織的な文法形式」です。

例えば、「食べる」という動詞は、
  今ご飯を〔食べている〕。
という、動作が「進行(継続)」中である状態を経て、
  もうご飯を〔食べた〕。
という、動作が「完了」した状態へと移行していきます。

一方、「開く」という動詞は、
  ドアが〔開いた〕。
という、完了の状態から、
  ドアが〔開いている〕。
という、...続きを読む

Q見せると見させるの違い

外国人に「見せると見させるの違いは何ですか。どのように使い分けますか」と質問されましたが、どのように説明すればいいでしょうか。
いろいろな使用例を見ると同じ意味で使っている場合も多いようですが、働きかける相手に自発性の有無(そんな記述も見かけたのです)とか、相手に見るように使役する意味を持つとかで使い分けている場合もあるようですが、例えば「姿を見せる」の場合は自発性などないが使役の意味もなさそうです。
そのようなことを考えているとすっかり混乱してしまい、明確な説明に行き詰まっています。いっそのこと、自発性の有無を考慮せず、次のように割り切ればいいことなのでしょうか。
・「見せる」=相手から見えるところに物を差し出す
・「見させる」=使役の助動詞を使っているので、見ることを強制する

Aベストアンサー

【見せる】には多様な意味がありますが、今回の場合、大辞林の【(1)人に見させる。示して見えるようにする。】という語釈がご参考になると思います。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%82%8B&match=exact&itemid=DJR_miseru_-010
「人に見させる。」
「示して見えるようにする。」
という2つの意味があることになります。
(例1)『あの映画を彼に見せるつもりだ』
(ア)「彼を映画館に行かせて、上映中のあの映画を見せるつもりだ」(「人に見させる。」)
話者は「見る」という動作に直接的には関わらない。
(イ)「私が( DVD を操作するなどして)あの映画を彼に示す(見せる)つもりだ」(「示して見えるようにする。」)
話者は「見る」という動作に直接的に関わる。

【見させる】
使役の助動詞が使われていますので、強制的(強引)に何かをさせる、という使役の意味になります。
辞書にあるように、不干渉・放任といった意味を分けても構いませんが、これも消極的強制には違いないので、今回は、同じ「使役」としておきます。
(例2)『あの映画を彼に見させるつもりだ』
(ウ)「彼を映画館に強制的に行かせて( OR 連れて行って)、強引にあの映画を見せるつもりだ」
(エ)「私が( DVD を操作するなどして)強制的にあの映画を彼に示す(見せる)つもりだ」
(オ)「私が花子に強制(指示)して、あの映画を彼に見させるつもりだ」

少しまとめてみると、
【見させる】と【見せる】は似通った意味を持つ。
ただ、【見させる】には、「強制」「強引」という要素が顕著である点、また、第3者の介入も想定可能な点が「見せる」との大きな違い。
ということが言えるように思います。

【見せる】には多様な意味がありますが、今回の場合、大辞林の【(1)人に見させる。示して見えるようにする。】という語釈がご参考になると思います。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%82%8B&match=exact&itemid=DJR_miseru_-010
「人に見させる。」
「示して見えるようにする。」
という2つの意味があることになります。
(例1)『あの映画を彼に見せるつもりだ』
(ア)「彼を映画館に行かせて、上映中のあの映画を見せるつもりだ」(「人に見させる。」)
話者は...続きを読む

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q日付の後につける助詞の用法について

日本語を勉強中の中国のものです。

このスレートを借りて質問させていただきます。

「田中さんは1988年9月8日()会社を辞めました」

ここの()に中に使うべき助詞はなんでしょうか、いつも困っていますが。

に?で?から?あるいは他のものがありますか?

もし複数ができるなら、その使いの区別はどうなりますか。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

お尋ねの(  )に入れる言葉はいくつかありますが、それぞれ多少のニュアンスや用法が違います。

1)・・・9月8日(に)会社を辞めました。
これは一番普通の表現で、よく使われます。辞めた日を単純に表現したものです。

2)・・・9月8日(で)会社を・・・
この場合は「に」に比べて、9月8日という日付を強調しています。辞めた日を質問されて回答するとき、あるいは自分が日付を強調して言いたい時等に使います。

3)・・・9月8日(付けで)退職しました。
「付けで」を使った場合は上記のように「退職しました」の方が「会社を辞めました」ベターだと思います。(絶対ではありません) 上記の1)や2)よりやや硬い表現になりますので、文章で書く場合などに適しているでしょう。

4)・・・9月8日(  )会社を辞めました。
(  )の中には何も入れない。話す場合はこれで十分通じます。書く場合は(、)のようにコンマを入れてもいいです。但し、これは上記の1)の言い方に一番感じが近いですが、ややぞんざいな言い方になると思います。

なお(から)はあることの起点を表しますから、「9月8日(から)会社を辞めました。」という言い方は間違いです。

お尋ねの(  )に入れる言葉はいくつかありますが、それぞれ多少のニュアンスや用法が違います。

1)・・・9月8日(に)会社を辞めました。
これは一番普通の表現で、よく使われます。辞めた日を単純に表現したものです。

2)・・・9月8日(で)会社を・・・
この場合は「に」に比べて、9月8日という日付を強調しています。辞めた日を質問されて回答するとき、あるいは自分が日付を強調して言いたい時等に使います。

3)・・・9月8日(付けで)退職しました。
「付けで」を使った場合は...続きを読む

Q日本語の他動詞文における直接受身と間接受身の相違

前略、日本語教育歴浅いため、「日本語の他動詞文における直接受身と間接受身の相違」をうまく説明出来ません。いろいろ調べましたが例文そのものがわかりにくく余計混乱しています。イメージしやすい例などで指導等いただける大変ありがたいです!

Aベストアンサー

簡単に言えば、
直接受動:他動詞文の「を」が「が」になる受動文
間接受動:受動文を能動態にしたとき、主語の「が」が「を」にならないもの

英語では能動態の直接目的語を主語にして、受動態を作ります。
日本語ではこれを直接受動と言います。

日本語には、直接受動以外に間接受動もあります。
これは、直接目的語を主語にしない受動態です。

直接目的語が主語にならないと言うことは、
1.受動態になっても直接目的語の「を」が存在する。

太郎は 花子を 殴った。
 → 花子は 太郎に 殴られた。(直接受動)

花子は 太郎の 顔を ひっぱたいた。
 → 太郎の顔が 花子に ひっぱたかれた。(直接受動)
 → 太郎は 花子に 顔を ひっぱたかれた。(間接受動)


2.自動詞文で、目的語がなくても可能。
雨が 降った。
 → 雨に 降られた。(間接受動)

赤ん坊が 泣く。
 → 赤ん坊に 泣かれる。(間接受動)

Q助詞の『と』と『に』の使い方について

この種の質問は多いのでしょうが、『と』も『に』も質問文章中に、多用されているせいか、数が多すぎて求める検索結果が得られません。

ところで、質問ですがビジネス文書(この質問で言えば、稟議書)で使用する場合、次の表現ではどう違うのでしょうか?
「○○すること『と』していました」
「○○すること『に』していました」
どなたかご教授ください。

Aベストアンサー

格助詞「に」置き換えられる格助詞「と」は結果を示すときに使うものですね。
ネットの辞書には次のような用例がありました。
・夜半から雨は雪となった
・彼は3年後りっぱな選手となった
・彼はついに大科学者となった
・そうしているうちに冬となった
しかし、「に」との置き換えについては言及されていません。手元の新明解も同様でしたが、岩波国語に少し解説がありました。
その岩国から引用してみます。
「一般に「に」でも表せるが、「に」がその帰結に対して自然だととらえる表現なのに対して、「と」は多少とも意外またはあえて言うという気持ちを伴う」
この説明はネット辞書の4例文すべてにちゃんと当てはまるようです。
したがって質問者さんの例文の場合は、次のように適用できるかと思われます。

「○○すること」の意思・意識・認識がより明確であった場合、もしくはより明確だったと区別したい場合、「と」
単に習慣であったり不明確であったり、また自然な流れであったりしたならば「に」

しかし、これだけで区別すべきではないような気がします。稟議書であれば、この後の文には逆説が続きそうですね。むしろこの逆説文の内容に従うのではないでしょうか。
その逆説の度合いにより、たとえば今後の○○の明確化や厳密適用などであれば「に」、明確な○○を明確な理由をもって△△にしたいというような文であれば「と」というようなことになるのだと思います。

格助詞「に」置き換えられる格助詞「と」は結果を示すときに使うものですね。
ネットの辞書には次のような用例がありました。
・夜半から雨は雪となった
・彼は3年後りっぱな選手となった
・彼はついに大科学者となった
・そうしているうちに冬となった
しかし、「に」との置き換えについては言及されていません。手元の新明解も同様でしたが、岩波国語に少し解説がありました。
その岩国から引用してみます。
「一般に「に」でも表せるが、「に」がその帰結に対して自然だととらえる表現なのに対して、「...続きを読む

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
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Q『が』と『こそ』の違いについて

「あの人がいい先生です」
「あの人こそいい先生です」
格助詞『が』と係助詞『こそ』の意味の違いを教えて下さい。

Aベストアンサー

「が」の使い方は、簡単には説明出来ません。特に日本語圏で育っていない方に意味や用法をお伝えするのは、かなり大変です。
勉強したければ、下記サイトも参考にしてください。
http://www.kazandogakukai.com/_d269122444.htm
「が」の使い方は、少々おかしくても、止む得ないと思った方が、気楽で良いと思います。
 
「こそ」は、「強調」「選択」と思ってください。
「あの人こそいい先生です」 = 「あの人は(本当に)いい先生です」「たくさんいる先生の中でも、いい先生です」
 
日本語に慣れている人が「あの人がいい先生です」と言った場合は、「(いま)話題にしていたいい先生というのは、(多くの先生がいる中で)あの人のことです」という意味合いのことが多いです。つまり「あの人こそいい先生です」と似た感じです。
似た感じというのは、実は使い方が違うからです。
「あの人こそいい先生です」は、話しの直前の話題・主題が「あの人」であるケースが普通ですが、「あの人がいい先生です」は、話しの直前の話題・主題が「いい先生」であるケースが普通なのです。
 
早く使い分けを覚えたい場合は、文法書ではなくて、会話文が多い現代小説を音読するとか、テレビラジオなどの会話を口まねで繰り返す方が良いと思います。「習うより慣れろ」が良いと思います。

「が」の使い方は、簡単には説明出来ません。特に日本語圏で育っていない方に意味や用法をお伝えするのは、かなり大変です。
勉強したければ、下記サイトも参考にしてください。
http://www.kazandogakukai.com/_d269122444.htm
「が」の使い方は、少々おかしくても、止む得ないと思った方が、気楽で良いと思います。
 
「こそ」は、「強調」「選択」と思ってください。
「あの人こそいい先生です」 = 「あの人は(本当に)いい先生です」「たくさんいる先生の中でも、いい先生です」
 
日本語に慣れている人...続きを読む


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