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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%AD%E5%A3%B2 …
ドラフト制が始まったのが1965年(昭和40年)
読売ジャイアンツが9連勝が始まった年も1965年(昭和40年)です。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/questio …
 川上哲治さんが監督の時代です。
読売ジャイアンツが9連勝を成し遂げた翌年の1974年~勝率が、がくんと落ちています。
これはドラフト制度の効果が10年後にやっと現れたとの判断で間違いないでしょうか?
 こんど、お正月のみんなの席で何かお話しないといないので話題として取り上げようかなと
しています。
 よろしくお願いいたします。

A 回答 (1件)

セリーグの読売の成績がドラフトに全て関係している訳ではありませんし、昭和40年代は10年選手制度があり、読売が他チームの選手を引き抜く事を認めていました。

テレビ中継も他チームが試合をする放映を認めていませんでしたし、読売以外は人ではないと言うマインドコントロールをされていました。今でこそドラフトで入団し、均等化していますが、効果が出てきたのは昭和60年代になってからです。

 昭和50年はレギュラーの過半数が引退し、読売は初めて最下位になり、広島東洋カープが初めて優勝をしました。前年に中日ドラゴンズが20年ぶりに優勝し、川上監督が辞めた事で入れ替わり、長嶋監督になった年でもあります。

 読売は悪行が多く、セパの分裂も読売が影響をしており、読売を嫌ったチームがパ、打算で読売に付いたチームがセになりました。福岡ソフトバンクの前身である南海、北海道日本ハムの前身である東急、千葉ロッテの前身である毎日が強く、歯が立たない状態でした。他にも当時の阪急(現オリックス)等の選手を引き抜きも起こし、対立をしました。

 クライマックスもセのチームが均等化し、読売が優勝できない事から言い出した事であり、3位までを対象にしたのです。メジャーは各リーグがチームを地区別に分けて順位を出しているので構いませんが、日本とはここが違います。
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この回答へのお礼

ご回答くださいましてありがとうございました。
現在読ませていただいています。
しばらくお待ちくださいませ。

お礼日時:2017/11/11 06:03

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