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- 回答日時:
サルトルの『嘔吐』ですね。
サルトルはパリのブルジョワ家庭の出身です。パリのお金持ちは市内の高級アパルトマンに住むことが多いそうです。これが例えばアメリカだったら、「アパルトマンってのはアパート、集合住宅でしょ。お金持ちなら、なぜ郊外の一軒家に住まないの?」と言われちゃいそうですが、パリは一種独特なようです。
また、日本で高級マンションというと、新しい高層のこれ見よがしのデザインの建物を連想しますが、パリでは築百年とかの端正でクラシックな中層の建物のことだそうです。
つまり、サルトルは幼少期から四角い定形の建造物の世界に生きて来ました。そういう人は、非定形(フランス語でいうとアンフォルメル?)な構造物を見ると、不安や恐怖を感じるらしいです。その体験が、アントワーヌ・ロカンタンの吐き気に投影されているのでしょう。
ロカンタンは、公園のベンチのそばのマロニエの木の根っこを見ているうちに、そうなったのです。根っこが隆起して不規則な非定形だったのでしょう。さらに、「木の根」は「『存在』の根幹」を象徴していて、ロカンタンが存在の実相を看取したことによる吐き気とも、掛け合わされています。
木の根が存在の根幹を象徴しているのは、すぐ気づくけど、一般に木の根を見たら生命の力強さとか、ほっと落ち着く感じがするはずで、吐き気は感じないと思う……とおっしゃるかも知れませんが、サルトルはそこに自分の生い立ちから来る実感を忍び込ませました。築百年の石造りの端正な建造物は、確かな存在ではあるが、そこに存在の実相は姿を現さない。それではなく、木の根の非定形を見ているうちに吐き気に襲われ、……このように描くことで「読ませる小説」に成り得ているのだと思います。
仮に築百年の石造りの端正な建物を見て、「なるほど、存在とはこういうものだ。ゆるぎない」などと言ってたら、凡庸過ぎて、哲学的思惟にならないわけです。
この回答へのお礼
お礼日時:2018/01/28 13:30
サルトルは幼少から四角い建物に暮らしていたんですね。
いつも慣れ親しんだ物以外の物への適応は、簡単に受け入れ難く、心が拒絶反応を起こすのでしょうかね。
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