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写真の文章は「百人一首一夕話」の一節で、崇徳上皇(新院)が保元の乱で後白河天皇方に敗れ、讃岐国に流された後の古文の現代語訳です。この文章について質問です。
緑の枠内について、
①病気になったら帰京できるのですか?
②関白は手紙を報告しなかったとあるのですが、新院は報告されなかったからといって帰京を断念する理由がわかりません。
③病気になり帰京できなくなった不満?から不満を晴らすために写経したと思うのですが、お経だけは近い都に入れ申しあげたいという意味がわかりません。

よろしくお願いします。
*現代語訳の続きは補足にあります。

「写真の文章は「百人一首一夕話」の一節で、」の質問画像

質問者からの補足コメント

  • 現代語訳の続き①

    「写真の文章は「百人一首一夕話」の一節で、」の補足画像1
      補足日時:2019/08/13 22:00
  • 現代語訳の続き②

    「写真の文章は「百人一首一夕話」の一節で、」の補足画像2
      補足日時:2019/08/13 22:01

A 回答 (1件)

嘆願書ですから、帰京の理由にしたのであって、慣例があるわけでは無い。


道長の権威の強大さを表現しただけのことです。
上皇の郷愁の深さと権威が地に落ちていたことを表現しているだけです。
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