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・・・がわかるHPはないものでしょうか?

A 回答 (1件)

『日本の歴史学講座』


http://homepage1.nifty.com/kitabatake/

『同上:日本陸海軍事典』
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/rikukaigun …

『同上:同上:日本陸軍常備兵力』
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/rikukaigun …

『同上:同上:陸軍師団総覧I』
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/rikukaigun …

『同上:同上:陸軍師団総覧II]
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/rikukaigun …

参考URL:http://homepage1.nifty.com/kitabatake/
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Q戦死者名簿は閲覧できるか。

祖父の兄の事について調べています。
過去帳をみると、昭和12年7月21日・45歳に亡くなったと書いてありました。

父はその人は戦死したと噂で聞いたといっていましたし、なんとなくその年代、死亡の歳からして戦死であろうと思っています。

厚労省、沖縄の平和の礎、靖国神社のどれかで戦死者の閲覧ができますでしょうか。

ちなみに、その祖父が亡くなった後、弟である祖父が当家を相続しております。
戸籍謄本を提示すれば閲覧も可能かと思います。

Aベストアンサー

地域によっては戦死された方の名簿は出版されたものがあります。
これは市町村または県単位で遺族会とか戦友会といった団体が作成したもので、戦死した場所や日付が簡単に記載されています。この程度の内容でよいなら捜してみる価値はあるでしょう。
一般に明治10年の西南戦争以降の戦死者が掲載されています。戦死された当時の住所地(市町村)から出版されているので、そこの図書館に尋ねてみるとよいでしょう。「忠魂録」「英名録」など色々な名前になっていますし、市史や町史に掲載されていることもあります。通常、普通の図書と同じ扱いなので閲覧に制限はないはずですし、貸し出しも可能かもしれません。

Q日本陸軍第11師団(第55師団)

四国の第11師団(第55師団)は、軍備更改計画では、師団司令部、特科部隊の衛戍地は善通寺です。
歩兵第12連隊も善通寺です。
日清戦争時の歩兵第10旅団、歩兵第12連隊は、丸亀が編成地、衛戍地です。
日露戦争時では、第11師団までも、丸亀、善通寺とする資料が混在し、歩兵第10旅団、歩兵第12連隊も混在します。
昭和になっても、丸亀には連隊区司令部、練兵場が所在した資料があります。
ちなみに、ウィキでは、歩兵第12連隊が、明治44年に丸亀に移駐となっています。
昭和7年の国防大辞典の常備団隊配備表によると、歩兵第12連隊が丸亀。
歩兵第10旅団、特科部隊が善通寺となっています。
太平洋戦争開戦時の第55師団では、第55歩兵団、歩兵第112連隊の衛戍地が、丸亀、善通寺とする資料が混在します。

この四国師団の流れの本当のところは、どうなのでしょうか?
アジア太平洋~を見ても、イマイチ見つかりません。
戦史叢書にも見つかりません。

教えて下さい。
よろしくお願いします。

戦史資料室へ行けは、お断り。

Aベストアンサー

 『陸軍常備団隊配備表』『軍編合竝配置表』によって衛戍地の変遷をしめしますと、

1)明治29年3月16日 送乙第963号

 第11師団 司令部:丸亀 

       歩兵第22旅団:丸亀  歩兵第12連隊:丸亀 歩兵第43連隊:丸亀

       歩兵第10旅団:松山  歩兵第22連隊:松山 歩兵第44連隊:松山


2)明治40年9月18日 軍令陸第4号

 第11師団 司令部:善通寺 

       歩兵第22旅団:善通寺 歩兵第43連隊:善通寺 歩兵第44連隊:高知

       歩兵第10旅団:徳島 歩兵第12連隊:丸亀 歩兵第62連隊:徳島


3)大正11年9月23日 軍令陸第10号

 第11師団 司令部:善通寺 

       歩兵第22旅団:善通寺 歩兵第43連隊:善通寺 歩兵第44連隊:高知

       歩兵第10旅団:徳島 歩兵第12連隊:丸亀 歩兵第62連隊:徳島


4)大正14年3月27日 軍令陸第1号

 第11師団 司令部:善通寺 

       歩兵第22旅団:徳島 歩兵第43連隊:徳島 歩兵第44連隊:高知

       歩兵第10旅団:善通寺 歩兵第12連隊:善通寺 歩兵第22連隊:松山


5)昭和15年7月10日 軍令陸乙第19号「中部軍編合竝配置表」

 第55師団 司令部:善通寺 

       第55歩兵団司令部:善通寺 

       歩兵第112連隊:善通寺 

       歩兵第143連隊:徳島

       歩兵第144連隊:高知

 
 付け加えますと、団隊の衛戍地が移転することは特異なことではありませんでした。 

 ついで、団隊の衛戍地移転に関して完了できない部隊は、表規定外の衛戍地に在ることを得とされました。丸亀の場合、支那事変中から部隊を編成補充していたため、太平洋戦争中も補充業務をしていました。


7)第55師団留守部隊 特臨編第8号 「陸軍部隊調査表其一」

 留守第55師団 司令部:善通寺

         歩兵第112連隊補充隊:丸亀

         歩兵第143連隊補充隊:徳島

         歩兵第144連隊補充隊:高知


8)善通寺師管区部隊 軍令陸甲第34号 のち四国軍管区部隊 

  善通寺師管区司令部:善通寺      

        善通寺師管区歩兵第1補充隊:丸亀

        善通寺師管区歩兵第2補充隊:徳島

        善通寺師管区歩兵第3補充隊:高知

 

 また、丸亀連隊区司令部は、昭和16年4月に高松連隊区司令部と改称されましたが、これも引き続き同地区から徴集業務を継続しています。

  

       

 

 『陸軍常備団隊配備表』『軍編合竝配置表』によって衛戍地の変遷をしめしますと、

1)明治29年3月16日 送乙第963号

 第11師団 司令部:丸亀 

       歩兵第22旅団:丸亀  歩兵第12連隊:丸亀 歩兵第43連隊:丸亀

       歩兵第10旅団:松山  歩兵第22連隊:松山 歩兵第44連隊:松山


2)明治40年9月18日 軍令陸第4号

 第11師団 司令部:善通寺 

       歩兵第22旅団:善通寺 歩兵第43連隊:善通寺 歩兵第44連隊:高知

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Q太平洋戦争時、南方軍の独立守備隊について

太平洋戦争で、第一段作戦終了後、進行した師団(G、2、5、38、48等)を現地復員し、内地よりの補充を加えて、第10~18の独立守備隊が、編成されました(第10のみ新編)
(1)配置された地域は分かっているのですが、正確に所属独立守備大隊が、どうしても分かりません。
推定は出来ますが、事実が分かりません(特に12、15、16、18)
(2)また、独立守備隊に所属せず、独立守備大隊単独で配置された物もある事は、分かっています(40、41、42)これら以外にもあったのでしょうか?
(3)これらの独立守備隊は、後に独立混成旅団、そして師団に編成されて行く事は、分かっていますが、その過程で、第18独立守備隊が、後に第94師団に改変されて行く事は分かっています。その過程で、独立歩兵大隊の番号が分かりません。
(4)これら独立守備隊の補充担任が、第10のみ、3D、16Dなのは分かっていますが、第11~18分かりません。
以上、私の調べた結果です。
これらの分かる方、教えて下さい。また、特筆する戦歴等があれば、教えて下さい。
戦史資料室へ行けは、お断り。
よろしくお願い致します。

太平洋戦争で、第一段作戦終了後、進行した師団(G、2、5、38、48等)を現地復員し、内地よりの補充を加えて、第10~18の独立守備隊が、編成されました(第10のみ新編)
(1)配置された地域は分かっているのですが、正確に所属独立守備大隊が、どうしても分かりません。
推定は出来ますが、事実が分かりません(特に12、15、16、18)
(2)また、独立守備隊に所属せず、独立守備大隊単独で配置された物もある事は、分かっています(40、41、42)これら以外にもあったのでしょうか?
(3)これらの独立守備隊は、後に独...続きを読む

Aベストアンサー

 先の大戦中の南方戦域における独立守備隊は、

1)1942年2月軍令陸甲第12号により臨時編成された

 第10独立守備隊:留守第3師団にて編成。独守第31~35大隊。補充担任:第43師団。


2)同年9月軍令陸甲第71号により現地において復帰(復員)した第10野戦補充隊、独立混成第4連隊、第5兵站地区隊、第43兵站地区隊、第78兵站地区隊、第47兵站地区隊本部、第47兵站勤務中隊、第48兵站地区隊本部、第48兵站勤務中隊、第14野戦勤務隊本部、第15野戦勤務隊本部、陸上勤務第77中隊、陸上勤務第78中隊、陸上勤務第108中隊の人員及び内地からの補充員を以て臨時編成された

 第11独立守備隊:独守第36~39大隊。補充担任:第46師団。

 第12独立守備隊:独守第43~47大隊。補充担任:第42師団。

 第13独立守備隊;独守第48~51大隊。補充担任:第65旅団。

 第14独立守備隊:独守第52~55大隊。補充担任:第47師団。

 第15独立守備隊:独守第56~59大隊。補充担任:第64独立歩兵団

 第16独立守備隊:独守第60・61大隊。補充担任:第47師団。

 独立守備歩兵第40大隊:補充担任:第42師団

 独立守備歩兵第41大隊:補充担任:第42師団

 独立守備歩兵第42大隊:補充担任:第42師団

 ※独守第40・41大隊は、ボルネオ島において独立混成第4連隊(岡山歩兵第154連隊補充隊にて臨時編成)の復帰人員を基幹として編成されたのち1944年11月~1945年2月にかけ独立歩兵第432大隊、独立歩兵第554大隊へ改編改称した。

 ※独立守備歩兵第42大隊は、初めビルマ南部のちマレー、第94師団編成要員となる。

3)1942年12月軍令陸甲第111号下令により、

 第17独立守備隊:独守第62~65大隊。補充担任:第46師団。

 1943年3月軍令陸甲第28号下令により

 第18独立守備隊:独守第66~69大隊。補充担任:第42師団 

 となっています。

 1945年5月には軍令陸甲第67号下令によりシンガポールにおいて独立警備歩兵大隊2個が編成されています。参考まで。



 独立守備隊関係の戦記:熊井敏美『フィリピンの血と泥  太平洋戦争最悪のゲリラ戦』 時事通信社

 中比パナイ島の第11独立守備隊に所属していた将校の回想記で、陸大卒の司令官 I少将(元第10野戦補充隊司令官)がゲリラの襲撃に怯えるようすや、田中軍司令官の視察の車列がゲリラに銃撃される不祥事、その報復として住民をゲリラとみなして片っ端から射殺するなど、当時の対ゲリラ戦闘の過酷さが描かれた書です。このようなタイプの戦闘は華々しさはなく、後ろめたさがあるためか文献はすくないようです。熊井氏も戦犯として刑に服しています。NHKアーカイブにて名前で検索すると回想を見ることができます。

 

 先の大戦中の南方戦域における独立守備隊は、

1)1942年2月軍令陸甲第12号により臨時編成された

 第10独立守備隊:留守第3師団にて編成。独守第31~35大隊。補充担任:第43師団。


2)同年9月軍令陸甲第71号により現地において復帰(復員)した第10野戦補充隊、独立混成第4連隊、第5兵站地区隊、第43兵站地区隊、第78兵站地区隊、第47兵站地区隊本部、第47兵站勤務中隊、第48兵站地区隊本部、第48兵站勤務中隊、第14野戦勤務隊本部、第15野戦勤務隊本部、陸上勤務...続きを読む


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