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0. ブディズムの効用は おそらく親鸞のしめした《信》の理論のみではないか?

1. まづ ほかにブッダター(仏性)の理論があるはずです。けれどもブッダターがすべての人にやどるというこの想定命題は すでにブラフマニズムが 《アートマン(霊我)》として打ち出しているものである。ならば 仏性ないし仏界の提示だけでは ほとんど意味がない。

2. あるいは 《空(シューニャター)》観がよく引き合いに出される。けれどもこれも けっきょく相対と絶対との――有限と無限との――区別を言ったまで。ひとは 時間的存在だ――時空間としての《世界‐内‐存在 In-der-Welt-sein 》である――と明らかにしたまでである。



3. それらのメリットは 親鸞の《非知――非思考の庭――》としての《信》の理論におさめられて行く。と考えます。

3-1. 親鸞: 義無きをもって義とす。:非知としてのアミターバ・ブッダ
  
  【Q:親鸞の《義なきを義とす》は 神の依怙贔屓か?】
   https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9354024.html

3-2. 《非知》とは ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

   経験
     可知
       既知
       未知
     不可知(知り得ないと証明された)
   非経験
     非知(知り得るか知り得ないかが知り得ない)
 
3-3. 非知なる非経験の場 ⇒ 《非思考の庭》 ~~~~~~~

  非思考の庭(クレド=しんじる。心の明け。ヒラメキ):信仰
  ____________________________
  思考の緑野(コギト=かんがえる)      :思想・宗教
  感性の原野(センスス・コムニス=かんじる) :共通感覚
  ____________________________

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


4. 非知なる非経験の場は ブラフマニズムにおける神ブラフマンなどのように 全体に対応するひとつの神としておおよそどの民族にあっても持たれている。

 A. ブラフマニズム:梵我一如
   梵:ブラフマン・・・・・マクロコスモス。神
   我:アートマン・・・・・ミクロコスモス。霊我

 B. ゴータマ・ブッダ:無梵無我一如(無神論)
   無梵:シューニャター(空)・ゼロ
   無我:アン‐アートマン;ニルワーナ

 C. ブディズム:仏仏一如
   仏:アミターバ / マハーワイローチャナ(大日如来)
   仏:如来蔵・ブッダター(仏性)

 D. クリスチアニズム:霊霊一如
   霊:神・聖霊
   霊:《神の宮なるわれ》

 E. (プラトン?):霊霊一如
   霊:宇宙霊魂(プシュケー・コスムー) / 世界霊魂(アニマ・ムンディ)
   霊:《われ》

 F. 《もののあはれを知る》:霊霊一如
   霊:かみ(超自然およびその分身たる自然)
   霊:われ(自然本性)


4-1. つまり ゴータマ氏は ブラフマニズムの非思考の庭のあり方(梵我一如)を踏襲し その霊なる神の名前を裏返したのみである。だから 後世の人たちは 別様にしかも同じ位置にブッダターを立てた。これは アートマンのことである。

4-2. その《無い神》は やはり梵我一如の《有る神》とまったく同じく 絶対性たる普遍神のことを言っている。



☆ 自由なご批判を歓迎します。

質問者からの補足コメント

  • №45つづき


    ★ 脱皮の話。・・・古い皮と言うのは、古い生き方の事だと考えます。今世とか来世とかを逡巡する生き方を辞めて、一なる世界で本来的に生きる事。
    ☆ 前史と後史と言っています。ウソ・イツハリによって自己から自己が遊離する これをどうするか どうにかし得る状態になれば 後史に入る。(?)


    ★ 解脱・・・は心身の脱落と言われます。・・・脱落を経過すると、心身が解きほぐされた状態になり、完全に安らぐと言う事だそうです。
    ☆ ウソによって負った負い目 これがやわらぐものと思われます。

    No.6の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2020/12/30 20:03
  • №7つづき

    ☆ 《現実への立ち帰り》があやふやでは?
    ★★ 私の見立てでは、今世や来世こそが概念的、理念的であり、それらを捨て去る事の方が、質実な在り方に思えます。

    ★ ~~~
    例えば飾りをつけたもみの木の、飾りを外そうと言った場合、残るのはただのもみの木です。それは大体は言わなくても分かることです。

    今世や来世を捨て去った時に、必然残るものがある。それが円い世界だと言う事なのですが、脱皮の譬えではそこまでは描かれていません。

    必然、新しい皮に生まれ変わった蛇がそこにいるわけですが、それは脱皮することを言っている時点で自明だとも思えます。
    ~~~
    ☆ 了解しました。そして 《中諦》に行きつくようです。

    No.7の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2020/12/30 22:43
  • №10つづき

    ★ 前史から後史に移り行くのに、"柔軟でしかも芯がある"と言う指標が機能するのは、不思議な事です。あたかも闇雲に探し物をしている時に、「こっちだ」と知らせる声の様です。

    ☆ この《指標》が ふつう一般には《後史(=〈 1 〉)を生きる人》であるのでしょう。しかもおそらく 自分と同じ《前史(=〈 1 ± α 〉)の人》であり得る。そうであっても みづからの内の《 ± α 》の部分についてよく分かるかたちになり得る。

    あるいはひょっとして《 ± α 》の部分を生じたときの事件のようなものごと〔の再現〕であったりする。

    しこうして:
    ★ 縁にまつわって、法が全体としても、局地としても、顕れると。後史の者にとっては全体として当たり前に顕現し、前史の者にとっては局地として稀有に顕れる(様に見える)


    ☆ うまくまとまりましたと自分でも思ったりします。

    No.10の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2020/12/31 18:09

A 回答 (11件中11~11件)

鬼滅の刃が千と千尋の神隠しをやっとかめ通信というのが昔名古屋で出てました。

全然知らなkッタです。時代がクァリマしたね。抜いたそうです。
こうぎょうせい
名前がなにか意味あるのでしょうか。
宮崎駿が時代遅れなのでしょうか。

新海誠の君の名は。も工業背封入が語彙だそうで、
随分な人気作だったのですね。

時代についていけてないですね。

親鸞は

機能、政治家が死んだそうですが、
騎士親子は気持ち悪いですね。写真が。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ふむ。いくつか感想がありましたね。

お礼日時:2020/12/28 21:39

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