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それ以降、中国とは長い付き合いをしてきた。
日本は小さく資源に乏しい国だから、資源を求めて朝鮮出兵、中国遠征したが、結局先の戦争でアメリカに大敗した。
現在、中国が侵略国家に成り下がってしまったのは、日本に責任があるのではないか?

質問者からの補足コメント

  • 中国がソ連(共産主義)の力を借りたのも、英国や日本が中国侵略を始めたせいだとしたら、日本は反省すべきだ。資源がなくても生活は出来た。しかし話し合いが通用しない西欧強国の脅威にさらされていた当時、日本は他にどのような方法があったのか?

      補足日時:2021/01/18 10:12
gooドクター

A 回答 (10件)

邪馬台国の時代、中国が小さな日本を占領せず国として尊重したのは、


徳治主義が尊ばれていたからですか?
 ↑
朝貢外交だったからです。
つまり、貢ぎ物を持って挨拶に
くればそれで満足だ、という
外交政策だったからです。

鄭 和 の大航海にしても、虐殺を
やったコロンブスとは違い
朝貢の約束さえすれば、それでOK
という、まことに穏便なモノでした。



現在、中国が侵略国家に成り下がってしまったのは、
日本に責任があるのではないか?
  ↑
日本を含め、欧米の責任もあるでしょうね。
特にアヘン戦争など。
あれで散々な眼に遭った中国は
富国強兵を採るようになったのでしょう。
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いや・・。



結局のところ、産業革命による「各国の急激な国力の伸長」と、それに伴う「急激な人口増加」が原因で。
それにより、資源やエネルギを獲得する必要性に迫られて、植民地化競争が始まって、最終的には国家間の衝突に至ります。

中国では、言わば100年以上遅れで産業革命が始まって、現在の覇権主義に舵を切った様なものです。

日本で言えば、紀元前10世紀あたりに農耕が始まって、弥生時代の人口は、100万人もいなかった様ですが、2~3千年の歳月で、3千万人台にまで到達してます。
ただ、江戸時代の中期あたりには、農業技術もピークに達し、人口増加も頭打ちになってます。

一方、明治維新で産業革命を取り入れた後は、わずか200年ほどで、1億人超になってます。
その間の「資源不足」は、農業が主体の時代とは比較になりません。
国内や地域内での物資の奪い合いではなく、国家間などに発展した訳です。
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有史以前の邪馬台国、


まだ、中国や朝鮮から文化を輸入していた、古代、
井の中の蛙だった戦国、
先進国が競った植民地時代
二度の大戦を経ての戦後
冷戦による、自由主義と社会主義の対立
社会・共産主義の挫折で、経済は自由主義にならうも独裁で民主化されない一部の国。
いまは、それらの情報が行き来し、グローバル化の時代の現代

を、わずか4行でまとめて、抽象的な質問しても、答えなんてでませんよ。

都合の良い結論ありきの話の説明に、過去2000年の事象を都合よく参照するだけ。やらせTVドキュメンタリーと同じです。聞きたいことがあれば、焦点を絞って、具体的に!
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中国は夏の時代から現在まで領土拡張を行っています。


邪馬台国の時代は渡海するのに莫大な予算と資源、人員(遭難するので予備の人員が必要)が必要だったので、行わえなかっただけです。

その後、大和政権が発足すると中国へ朝貢するようになったので、わざわざ軍を派遣する必要もなくなりました。
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>現在、中国が侵略国家に成り下がってしまったのは、日本に責任があるのではないか?


 4千年もあって、まともな法治国家を築けなかった、民度の違いかと。
 ウイグル地区の問題を見ても「未だに野蛮」という感じです。

>中国がソ連(共産主義)の力を借りた
 国家として、キチンとした構想が無かったからでしょう。
 アメリカの敵同士、という利害関係があるだけで蜜な関係ではないかと。

仕掛けられた、仕組まれた戦争であったから、
外交が崩れ、国家存亡の開戦に進んだのは避けられなかったのかと。
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#1です。


>中国がソ連(共産主義)の力を借りたのも、英国や日本が中国侵略を始めたせいだとしたら、日本は反省すべきだ。

ソ連も中国に侵略していましたし、アメリカやドイツの方が先に支援していました。イギリスも支援していたし、日本も共産党に支援していた時期がありました。
日本やイギリスのせいばかりではないです。
支援しつつもアメリカもドイツもフランスも侵略してましたから、比率が多少違うだけ。

>資源がなくても生活は出来た。しかし話し合いが通用しない西欧強国の脅威にさらされていた当時、日本は他にどのような方法があったのか?

他国の植民地になると言う方法は愚策ですね。
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>邪馬台国の時代、中国が小さな日本を占領せず国として尊重したのは、徳治主義が尊ばれていたからですか?



邪馬台国が有ったとされる2世紀から3世紀は中国の「漢」の時代です。
この頃の漢は武力が小さく、政治的な争いばかりしている国で、とても外国まで領土拡張するような国力も軍事力もなかったのです。


>日本は小さく資源に乏しい国だから、資源を求めて朝鮮出兵、中国遠征したが、結局先の戦争でアメリカに大敗した。

ちがいますね。少なくとも朝鮮出兵は資源のためではなく本国防衛のためです。だって朝鮮半島にもめぼしい資源がないですからね。(現在は希少金属などの資源が北朝鮮に多数あるとされますが、明治初期は開発されていません)

中国遠征もどちらかというと「清国が滅亡して、拡張主義に走った各地のシナ人軍部が満州に入り込んできたため」です。

>現在、中国が侵略国家に成り下がってしまったのは、日本に責任があるのではないか?

ああ、そうかもしれないですね。だったら日本は中国共産党をぶっ潰す権利がある、ということですね。
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魅力が無いからなぁ・・・・・


要らん

と、皇帝陛下が仰ったとか
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>日本は小さく資源に乏しい国だから、資源を求めて朝鮮出兵、中国遠征したが、



この前提が間違っています。

>現在、中国が侵略国家に成り下がってしまったのは、

侵略という概念は近大国家成立以降のことを言いますが、中華民国時代もすでに中国は侵略国家でした。しかし当時は群雄割拠で思うように侵略が出来なかったのが現実です。

ということで、間違った前提や憶測から導き出された結論にはコメントする価値がありません。
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>邪馬台国の時代、中国が小さな日本を占領せず国として尊重したのは、徳治主義が尊ばれていたからですか?



単に渡海技術がなかったからです。

>現在、中国が侵略国家に成り下がってしまったのは、日本に責任があるのではないか?

大昔から中国は「中華思想(自分たちが世界の中心と言う考え方)」の国であり、本質的に侵略国家です。
日本の責任などではありません。
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