アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

半田市で聖火リレーで女人禁制だから、舟に女性を乗せないだの、それはおかしいから乗せるだのと混乱があったようですが、そもそも文化だの伝統だのと言って、いまだに女性差別を正当化するような女人禁制をしている祭礼があることが混乱を招く原因になっているのではないかと思っています。
そこで、質問です。
女人禁制が許される境界はどこにあるでしょうか。

質問者からの補足コメント

  • No.19へのコメントです。

    確かに「女性差別」は正しい、という主張もあるかと思います。
    が、はたしてそれが現代の社会で広く受け入れられるでしょうか。
    私はそう思いませんでしたので、断定しましたが。
    もちろん、おっしゃるように私の主観には違いないです。

    >「進化論による否定」ではなく「神による平等は階級・人種・属性に関係なく平等である」という啓蒙思想によるものです。

    これも私の頭では理解できませんでした。

    「一神教」自体が伝統的な教皇や聖地を女人禁制にしていることについても、その由緒の正当性により、私の判断は変わりますが、その由緒を知りませんので、今までの主張と同じです、としか答えられません。

      補足日時:2021/04/09 23:35
  • No.19へのコメントです。

    危険な場所・戦う場所でも女性の進出は進んでいます。
    適正のない男性より適正のある女性の方がふさわしいこともあるからです。
    平均的な議論ではなく、個人個人の適正を考えればそうなるかと思います。
    その後の、フェミニスト云々については、これまた何を主張されたいのかわかりませんでした。

    女性の「産む行為」についても、「産まない」女性もいるわけですから、戦う女性がいてもおかしくない、ということです。
    これもマジョリティだけを見ず、マイノリティもちゃんと見ることで、見え方が変わってくるかと思います。
    女性が軍隊に入ることまでは否定しない、とおっしゃっているように、マイノリティとしての例外はあるわけですから、「完全に区別」とは言えないのではないでしょうか。
    男性、女性、という区別ではなく、個人個人を見れば、逆転(分布上でいえば重複)する部分があるわけですから。

      補足日時:2021/04/09 23:36
  • No.19へのコメントです。

    神事とイベントの区別、ここまで説明されると納得できる部分はありますね。
    残るは、そもそも神事で女人禁制にしている理由次第かもしれません(私としては)。

    神事を尊ぶのは女性だから、サービス側は男性が行う、というように聞こえますが、そういう理解でいいのでしょうか。

    繰り返しになると思いますが、差別であれば伝統も見直すべきと考えています。
    歌舞伎についても、無知なため、なぜ女人禁制になったのか、また現在でも女人禁制でないといけないのか、判断できません。

    宝塚や女子大は、男性差別をしているわけではないと理解していますが、違うのでしょうか。

    差別ではなく、男性を売りにしたり、女性を売りにすることは問題ないと思っています。

      補足日時:2021/04/09 23:37
  • No.19へのコメントです。

    おっしゃるように、切り取り方が甘いので、質問させていただきました。
    女性差別が悪でないというのであれば、それはもう差別ではなく区別になるのではないでしょうか。

    > また「差別撤廃とフラットな平等」は西洋的・一神教的価値観であり、日本の伝統的な価値観を持つ社会とはそぐわない部分もたくさんあります。

    不勉強な私にはまったく理解できないことです。

    明治期以降でも伝統になるとのことですが、もちろんそういうものもあるでしょうが、明治期以降終戦まではほぼ軍国主義の時代であり(制度上は帝国の時代)、その価値観が伝統であるから正しい、と主張されるとそれは必ずしも正しい、とは言えないと思っています。

    いずれにしても、不勉強な私のために、何度も回答いただき、恐縮です。

      補足日時:2021/04/09 23:38

A 回答 (20件中1~10件)

大相撲の土俵の上は女人禁制ですね。


もちろん大相撲ではない土俵ではOKです。女の子の相撲大会もありますし。
あと、トンネル工事なども「山の神が怒る」などと言って女人禁制にしていました。現在はわかりませんが。

 女人禁制は多くは宗教法人で、その法人が持っている土地や施設には入れない場合が多いと思いますが、たとえば我々一般人でも他人が所有している土地や建物に許可なくして入ることは法律でも許されていません。

 そういう考え方でいいと思います。
「私の土地や建物に女は入るな。」ということです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
大相撲の土俵の女人禁制は、大阪府知事の登壇で問題になりましたね。
問題になったということは、改善の余地がある、ということかと思います。
つまり、単なる女性差別である可能性がある、と感じます。
もちろん、大相撲の取り組み自体に女性もOKとするというのは、ジェンダーの問題以外のことかとは思いますが。
トンネル工事では、すでに女性の現場監督がいたりしますので、改善されていますね。
ただ、宗教法人や個人の考え方次第で、女人禁制にするのは自由だ、という主張かと思いますが、裏を返せば、宗教法人や個人は、女性差別してもいいんだ、と言っているのと同じことになりませんか?
ここについてはまだ議論の余地があるかと思いますが。

お礼日時:2021/04/04 10:16

境界などないのではないでしょうか。


例えば女性専用車両とされている車両へ,普通の男性は乗り込もうなどと考えません。こんなのは男性差別以外のなにものでもありませんが,そのような車両として予定されているところへ男性差別であるとか自分の権利を主張して乗り込もうとするのは極少数でしょう。そのような極少数の人が権利を主張したときに,女性専用車両の存在は正当化する理由を見いだせないでしょう。それは,女性専用車両の存在が混乱を招く原因になっているのではないかと思います。悪しき制度や悪しき風習などは,時代の流れによって淘汰されると思います。わざわざ,女性専用車両に男性が乗り込む必要がないのと同様に,女人禁制とされている箇所に女性が乗り込んでいく必要などないのではないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

女性専用車両は、痴漢被害者が多いことからの対策なので、男性差別ではありませんね。
これを問題視している人はごく少数であり、無視しても差し支えないレベルかと認識しています。混乱などもほとんど発生していないと思っています。
もちろん、痴漢被害者がなくなるような別の対策ができれば、女性専用車両は廃止されると思います。あくまで暫定措置でしょう。

「悪しき制度や悪しき風習などは,時代の流れによって淘汰されると思います。」
とおっしゃってますが、時代錯誤で、いまだに淘汰されていないから、現在でも問題になっているのではないですか。

「女人禁制とされている箇所に女性が乗り込んでいく必要などないのではないでしょうか。」
必要があるかどうかではなく、差別されていると感じている人が多くいるのであれば、改善されるべきではないでしょうか。

お礼日時:2021/04/04 11:09

境界?そんなものは存在しない。

それぞれ主催者が主体的に判断すれば良い話です。なんでもかんでも女性差別と決めつけて、どかどかと踏み込もうというのも野蛮な話です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

「なんでもかんでも女性差別と決めつけて」
私の質問は、どこまでが女性差別で、どこからが正当な女性差別ではないか、ということです。
当然、なんでもかんでも女性差別と決めつけるのはおかしなことであるのは当然です。
主催者の判断なら女性差別が許される、ということは法律上も許されませんので、女性差別ではない正当な理由が必要になるかと思います。
つまり、境界は必要なのだと考えています。

お礼日時:2021/04/04 11:22

オリンピックの考え方に合わなければ、そのルートを採用しなければ良いだけ。


男女対する考え方はそれぞれなんだし。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

オリンピックの考え方に合うか合わないかの判断が曖昧なために今回のような混乱が起きているのですから、ルートを採用しなければよいだけ、という単純な対応ができなかったわけですよね。
まずは、「混乱した」という事実を認識してください。
男女平等に対する考え方がそれぞれ、だけでは、今後も混乱が続きます。
混乱が続く、ということは今後も同じことが起きるたびに不毛な議論が繰り返されます。
それどころか、放置すれば、どんどん悪化していくのが社会というものではないでしょうか。
例として妥当かどうかはありますが、考え方はそれぞれ、と言って放置すれば新型コロナ感染者が増えていくように。

お礼日時:2021/04/04 11:39

宗教行事の有無でしょう。


宗教行事であれば、女人禁制は許されます。

例として、カトリックの神父は男性のみですし、イスラムの礼拝所は男女で別れて祈ります。上部座仏教も男女で僧侶の集団は別れますし、

半田市の祭礼でも、聖火リレーというイベント事は許して、通常は男性のみを継続するでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

確かに宗教であれば、現実的には許容されることが多いように思います。
ただし、その宗教自体が女性差別から成立していることが多いように思います。
女性はけがれの対象として、排除するというようなことは宗教上ではよくあることかと思います。
本来なら、そういうところから見直さないといけないのでしょうけど、宗教の成立過程の問題であり、なかなか難しいところなのでしょうね。
法律上は整備されていても、現実にはではそこまで踏み込めないでいるのでしょう。

男女で分かれているのは、差別でもなんでもないですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2021/04/04 22:08

境界なんてない自然の現象に従えばいい


西欧が割れ一番と吠えて他国をおとしめている
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そういう意見があってもいいかとは思いますが、極論ですね。
現実的には、許されませんね。
「自然の現象」とは何でしょうか。
個人個人の自由な考え方で行動するのが自然とも解釈できますし、
逆に、肉体的に強い男が女よりも自然に上に立つ、とも解釈できますが。
つまり、女人禁制など関係ない、とも聞こえますし、その逆とも聞こえます。

お礼日時:2021/04/04 22:16

祭礼は宗教的・文化的なものですから、伝統的に女人禁制になっているものが批判されているのではありません。

今回は、男女平等を謳うオリンピックにそのような祭礼を組み込んだことがおかしいのです。
それがおかしいと気付かないオリンピック組織委員会の頭の悪さがすべての元凶であって、文化や伝統は原因ではありません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

確かに、今回の混乱については、おっしゃっている通りかと思います。
ただし、質問の趣旨は、宗教的・文化的なものも含め、どこまで許容されるのでしょうか、ということです。
そもそもオリンピックの男女平等の思想は、オリンピックだけのものではなく、その他すべての社会に通じること、と考えなければ、オリンピックの趣旨に賛同して、開催するべきではないのではないでしょうか。

お礼日時:2021/04/04 22:23

女人禁制のルートをオリンピックに組み込んだことが批判されているのであって、伝統的に女人禁制の祭礼があることを批判している人はほとんどいません。

男女差別に反対している人達だって、伝統的に女人禁制が慣例になっている場所や行事がおかしいといってる訳ではありません。
女人禁制のルートをオリンピックに組み込んだことがおかしいと言ってるのを、女人禁制の祭礼がおかしいと言っているかのように主張されているのは、誤解です。そもそも質問に誤解があります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

オリンピックの精神に反していることを日本の伝統的な祭礼が行っていて、今回、これらがリンクしたために今回の批判があったわけです。
それが一致していれば、批判もなかったわけなので、今回の質問をしたわけです。
誤解はしていないと思います。
つまり、あなたの見解は、伝統的な祭礼では女人禁制は許され、オリンピックとしては許されない。それが境界である、と理解しました。
なので、今回のように境界が異なる物事がリンクしてしまえば、また同じ問題が発生する、ということかと思います。
いわゆるダブルスタンダードを許容する、という意見かと思いますが、私はこのダブルスタンダードに違和感を持っています。
理想論かもしれませんが、境界は統一するに越したことはないかと。

お礼日時:2021/04/08 20:58

お礼をいただきまして、ありがとうございます。



>本来なら、そういうところから見直さないといけないのでしょうけど
見直しを行えば、正統派と異端派に分裂して、見直しを迫った人々も巻き込み血で血を洗う殺し合いが起こりますから、誰も触れないです。

今回の祭具の問題も今年は良いでしょうが、3年、5年、10年、20年の後に見直しを迫った側も巻き込み、争われるでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

女性差別がなくなる方向で見直しはあちこちで行われていますよ。
もちろん殺し合いなど起こっていません。
昔は宗教的な理由で女人禁制だった山が、現在ではほとんど解禁されているのがその証拠です。
それでも、一部の場所だけがいまだに女人禁制を続けているにすぎません。
方向的には解禁される方向には間違いなさそうですね。
ただ、以前と違って、ネットがあるので、逆に反論が激しくなる可能性も否定できないかもしれませんね。いわゆる右傾化といわれる時代の流れも影響するかもしれません。
まあ、それでも女人禁制が再開されるところまではいかないでしょうけど。

お礼日時:2021/04/08 21:10

>女人禁制が許される境界はどこにあるでしょうか。



そんなもん気にしてもしょうがないです。自らを「意識高い」と規定するおっちょこちょい共が勝手気ままに噛み付いているだけ。

そもそも、この話題で騒いでる人達って、その聖火がどこから来たか知っているんでしょうか。たとえば以下の記事に説明があります。採火式は非公開で女性だけによって行われる、男子禁制です。かつ、採火する巫女たちは処女に限ることになっているらしい、これはきっと有名無実でしょうが。
https://toyokeizai.net/articles/-/329420?page=2

また聖火リレーという行事自体、始まりはナチス統治下のベルリンオリンピックです。ゲルマン民族こそがヨーロッパ文明の源流たるギリシャの後継者である、その優越性を印象づける効果を狙ったと言われています。そんなヒトラー御謹製の演出を、今の我々は平和の祭典だとありがたがっている。

「オリンピックの理念」の御都合主義は聖火リレーに限ったことじゃありません。少し歳いった人ならオリンピックはアマチュアしか出られない、プロは駄目だったことを覚えているでしょう。当時は「アマチュア精神」が大切だとされていたのですが、あれは一体どこに行ったのやら。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

質問の趣旨を誤解されているのではないでしょうか。
オリンピックのことは、わかりやすいので、導入として書いただけです。
おっしゃる通り、オリンピックには矛盾することも多いと思います。
だから、オリンピックのことなどどうでもいいのです。
質問は、あくまで一般社会における女人禁制の境界がどこか、ですから。

お礼日時:2021/04/08 21:15

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!