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日本はなぜ核爆弾を落とされたのでしょうか 何で日本だけ …

そんなに日本は悪いことしてないですよね?

A 回答 (10件)

じゃりん子チエで父親のテツが言っていた[喧嘩の鉄則です]


相手に仕返しを忘れるくらい、死の恐怖を味合わせないと仕返しされるからです。
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質問者は子供なのか?


戦争というものは、勝つためには手段を選ばない。
自国が持っている武器の全てを使って、敵が降伏するまで相手を攻撃し続けるのが戦争というものなのだ。
日本と戦争をしている最中に原爆という新兵器が完成したとなれば、それを使わない手は無いと考えるのはむしろ当然だろう。
そもそも日本がアメリカの真珠湾攻撃を行ったことで戦争が始まったわけで、軍部の超エリートどもが考え実行したものだ。
普通に考えて、アメリカのような超大国と戦争をしようなどと考えるか、と言うことがあるが、エリート中のエリートであっても決して賢いわけでは無いと言う見本のようなものだ。
明治維新以降、日本は戦争に負けたことが無かったために、軍部も一般国民もすっかりのぼせ上がってしまい、アメリカにだって勝てるだろうと言うことで始められた戦争だが、ばかげた楽観主義はすぐに化けの皮がはがれたにもかかわらず、愚かな軍部は戦争を止めることが出来なかった。
そして日本中が焦土と化しても戦争を止めずに、ついに原爆まで落とされるということにまでなってしまったのだ。
このようなことにまでなったのは、天皇制というとんでもない悪しき制度を軍部が最大限活用したために、多くの一般国民はおかしいと思っても全てを天皇の御名によってと言われると、誰も何も言えないと言うことになってしまっていたからなのだ。
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ほかに使用する所が無かったからですね。



ソビエトへのデモンストレーションですが砂漠や無人島では意味を持たないし連合国や中立国に対して使用する事も出来ない、となれば日本しか有りませんね。
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戦争は大量殺人なので、どこまで悪いとかありません。


当時の開発側科学者はじめ多くは、大統領にやめた方が良い
と進言していたそうです。
トルーマン大統領が承認したとされているがあいまいです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA …

背景に、戦争に勝つためと、多くの国家予算を原爆開発につぎ込んで
いて、成果を出さないといけない事情があったそうです。

民主主義は、専制政治よりマシなだけで、民衆が選挙権を持てば、
民衆に迎合する政治家が生まれ結局、国民が馬鹿なら、衆愚国家に
なるしかないのです。

それでも米国は、キリスト教信者が多いためか、成功した富裕者は
50くらいで引退、ボランティア財団設立や寄付、役員に成ったりで
まあ、富と名声とも言えますが、カーネギーさんはじめ、立派な人が
多いと思います。
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2016年8月6日に放送された「NHKスぺシャル 決断なき原爆投下」で、日本はなぜ核爆弾を落とされたのかについて、以下の通り明確な説明がなされた。

 原爆開発計画(マンハッタン計画)の責任者であったレズリー・R・グローブス准将は、莫大な費用(今の価値で20数兆円)を掛けた原爆開発を成功させて、実際に使用して効果を示さなければ、責任者である自分が国会で責任を追及されることを恐れていた。(その旨グローブスは戦後のインタビューで明確に証言している。) その為に、グローブスはトルーマンに原爆の威力などについて虚偽の報告をして、トル―マンに原爆投下の指示を出させた。 トルーマンはルーズベルトの急死により、原爆の事は何も知らされないまま大統領に就任したため、簡単にグローブスの嘘に騙された。 そして、人類史上初の核実験「トリニティ」が行われた1945年7月16日時点では、すでにドイツは降伏しており、原爆を落とす先は日本しかなくなっていた。 グローブスは当初山に囲まれて原爆の効果を十分に引き出せる京都に原爆を落そうと考え、トルーマンに対して、京都には日本の大きな軍事施設があるなどと嘘を付いていた。 しかし、幸いなことにトルーマンの側近に京都を2度訪れたことがある人物がいて、京都への原爆投下は何とか阻止された。 それでも、広島・長崎への原爆投下が実行されたが、その被害の大きさにトルーマンは大変驚いた。 グローブスは、更に17発の原爆を製造し日本に投下しようとしていたが、さすがにトルーマンもそれは阻止させた。 そしてトルーマンは、アメリカがナチス並みの虐殺を行ったと後世に世界から非難されることを恐れ、「原爆が太平洋戦争を終結させ、そのお陰で数百万人の命が助かった」と言う国家ぐるみの嘘をでっち上げた。
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アメリカは、日本が侵攻した地域や島々を、反撃準備ができてから占領していったわけです。


「この島の上陸作戦は3日で終わるだろう」って想定して始めたところが、頑強な抵抗にあって、部隊壊滅(半分が戦闘不能になる状態だとか)になったりと想定した以上の被害が出たわけです。

「こんなに死傷者が出るなら、本土上陸作戦なんてやったら、許容できない死傷者が発生する!!」ってことで、核爆弾の投下を決定したという判断があったようです。

3国同盟の仲間だったイタリアの兵士は、「これは負けそうだな」となれば「死ぬまで戦う!」って感じじゃあなくて、早々に降伏する気風でしたし、ドイツは、ヒトラーが参謀たちの意見を無視していたし、オカルト、UFO技術、悪魔などにヒトラーが傾倒していた面もあって、部下たちの信頼が減った面もあったのかな?なんて思います。

日本軍の守備隊は、「最後の一兵まで戦う!」ってことで降伏して捕虜になるって選択肢が無かったから、頑強に抵抗したわけですが、それが原爆投下を導いたといえるかもしれません。
ただ、その抵抗があったからこそ、原爆投下はあれど、アメリカによる本土侵攻作戦が実施されなかったというメリットになったともいえますが。
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クリスチャンではないからですよ。



当時のクリスチャンは、クリスチャン以外は人間でないと考え、非人間的な生活をさせていた奴隷にさえ、キリスト教に改宗させた程です。

だから、二発目の長崎で、キリスト教の浦上天守堂を爆撃したことはひた隠しに隠し、戦後の荒廃の中でも真っ先に浦上天守堂の建設資金が米国から送金されて、一番先に原爆記念碑とも言うべき旧浦上天守堂がこの世から姿を消したのです。
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戦争とはそういうものです


以下の状況がアメリカにとって悪い状況だったという事です

アメリカは、当時、日本をできるだけ早く降伏させアメリカ軍の犠牲を少なくしたいと考えていました。また、1945(昭和20)年2月のヤルタ会談で旧ソ連が対日参戦することが極秘に取り決められ、アメリカは、それ以前に日本に原爆を投下し、戦後、世界 で優位に立ちたいと考えていました。さらに、20億ドルの経費と最大時には12万人以上を動員して開発した原爆が戦争終結につながったとアメリカ国内向けに正当化する必要もありました。
こうした中、1945(昭和20年)の春から投下目標都市の検討が始まりました。都市の規模や爆風で効果的に損害を与えることができるなどの条件で進められ、目標都市への空襲が禁止されました。広島を第1目標としたのは、目標都市の中で唯一、連合国軍の捕虜収容所がないと思われていたためです。

https://www.hiroshima-navi.or.jp/post/033931.htm …
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はい。

してません。
アメリカの核実験成功は一か月前にスペイン人スパイから軍部は聞いてます。それでも降参しなかったのと爆撃機を追撃出来るのに特攻させる志願兵を止めて30万人の被害者を出した上官も責任があります。それと日本も爆撃機に核を載せてアメリカに打ち込む予定もありました。帝国軍の判断ミスでしょうね。
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落とされた理由は諸説沢山ありすぎて、、、


なんとも言えませんけど。
はい、わたしもそう思いますよ。
そこまで悪いことしたのか?
核を落として戦争終わらせたのがそんないい事だったのか?
アメリカでは核を落とし戦争を終わらせたとして、評価されポジティブに考えてる人が多いようです。
世代にもよるようですけどね。年齢が上に行けばいくほどそのような考えのひとが多いようです。
逆に若者は本当に落として戦争終わらせたのは本当によかったのか?
他にやり方があったんじゃないのか?
って疑問を投げかける若者もだいぶ増えてきたようです。

いずれにしても、
個人的には核まで落とす必要なかったんじゃないのか?
他にやり方があったと思う。
特に二つ目の核は必要が無かったでしょう。
あれはかなり余計だった思いますよ。
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