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タイトルの通り、舞姫を読んで、疑問に思ったことが
いくつかありました。

1、エリスの母は、豊太郎を金づるにしていたのか
  (していた)
2、エリスは母にとって座頭から金をもらえるエサ
  だったのか
  (エサだった)←「彼」の言葉を聞かないといって
           エリスを殴ったから。
3、豊太郎はエリスのことを本当愛していたのか
  (愛していない??)
4、豊太郎の母の死は自殺ではないのか
  (諫死?)

この4つです。
この中のどれでもいいので皆さんの答えを教えて下さい。
ちなみに(  )は私の意見です。

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A 回答 (2件)

 「舞姫」は高3の現国の授業の最後の方に習い、感想文まで書かされました。

質問に対しての私の意見は1と2は--kaori--さんと同じです。3は#1さんと同じで愛していたと思います。著者の森鴎外の経験をもとににして書かれた小説ですし、愛し合っていなかったらあんなに苦悩しないと思います。4は文学評論家たちによって意見が違うみたいなんですけど、私は自殺ではなく病死だと捉えて読んでました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2005/02/26 23:13

3、愛していたでしょう。


 鴎外自身の体験が背景にあると記憶しています。それを踏まえて読んだほうが深まるでしょう。また、あれほどの苦悩を考えると愛情をとったほうがいいのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2005/02/26 23:13

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Q舞姫について

高校の頃、教科書で学び、最近改めて読み直しましたが、大学になった今でも私が成長してないのか(^^;読後の感想は変わりませんでした。
文体が美しかったり、文学的要素はあるのだと思います。が、確か自分をモデルにした小説だったと思いますが、内容がどうも私には、筆者が「自分はエリートな男な上に、女にももてるんだ」と自慢しているようにしか感じられないのです。そもそも、女をあんな目に合わせて、それを小説化するとはどういうことだと私は思ってしまいます。
しかし、教科書にも載る程の文学ということは、何か内容的にもすばらしいところがある気がします。
そこで、私とは違い、この小説の内容はこんないいところがあると理解できる方、是非どんなところか教えて下さい。
この作品に対して違った見方をしてみたいです。

Aベストアンサー

明治文学の一愛好者として回答させていただきます。

まず、ほかの回答のなかにも誤解していらっしゃる方がいるようですが、『舞姫』に出てくる太田豊太郎は森鴎外の創作人物です。
にもかかわらず、『坊ちゃん』の主人公と夏目漱石をだれも同一視することはないのに、鴎外と豊太郎を平気で同一視して解釈しようとする人が多いことが不思議です。
まず、鴎外=豊太郎とする見方を捨ててください。

>女をあんな目に合わせて、それを小説化するとはどういうことだ

鴎外がElise Wiegertという女性と恋愛関係にあったことはいくつもの資料が指摘するところです。

けれども、鴎外が帰国した二ヶ月後の明治二十一年九月十二日、彼女は鴎外のあとを追って来日、築地の精養軒ホテルに一ヶ月滞在した後、帰国します(鴎外は、二十二年後、48歳という年齢になって、その経験をもとに『普請中』という短編を書いています)。

このElise Wiegertがどういった人物なのかはよくわかっていないのですが、とにかく鴎外を追って単身日本に来れるような彼女が、少なくとも作品中の「エリス」とはずいぶん境遇がちがったことは間違いない(当然狂気にも陥っていないし、妊娠の事実も疑わしい)。
むしろ、ごく普通の恋愛だった、と見るべきではないかと思います。

>筆者が「自分はエリートな男な上に、女にももてるんだ」と自慢しているようにしか感じられないのです

自慢がしたいなら、「エリス」を令嬢として描き、そんな極悪非道な仕打ちを書くかわりに、どれだけ彼女が別れをつらがったか、さらに「彼女ったらオレを追っかけて、日本にまできたんだゼ~、どうだ、オレってすごいだろー」と書けば、(文学として成立するかどうかはともかく)作者の自尊心は、はるかに充たされるはずです。

豊太郎はエリスに対してひどい仕打ちをする。
おそらく『舞姫』を読む人のだれもが、太田豊太郎を嫌いになるはずです。
豊太郎の行動を、批判するはずです。
憐憫を持つことはできても、好きにはなれない(たとえば「坊っちゃん」をキライになるのがむずかしいと同じくらい、豊太郎は好きになるのがむずかしい人物です)。

どうして鴎外は、あえて主人公をそのような人物として造型していったか。
また同時に、そんなひどい人間を描いた小説が「明治時代の青春を象徴する小説」(中村光夫『日本の近代小説』岩波新書)として、今日まで読み継がれてきたのか。
そこを読み解いていかなければならないと思います。

この場で読解をやっていく時間もスペースもありませんので、比較的手に入れやすい参考文献をひとつあげておきます。
山崎一穎『森鴎外 明治人の生き方』筑摩新書、とくに第四章「作家誕生 ――『舞姫』を読む」では、読解と作品が誕生した経緯が描かれています。

「鴎外が『舞姫』を発表した時、不特定多数の読者を対象にしてはいない。豊太郎の文脈に添えば、手記の読者として想定可能なものは、「心ある人」であり、豊太郎とエリスとの行実を「あやしみ、又た誹る人」であろう。これを鴎外の文脈で語るならば、エリス(エリーゼ)に代表される西欧の自由と美に象徴される市民精神を自らの手で扼殺した己れの生のあり様を「心ある人」に告白することであり、「この行ありしをあやしみ、又た誹る人」として陸軍軍医部の上官、特に石黒忠悳へ向けられた痛烈な刃であった。おそらく『舞姫』発表は対自家用(鴎外の母や妻登志子)を超えた標的に向けて放たれた小説であり、鴎外としても自己の進退を賭けた表現であったと言える」(引用同)

以下、簡単にわたしの解釈を書きます。
やはりこの小説を読むとき、何よりも忘れてはならないのは、明治という時代の特殊性です。

こんにちのわたしたちは、「日本」というものをそれほど意識せずに生活していますが、江戸末期に生まれた文学者、たとえば坪内逍遙も、二葉亭四迷も、そして鴎外も漱石も、「日本」をどうしていくか、が、自分の人生をどう生きていくか、と表裏の問題としてあった(エリートというのは、そのような社会的重責を課せられた存在でもあったのです)。

とくに鴎外は、ほかの文学者たちが、ともかくも文学を専業(二葉亭の場合はなかなかそういうのもむずかしい側面はありますが)としていたのに対して、陸軍の軍医として、作家とは別の顔を持っていた。

おそらくは鴎外の内面は、公的な生活の充実にもかかわらず、ひどく空虚な部分があったのではないか。
その空虚さとは、当時の日本の「外発的開化」の現状とも結びついていた。
鴎外の創作活動は、その精神的空白を見据え、なんとか埋めようとしたものではなかったか。
その空白は、早くも『舞姫』のなかに胚胎していたと思うのです。

冒頭、豊太郎は自己を恨みます。自分のしたこと、自分の卑しさを、だれよりもよく知っている。
おそらく豊太郎は、どれほど世間的に成功しても、みずからに対する尊敬の念を取り戻すことはできないでしょう。
だれよりも、鴎外がそれを許さないものとして『舞姫』を創作した、と考えることができると思います。

『舞姫』はこの文章で終わります。
「相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり」

相沢謙吉とは誰か。
豊太郎を日本に連れ戻した友人は、同時にまた母であり、日本でもあったのではなかったか、と思います。

明治文学の一愛好者として回答させていただきます。

まず、ほかの回答のなかにも誤解していらっしゃる方がいるようですが、『舞姫』に出てくる太田豊太郎は森鴎外の創作人物です。
にもかかわらず、『坊ちゃん』の主人公と夏目漱石をだれも同一視することはないのに、鴎外と豊太郎を平気で同一視して解釈しようとする人が多いことが不思議です。
まず、鴎外=豊太郎とする見方を捨ててください。

>女をあんな目に合わせて、それを小説化するとはどういうことだ

鴎外がElise Wiegertという女性と恋愛関...続きを読む

Q森鴎外の「舞姫」の感想を600字程度で書いていただけないでしょうか?よ

森鴎外の「舞姫」の感想を600字程度で書いていただけないでしょうか?よろしくお願いします。

Aベストアンサー

この『舞い姫』を読んで自分なりに感じた事は、人間の持つ「二面性」が悲劇的且つ強烈に描写されている、という事です。太田豊太郎の相沢謙吉に対する心中の言葉にそれが見受けられます。。「相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎む心今日までも残れりけり。」相沢謙吉という二度と得がたい程の友を持ちながら、その友にエリスとの関係を引き裂かれた形になった豊太郎。ただ引き裂かれたのならまだ救いはありますが、エリスの心理的病が進行し、しかもお腹の中には彼の子供が宿っている。豊太郎としては傍にいたかったであろう事は想像に難くありません。まさに『究極の選択』を描いた問題作とも言えるでしょう。また、作家でもあり医者でもあった鴎外だからこそ、このエリスの救い様の無い悲劇を表現できたとも思えます。この作品は、豊太郎は、結果、愛するエリスよりも仕事をとり、相沢は二人の仲を引き裂き、エリスには悲劇しか残らなかった、という三人の環境を取り巻く要素を心理的に複雑に絡め、豊太郎の「この世に相沢よりも友人と呼べる人間はいない。しかし、彼に対し憎悪の感情がある事もまた事実だ」という人間が誰でも持ち得ている「煩悶」を見事に導き出す鴎外の複雑な思いを描いたものと言えるでしょう。時代背景を考えても、敢えて国際恋愛の難しさを描写した鴎外。エリスは、その現実に対し何を感じたのでしょうか。

(594文字、句読点を含む)

下手な文章ですが、こんな感じで如何です?

この『舞い姫』を読んで自分なりに感じた事は、人間の持つ「二面性」が悲劇的且つ強烈に描写されている、という事です。太田豊太郎の相沢謙吉に対する心中の言葉にそれが見受けられます。。「相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎む心今日までも残れりけり。」相沢謙吉という二度と得がたい程の友を持ちながら、その友にエリスとの関係を引き裂かれた形になった豊太郎。ただ引き裂かれたのならまだ救いはありますが、エリスの心理的病が進行し、しかもお腹の中には彼の子供...続きを読む

Q森鴎外「舞姫」の豊太郎をどう思うか

 こんにちは。タイトル通りです。
 以前も似たような質問をさせていただいたのですが、もっと多くの意見を聞かせていただきたいと思い、もう一度質問させていただきました。

 舞姫の主人公・太田豊太郎を、あなたはどう思いますか?
私は無責任だな、言い逃ればかりしているな、と呆れや腹立たしさを感じます。それも含め「舞姫」という作品は大好きです。

 アンケートのようなものなので感じたことをご自由にどうぞ。
どこのシーンにその感情を一番強く感じたかも書いていただけると嬉しいのですが、面倒くさければ、「かっこよかった」など単語レベルでのご回答でも構いません。


よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

豊太郎の苦悩の深さがよく伝わってきて、この作品はとても好きです。

難しい選択ですが、単純に「愛」と「仕事」の二択として考えると、自分の一生を左右する決断として間違ってなかったと思います。本来なら同じ天秤にかけるべきではないのでしょうけど。

廃人になってしまったエリスは本当に気の毒ですね。

でも。。そもそも初めから、豊太郎は日本に帰りたかったんですよね。
もしベルリンに残っても、自分の可能性を捨てた事に一生後悔するでしょう。

良かったシーンというか、ドイツに行ってる間の葛藤とエリスからの手紙がいいですね。
エリスが釘を刺すような内容の文面は、豊太郎の優しい心につけこんだ脅しにもとれますし。

あと最後、相沢に責任転嫁するのは良くないですね。彼のおかげでもあるのに。

Q森鴎外「舞姫」の「それもならずば母の言葉に。」について

豊太郎がエリスの家まで送り、家の中でエリスが「それもならずば母の言葉に。」と言ったのですが、現代語に訳すと「それも駄目なら母の言うように…」ということは分かりました。しかし、母の言うようにどうするのか分かりません…。分かる方はぜひご解答ください。もしくはこのことについて書いてあるHPなどがあったら、URLを教えていただきたいです。
よろしくお願いしますm(__)m

Aベストアンサー

こんにちは。

だいぶ昔に読んだきりですが、何でも、エリス一家に、どこかの劇場の支配人のような人(?)が、弱みにつけ込んで身勝手な言い分をふっかけてきたのですよね?
お母さんは、不本意ながらもそれに従わなければならない、と娘を諭したのではなかったでしょうか? 
(ちょっとうろ覚え)(^^::
なので
「それが叶わなかったら(このままだったら)母の言うように、その支配人の言いなりになってしまうでしょう」ということではないでしょうか。

どなたからもご回答がないので
ほんの前座として書いてみました。
間違っていたらごめんなさいね。
森鴎外は旧仮名遣いなので、難しいですよね。
(現代語訳でお読みですか?)

Q源氏物語の現代語訳は誰がオススメ?

源氏物語の現代語訳を読もうと思っています。
原意に忠実なものは誰の現代語訳でしょうか?
潤一郎や与謝野晶子のはむずかしいですか?
教養文庫のものは読みました。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

与謝野晶子のものは、角川文庫にはいっています。これの欠点は訳者が歌人だったため和歌がそのままになっている事です。それ以外は比較的歯切れのよいしかし女性らしい良い訳書だと思います。湖月抄本の訳書です。---注意。角川文庫では与謝野晶子の源氏物語を二種類出版していますが、片方は抄訳です。「全訳」の方を求めて下さい。又最近迄3冊本だったものを改版して5冊にしています。古本などを利用する際には気をつけて下さい。
http://www.amazon.co.jp/%E5%85%A8%E8%A8%B3-%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E4%B8%80-%E6%96%B0%E8%A3%85%E7%89%88-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB/dp/4043889011/ref=sr_1_4?ie=UTF8&s=books&qid=1259657297&sr=8-4

谷崎潤一郎訳は中央公論社です。文庫に入っています。国文学者の校閲を経ているので、内容は問題ないと思いますが、最近の文章を読みなれた向きには重いかもしれません。これも湖月抄本の訳書。
http://www.amazon.co.jp/%E6%BD%A4%E4%B8%80%E9%83%8E%E8%A8%B3%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E5%B7%BB1-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%B4%AB%E5%BC%8F%E9%83%A8/dp/4122018250/ref=sr_1_5?ie=UTF8&s=books&qid=1259657297&sr=8-5

原意に忠実と云うと講談社学術文庫の今泉忠義訳を外す事はできません。国文の参考書の訳のような感じもしますが、解りやすい訳です。和歌も口語訳がついています。元は20冊だったのですが、最近改版して7冊になっています。首書(かしらがき)本の訳。
http://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=sr_adv_b/?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&unfiltered=1&search-alias=stripbooks&node=&field-title=%8C%B9%8E%81%95%A8%8C%EA&field-author=%8D%A1%90%F2&field-keywords=&field-isbn=&field-publisher=&x-genre=&field-binding_browse-bin=&x-age=&field-dateyear=2010&field-datemod=0&field-dateop=before&field-price=&field-pct-off=&emi=&sort=relevancerank&Adv-Srch-Books-Submit.x=38&Adv-Srch-Books-Submit.y=9

それ以外の、窪田空穂訳(改造社・入手困難)、円地文子訳(新潮文庫)、田辺聖子訳(仝上)、橋本治訳(中公文庫)は、窪田訳を除いて作者の創意がはいっていますし、窪田訳は入手困難と云う事で省きます。

玉上琢弥訳。これは角川文庫の各冊前半が原文、後半が訳文と云うかたちではいっているもの。独立して読める事を念頭においている。台本が定家直筆本のあるものはそれを用い、存在しないものは明融臨模本、それも存在しなければ飛鳥井雅康本(大島本)と複雑である。記者はこれをきちんと読んだ事はないので詳細は記述できない。
http://www.amazon.co.jp/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E%E2%80%95%E4%BB%98%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3-%E7%AC%AC1%E5%B7%BB-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E3%82%BD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%B4%AB%E5%BC%8F%E9%83%A8/dp/4044024014/ref=sr_1_3?ie=UTF8&s=books&qid=1259657960&sr=1-3

瀬戸内寂聴訳。講談社文庫。これは読んだ事がないので解りません。

大塚ひかり訳。ちくま文庫。刊行中で未完。書店で見た程度だが、注釈などを利用して解りやすい訳書をつくろうとしている。小学館本の訳書。
http://www.amazon.co.jp/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%80%88%E7%AC%AC1%E5%B7%BB%E3%80%89%E6%A1%90%E5%A3%BA~%E8%B3%A2%E6%9C%A8-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%A4%A7%E5%A1%9A-%E3%81%B2%E3%81%8B%E3%82%8A/dp/4480424814/ref=sr_1_14?
ie=UTF8&s=books&qid=1259660207&sr=1-14

記者でわかる範囲はこんなところです。お気に召したものをご利用になればと考えます。

与謝野晶子のものは、角川文庫にはいっています。これの欠点は訳者が歌人だったため和歌がそのままになっている事です。それ以外は比較的歯切れのよいしかし女性らしい良い訳書だと思います。湖月抄本の訳書です。---注意。角川文庫では与謝野晶子の源氏物語を二種類出版していますが、片方は抄訳です。「全訳」の方を求めて下さい。又最近迄3冊本だったものを改版して5冊にしています。古本などを利用する際には気をつけて下さい。
http://www.amazon.co.jp/%E5%85%A8%E8%A8%B3-%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%...続きを読む

Q舞姫の母からの手紙について

今、高校の現代文の授業で、森鴎外の舞姫について勉強しています。
ふと、授業を受けていて、疑問に思ったことがあり、先生に質問しても釈然としなかったので、ここで改めて質問をさせていただこうと思います。

「まだ留学生であった豊太郎が、踊り子であるエリスと通じていると密告され、官庁からクビにされる。豊太郎は、一週間の暇を貰い、その間に母と親戚からの手紙が届く」
という場面についてなのですが、学校の先生の解説は、官報に豊太郎のクビが載り、これを諌めるために、あるいは慰めるために母は手紙を送った、というものでした。
そこで、疑問です。
クビが決まり、すぐに暇を貰った豊太郎が母から手紙を貰ったのは、密告されてクビが決まってから一週間足らずの時でしたよね。

でも、飛行機もない時代に、一週間も経たずにベルリンにいる職員のクビが東京まで伝わり、官報に載り、母がそのことについて手紙を書き、ベルリンまでその手紙が届く。。。
これは、無理のある話ではないでしょうか。手紙は母の直筆ということですし、電報で送って、誰かが代筆したというわけでもないようです。
ちなみに、現代では、ヨーロッパから日本への船便は、およそ一ヶ月かかり、シベリア鉄道はまだ建設されていません。

これは、森鴎外のミスなのでしょうか?

稚拙な文章で、申し訳ありません。

今、高校の現代文の授業で、森鴎外の舞姫について勉強しています。
ふと、授業を受けていて、疑問に思ったことがあり、先生に質問しても釈然としなかったので、ここで改めて質問をさせていただこうと思います。

「まだ留学生であった豊太郎が、踊り子であるエリスと通じていると密告され、官庁からクビにされる。豊太郎は、一週間の暇を貰い、その間に母と親戚からの手紙が届く」
という場面についてなのですが、学校の先生の解説は、官報に豊太郎のクビが載り、これを諌めるために、あるいは慰めるために母は手...続きを読む

Aベストアンサー

 件の箇所をよく読めばわかると思いますが、母の直筆の手紙に何が書かれていたかは、作中では触れられていません。「余は母の書中の言をこゝに反覆するに堪へず、涙の迫り來て筆の運を妨ぐればなり。」とあるだけです。
 考察の通り、当時の情報伝達の速度から考えて、この手紙の内容が免職に関するものであることは考えられません。
 母の手紙と一緒に届いたのが母の死を報せるものであったことを考えると、母の手紙の内容は、ごく普通の内容だったのではないかと思われます。元気な母の直筆と、その死を報せる手紙が同時に届いたから「我生涯にて尤も悲痛を覺えさせたる二通の書状」なのです。

 そもそも、母の手紙が免職に関するものであるなら、そうだと明言しない意味がないと思いませんか?
「その手紙は私の免職への叱咤激励であった」などとして「母を悩ませたまま逝かせてしまった」などと反省だか後悔だかの文言があったほうが、小説の場面的にも盛り上がるじゃないですか。
 そうせずに「反覆するに堪へず」と書くに留めていることからしても、この手紙の内容はごく日常的なものであったと言えるはずです。


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