教育関係の質問ですが、最近、教員の精神状態が悪くなって体をこわす人が
後をたちません。私は小学校の教員ですが、子どもが大好きで、この職業に誇りを持っています。
そんな中ですが、私も悩み困っています。

子どもが悪いことをしたときに、事実と指導内容を伝えたとします。(もちろん
その状況などいろいろ)
子どもの状況を家族に伝えるのは当然ですよね?

それなのに自分の子どもの嘘を信じ、文句を言ってくる親がいるのです。
正しいことを説明すればよいのですが、私が若いせいか聞く耳持たないと言う感じ
です。かえってこじれてしまいそうなので謝ったりもします。
きっと私にも全く非はないと言えないと思い、
いろいろ責任を感じ、眠れない日も少なくありません。だれかに何かを言われるのがとても辛い状態です。
そのようなことが続き、とても辛い毎日です。他の職業の方もストレスなどでつらいことがあると思いますが、そんな時はどのようにされていますか?

また、このような親御さんをどう思いますか?
(きっとみなさんのご意見が厳しいものと覚悟しておりますがお力を貸してください。お願いします。)

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A 回答 (4件)

 こんばんは。

高校の教員です。

 この時期にこんな質問をなさるのは、もうすでに2学期が始まっている地方のかたですね。私の県では9月1日からですが、また忙しい日々が始まるかと思うと、やはり少し憂鬱にもなります。みんな同じじゃないのかな。

 高校と小学校ではだいぶ違うと思いますが、私の個人的な意見を書かせて頂きます。
 まず、「ウソをついて何とかなる」、あるいは「自分の子どもは絶対正しい」というのは、子どもにとっても親にとってもた当然不幸なことだと思います。子どもにとっては「ウソをついたら結局は自分のためにならない」、親にとっては「自分の子どももウソをつくことがあるので丁寧に話を聞かなければ」と思ってもらわなければ、教育者としてやってらんないですよね。

 そのためには、極力ウソをつかせないことがまず大事だと思います。

・子どもが何か起こしたとき、必ず複数の教員で事情を聞く。
 複数だと子どもも後でウソをつきにくいし、親にも複数で対応できる。

・子どもが反省したら、自分のしでかしたことの事実と、それに対する反省を紙にかかせる。
 言い方は悪いですが、1つの「証拠」にはなります。

・親に対しては、まずは丁寧に応対し、「困ります」といった感じではなく「一緒に今後どうするか考えましょう」という方向で意見の一致をさぐる。
 教員は敵対するものではなく、子どもや親の立場に立っていることを理解してもらうのです。

・それでも子どもが親にウソをついて言い逃れをしたら、それはまた指導の対象でしょう。「○○君、○○君からもお父さんお母さんにきちんと話すって約束したのに、先生残念だな。」みたいな感じでしょうか。

 話は変わりますが、yuyu3さんの職場の様子はどうですか。小学校は担任の先生がそのクラスを「預かって」いて、なかなか他の人が口出ししたり、あるいは自分のクラスのことを他の人に相談したりしにくいのでしょうか。
 やはり、月並みな言い方ですが、その学校の教育は、職員集団がきちんとまとまっていてこそ、良くなっていくと思います。近くに相談できる人はいますか。自分のクラスのことをあまり隠さないで、ベテランの先生に気軽に相談したほうが良いと思いますよ。また、あなただけでなく、職場のみんながお互いに相談しあう雰囲気ができてくれば、職場の教員集団はまとまっていくと思います。

 yuyu3さんの職場の様子もわからず、勝手なことを書いてしまったかも知れませんね。他の対処法を。

・何十人、何百人も人間がいれば、中にはそういう困った人もいるもんだと、ある意味達観(あきらめ)してしまう。敗北主義的(死語?)ですが、一面事実だろうし、一部の人のせいであなたの精神状態がアンバランスになって、他の児童の指導ができなくなったら、あなたにも他の児童にもつまらないことです。

・教育書をいろいろ読んでみる。中には「こんな実践はすごすぎて私にはできない、自信喪失・・・」というのもあるかも知れませんが、逆に中にはいろいろヒントになることもたくさん書かれているかも。

・ぱあーとドライブでもしたり、酒でも飲んだり、海に向かって「ばかやろー」と叫んでみたりする。その他、恋人・趣味など。気分転換をはかる。
 上にも書きましたが、自分の精神の健康こそが一番大事です。

 とりあえずこんなところで。
 いろいろ言いたいことがあったら、補足して下さい。
 では。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
具体的なお話から、ヒントがつかめそうな気がしてきました。
本当に、助かりました。

お礼日時:2001/08/29 17:35

 私は今でも、教師と医者は「聖職」と信じています。

すでに亡くなりましたが私の両親は二人とも小学校の教師でした。が、ふたりとも戦後の「でもしか」教師(教師でもなるか・・、教師しかなれない・・その当時の安易な就業選択のことか?)であるのが悩みで、大学を卒業して入ってくる先生方の高度な授業に大きなコンプレックスを持っていたようです。
 しかし、現在の教育界のリーダーシップのなさを見ると、教師に求められるのが高度な知識ではないとわかります。教師として夢もあるのに、文句を言われてばかりのお辛い気持ちお察しいたします。
 同じ人間ですからある程度は任せてくれればよいのに、親ってわが子しか見えないから困りますよね。私からのアドバイスは、「率直」をキーワードにして下さいという事です。前の方々もおっしゃっていましたが、できることできないこと、理解できる事理解できない事を自分の気持ちに無理せず親にも伝えてみられてはいかがでしょうか。・・なかには「文句」ではなく「助言」を恐い顔して言っている人もいるかも?(冗談きついかしら)
 それから、これは聞く時のハウツーとして。相手の話に何か言おうとせず(これがむずかしい)、オウム返しをしてみてください。「今日ウチの子が○○をされたって言うんです」『◆◆君が○○をされたんですか・・』「先生も○○おっしゃったそうですが」『はあ、私が○○と言ったんですね』など。これを辛抱強く相手の目をよく見て続けてください。だんだん親の気持ちも落ち着いてきて(話し始める時はみんな少なからず興奮していますから)本当は何を言いたいのか、だんだんうちの子も悪いかも?とわかってきます。指導内容はずうっと後にひとことだけ言いましょう。まあやってみてください、びっくりしますよ。
 親も先生と理解し合いたいと考えています、ただひとりひとり方法が違うので対応に戸惑うだけです。
 子供たちには大人気の先生がいました。この先生、親に何か言われるのが大嫌いだったのでしょう、懇談会嫌い、親子レクリェーション嫌い、土日の行事は絶対出てこない、話し掛けようもんなら取り付く島もなく・・という感じでした。一番目の子、二番目の子と通産4年間担任をしてもらって最後の年、学級懇談会は2時間の大盛況でした。4年の間、校長が変わって職員室の雰囲気が変わりました、同じ学年の教師同士の連携も良くなりました、懇親会で(私が)先生を誉めまくりました、子供たちが行事に先生を誘い合いました、色々な要因があって最後は心に残る学級になりました。
 子供は未来の宝です、宝を育てる先生頑張ってください、応援しています。
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この回答へのお礼

あたたかいお言葉、ありがとうございます。
なんだかとてもうれしい気持ちです。
アドバイスを元にさっそく実践してみたいと思います。
未来の宝を育てられるよう頑張りたいと思います。

お礼日時:2001/08/30 16:56

あなた、立派な先生だ…。



一人一人の子が好きで、一人一人とたくさん触れ合って、みんなの未来を一生懸命考えてあげている、そんなあなたの姿が目に浮かびます。

私も同業者ですが、どういうわけかこの職業に向いているとはとても思えないのにもう14年も続けています。きめの粗い、見通しの甘い指導で、いつも迷惑をかけています。
今から考えれば、荒れた学級を持ったこともあります。
しかし、私は精神的にはそれほど追い詰められなかったなあ。一つは私の情熱不足なのでしょうが、もう一つには、抱え込むのをやめるようにしたからじゃないかと思うのです。

ずいぶんひどい学級にしてしまったとき(当時は中学校の担任でしたが)、生徒が力になってくれたこともありましたが、それ以上にありがたかったのが、職員のつながりと理解でした。とにかく愚痴でもなんでも言いから、職員室でぶちまけさせてくれるのです。上手に。これでどれだけ救われたか、わかりません。つらい日も、夜はぐっすり眠れました。(まだありますが、長くなるので…)

保護者について。これについても、ひどい方の場合は、私一人では対応しません。生徒指導の先生や、時には教頭先生なども一緒になって、対応してくれます。もちろん電話でも、ですよ。

私たちのできることなど、たかが知れている、という開き直りも時には大切です。
一たん子どもたちから、担任がいじめられるような立場に立たされると、どんな人だってひとたまりもありません。それに、最近では保護者の質の広がりが本当に激しくなっています。すごく立派な方から、どう考えても許せないような方まで。これは事実ですから、許せない方を許す必要はありません。ただし念を押しますが、担任一人ではどうしようもありません。

ちなみにうちの学校では、事務の先生に非常にお世話になっています。「あんた、そんなこと言っていて、本当にいいと思っとるの!?」「下らんこと言っとらんと、もっと担任の言うことをしっかり聞いてみなさいよ。」「教育委員会?訴えたいのはこっちですわ。どうぞどうぞ。」…聞いていて、スカッとしますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
一人で抱え込むのはよくないですよね。
周りの先生に相談しながらなんとかやっていきたいと思います。

お礼日時:2001/08/29 17:48

はじめまして、yuyu3さん。


最近は教員の皆さんのみならず、家庭内でのせっかんなど、親の方も悩みは尽きません。
我々大人が、大人になりきれていない証拠でしょう。悲しい現実ですが…。

さて質問の件。
確かに子育ての経験の無い教員やお若い教員に対しての親の反応が冷ややかである事は間違いありません。
PTAに参加していても、何かあれば必ず「あの先生は子供いないからね」という言葉を耳にします。
実際、私自身も様々な体験からそのように感じる事は多いです…ゴメンナサイ。

では、独身では資格が無いかといえば、これはまた違ってきます。
何事もそうですが、第三者の冷静な判断は極めて必要不可欠です。

現在、次男の担任は教員2年生のぼくちゃん(陰でそう呼ばれています)。
我々からすれば息子の世代。
何を聞いても、反対に聞き返され、会話は常に一方通行。物足りない時もあります。
しかし、この先生の良い所は、自分が教員として「まだまだ至らない…」という事を自覚し、謙虚な姿勢で対応されること。何より素直。誠実。しかし自分の意見はしっかり言える。
実は、そう言う態度こそ、私たち親が“子供に求める姿”なんですよね。
教師が教師らしくある必要など一切ありません。
知らない事は知らないと言えば良いし、分からない事は分からないと答えれば良いのです。
そのお子さんは本当に嘘をついたかも知れませんが、「こじれてしまいそう…」と言う感情を理由に、貴方もしっかり嘘をついているではありませんか。
そのお子さんだって、きっと「親に怒られるぅ~」って気持ちで嘘をついたのでしょうね。
全く子供と同じレベルです。貴方が教師であり「子供が好き」ならば、本当の事を言うべきでしたね。
私たち親も、「先生から嫌われる」と思えるような事はなるべくなら口にしたくありません。
また、誇りを持っていらっしゃるのにこの様な言い方は失礼かと存じますが、親の方も、昔ほどは教師への尊敬の念は感じていません。
教師も職業の一つである事に違いないし、教師が子供の事を理解しているようでも、所詮は子供の一側面しか見えていない。親だってそう。
人間は誰しも二面性を持っていますからね。
たとえ子供とは言え、内と外では違うのです。
問題の親御さんもきっと、家庭でのお子さんの様子から判断されたのでしょうね。
それと「親ばか」はある程度は必要だと思っています。

そもそも人間なんて至らないからこそ魅力があるのですら。
同時に、自身も決して奢ることなく万人に接しようと試み、日々ストレスを溜めまっくっておりますが(笑)。

まっしかし、白黒はっきりさせるがために、人間関係いちいちこじらせても何のこっちゃ分かりませんから、ここはひとつ一社会人として“あたり障りの無いように事実を述べる戦術”を身に付けるべし。経験が解決してくれる事でしょう。

>教師である友人がポツリともらした言葉・・・

親って本当、自分の子供の事しか見てないね。
今まで授業参観の度に自分が試されているみたいでドキドキしてたけど
子供をもって初めて分かったよ。
この前の我が子の参観で担任の先生がしてた授業なんだったっけ?って感じ。
自分の子供ばっかり見てた。
親ってそんなもんなんだねぇ~。

そう、そんなもんなんです・・・うちの子が一番かわいいのです。
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この回答へのお礼

実際にお子さんをもつ方からお話が聞けて光栄です。
おっしゃるとおり私もまだまだです。
子どもにとってはその時その時が大切で、一生に一度しかないその日を預かる
私たち教員はとても責任が重いです。
親御さんの気持ち、子どもの気持ち、そして正しいことと思いやりを教えられる
教師になるよう、頑張っていきたいと思います。

お礼日時:2001/08/29 17:44

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Qモンスター・ペアレンツの子どもは、叱る事が困難であるという状況をどうしたら良いでしょうか?

権利という物は、義務を果たした者にのみがもらえる物なのに、義務はそっちのけにして権利ばかりを主張する社会風潮があります。

そのような状況下で育った人間が、現在親の世代になり、教育現場に身勝手な要求を持ち込む(モンスター・ペアレンツ)ので現場が混乱しているような気がします。


例えば「叱られないで教育を受ける権利」というのは、最低限授業を妨害しないという義務を守った者のみ主張できる権利のはずです。

しかし現実は、授業妨害をする子どもを叱ったりその場に立たせたりすると、「体罰である」「子どもが傷ついた」「うちの子が騒いだのは、担任の先生の指導力が足りないからだ」などと騒ぎ立てる親が少なくありません。

校長の所にやって来て長々と苦情を言うので、その親を説得するだけの力量がない校長は抗議を全部受け入れて迎合する場合もあります。

極端な場合は手っ取り早く問題解決をする為に、騒がれた該当教員を「指導力不足教員」にでっち上げて県教育センターに送ってしまったケースも耳にします。

底辺校などでは、正常な授業を行う事が困難な状況がずっと続いている事は有名です。被害を受けるのは、真面目な子ども達です。

「どんなに落ち着きがなくやる気のない子どもでも、真剣に目を輝かせて授業を受け」させる事ができるほど優秀な腕の教員ばかりがいれば良いのでしょうが、現実には困難です。

モンスター・ペアレンツの子どもは、叱ると親が騒ぐので強く注意する事が困難であるという状況をどうしたら良いでしょうか?

権利という物は、義務を果たした者にのみがもらえる物なのに、義務はそっちのけにして権利ばかりを主張する社会風潮があります。

そのような状況下で育った人間が、現在親の世代になり、教育現場に身勝手な要求を持ち込む(モンスター・ペアレンツ)ので現場が混乱しているような気がします。


例えば「叱られないで教育を受ける権利」というのは、最低限授業を妨害しないという義務を守った者のみ主張できる権利のはずです。

しかし現実は、授業妨害をする子どもを叱ったりその場に立たせたりすると、...続きを読む

Aベストアンサー

あまりこの用語を安易に使うのは良くないと思うのですが「モンスター・ペアレンツ」と呼ばれる保護者は増加してきているのが学校現場の実感です。
つまり、個々の性格というよりも、社会的な「何か」が「モンスター・ペアレンツ」を生んでいるという見方をするべきと思っています。

その大きな要因として「損か得か」を人間性や正義より優先させる昨今の政治・経済の流れを指摘したいと思います。

本来は、学校は保護者と教員が協力して子どもを育てる場所であるべきです。
しかし、現在の教育行政はファーストフードのメニューを選ぶように出来合いの教育サービスを選ぶ場所に学校を変えようとしています。
それが教育・福祉予算を極限まで削ろうとする「構造改革路線」なのでしょう。

そのような流れの中で、「お客様は神様」という極端な商業主義を学校に持ち込むことが当たり前になってきているのだと思うのです。

「罰があるからルールを守る」「怒られるから言うことを聞く」という発想では、「損か得か」の世界に生きる「モンスター・ペアレンツ」に対抗することは難しいのではないかと思います。

「授業妨害」は確かに他の子どもの教育を受ける権利を侵害する行為です。
しかし、子どもがなぜ授業妨害に走るのかという原因の分析抜きで教員が権力や体罰で表面的な平和を実現させたとしても、それは問題をより深刻にして先送りする結果につながりかねません。

保護者のクレームの度合いで指導を変えるべきではありません。
それは不公平を子どもたちに教え込む危険を生むことでしょう。
けれども、「モンスター・ペアレンツ」をきっかけにして、すべての子どもに対して「叱ることを減らす指導」に挑戦してみてはいかがでしょうか。

教員は、古い常識にとらわれて、無理な注文を子どもや親にしていることに気がつかないことがよくあります。
授業妨害の原因をさぐる中で、そうした部分が見えてくれば、対応策は自然と決まってくるはすです。

あまりこの用語を安易に使うのは良くないと思うのですが「モンスター・ペアレンツ」と呼ばれる保護者は増加してきているのが学校現場の実感です。
つまり、個々の性格というよりも、社会的な「何か」が「モンスター・ペアレンツ」を生んでいるという見方をするべきと思っています。

その大きな要因として「損か得か」を人間性や正義より優先させる昨今の政治・経済の流れを指摘したいと思います。

本来は、学校は保護者と教員が協力して子どもを育てる場所であるべきです。
しかし、現在の教育行政はファ...続きを読む

Q教員免許と教員採用試験について

教員志望の高3です。英語が好きで、小さい子どもの相手も好きです。
○中学校は教員が有り余っていて、小学校免許を持っているとなかなか中学校には配属されない、と聞いたのですが本当でしょうか?
○小学校の教員採用試験の内容はどんなものが課されるのでしょうか?
○教育学部での指導内容は大学によって大きな差はあるのでしょうか?
3つも欲張って申し訳ありませんが、分かるものだけでいいのでお願いします!

Aベストアンサー

こんにちは。はじめまして。
5年目の小学校教員です。

5年前ですが、私のときの、私の地域のことで返答させていただきますね。

中学校に教員が有り余っているという事はありません。
試験で両方受ければ、その人の適正の高い方が合格します。私のときは、1次試験は小・中が同時に受けられたのですが、小が受からずに中だけ受かる人もいましたよ。
ただ、教科によって高倍率の年もあるでしょうね。中学校だけの免許で中学校を受けると合格が難しいかもしれません。高校はなお難しいです。
また、自治体によって小中の交流を盛んに行う所もあり、頻繁に小学校⇔中学校へ転任になるところもありますね。
そして、免許があれば転任の希望を出す事も可能です。

採用試験については、すでに詳しく回答されていらっしゃいますが、分かりやすく言うと、小学校では、小学生に全教科教えるので、「小学校全科」という試験があります。
国語・社会・算数・・・家庭科・体育など小学校で子どもたちに教える全ての教科が詰まっています。(残念ながら、korokanさんの得意な英語は無いですね・・・。)
ただ、小学生に教える内容なので、難しくはありません。ただ、教科数が多いので量が半端じゃありません。

対して、中学校は専門教科の試験です。1科目だけなので、内容も難しく、1教科当たりの問題も多く、勉強をやりこまないといけません。・・・結局どちらも勉強は大変です。


あと、基礎的な体力の試験(反復横とび・握力などや、泳力)がありましたが、スバラシイ運動能力でなくても、人並みに出来ればよいみたいです。


大学の指導内容は・・・一つしか行ってないので比べようがないのでなんともいえませんが・・・。ただ、教育大学は、より教育の現場に行く人間を育てるのが主であり、学生もそういう気持ちで(と言っても全員ではありませんし、最近は減少傾向です)いる人が多いので、現場の事も踏まえた指導になるような気がします。それに比べて、有名大学の教育学部は、現場と言うよりは「教育」に対する研究をしているのでは。そういったい意味では、有名大学には出版物などで有名な教授もいらっしゃいます。

長くなってしまいますが、最後に一つ。
大学の教員養成課程には、「小学校」と「中学校」があると思います。(英語は中学校だけです。)卒業には、それぞれの免許を取ることが卒業の認定にもなります。ただ、「小学校」の人が、中学校の免許を余分に取ることは比較的簡単ですが、「中学校」の人が小学校免許を取ろうとすると、ちょっと大変です。理由は・・・ちょっと長くなるので、もしお知りになりたければお尋ねください。

参考になれば幸いです。

こんにちは。はじめまして。
5年目の小学校教員です。

5年前ですが、私のときの、私の地域のことで返答させていただきますね。

中学校に教員が有り余っているという事はありません。
試験で両方受ければ、その人の適正の高い方が合格します。私のときは、1次試験は小・中が同時に受けられたのですが、小が受からずに中だけ受かる人もいましたよ。
ただ、教科によって高倍率の年もあるでしょうね。中学校だけの免許で中学校を受けると合格が難しいかもしれません。高校はなお難しいです。
また、自治...続きを読む

Q教員採用試験と教員資格認定試験について。

小学校教員を目指している者です。
お尋ねさせて頂きますが、私が素朴に疑問に思うのは、教員免許ってどんな意味があるのかと思うのです。
つまり、大学の教職課程や通信教育で免状を取得したとしても、結局、教員採用試験を突破できなければ、学校に採用されることにはならないからです。まあ、講師にはなれますが。
それなら、いっそのこと、教員採用試験を突破した者に初めて免許を交付することに、どうしてしないのかなとも思うわけです。
免許を取るだけなら、レポート提出とさほど難しくない試験をパスすればいいだけの話ですから。
もちろんただ教職関連の科目を学ぶだけでも教養としての意味はあるでしょうが、実際、教員としての就職口を得るということになると、ただ、単位を修めて免許を取るだけではなく、きちんと教員採用試験の出題範囲を相当きっちり勉強しなければ、合格もできないと思います。
あと、小学校教師になる道として、小学校教員資格認定試験があることを不覚にも知らなかったのですが、調べてみると、簡単ではないとか書いてありますが、教育実習もないですし、介護等体験も必要ないようです。これで合格すれば2種免許が授与されるとあります。
文部科学省の昨年の実施要項も読んでみましたが、大学卒業者なら一般教養も免除されるとありますし、1次試験、2次試験とあるようですが、科目数も少ないと思うのです。
私としてはこれなら、わざわざ、2年かけて何十万という学費も払って通信教育で単位を取得して免許を取るより、しっかり勉強すれば、
よほど、資格認定試験を突破して教員採用試験に臨むほうがいいように思えてきたのですが。
難易度としては合格率7%で教員採用試験以上との情報もありますが、結局、教員採用試験を受験するときには、それとほぼ同等の学力を具えていなければならないわけですから、いずれにせよ一定のレベルまで学力を引き上げていかなければならないことには変わりないわけです。
まあ、教員として現場に立つまでに、教員採用試験と合わせて、それと同じような試験をもう1回プラスして受けるようなものかもしれませんが。
なぜ、教員を目指す方はこうした教員資格認定試験を受ける方法をとる方が少ないのでしょうか。
資格認定試験の存在がたまたまあまり知られていないだけの話なのでしょうか。
また、教職課程をおく、大学通信教育を受講中でも並行してこの教員資格認定試験を受験することはかまいませんか。

小学校教員を目指している者です。
お尋ねさせて頂きますが、私が素朴に疑問に思うのは、教員免許ってどんな意味があるのかと思うのです。
つまり、大学の教職課程や通信教育で免状を取得したとしても、結局、教員採用試験を突破できなければ、学校に採用されることにはならないからです。まあ、講師にはなれますが。
それなら、いっそのこと、教員採用試験を突破した者に初めて免許を交付することに、どうしてしないのかなとも思うわけです。
免許を取るだけなら、レポート提出とさほど難しくない試験をパス...続きを読む

Aベストアンサー

 教員という職業がそれだけ重要視されているからではないで
しょうか。教員免許は、採用試験を受けるための免許なのです。
と考える意外ないような気がします。疑問はもっともですが、
試験に合格して即、教員というのではシステム上、安易な気が
します。例えば、医師になるときもそうです。国家試験にパス
すればいいかと言えば違います。大学の医学部に入って、
6年間しっかりと勉強した者だけに国家試験への道が開かれます。
 
 教員免許は、医学部で言うところの6年間の勉強にあたるのでは。
そもそも教師になる人が、試験一発合格というのは、恐ろしい。

 元々、教員免許は大学入学後、18歳から取得のための勉強を
始められます。教員資格認定試験は20歳からが受験資格ですので、
18歳で大学に入学した人はこの試験を受けられません。この辺に、
資格認定試験の存在意義が出てくるだと思います。
 
 また、教員資格認定試験は、広く社会からも門戸を開こうという
主旨の、社会人を対象にした試験です。社会で培った経験をもった
人材をとろうというのが、文部科学省の狙いでもあります。ただし、
社会人は忙しいので、なかなか学校に行って一から免許を取るのは
難しいということで、一発での免許取得になったのだと思います。
 
 しかし、教員資格認定試験で取得できるのは小学校でいえば、
2種免許だけですし、また介護体験等はそのあと行うことも出て
くると思います。1種免許を取得することを期待されますし。

 資格認定試験の受験者が少ないのは、もちろん一般大や通信で
免許を取る人が多いからでしょう。その理由は、おそらく、
認定試験の存在を知らないか、認定試験に合格できないまま、
通信で免許を取ってしまうからではないでしょうか。まあ、
なんと言っても合格率は低いですから。

 しかし、認定試験は広く門戸が開かれているだけに、
相当多様な人材が集まっているはず。たぶん、半分くらいの
受験者は、社会人ということもあり、忙しくて未対策のまま
受験してるのではないでしょうか。だから実質の合格率は
もっと高いでしょう。これは運転免許と同じで、~%とれば
いいという試験です。採用試験と違って選抜試験ではありません。
60%以上の正答率で合格する試験です。受験者が一万人いても、
一万人全員が正答率60%以上でしたら全員合格で、合格率100%、
倍率にして1倍です。

 数字にごまかされず、ガンバってください。答えになって
いない所もあるし、推測が多いので申し訳ないです。

 また通信と並行での資格認定試験は、何も問題ありません。
 

 教員という職業がそれだけ重要視されているからではないで
しょうか。教員免許は、採用試験を受けるための免許なのです。
と考える意外ないような気がします。疑問はもっともですが、
試験に合格して即、教員というのではシステム上、安易な気が
します。例えば、医師になるときもそうです。国家試験にパス
すればいいかと言えば違います。大学の医学部に入って、
6年間しっかりと勉強した者だけに国家試験への道が開かれます。
 
 教員免許は、医学部で言うところの6年間の勉強にあたるのでは。
そ...続きを読む

Q子どもの友達の親がうちの子どもと遊んじゃダメと。

よろしくお願い致します。
小学5年生の娘のことです。
小学1年生から仲良しの友達がいるのですが、たまに大きなケンカに発展してしまいます。
私の娘の方がかあ~っとなるとみさかいがつかなくなるタイプです。
先日、その仲良しの子とケンカして顔を噛んで傷つけてしまいました。
娘はそのことは秘密にしていて「ちょっとケンカした」程度にしか報告
していなかったのです。たいしたことじゃないと思っていました。

一人親家庭で留守家庭なもので大人のいないところでの出来事でした。子ども達はその日だけで翌日からは仲直りしたのですが、相手側の親が「凶暴だ。もう遊んではだめ。学校の行き帰りだけはぶっそうだから
 一緒に行ってもいい」と言いだしました。こっそりと友人が教えて
くれたことからわかりました。

相手側の親からは電話があって、事実が発覚して知ったことでした。
電話での応答は子ども同士よくあることだからというやわらな感じ
だったのです。翌日、菓子折りを携えて謝罪に娘と一緒に自宅に訪問
し、誠意は伝わったと思ったのですが、翌日、娘ともう遊べないと
友達が親から言われたからと宣言されたそうです。

娘の唯一の友人なのですが、顔を傷つけたという事実もあります。
黙って受け入れるべきでしょうか。
ご意見アドバイスいただきたいです。

よろしくお願い致します。
小学5年生の娘のことです。
小学1年生から仲良しの友達がいるのですが、たまに大きなケンカに発展してしまいます。
私の娘の方がかあ~っとなるとみさかいがつかなくなるタイプです。
先日、その仲良しの子とケンカして顔を噛んで傷つけてしまいました。
娘はそのことは秘密にしていて「ちょっとケンカした」程度にしか報告
していなかったのです。たいしたことじゃないと思っていました。

一人親家庭で留守家庭なもので大人のいないところでの出来事でした。子ども達はその...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
一人親で小学生の親です。

>もう遊んではだめ。

この言葉は事情はどうあれ、絶対に子供に言ってはいけない禁句です。
言われて人伝に伝わったあなた方親子と、以外にも相手親の子供の心をも傷つける禁句ですね。

しかし、今の段階でどうこう言っても覆水は盆に返らず。
なんだかんだといっても逆効果にすぎません。

でもねぇ、子供の生命力ってタフですよ。
親がなんと言おうが子供なりの判断力とかあるのです。
親がダメといっても、その子にとって、貴女の娘さんを友人と思っていれば、それでいいのですよ。

子供なりにケリをつけるのでしばらくは静観をされた方がよろしいです。

母子家庭とお見受けしますが、顔を噛むのはよくないですね。
察するに何らかのストレス等々を抱えているのかもしれません。
これを機に親子の接する機会を増やしてみてはいかがでしょうか。

Q今の教師/子どもに足りないもの・逆に今の教師/子どものいいところ等

今の教師/子どもに足りないもの・逆に今の教師/子どものいいところは何だと思いますか?
また学習における基礎基本とは何だと思いますか?
ぜひご意見下さい。

Aベストアンサー

今の・・・ですか。私は現在教員をしていますが、私の小中時代の教師を思い返すと、いい加減だったなぁと思います。私の住む県、地域性かもしれませんが、組合運動で朝ストライキがあったり、道徳をしなかったり、学閥教師がコネで教員になったり、教頭・校長になったり、○共といって共産党員の先生がたくさんいて、部活にはでない、政治批判・教員批判はする、等々いじめ問題や不登校問題にもなすすべをもたなかったといった思いです。その点、今時(2000年)の教員は多忙の中がんばっている(がんばらされている?)と感じます。他の県や年代の方はどうだったのでしょうか?ちなみに私のいる県は新潟県です。今の子どもはよくものを知っていると思います。学習や部活動でがんばっている。ただ、地域社会や親から子へ、曾祖母から孫へ、親戚からといった集団を取り巻く教育的な土壌が失われ、社会規範や地域の風土・伝統が身に付かなくなったと思います。また、世代の断絶が繰り返され、規範さえもなくなってしまいました。その世代が教員になり悪循環を繰り返しています。親もまた教師も社会性を身につけないまま、次世代の教育に携わっています。ここでいう「学習」は何なのかわかりませんが、「教科」に限定しない、「変容」を意味するのなら、学習の基礎基本は集団性、社会性にあると考えます。レビンは場の理論を述べましたが、「個」のままでは学習は成り立たないのです。質問内容と違っていましたらすみません。

今の・・・ですか。私は現在教員をしていますが、私の小中時代の教師を思い返すと、いい加減だったなぁと思います。私の住む県、地域性かもしれませんが、組合運動で朝ストライキがあったり、道徳をしなかったり、学閥教師がコネで教員になったり、教頭・校長になったり、○共といって共産党員の先生がたくさんいて、部活にはでない、政治批判・教員批判はする、等々いじめ問題や不登校問題にもなすすべをもたなかったといった思いです。その点、今時(2000年)の教員は多忙の中がんばっている(がんばらされて...続きを読む


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