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柄谷行人のスゴさって何ですか?

質問者からの補足コメント

  • 柄谷さんが主に依拠している哲学者というのはあったんでしょうか?

    カントとかウィトゲンシュタインとか…彼自身は主に、何の哲学を参考にしていたんでしょう?

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/10/28 10:19
  • マルクスと脱構築ではだいぶかけ離れてませんか?

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/10/28 20:09
  • それで結局、柄谷さん本人の思考様式、思考の枠組みは、どういうジャンルだといえるんでしょうか?

    やはりカントの思想的子弟みたいなものなんでしょうか?フッサールとは違うんでしょうか?

    カントは世界認識の方法論を追求した人で、マルクスは経済社会の分析法を編み出した人だと思うので、そこもジャンルが全然違うと思います。結局、カントの視点を基本にしながら両方(認識論と社会分析)を自在に操った、ということなんでしょうか?

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/10/29 20:40

A 回答 (5件)

柄谷で哲学の魅力に取り憑かれた人間です。


理論で述べても空回りしそうなので、端的に述べます。

まず下記の2点が柄谷のすごさです。

1「この私」からはじまる哲学
2文章が数学的な倫理を持つ

1は一見どこにでもある哲学ですが、
やはりどんな思考にも「私」が前提となっているのです。
デカルトの私を疑うことだって、結局は各自が「私」を疑うことであり、
それぞれの「私」が存在するわけです。
でも柄谷はいつだって「この私」から問いていきます。
どんなに独断論だといっても、結局は究極的に「この私」の視点からは
逃れられないわけです。
人を殺めて牢屋に入っても、ノーベル賞をとったとしても
「この私」にとってすべての世界が幻想であるならば、
いったいどんな違いがあるのでしょう。
そのくらいの不安定な思考から、柄谷は常に論理を構築していくのです。

2はある意味読みやすさですね。
柄谷は感傷的な文章はほぼ書いていない。
柄谷が記述する言葉の意味は、外部に依存する意味ではなく、
常に彼が記述している言葉の関係において表現されています。
いわゆるテキストの外部を前提としない、
それこそユークリッド幾何学の説明のような印象を受けます。
逆にいうと、そのような思考のアルゴリズムを極めることによって
その手順では捉えきれないような「意味」を語っているのです。

その「意味」とは、まさしく「この私」でもあるわけです。
この回答への補足あり
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凄いとは思わないが、「マルクスその中心と可能性」を興味深く読みました。

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>柄谷さんが主に依拠している哲学者



細かいこと言えばきりがないですが、
カント、マルクス が二大巨頭でしょうね。

探求Ⅱ だけでも読んでみればいいと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます、いつか読んでみたいと思います。

お礼日時:2021/11/01 22:29

批評で二つを扱ってるのでしょう。

彼は批評家です。
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マルクスでしょう。

彼の尊敬する学者は、イエール学派のポール-ド-マンというベルギーのユダヤ人。脱構築の手法で考える人物でしょうか?
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