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哲学ほど何の役にも立たなくて時間の無駄な教科はあるのでしょうか?単に何かの物事に対して考えるだけでそれによって自己満足を得るだけじゃないのでしょうか?

A 回答 (42件中11~20件)

哲学は無意味であると思えば無意味、無意味でないと思えば無意味ではない。



生活に必要と思えば必要。
必要でないと思えば必要ではない。

自分でどう考えるかです。
哲学が実生活にすぐに役立つこともありますし、
いくら勉強しても役に立たないといわれればそれまでのものです。
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哲学は、その時代の背景にある思想なんです。


だから、哲学を勉強すると、歴史とか文学とかがよく理解できるようになりますよ。
また、哲学することを学ぶことで、生きることに深みが出てきます。
あなたもあなたの美学とかあるでしょ?
美学も哲学の一種なんですよ。
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世の中にはいろんな事があります。


一部のことに役に立たなくても、別のことに役に立ちます。
全体を見渡して何の役に立たなさそうでも、一部の事には役に立ちます。
世界には、あなたの知らないことがたくさんあります。
またどんな人間でも、全てを知ることは出来ません。
あなたが使わないからと言って、別の人が使わないとは限りません。
まずはその事を理解すべきだと思います。
例え自己満足を得るただけだとしても、その意味では「役に立つ」わけだし、実際はそうではありません。
倫理学や神学は社会制度の設計等現実社会の動きにリアルタイムで関わってきます。
また古くは哲学とは科学そのものであり、哲学的探求は常に科学の進歩の原動力でした。
現代でも科学的な思考が哲学的な思考と密接に関わる分野もあります。

役に立つ、立たないは目的によって変わります。
例え元々役に立たないものでも、目的を見出しさえすれば「役に立つ」ものに変わります。

哲学や神学は幻想に過ぎないと言う人がいますが、
現実世界では哲学や神学も関わって社会が動いてるのだから、
そいつの頭の中が幻想です。

哲学と一口に言っても、
倫理の教科書に載ってるような古典哲学だけではありません。
いろいろあります。

それを知らないのに、「役に立たない」って決め付けるのはいかがなものでしょうか?(知っているのに敢えて言っているのならごめんなさい)
あなたの事を何も知らない人があなたに対して「お前なんて何の役に立たない」なんて言ったら、どう思いますか?腹立ちませんか?
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質問者さん、楽しんでますね。


お題の振り方がいいです。みんな熱くなりますから、そこには、喜びを与えているわけですよね。

ひとつ気になったのは、質問者さん、そして多くの回答者さんたちの「哲学」の概念が統一されていないために、なかなか回答が書きにくいことです。
言い方を変えると、何を書いても回答になりますね。

哲学が下火というか、あまり目だった感じがしないのは、直接的にお金を生まないからだと思います。
で、お金を生まない学問は意味が無い・・・という考え方は、間違っていません。
しかし、お金以外にも価値あるものはあり、それを哲学が満たすなら、哲学には存在価値があります。

哲学というのは、「哲」の学問ですよね。
哲って何でしょうか?

質問者さんの考える、定義する「哲」がどういったものなのか判りませんが、それを振り返って再確認したとき、本当に意味があるのか無いのか、見えてくると思うのです。
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哲学と言うのは、ゆっくり時間をかけて、実をならせる木のようです。

だから、時々、哲学的に考えたりすることがあると思いますが、そういうことが重なるうちに、人生の経験と絡み合って、答えを導くことが少なからずあります。今は哲学を、無駄、そう思えても、後になって、ああ、そういうことだったのか、と、知の世界を感じるときがあります。
哲学は、おじいちゃんのようにおっとりです。それでいて、子供の親切のように、瑞々しい学問なのです。
老いた桜の木の春のようで。
哲学の花は、いつ見ても新しい。
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役に立つ人もいる。

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”誰かさん(あるいは何か)と似ている”


という感覚によって得られる自己満足と自己嫌悪。
演繹と帰納による動的事象の共有、不確かな存在
の一転。 否定と肯定による慣性加速の不安定感。

造花評論会。

疲れてしまい自己憐憫。 孤独を愛する者。
花や草木、犬や猫を慈しむ心は皆持つけれど
生き物は他にもあります。

なぜ善悪が有る
自己満足を得るだけ・・・だけですか?
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 哲学なんて、たしかに結局は頭脳で行うボディービル(作業の為ではなく、見せる為の筋肉造りに励む競技)のようなものなのかもしれません。



 ただ人間とは、例えばたった1億年後には自分自身も、自分の愛するもの達も、かつて存在した事実さえ一切残さずに消滅している事を知りつつ毎日を過ごす、或る意味不憫な生き物です。
 或いは、それだけの年月を待つ必要も有りません。今からたった100年後には、日本では1億2000万個の骸骨が、中国では13億個の骸骨が、全世界では60億個もの骸骨が出来上がります。現在生きている人間は1人の例外も無く、必ずそのうちの平凡な1個として適当に転がっている結末になっています。

 そのような事実を目の前にして、せめて他人の悪口を言いふらしたり、生きる糧を奪ったりもせずに、智によって理によって"生きている自己を肯定"できるとしたならば、それは、既に御の字な事なのではないでしょうか。
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昔チョットかじりの無理解者なので、記憶がハッキリしないお話です。



某死刑囚は刑期が迫って、盛んに哲学を学び、宗教教義を熱心に唱えるようになりました。 刑務官には忠実なもの。 ところが、政治的理由で釈放が知らされたとたん、元のヤクザに逆戻り。

某熱心な政治運動家は、理想を追求して指導層と対立。 自分の存在そのものを否定されるほどの”反省”を強いられた結果、本人の哲学と宗教を露呈して総括(=リンチ)による死刑。

人間は現実にあって、死と直面したり、存在そのものを否定される様な場面に遭遇すると哲学をしているようです。

浮世の物ではないと理解しております。
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 哲学は役に立たない。

自己満足にすぎない。哲学は無意味である。たしかにその通り。それのどこが悪いのか。
 こう反論されたらどうされますか?さああなたは自分の主張、つまり「哲学が役に立たないことは悪いことである」を証明しなければなりません。そうすれば「哲学とは何か」「役に立つとはどういうことか」「悪いとはどういうことか」について論理的に主張しなければなりません。もうあなたは哲学そのものの中に入っているのです。
 あらゆるところに哲学は脈打っています。それを意識するかどうかだけの違いではないでしょうか。
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