プロが教えるわが家の防犯対策術!

何が考えられますか?
昭和の初め頃、先生=尊敬する、または怖い存在だったと聞きましたが、半世紀を経て、今では生徒の扱いによっては親が出てきて何を言われるかわからず、先生の立場がすごく弱くなっていますよね。

私としては、中高生のころにあちらこちらの学校が荒れて先生と闘争していた世代が60歳前後になり、その子供が小学生の親世代になったためではないかと思っています。

先生をナメる、「先公」と呼ぶことをかっこいいと思っていた世代がバブル世代に多いそうですが、その感覚がそのまま伝わったのでしょうか。

A 回答 (7件)

単純に教師が「サラリーマン」になったからです。



私はアラフィフで、小中学時代ちょうど学校が荒れている時期でした。
この時代の教師の権威・権力はまだまだ全然強く、親も「先生に殴られるのはあんたが悪いから」という認識がまだまだ普通でした。

重要なのは、このような教師への「信頼」はどうやって生まれるか?ということです。確かに戦前は師範学校など多少教育レベルは高かったとはいえ「教師は神聖である」理由にはなりえないからです。

ではなんで教師が信頼されていたかというと「トコトコ生徒の面倒を見て、立派な大人に育ててくれるから」という信頼関係が保護者と教師の間に有ったからです。

だから、学校内で起きた暴力事件や不祥事は基本的に学校内で治めていました。教師の「教育的配慮」が法律よりも優先されるという不文律、つまり「学校自治」という概念があったからです。

ところが教師たちはこれを自分たちで放棄します。学校内暴力がものすごく流行った時期があり、そういう生徒たちを学校内で公正させるのではなく「警察に突き出す」という始めたからです。

これを題材にしたのが金八先生の「腐ったミカンの方程式」の回で、金八先生など一部の教師は「学校で教育すべし」といい、一部は「警察の介入もやむなし」ということで、結局公権力である警察が学校に介入して、不良生徒たちを学校内で逮捕したのです。

この時点で「教師は全身全霊をかけて、子供を育てる神聖な教育者」から「ただのサラリーマン」に落ちたわけです。
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ペアレントを怖がった教育委員会の責任です。



学校に文句や苦情を言う親を会議室に呼び出し



● 親1人に対し = 先生3人 + PTA10人

これで会議を行うべきで・・



● 親1人 + 生徒1人 + 教育委員会 = 先生1人 

では、そら先生が負け弱腰になりますよ、、、


教育委員会が偽善で親だけを守ると、先生が弱くなるのです。
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これが原因かと・・・・・


https://japanreset.blogspot.com/2019/05/blog-pos …
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今は、「学校も社会も荒れていた」時代から比べれば「落ち着いた時代」になってきたと言うことでしょう。

教員の立場が弱くなったのではなく、「無駄に威張る教員がいなくなった」と言うように感じます。つまり「教員も落ち着いた時代に合わせて変わった」のだと思います。個人的には「昔の威張った教員」はあまり好きではなく、今の教員の方が全体としては、「マシ」名のではないかと思います。
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大昔には大学を出た先生、師範学校を出た先生、というだけで希少価値があって尊敬され、相応の処遇を受け、ことに田舎にあっては名士として村長や村医に準ずる扱いだった。

先生と呼ばれる側もそれに呼応して矜持、すなわちプライドも良識も理想も、そして専門能力を維持する努力も忘れなかったろう。ところが、戦後の不景気の際に言われ出した「デモシカセンセイ」という言葉は、就職口がないから教師デモやるか、能力が足りなくて教師にシカなれない、という連中が増えたと揶揄しているわけで、「先生」は必ずしも敬称ではなくなった。
 ところで、戦後の教育思想自体に根本的な歪みがある。というのは、軍隊式教育を否定したまでは良かったが、それを結論ありきの理屈抜きで感情的に否定したもんだから、勢い余って「自由を尊重し、個性を伸ばす」ということを履き違えてしまった。子供ってのは元来が個性的なもので、そのてんでバラバラなガキどもを社会に適合できるようにするために、個性のはみ出しを矯正してなんとか一定の範囲に抑えることが、教育の第一の役割だろう。(詐欺や放火が大好きなんて個性を伸ばしちゃダメだし。)なのにそれを軍隊式教育だ、と否定する風潮が出てくる。もちろん、ある程度のバランス感覚がある人は(明確な説明はできなくても)「ソレはやったらアカンやろ」「ソノ考え方はおかしいやろ」という常識的判断によって個別事例に対応している。しかしあくまで個別の話であって、普遍性のある規則、倫理思想体系、あるいは歴史的文化としての形をなしていないもんだから、カンの鈍いやつには通用しない。かくて、自発性を促すことと放任とを取り違える。(いややはり個性のはみ出しは矯正しなくてはならん、という反動ももちろん生じるのだが、それは「人の上に立って威張りたい」というだけの変態的なデモシカセンセイが思いつく感情論に過ぎないものだから、実際、やれ制服のスカートの長さだのやれポケットに手を入れるなだの、軍隊式の悪いところばかりを復活して、肝心の方をやらない。)
 一方、日本の社会全体に、世界でも稀に見るほどの極端な個人主義が普及したのは明治時代末期から昭和初期にかけて、世の中がどんどん豊かになっていった時代のことだが、「オクニに尽くす」という建前の背後に隠れていたから、頭脳明晰な連中を除いてはボンヤリとしか理解されていなかった。戦中戦後の夢中で頑張る時代には個人主義など言ってられなかったからなりを潜めていたものが、ダラけた低成長時代になって復活し、このときには建前の正当性も失われた上に、もともと歴史が長いものだから、すでに深く社会に根付いていた。
 ところで、「オラオラ弱者様のお通りだ!」と弱者を盾に取る倒錯した態度を(こいつら基地街だと腹の中では思っていたって)表立って叩かない風潮が固定化したのは、弱者を受け入れておけるだけの余裕が社会に生じた後のことで、こちらは割と新しい。(ユマニズム(人道主義というが本来は人間至上主義)をこれまた感情的にボンヤリ解釈した帰結ではなかろうか。)「お客様は神様」だなんてフザケた話は「弱者様」とは理屈こそ違うものの構造としては通じている。本来、零細な個別の顧客にも頭を下げるのはそれがタダだからであって、コストを掛けて本気でやるのは資本主義の戦いであり、両者は別物だった。そのはずだったのが、SNSのせいで零細が弱者にすり替わることが容易になり、すると弱者である者は強者である。
 これらの、感情的なばかりの価値観を無反省に真に受けた連中が増殖したのはポピュリズムに走る政治が専行し、また、教育者・哲学者が仕事をしなかったせいでもあろう。(それには無理もなくて、感情論というものは理屈に基づかない。だから反論しようがない。)が、それはさておき。そういう下地に「子供は弱者だ」という主張を乗せるともう言いたい放題、やりたい放題、教師はどんどん迷惑を被る。さらに、教師は収入が恐ろしく少なく、しかも雑用ばかりがアホほど多いんで自己研鑽などやる暇はない。だから、デモシカはもちろんのこと、たとえ高い理想を持って教師を志したとしても、それを維持できる者は極めて稀。どんどんデモシカに陥るしかなく、かくて教師は尊敬されず、賤業に成り果てていく。
 教育行政はそんな状況を放置するばかりか推進しているのだから、愚民を増やそうという明確な意図でもあるんじゃなかろうかと疑いたくなる。
 さて、どんな価値観であれ3世代続けば社会の大勢(たいせい)はもはや容易には覆らない。この点はご質問の最後のあたりでご指摘のことと通じると思います。
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先生の質も 変わった



教師でなく教員ってカンジ
確かに職業のひとつでは あるが…
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その世代です



我々の親の世代は戦前生まれで
戦時中の大変な時代の明治憲法の中で育ちました
(我々の先生たちも)
明治憲法下では天皇陛下があり大日本帝国があり
国民に人権など無いです

親や先生など上の者の言う事は絶対でしたが
敗戦で日本国憲法により人権が認められ360度一気に変わった

敗戦で日本という国が変わったのです
戦前生まれと戦後生まれでは全く違う人種になった
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