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パソコンの歴史に詳しい方おしえてください。
1981年に富士通からFM8という機種が発売されたことを知りました。しかし当時のパソコンはどんな目的で使用されていたのでしょうか?
ネット回線も無く、低スペックすぎて、使い物にならない気がします。

A 回答 (32件中1~10件)

ビジネスでは主に計算、個人では簡単なゲームやシミュレーションでしたが、汎用的になにかに貢献した・・・そんな感じではありませんでした。



ただ、今の時代をもとにして使い物にならない・・・という意見は、無意味ですね。自動車がある今の生活から、江戸時代の馬は使い物にならない・・・と言っているようなものです。その努力があるので、今がある。その時代にある技術の中で、限界技術を極め、コストれダウンや大量生産に成功して、個人も使える製品やサービスが生まれる、その中の、象徴的な出来事の一つがFM8です。

コンピュータはもともと汎用機(メインフレーム)と言われ、世界でIBMの独壇場でした。数十億する仕組みを買わないとコンピュータが使えないのはまずい。。。なので、国策で日立と富士通にIBMの互換機を作らせたのです。それが1970年代なかばですから、その技術を磨きながら、大企業が大規模投資しないと使えないコンピュータを、個人でも小規模企業でも使えるようにしたきっかけがこの製品です。

しかしこれは市場でバズることはありませんでした。性能の問題よりはむしろ、パソコンOSという概念がまだなく、ソフト開発が進まず、ソフト無ければただの箱。なので、用途が限定されたのが原因です。

1980年代の半ば~そのIBMが、IBMPCというパソコン標準アーキテクチャーを掲げて登場すると、世界はほぼそれ一色になりました。このとき、パソコン用OSを作ったのが、起業したばかりのビル・ゲイツ、マイクロソフト(MS)の始まりで、後にMSーDOSと言われるパソコン用OSです。

そして、動きの鈍いIBMと当時は機動力あったMSが仲違いし、MSは独自にWindowsを開発し発展させる。PC互換機も、エコシステムとして相互発展する。その標準CPUであるインテルのCPUも売れまくる・・これが、90年から今にいたる30年の歴史です。

IBMは、対抗で独自パソコンOSを出しましたが、今度はまったく流行らず、最後はパソコンビジネスも売って、今に至るという感じです。

80~90年代の汎用機といっても、今のPC性能よりある意味劣るのですから、この30年の小型コンピュータの発展はものすごいものです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
使い物にならない‥とは語弊がありました。
今と比べれば低スペックですが、今と同等以上に有意義な使われ方がされていたことは、正直目から鱗でした。

お礼日時:2022/08/04 16:25

自分でプログラムを組んで仕事に使用してました。

手作業を自動化してました。パソコンが無ければ仕事にならなかったですね、それで会社も設立しましたし。
Windowsが出てきた時は、「自分でプログラムを組んでるから、こんな素人向けのはありがた迷惑だ」と思ってました。
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No31 < 訂正thanksです。

特にkHzは別のものと勘違い。
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いちおう突っ込んでおくと Apple II の CPU は MOS Technology の 6502 だね>#30. このプロセッサは, のちに (互換機が) NES に使われたことでも有名. この当時だとクロックは 6502 や 6809 で 1 MHz くらい, Z80 だと 2.5 MHz (オリジナル)~ 4 MHz (Z80A). さすがに kHz で書けるようなのはその当時にももうなかったような気がするなぁ. Intel 4004 でも 750 kHz くらいなので.... そしてまったく出てこない Apple III.



なおこの時代だと SHARP と Hudson が連携していたりもして, SHARP の PC に SHARP 純正の S-BASIC と Hudson が作った Hu-BASIC の両方がついていたりだとか, X68000 の OS を Hudson が作ったとかの話が残ってる.
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1972年にマイクロプロセッサが8bitになって(intel 8008)、1977頃には価格も数万円ぐらいに下がってきた。

当時Apple-II(1977,cpu=6809)が最初で唯一の「マジでナニカに使うためのdesktop computer」であり、それ以外はまだメーカ技術者が製品組み込み回路にマイクロプロセッサを使うための練習用(Training Kit)、電気工作マニアの趣味や実験用、あるいはゲーム専用機でした。何しろフロッピーディスクドライブなんて高嶺の花ですから、OSは事実上なかったし必要もなかった。NEC PC8001(1979, cpu=Z80系)はpersonal computerというコンセプトながら、BASICインタープリタがROMに書いてある、いわばBASIC専用機で、ほとんどゲーム機になってた。かたやSharp MZ-80 (1978, cpu=Z80)は起動時にmonitorというシステムを(カセットテープから)読み込まなくちゃキーボードの入力すらできないが、monitorのソース(ったって機械語ですが)を公開し、CPUバスやIOポートも外に出ていて、ソフトもハードもご自由に改造してね、という「clean computer」のコンセプトで、ディープなマニアのハートを鷲掴み。コレを使えば複雑な論理回路を作らなくても、簡単なハードを外付けしていろんなことがスグできそうだ(というあたりはArduinoやRaspberry piのコンセプトに近い)。
 そんな、ほとんどムキダシのハードウェアに「本物のコンピュータ」並みのOS(ただしもちろんシングルタスク・シングルユーザ)を入れよう、という動きが本格化したころ、主流になるOSが何なのか、どうもはっきりはしないけれども、本命っぽいのはCP/MかなMS-DOSかな。でもMS-DOSは重いよね、軽さと使いやすさから言ってCP/Mじゃないか、という評判でした。
 ここで忘れちゃいけないのは、当時のプロセッサの性能は、今なら洗濯機や炊飯器に付いてるmpuにも劣るもので、クロック16kHz程度。(MHzでもGHzでもなく。)Raspberry pi 4(使用料 1000円/1秒のスパコンcray 1 よりも速い上に、GPUまで付いている!!)が飛行機なら、これらはカタツムリぐらいの能力だってことです。

 と、そういう状況で出たFM-8は2種類あって、一つはCPUがZ80でMS-DOSが動くやつ。もう一つはCPUが6809でOS/9搭載。さすが富士通、どっちつかずの両面作戦。
 OS/9はマイクロプロセッサなのに、PDP-11のUNIX並みのマルチユーザ・マルチタスク。これは凄いことでした。実際、事務所で1台のFM8に複数の端末をつないで、手分けしてソフトを書いてコンパイル、なんて話も読んだことがある。(つまりOS/9が目指していたのはdesktop computerであって、personal computerではない。)
 まさかのMS-DOSが標準におどり出たのはIBMを巻き込むのに成功したからで、以後はMS-DOSばっかりになるかという頃に出た廉価版のFM-7(1982)ではMS-DOSに絞ってた。
 ところがApple computerからLisa(1983, cpu=68000)に続いてMacintosh(1984, cpu=68000)が出て、これは卓上印刷マシン(desk top publishing)を目指したもの。シングルタスク・シングルユーザではあるものの、専用のワイヤドットプリンタとXeroxのAltoを真似したマウスとGUI、400kBのフロッピードライブを備え、desk accessoryという小さいアプリケーションをマルチタスク風に動かせちゃう上に、複数のアプリケーションのデータをclip boadで切り貼りして流用できる(ただしソフト開発はLisaでやってね)。
… てな調子で、目まぐるしく状況が変化していたんですよね(遠い目)
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8ビットコンピュータ(FM8,PC8001,MZ80,apple2...)発売当初から、


設計計算にそれなりに使っていました。

使い方に慣れるまでは、手計算のうち、ややこしいところを抜き出して計算
たとえば、
土圧計算 (三角関数の塊なので電卓では面倒。)
鉄筋コンクリートの鉄筋量計算 (骨組解析は、従来通り計算式早見表。)

慣れてきたら、ある程度のひとかたまり
たとえば、
ダム/擁壁の安定計算  (擁壁のほうがメンドイ。)
洪水解析 (1時間ごとの雨から河川の洪水を予測する。デカい川は無理。)
ダムの洪水調節計算

このへんまでは、8ビット機で、BASICで(コンパイラなし)何とかなりました。
この当時のプログラムが今と違うのは、

今は、データ入力すると画面上に表示してくれるので、入力ミスがすぐわかる。昔は、数値を紙に印刷し、入力仕様書と首っ引きで目で見てチェック。
計算結果の表は印刷するけれど図は無い。

漢字は印字せず、半角カナまで。
 ※当時の大型コンピュータ用のラインプリンタも、やはりカナまでなのでそこまで不便には感じない。


ちなみに、1983年頃だと、
8ビット用のOSのCP/M(MS-DOSの機能最小限、みたいなもの)があって、FM8やapple2でも、拡張スロットにZ80カードというCPUを差し込んでCP/Mを動かすと、
表計算、データベースみたいなものは当時からあって機種を問わず動きました。

尤も、グラフィック非互換、フロッピーも非互換なので機種が違うと事実上使えませんでした。グラフィック互換はWINDOWS以後です。
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基本的には個人の趣味。


今から見れば陳腐かもしれないけどゲームもあったし、ワープロもあった。16ドットのプリンタで印字は汚かったけど。

OS9が動いたので、それでOSを学んでいた人もいるし、パソコン通信(の黎明期)で遊んでいた人もいた。これでPascalを勉強した人もいるんじゃないかな。
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FM-7なら持ってたなぁ。


ネット回線なんて当時は考えたことも無かったですよ。PC雑誌に載っていたゲームやアプリのBasicやマシン語プログラムを自分でPCに打ち込んで遊んだり試したり、カセットテープに入れられて市販されていたゲームやらを買ってきてこれまたカセットテープレコーダでPCに読み込んで遊んだり、そんな使い方でしたよー。音楽なんかも必死にコードを入力してFM音源で音が出たときは感動したなぁ。
あ、もちろんねフロッピーディスクドライブなんて高価なものは買えませんし。HDDなんて恐ろしく高価なものも買えませんし、プリンタなんて眼の飛び出るほど高価なものも勿論買えません。作ったプログラムはカセットテープに保存、それが出来なければその場限りですべて消える。そういうお遊びでしたね。

>ネット回線も無く、低スペックすぎて、使い物にならない気がします。
そりゃ今の水準で見たらもちろんそう見えますよね。でも当時はこれでもすごかったのです。
アポロ11号が月着陸したときのコンピュータの性能って、今のスマホの1/100位なもんでした。その程度の能力があれば、宇宙船を月まで送って戻すことが出来るということ。今のPCは本当にすごいですね^^。
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>残念なニュースですが、ケネディー大統領が暗殺されたTV映像が、初めて海底ケーブル回線で放送されたのは有名な話です。



うそはいけません。これは、衛生中継です。海底ケーブルじゃありません。
海底ケーブルは、1800年代なかばからありますが、大容量化するのは、ずっとあと。光ファイバーが敷設さた最近になってからのことです。
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>低スペックすぎて、使い物にならない気がします。


それを言ったらファミコンも低めそれ以前のハードが使い物になっていないと言っているようなもんです。
当時のパソコンもその年代ではそれなりにゲームはリリースされています
Windowsが普及するまではそのメーカー独自のプログラム言語を使用しています。
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