プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

ドイツ語で医学カルテを書いていたのは いつぐらいまでだったと思いますか?


私の予想だと下記でしょうかね。

終戦まで 
すべてドイツ語

終戦から1960年まで
ドイツ語(9割ぐらい)、英語の順(1割ぐらい)

1961年から1975年 
英語とドイツ語が半々

1975年から昭和の終わり 
ローマ字(shibire、memaiなど)、英語、ドイツ語の順

平成元年から平成16年
日本語と英語、ドイツ語の順

平成16年から平成終わりまで
日本語、英語、ドイツ語(開業医のみ)

令和以降
日本語がほとんど(英語はほんのわずか。開業医でもドイツ語はいない)

質問者からの補足コメント

  • 現在、ドイツ語でカルテを書いている人がいれば、
    戦前時代に開業医となった祖父と父の影響により、ドイツ語好きになった人のみでしょうか。

      補足日時:2023/09/11 10:26
  • 終戦から1960年まで

    ドイツ語(9割ぐらい)
    英語の順(1割ぐらい) → これはアメリカ留学経験のある医者のみです

      補足日時:2023/09/12 01:20

A 回答 (3件)

平成17年の個人情報保護法により患者が自分のカルテを見る権利(カルテ開示)ができた事によって施行以後はカルテの表記は基本的に全部日本語になったよ



その法律を知らない医者や
爺いでもう癖になってる医者は知らんけど
    • good
    • 1
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

うちの祖父もそうでした。

戦後からの医学生(臨床実習も含む)はドイツ語より英語勉強が必要だったはずなのに → 祖父はそのことを何も知らず(戦前に開業医になった人)

その影響で、平成生まれの私でも祖父の診療所の仕事の手伝いするときに、ドイツ語カルテを書かされるなど 結構大変でした(祖父は英単語さえ読めない。日本語だと時間がかかる。の2つの理由です。現在はもうないと思いますが•••)

お礼日時:2023/09/11 11:32

1975年から昭和の終わり 


ローマ字(shibire、memaiなど)、英語、ドイツ語の順

その頃までは医学部ではドイツ語必修でしたからね。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

うちの伯父の友達(内科 1947年生まれ)は第二外国語をフランス語をとっていました。明治大学 医学部

なんでドイツ語を選ばなかったのか?
伯父の友達を聞いてみたら、
「うちの大学では1960年くらいにフランス語が新たに加えられたので、英単語とラテン語単語に近いフランス語を選びました。世界の話者数はドイツ語よりもフランス語のほうが多いし、それにカルテ書きのときもあまり単語数や文字数が少なくて済むからかな?(ドイツ語単語だと単語数多い、文字数が長い)」と言っていました。それでも8割ぐらいの医大生はドイツ語とっていましたね。

なので、彼はドイツ語単語は全く知らず、昭和の終わりまでカルテを英語とフランス語を混雑して書いていました。

医師によって違うということです。完全に2外ドイツ語が廃止になったのは1991年3月からのこと。

お礼日時:2023/09/12 01:16

ブランコに足を挟まって捻挫して


1970代近所のお医者にかかった所原因を聞かれてブランコに挟まったと答えた所お医者さんが少し考えて、ローマ字でBurannkoと書いてました。その他は、ドイツ語だった様です。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

ブランコじたいはポルトガル語ですよね。
多分、この頃のドイツ語カルテを書いていた医者は50歳以上(40代もドイツ語で書く人も半数いた)は全員でしたね。

お礼日時:2023/09/11 10:52

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A