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私はこんなふうに考えます。
真実の哲学は宗教になり得る。
真実の宗教は芸術でありうる。
真実の芸術は哲学を含む。

つまり真実の哲学と宗教と芸術は実は一体なのであると。


https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/t …

A 回答 (17件中1~10件)

質問の答えでは有りませんが、一言を。



感じる事は重要ですが、情的ルートの入り口に過ぎません。

人の道さんは、なぜここ哲学カテにいるのですか?
神とは感じる事だと信じている、のではないですか?
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この回答へのお礼

>人の道さんは、なぜここ哲学カテにいるのですか?

私は常日頃から考えています。
真実の哲学と宗教と芸術は実は一体なのであると。

お礼日時:2023/09/18 23:47

哲学は倫理学と美学を包含しているので、質問が意味をなさない。

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哲学と言えば 死 の問題ですね


芸術とは生き様でしょうか?

死ぬときどう在りたいのか?問われての
結果の時間へ
不法干渉できるのは死ぬことを止められて
無い人間です

たった一人でも不法干渉者死ぬことを
止めてたのなら
起こり得ない事態です

生きざまの芸術宗教への思考で

起きたことなら
こんなことは芸術としてナンセンスです
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可能で、かつ無意味です。

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アルケーの世界が極楽浄土を指すならば、そこは「真・善・美」の世界なので、哲学(真)と宗教(善)と芸術(美)は一体であると云えます。

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宗教と哲学と芸術についての


考え方の一つとしてこういうのもあると思います。

現実の問題を何とかしようとして掘り下げを試みる。
それが哲学。
稲作文化圏では掘り下げた先を`全か無か`的に
空の部分に泳がせておくことが可能だった。
小麦文化圏では表層の争いが激化する傾向が相対的に強く
その先でも神を持ち出してまで
白黒はっきりさせないと気が済まない
ということになっていた。

科学が未発達な時代では
神を持ち出しても、あるいは神を持ち出すことによりさらに
納得できないということに関する
振幅が大きくならざるを得なかった。
ただし同時に言葉できっちり表現することもできない。
そこに強烈な芸術の必要性が生じた。
内側からの自然発生的な要素として。

とりあえず自分はこう考えています。
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まぁ本来の哲学はあらゆる学問を含んでいたけど、いまやそこから専門特化した学問が抜け落ちて、現代の哲学は抜け殻の哲学学になりさがったのだけどね。

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宗教と哲学は統合不可能。



哲学は客観性を持つ学問であり、あらゆる宗教が哲学の対象となっている。
しかし、宗教は唯我独尊が基本であり、他宗を一方的に排撃する。また宗教における哲学とは、自宗の宗理を正当化するためにのみ活用するため、学問的客観性が失われた似非哲学でしかない。
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宗教の分らねえ無知が、よく言うセリフだよ。


ならば
科学、文学、数学、社会、経済、政治、道徳も一体ということになる

注・・質問者:hitonomichi2022さんが無知とは言っていません
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宗教という主張を芸術という手段で表現する


それを一体的に捉えるか否かである
一体的に捉える事と統合する事は別
それはそれとして
貴方は相変わらず具体性の無い抽象的な言葉あそびしている
いい加減気付いた方がいいですよ
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