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お世話になります。

哲学と宗教とは違うと思いますか?
また宗教とカルト宗教とはどこが違うのでしょうか?

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A 回答 (23件中1~10件)

哲学とは何か、ですか?


世界の地図をつくること、

宗教(ただし信仰)とは何か、
誰かが作った地図を利用して生きること、

でどうですか?

この回答への補足

>宗教(ただし信仰)とは何か、
>誰かが作った地図を利用して生きること、

無宗教ですが、宗教性はあると思います。
何かを信仰することかと言えば違うと思います。
個人的ですがそれ以上に答えることができません。

補足日時:2007/09/23 12:44
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この回答へのお礼

どうなんでしょう?

お礼日時:2007/09/23 08:52

No.17=No.20=No.22です。



>宗教の大統一は可能だと思いますか

人それぞれ、信じたいものを信じればよいし、信じようと思わなければ信じなくてもよいし、自分の信じる/信じないを人にも押しつけさえしなければよいので、宗教を「大統一」しなくてもいいのではないかと感じています。

人の役に立ちたいと思う、いちおうは真宗の兼業坊主のひとりごとでした。

この回答への補足

無宗教な一般人の独り言でした。
一応、禅宗の檀家ですが。

補足日時:2007/09/24 14:04
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この回答へのお礼

そうですね。
宗教といったものは
深いところで一致するということはないと思います。

たとえ同じものを対象とするようになったとしても
不可侵
和して同せずであると。

お礼日時:2007/09/24 14:03

No.17=No.20です。



>イスラム教世界の人達を戦争にかきたてるものを
>歴史的な流れから捉えるとややこしくなると思うので
>現時点で何が問題なのかという感じで聞かせてもらえるといいのですが

とりあえず、3冊ばかり本を紹介します。よろしければ読んでみてください。

・山内 昌之:編『「イスラム原理主義」とは何か』〔岩波書店〕
21世紀の世界を考える時,イスラム世界の比重はますます大きくなっている.
本書は俗に「イスラム原理主義」として単純化されがちなイスラム復興の諸現象の底流を歴史的,社会・文化的文脈からとらえなおし,その本質となぜそれが近年大きな拡がりを見せているのかを明らかにする.
現代イスラムの行方と文明の共存の道を探る論集.
(岩波書店ホームページより引用)

・宮田 律『「イスラム過激派」をどう見るか』〔岩波書店〕
9月の米国同時テロ,アフガン戦争の現況という複雑な国際情勢を理解する上で,「イスラム過激派」の実像を正確に認識することが急務である.
なぜ彼らは米国を憎悪し,暴力を肯定していったのか.
彼らの勢力伸張の実態をどう見るか.
日本はイスラム世界といかに向き合うべきなのか.
きわめて平明に問題の所在を指し示す.
(岩波書店ホームページより引用)

・板垣 雄三:編『「対テロ戦争」とイスラム世界』〔岩波新書〕
米国同時多発テロとその後の「戦争」について,われわれはどこまで理解しているか?
第一線で活躍する中東地域研究者が,「テロ」の論理やアフガニスタン周辺の状況を丹念に分析.
事件へと至る歴史的背景や米国の中東政策,パレスチナや湾岸などイスラム世界全域の動向にも目を配る.
事件の実像に迫るには必読の1冊.
(岩波書店ホームページより引用)

それから、
>澄みません
これは、どういう意味なんでしょうか。教えてください。

この回答への補足

善は悪に自ら進んで同化しようとは思わない。
悪は善に自ら進んで同化したがる。

これは本当のことだと思いますか?

補足日時:2007/09/24 14:58
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

澄みません。はこの場合済みませんで
GJ-Officer様に宛てるべき欄を用いて他の欄の方に用いたからです。

宗教の大統一は可能だと思いますか?

お礼日時:2007/09/24 12:57

> 水に石が入ってもならいいですか?


> カルト集団に属する人一人が外出して大衆に紛れるという
> 意味です。

 あまりに断片的過ぎて何が言いたいのか・聞きたいのか、分かりません。
 省略せず、全体を改めて述べてください。

この回答への補足

カルト宗教に悩まされていることがよく分かりました。

補足日時:2007/09/23 23:35
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この回答へのお礼

またまたこの欄を借りて申し訳ありません。
No.19様へ
この質問はこのカテのいくつか前にした”空と色より”という質問の続きになります。
カルト宗教でもなく、科学的な態度で見つめる目を持つという回答を頂いた時点でNo19様へのお礼欄に書いた質問は必要なかったといえば言えるのです。
澄みません。

お礼日時:2007/09/23 23:27

No.17です。


イスラムの人も、科学的な目を持ち、また、なぜと問い、本当なのかと問いかける哲学的な態度を体していたからこそ、あれだけの科学を発展させたのではないでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9% …

この回答への補足

澄みません。
この欄をお借りして。

No.19様への補足で
イスラム教世界の人達を戦争にかきたてるものを
歴史的な流れから捉えるとややこしくなると思うので
現時点で何が問題なのかという感じで聞かせてもらえるといいのですが。

補足日時:2007/09/23 22:02
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2007/09/23 21:45

哲学は真理


宗教は幸せ
宗教の中にカルトというものがある
まず宗教とは何か?これを論じないと意味がありませんね
幸せをつかむものと定義するならみんな同じになります
ただ方法や順序やどこの部分から引用するのかによって内容は異なりますが

この回答への補足

澄みません。
横着かもしれませんが
皆様の考えを聞かせてください。

補足日時:2007/09/23 21:51
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この回答へのお礼

イスラム教世界の人達を戦争にかきたてるもの
その原因にはどんなものが考えられますか。
思いつくものは何でも挙げてみてもらえますか?

お礼日時:2007/09/23 21:44

> 無宗教や水であるところの宗教は、石であるところのカルト


> 集団を受け入れなければならないが交じり合うことはない。

 なんで「受け入れなければならない」んですか?
 教団の都合で受け入れたって受け入れなくたってかまわないでしょうに。

> カルトであるところの人一人が、水であるところの集団に紛
> れ込むとなかなか見分けがつかなくなりそうですね。

 カルトとは、教団を指して言う言葉です。一人を指してカルトとは、普通は言いません。

> 共生するということはどういうことを言うとお考えですか。

 あなたが先に使った言葉でしょう。何か特殊な意味を持たせているのなら、あなたの定義をまず示してください。
 辞書的には「共に同じ所で生活すること」という意味で使いますが、少なくとも私はそれ以上のブレイクダウンをしていません。

この回答への補足

水に石が入ってもならいいですか?

補足日時:2007/09/23 20:59
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この回答へのお礼

カルト集団に属する人一人が外出して大衆に紛れるという意味です。

お礼日時:2007/09/23 20:54

>キリスト教社会の中でイスラム教の人はカルトとみなされているのでしょうか



どちらも「啓典の民」だそうですから、そげなことはないんじゃないでしょうか。

この回答への補足

イスラム教の人は科学的な目を持っているでしょうか。
何故と問い、本当なのかと問いかける哲学的な態度はあると思いますか。

補足日時:2007/09/23 20:47
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この回答へのお礼

そうなんですか。

お礼日時:2007/09/23 20:39

哲学


下の方の質問をざっとみたところ、哲学と科学を分けて考えていらっしゃいますが、哲学は科学を内包するものです。科学よりも広域にわたる思索のプロセスが哲学です。科学も哲学のうちにある1つの考え方であり、その問題点が問われ続けています。科学は哲学ですが哲学は科学ではありません。

宗教
社会性ある宗教。

カルト
反社会性の宗教。細かい言葉の定義はわかりませんが、簡単に現代的な定義でいえばこれでしょう。

社会性とは多数派からみた性質です。マイノリティが邪教か?この辺はもちろん、当事者がどういう視点を持つかによって変化します。カルト教団に属さない私にとってカルト教団は反社会性という性質を持っていると思います。しかしながら、カルト教団に属する人は大多数が属す私のいる社会が反社会であり、カルト教団がその人の社会になります。

哲学はギリシャで生まれてヨーロッパで育ってきた真理探究学問です。釈迦やキリストも哲学者という側面はあるでしょうが、人々の救済という真理探究以外に、哲学には重要な意義があります、それは異教徒や国家や民族や習慣や人々や風俗を越えて分かりあえる価値観を作り出すために一役かったことです。

この回答への補足

あるいは
科学は哲学という梵の上にのっかっている。
という表現はどうですか?
なにかインドの宗教の世界表現と似てきましたが。

補足日時:2007/09/24 06:00
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この回答へのお礼

>哲学は科学を内包するものです。

そのような気がします。

>カルト  反社会性の宗教。

周囲に害や迷惑を及ぼさない限り、社会的な法によっては手が出せないということなようですね。
カルト宗教の集団にとっては周囲がカルト集団に映っているということになると、共通部分を持たない。和して同せずというわけには行かないみたいな気がします。
しかし共生しなければならない。

宗教と宗教は共通部分があり軋轢なく生活できると思いますか?
キリスト教社会の中でイスラム教の人はカルトとみなされているのでしょうか。

お礼日時:2007/09/23 19:14

ANo.7です。


>宗教的態度、哲学的態度、科学的態度の違い
>通常の付き合いにおいては温かみは伝わらないのではないでしょうか。

宗教的態度は「信じるものは救われる」信じることによって安心し、安定が得られるとしていますよね。
哲学的態度は「信じてないので裏切られることも見捨てることもない」ので安定します。
科学的態度は「確かな原因から結果を探る(演繹)」のでマイナスになることはありません。

哲学の場合も科学と同じ源泉であったので演繹もあって、しかしある程度の予測がつく場合は逆に「ある現象が成り立つにはどんな根拠、原因がなければならないか」という超越的演繹もします。
それによっては思考の停止ではなく、根拠が明確に打ち出せない場合「判断の停止(エポケー)」にもなります。無情ではないですよ。

エポケーになると何も相手を恨んで足を引っ張ったり、やけ食いしたり自殺する必要もなくなるのです。「諦念」ともいいます。その後をどうするのかというと、現実の問題に対して無関係な、新たな境地に颯爽と向かうということが解決したと同じことになるのです。

私も未熟者なのであがき倒してます!が、不幸が与える指針と滋養は幸せよりも多く、生きた心地もあるものだとも思います。
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この回答へのお礼

貴方の人に対する接し方はそうなのですね。
初対面ではそういうことありますよね。
初対面でなくてもそういう状態が続くときもありますし。

荷が重いときは無理に担ぐことはないのではないですか?

お礼日時:2007/09/23 18:54

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