昨日ネットで百科で遊牧について検索したのですが、
遊牧民の性格までは書いてありませんでした。
農耕民族と遊牧民族はともすれば対照的であると考えられますが、
遊牧民族における性格的特徴というのはなんでしょうか?

A 回答 (2件)

農耕民族と遊牧民族の違いについては、作家の故司馬遼太郎氏がかなり詳しく


考察しています。

モンゴル民族に興味があるとのことですので、「街道をゆく」のモンゴル編を
読んでみてはどうでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
あのシリーズは結構好きなので、機会があったら読んでみます。

お礼日時:2001/09/27 17:21

具体的な集団名を挙げていただくと回答しやすいのですが、多くの民族はそれなりのプライドをもってその生活を営んでいるわけですから、比較的頑固です。


なかには、その頑固さ故なのか、攻撃的でさえある民族もあります。
こーゆー、傾向はより厳しい環境で生きている民族ほど顕著です。
生活の中に何らかの崇拝対象を形成することが好きな農耕民族よりも神様とかじゃなくて、あくまで自分達の力で生きていくことに誇りをもっています。

もちろん全ての民族がそうかというと違うんですが。

この回答への補足

ありがとうございます。
モンゴル民族当たりに興味あります。

補足日時:2001/09/19 06:17
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Qモンゴル遊牧民ゲルへのホームステイ体験者に質問です。

今年の夏にモンゴルに行きます。(ツアーでなく一人旅で)
「あづさや」というゲストハウスで遊牧民ゲルステイツアーを3泊で組んでいます。(定住民でなく遊牧民宅でのステイです)本来、ツアーは絶対に嫌なのですが、遊牧民のゲルに泊まるには、現地でのゲルステイツアーで泊まるしかないと判断しました。

そこで、質問なのですが、モンゴルで遊牧民ゲルでホームステイした事のある方、どのようなものでしたか教えていただけないでしょうか?
何時~何時まではこの作業。のようなキッチリしたステイでない事は分かっているのですが、実際遊牧民ゲルでのホームステイというのはどのようなものなのでしょうか??
また、持って行くと便利な物、おみやげなどで喜ばれそうな物なども教えてもらえればと思います。

ちなみ僕は一人旅は慣れています。多少の文化の違い、食事の違いにも対応はできます。今回のモンゴル旅は、遊牧民の生活に触れる事で多少でも勉強になればと思っています。

ぶしつけな質問で申し訳ないのですが、ホームステイ体験者の方にいろいろ詳しく聞けたらと思い質問しました。

Aベストアンサー

2005年の夏に2週間モンゴルにステイし、1週間遊牧民のゲルにステイしました。
遊牧民の生活は非常にのんびりしたものです。時計を見るという習慣はありません。日中は家畜を放牧し、暑い時は昼寝をし、夕方にミルクを絞り、水が無くなったら汲みに行き、夜はどこからともなく人が集まりウォッカを飲むという生活でした。

主食はヤギ、しかも夏場は、腐らないよう冬場に絞めて乾燥させたヤギ肉で、1つの鍋で飲み物も食べ物も全て作っていたので、食べ物も飲み物も全部ヤギの臭いがしていました。
電気がないので野菜はジャガイモや玉ねぎのような根菜類しか保存ができず、ほとんどの食事がヤギ+ジャガイモ+玉ねぎ+小麦粉でできていました。メニューは違えど、味は同じ。
加えて茶碗山盛り2杯は食べないと失礼と聞いていたので、出してくれたケチャップをかけて、口に入れて噛んで、飲み込めないから水で流し込むという食事をしていました。
現地の人は大好きで食べているヤギですが、おいしいご飯で育った日本人は辛いかもしれません。


私の経験からのアドバイスですが、3日でしたら、
ウランバートルで水2リットル2本は買ったほうが良いかもしれません。飲む以外にも歯磨きとか。
トイレットペーパーは日本のもの1巻は。現地のは日本人のお尻にはかたいし水に溶けないのでいつまでもひらひら。

他に、必須なのは、
・懐中電灯・・・夜中にトイレにでると真っ暗闇でゲルに戻れないかも。
・サングラス・・・紫外線もそうですが目に卵を産むハエがいるので。
・お菓子・・・むこうの人は人見知りなので、特に子供の気を引くにはお菓子が良いと思います。甘いお菓子。
・タバコ・・・遊牧民の男性のほとんどがタバコを吸っていました。日本のタバコと現地のタバコを交換したりして交流すると良いかと。
・胃腸薬、下痢止め・・・乳製品ばかり取るので、下らないにしても、柔らかくなります。

以下、あると安心グッズ。
・チョコ、カロリーメイト等・・・飯が食えないときに隠れて食います。
・虫さされの薬・・・虫以外にも、毒を持つ草があります。
・貴重品をいれて携帯できるもの・・・遊牧民は本当にいい人達ですが、ゲルにはカギはないし、見知らぬ人でもどんどん歓迎する民族ですので、パスポートやお金などは外出時はできれば身に着けて置いた方が安心です。
・馬に乗れるブーツ・・・本格的に乗るなら
・薄い長袖のシャツ・・・日差しから肌を守る目的もありますが、アブが多いのであると便利です。


お仕事を積極的に手伝って仲良くなれば、記憶に残るよい時間が過ごせると思います。

また街に住む人達は急速な民主化で少し心が荒んでいる人もいますので、外務省の情報を事前にチェックしておくと良いかも。

よければ、私が行った時の記録(途中でとまってますが・・・)を下記URLから。

参考URL:http://www.takkunpop.org/tabiki/mongol2005/mongol20050702.html

2005年の夏に2週間モンゴルにステイし、1週間遊牧民のゲルにステイしました。
遊牧民の生活は非常にのんびりしたものです。時計を見るという習慣はありません。日中は家畜を放牧し、暑い時は昼寝をし、夕方にミルクを絞り、水が無くなったら汲みに行き、夜はどこからともなく人が集まりウォッカを飲むという生活でした。

主食はヤギ、しかも夏場は、腐らないよう冬場に絞めて乾燥させたヤギ肉で、1つの鍋で飲み物も食べ物も全て作っていたので、食べ物も飲み物も全部ヤギの臭いがしていました。
電気がない...続きを読む

Q農耕民と遊牧民の交流と対立

世界史の授業のレポートで『農耕民と遊牧民の交流と対立』について書いてこいって言われたんです。
400字以内で。
あまり知識がなくて何をどのように書けばいいのか分からなくて日が迫ってきました>_<
文章であればどんな形でも言いといわれました。
どのように書けばいいか教えてください!

Aベストアンサー

400字以内というのは少ないです。
要点をきっちりまとめる必要があります。
 まず、農耕民と遊牧民の交流については、経済的な交流をあげましょう。遊牧民は農耕はしないわけですから、農耕社会の食料・財産は非常に魅力的です。いっぽう、農耕民は農耕・軍事のために非常に優れた馬が必要です。こうしたお互いが欲するものを平和的に交易を行うことによって補い合ってきたことを指摘しましょう。
 次に対立ですが、古代(始皇帝の時代よりも古くから)から遊牧民族は中国の豊かな農耕社会に侵入を繰り返してきました。万里の長城がそうした勢力を防ぐためにつくられたことは言うまでもありません。遊牧民の騎馬戦術は圧倒的に軍事的に有利です。秦漢の時代の匈奴、モンゴル(元)などは典型的な例で、中国王朝を苦しめたり、実際に中国を征服したりしました。
 こうしたことを400字以内にまとめてはいかがでしょうか。

Q移牧民と遊牧民の違いとは?

『英國戀物語エマ』の原作者・森薫先生の最新作『乙嫁語り』で定住民のエイホン家の後継カルルク・エイホンの許へ嫁いだ主人公アミル・ハルガルの実家ハルガル家は移牧民だそうです。遊牧民とは似た概念でも全く違うということですが、移牧民と遊牧民はどのように違うのでしょうか?

Aベストアンサー

移牧民はアルプスの少女ハイジです。

遊牧民はモンゴルの人たちです。

移牧は夏は山に、冬は低地。

遊牧は食い尽くしたら移動してるだけ。

Q日本人は農耕民族で、欧米人は狩猟民族?

「日本人は農耕民族で、欧米人は狩猟民族」と良くいわれますよね?

何故なのでしょうか?
日本人だって縄文時代は、狩猟採集生活だったでしょうし、
欧米人だって、何時からなのかは、詳しく知りませんが、農業が食料調達のメインになったと思います。

何故、「日本人は農耕民族で、欧米人は狩猟民族」とメディアで良く語られるのでしょうか?

外国でも、「〇〇は農耕民族で、欧米人は狩猟民族」という言い方がされる事があるのでしょうか?

Aベストアンサー

ある目的のために農耕民族的特質と狩猟民族的特質を
となえた人がいたと思われます。文字通り、民族の特質を分かりやすく説明するためであり、日本人対欧米人を対比するために考案された説ではないはずです。
一部の評論家、政治家、軍人などが自説を展開するために拡大解釈して利用したのでしょう。最後に俗説となって一般大衆に広がったものと考えます。

よく血液型(4種類)で人の性格を判断します(日本人)が農耕民、狩猟民は地球上の人類を二種類にするので血液型以上に便利です。

地球の風土を「モンスーン」「砂漠」「牧場」の三つに類型化して説明した学者がいました。日本から中近東を通り、ヨーロッパに至るルートを観察すればこの
三つの類型化で地域の特色とそこに住む人々の特徴が
説明しやすいからです。しかし、飛行機の時代を経て宇宙から地球を観察できる時代になれば古い学説になってしまいます。

欧米人と日本人を比較するとき、便宜的に農耕民・狩猟民説を利用する人は健在です。血液型に似ています。あたらないケースは除外し、当たるケースのみを対象とするから一見正しい理論のように見えます。

農耕民族(日本人)    狩猟民族(欧米人)
短い脚          長い脚
集団志向(共同作業)   個人志向(獲物の分配)
定住           移動
2拍子(鳥ー2本足)   4拍子(4足獣)
別れを重視        出会いを重視

ある目的のために農耕民族的特質と狩猟民族的特質を
となえた人がいたと思われます。文字通り、民族の特質を分かりやすく説明するためであり、日本人対欧米人を対比するために考案された説ではないはずです。
一部の評論家、政治家、軍人などが自説を展開するために拡大解釈して利用したのでしょう。最後に俗説となって一般大衆に広がったものと考えます。

よく血液型(4種類)で人の性格を判断します(日本人)が農耕民、狩猟民は地球上の人類を二種類にするので血液型以上に便利です。

地球の風土を「...続きを読む

Q匈奴、古代遊牧民について

基本的なことですみません…
ふと気になったので
現在世界史の教科書などの図式に登場する遊牧民族の領土は彼らが自ら開拓・統治していたのですか?でも遊牧民って定住はしませんよね?匈奴とかには単于を中心に他四つの王がいたとか…でも定住を目的としないならその地域の王様っていったいなんの意味が?いまいちイメージがつかめません…

自分は今後古代の遊牧民について歴史学から研究していきたいんですが文字史料も十分に残ってない古代はやっぱり難しいですか?( ノД`)…
教授に聞けって感じですが大学1年なのでまだちょっと教授は怖いです;;

Aベストアンサー

そうですねえ、私も詳しいわけではないのですが狼と同じ感覚だったようです。
つまり定住はせずうろうろするが縄張りの地区は決まっている感じですか。
よそ者が入ると武力で追い出していたようです。

もう1つ単于は皇帝みたいなもので左賢王と右賢王がサポートする、みたいな感じじゃないでしょうか。
何万人もの所帯になると一か所にいればあっという間に牧草を家畜が食い尽くすので当然分散しますよね。
その分散したまとまりを1つ1つ代理でおさめていた単于の部下がいたらしいです。

三国志時代の匈奴の資料はそこそこあるみたいです。
ちなみに今ロシアでもめてるウクライナはタタール人が住んでいる地域で、タタール人も古代中国と深いかかわりを持ってきた遊牧民族の1つですよ。

Q農耕民族と狩猟民族という分類について

このサイトでもたまにある言い方ですが、それに限らず一般的に「日本人は農耕民族だが、○○人(ヨーロッパ人など)は狩猟民族」といった言い方がされることがあります。
この「農耕民族」と「狩猟民族」という分類は、どこから出てきたものなのでしょうか? というのが質問の内容です。
この本が始まり、とか、それはここが起源、というものがありましたら、教えてください。
それはこういう意味で使われている、という御回答もお待ちしています。

なお、質問の背景としては、ヨーロッパでも中世には農耕が行われていたはずだが、ヨーロッパの民族を「狩猟民族」と呼ぶのはどのような基準に基づくものなのだろうか、また、日本でも狩猟や漁ぼうが行われていたはずだが「農耕民族」という言い方は妥当なのか、という疑問があります。

Aベストアンサー

ご質問の趣旨に適ってるかどうかわからないのですが、
「日本人は農耕民族」という言われ方についてのみ、回答させていただきます。

これは、江戸時代の国学隆盛期に、国学者が定義付けた(?)ものだったと思います。

最近では、漁業・海産物の位置付けに注目して、日本人を農耕民族と呼ぶのは適切でない、という立場を採られる史学者もいらっしゃるようですね。
以前から、同様の疑問をお持ちの方はおられたでしょうが、あまりそこにこだわる方はおられなかった。

Qモンゴルの遊牧民のルートについて

モンゴルでは最近は首都圏への定住者も増えていると思いますが、遊牧民の方もまだまだおられると思います。
この遊牧民の移動ルートや移動範囲をご存知のかたがいらっしゃいましたら、申し訳ないのですが教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

興味を持ったので、「モンゴル 遊牧 移動」でぐぐってみました。

世界の事例No.5
モンゴル・遊牧による草地の持続可能な利用・管理
https://www.env.go.jp/nature/satoyama/syuhourei/pdf/cwj_5.pdf

※なんだろうと思ったら環境省のサイトの記事でした。

4ページに【四季移動と「オトル」による牧草地の利用と保全】という項目があります。
「冬は北からの季節風を遮ることができ積雪量が少ない丘陵の南麓、夏は涼しい風を受けることができる台地上」など場所を選ぶが、草地の様子を見ながら移動するので、毎年同じルートとは限らないようです。

もっと詳しく書いてありますし、家畜の種類や特徴なども書いてあるので、中身をご覧になってみてください。

Q【日本は農耕民族だから?無宗教だから?欧米と違う。】

よく日本人は農耕民族だから欧米の民族とは違うという話を聞きます。
むしろ、日本は多神教だから一神教を崇拝している民族とは違うと言うべきではないでしょうか?

“日本は無宗教である”と何となく考えている人々が多いかもしれない。
日本はご存知の通り、日本は古代ギリシャ・ローマ同様に八百万の神がいる多神教の国です。
“日本は無宗教である”というよりも、“日本は一神教ではない”という言葉の方が適切だと思います。

多神教は何もしなくても勝手に雑草が生えてくるような、自然環境に恵まれた風土に発生します。
自然に対する畏敬の念が、それを生み出す。
そのような環境は中国の南方の長江流域、韓国にも存在するが、現在、中国は共産主義という一神教、韓国はキリスト教に蹂躙されてしまっています。
中南米も同様にキリスト教に蹂躙されました。
ところが、日本は一神教に蹂躙されたことのない世界でも稀有な存在であり、日本列島が世界において独自の文化圏を構成しているといって良い。

一神教は、砂漠の民が生み出した宗教だが、厳しい自然環境を反映して、現世とは超越した絶対的な神の存在を創造しそれに祈りをささげた。
素朴な自然崇拝を起源とする多神教とは根本的に違います。
大東亜戦争の敗戦により、米国的な思想が流入し、多神教的な文化や伝統芸能などが、古臭いもの、前時代的な遅れたもの、として大きく衰退しましたが、今も尚、日本人の心の中には、八百万の神は存在します。

具体的に言えば、初詣やお宮参り、受験対策で天神様、など枚挙に暇がない。
その祈りは、特定の神を対象にしたものではなく、滝や山が御神体になったり、天竺(インド)、震旦(中国)から伝わった仏教と日本の土着の神が融合した神々であったりする(学問の神様、商売の神様、恋愛の神様・・・)。
また、神社仏閣を問わず、家内安全、商売繁盛などのご利益を祈る行為自体が多神教的です。
クリスマスも気にせず盛り上がれる点も同じでしょう。

みなさんが思う「日本と欧米の違い」はどこですか?

よく日本人は農耕民族だから欧米の民族とは違うという話を聞きます。
むしろ、日本は多神教だから一神教を崇拝している民族とは違うと言うべきではないでしょうか?

“日本は無宗教である”と何となく考えている人々が多いかもしれない。
日本はご存知の通り、日本は古代ギリシャ・ローマ同様に八百万の神がいる多神教の国です。
“日本は無宗教である”というよりも、“日本は一神教ではない”という言葉の方が適切だと思います。

多神教は何もしなくても勝手に雑草が生えてくるような、自然環境に恵まれた風...続きを読む

Aベストアンサー

単に宗教だけでなく3点が混ざりあって欧米(また他の東洋諸国)と異なっていたのだと思います。

質問者さんの記述されている通り、仏教と神道が歴史の中で混ざって行く中で日本に宗教観が出来上がっていったことに間違いは無いと思います。
それに加えて2つ目の要素が、儒学・朱子学の考え方です。
それと日本の歴史の中における天皇制の3つを持って日本独自の考えを作り出し、欧米との違いになったものと考えています。
この3要素こそが日本が日本であることの本質ではないでしょうか。

まず儒学・朱子学から触れますが、質問者さんも他の方も記載されている通り、この道徳的教えからだけでは限界があります。
君子たれと言われたところで、人間には奢り昂ぶりが常に存在し、それだけでは破綻してしまいます。
この儒学は武家は当然として、江戸期においては町民、農民に至るまで世界的に類を見ない教育大国であった日本では浸透して行くこととなりました。

次に一神教を語る前に宗教全般に関してですが、(初期の頃はどうであれ)長い歴史を持つ宗教において、人間は神を畏怖しまた信じることによって、自らの限界を(能力ではなく神のように万能ではないと言う意味での)悟り奢り昂ぶりを抑える結果を持ちます。
ここで特に一神教においては、畏怖し信じるべき絶対の存在であるがため、宗教が国の道徳心や法に影響を与え人心の基盤ともなり、他の宗教に関しては限りなく排除し自分達の宗教を広めることが神の意志に基づくとまで考えられています。
対して日本の神道は大変特殊で、草木はもちろんのこと死んだ人も八百万の神に加わります。
このため神は畏怖すべきものであっても身近な存在でもあり、他の宗教における神と言う考え方とは概念的にも異なるものだと言えるのではないでしょうか。

最後に天皇制であり、これも世界で類を見ないものになります。
古来においては大君御自ら御統治あそばされましたが、その後数百年以上に渡って君臨すれども統治せずとなっています。
これは他国の王室においては、一時的なものは別として王が自ら国を統治する形を取っています。
世界的に見ると幕府の将軍が、他の国における国王のような封建社会における長と捉えるべきではないでしょうか。
この状況が長いこと続くうちに、権力とは異なる権威としての至高の存在となって行き、一神教の神とは異なるものの、天意に背くとの言葉をしめすように、形而上学的な存在へと昇華していったのだと思います。

これらにより、一神教の神以外には寛容であり、また政権の長ではあっても権威的に越えることが出来ない存在がいることを持って人心の中においても自らの限界を悟り知り、これと儒学・朱子学が相まって高い道徳心を持つ民族になったのではないでしょうか。
明治から敗戦までの現人神と言うものは、和魂洋芸の元で、欧米列強に植民地化されないがために、欧米のの科学技術を取り入れるのと同様に、欧米の社会科学的概念をも取り入れ、そこにおいて本来は一神教の神とは異なるものの、制度上大君を持って一神教の神と同様であると定義しただけであると考えております。

敗戦までの日本の要素を否定するあまり、民族における精神的骨子がなくなっている状態であり、限りなく不安定な状況です。
このため今の日本は欧米と比べても世界的のどの国と比べても特殊な国だと考えております。

単に宗教だけでなく3点が混ざりあって欧米(また他の東洋諸国)と異なっていたのだと思います。

質問者さんの記述されている通り、仏教と神道が歴史の中で混ざって行く中で日本に宗教観が出来上がっていったことに間違いは無いと思います。
それに加えて2つ目の要素が、儒学・朱子学の考え方です。
それと日本の歴史の中における天皇制の3つを持って日本独自の考えを作り出し、欧米との違いになったものと考えています。
この3要素こそが日本が日本であることの本質ではないでしょうか。

まず儒学・朱子...続きを読む

Qエフタルという遊牧民

中央アジアにエフタルという遊牧民がいたと教科書に書いてありますが,くわしい情報がありましたら教えてください.

Aベストアンサー

エフタルは、6世紀初頭に勢力が強くなり、紀元6世紀半ばに、トルコ系遊牧民突厥が勢力を拡大し、エフタルは563~567年頃に滅亡したようです。

詳細は、下記のページと参考urlをご覧ください。
http://216.239.57.104/search?q=cache:gtpSLVnTgU8J:www1.odn.ne.jp/aaj25640/efutal.htm+%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%BF%E3%83%AB++%E9%81%8A%E7%89%A7%E6%B0%91%E3%80%80&hl=ja&ie=UTF-8&inlang=ja

エフタル民族の年表があります。http://homepage3.nifty.com/chrotubo/noad/data/asia/afgn001.html

参考URL:http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kodai/33-iran.html

Q「遊牧民から見た世界史」という本が気になっていて、勉強の合間にでも読も

「遊牧民から見た世界史」という本が気になっていて、勉強の合間にでも読もうと思うのですが、受験生がこの本を読んでも大丈夫でしょうか?
どうやら従来の世界史の見方とはかなり異なるようで、入試(論述です)に悪影響があったら嫌なので・・・。

Aベストアンサー

世界史が得意なら読んでみても面白いかも。
主流学説に対するアンチテーゼというスタンスなので、世界史がよくわかってない人には劇薬。
世界史が好きな人間には、美味しくいただけます。「なるほど、こういう考えもあるんだ。けど教科書では、違う解釈をしているよね」というスタンスを持てれば、教科書(主流学説)の理解促進になります。


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