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「死」についての悟り(さとり)って、どういう状態なのでしょうか?

私は「死」を受け入れられず、恐怖に囚われています。

どうしたら、おだやかに「死」を受け入れられるでしょうか。

A 回答 (9件)

未だ閉じられていませんでしたので、貴方の聞きたい事をもっと具体的に答えたいと思います。



死を思う時の恐怖感に付いて少し説明します、この恐怖感とは、『漠然とした不安感』=自身の命の働き=右脳からの情報=高い処に行った時の感覚、と云う様に、自身の脳からの情報を自我意識が受け取っているという意味があります。

貴方が『「死」を受け入れられず、恐怖に囚われています。』と云った内容は、神経症なら死に対する恐怖症に当たります。

その反対に、死に対して死を怖がらない場合では、死を受容してしまう場合です。今の貴方に言ったとしても理解出来難いと思います。

高所恐怖症も閉所恐怖症も神経症の一つの形です。強迫観念も、上がり症も吃音も書痙も全ての神経症の原因は最後には一つの原因に集約されています。

死に望んで安らかに死んでゆく場合では、自分に死を知らせる者=右脳からの情報(あるいは右脳の人格=仏性)と仲良く出来ている場合です。この場合では、大変に安らかに逝く事が出来ています、その理由はその者が『永遠の命』を持っている事が実感出来ているからです(悟りを開いた証)の体現者だからです。

自我意識が死にたくないと思っている事は、生きている者で死なない人が居ない事を、実際に見て知っているからです。

自我意識が永遠の命を望んでいる事は、右脳の意識=仏性であって永遠の命を持っている事を知っているからです。

処が長い葛藤の末に、脳内での脳梁での(意識と無意識との切り替わり』に出会う場合があります。この事を『悟』と云っています。

人間は絶えず意識する自分と無意識の自分の切り替わりながら、どちらかの意識が主導権を持った状態で生きています。この事は誰も知らないでいます。

神経症の症状とは政野こう云った『意識』の状態を知らないでいる事が原因になっています。

現代医学では『神経症の原因は分っていませんが、早期発見早期治療で早く良くなります。』を標榜していますが、本当の原因を特定出来ていない、と云った感じがあります、その結果が寛解です。

心の矛盾を悩んでいる事が神経症の原因になっています。

心の中での葛藤、『死にたくない自分、何時か死んでゆく自分』VS『永遠の命を持っている自分=命を働かせている自分』こういった絶対矛盾している者同士が人間の苦しみの原因になっています。

神経症の原因そのものです。

処がこういった『絶対矛盾が自己同一』する事があります。西田幾多郎氏と鈴木大拙博士は、同郷の友達です。二人とも悟りを開いた友人です。二人とも禅を学んでいた者です。

死を怖がっている内情は、右脳の働きが救いの手を差し伸べていますが自我意識がその手を振り払っているという意味になっています。

貴方の恐怖症が治るための方法は、森田療法の一つの方法を守る事だと思います、それは『症状を口にしない』只それを守って行く事です。

私の場合も鈴木知準先生の云った言葉『症状の事を口にしない事』と神経症の勉強を鈴木知準先生の本を一冊読んだ事、鈴木大拙博士の本を沢山読んだ事によって、入院森田療法のお世話になって、退院してから6年後に『自分の自我意識が、自分の無意識の意識』と出会う体験をして神経症が完治した事があります。
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自然死の場合は、死を迎えるころには体力も知力も弱っていますので、「恐怖に囚われる」という力も微弱になっています。

ですから、自然に穏やかな死を迎えることになります。

元気なうちに他人に拘束されて、時間をかけて殺されたり、罪を犯して死刑を宣告される場合には、是非もありません。
諦めてください。
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『一切皆苦』は人生に『生老病死』を見て取った釈迦の心的な葛藤を語った言葉です。

是は豊かな王様の暮らしでさえも受け入れる事が出来なかった釈迦の心境を語った言葉と思います。

云い方を替えるなら貴方と同じに『死に対する恐怖症』になってしまって『意識する度』に苦しい思いをしている状態』を云い表していると思います。

ですが釈迦の偉い処は、こういった人間の深層心理に付いて自分の苦しさを通して解明したところにあると思います。

人間の苦しみは何処から押し寄せているのかの原因を解き明かしたという点です。その原因を『無明の故』と云っています。更にその原因の解明までも達観出来たところだと思います。

分かり易く解き明かすなら、人間(自分)の苦しみは自分が原因で始まっているという分けです。自分を苦しめているのは自分であるという事ですがその理由を次に書いてみたいと思います。

自分の苦しみの原因は『自分の心の矛盾』を苦しんでいる事に拠っています。この意味は『漠然とした不安感=何処から押し寄せているのか訳の分からない、得体の知れない不安感』の正体は自分自身からの情報という意味です。

これから書く事は正しい情報ですが、これは理屈でしかありませんが、貴方が悟る事が出来た暁には全てが腑に落ちる事柄ですので、今は分からないかも知れませんが、分かった時の為に読み進めて置いて下さい。

人間の自我意識は、左脳に存在する意識です。処が右脳にも意識が存在して居ます、この意識は無意識を司っている意識ですが、自意識とは全く別の機能と役割を担っているものです。

人間の脳の機能とか役割を簡単に紹介しているものです、ウイキぺデアからです。


”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球がそれぞれ独立した意識を持っていることを実証した。

右脳にも意識があり、左脳にも意識があるという説明です。自意識は左脳にある意識の事ですが、右脳の意識は自覚する事が出来難い意識です。

貴方の死を怖がっている現象は『死に対する射恐怖症』を云っています、神経症に属しているものです。私の場合も14歳から貴方と同じで、大変に生き難い想いで17年過ごした事があります。

幸いな事に27歳の時に鈴木知準先生の所で『入院森田療法』を2か月間学んだ事があります、その時にノイローゼ(神経症)は悟りを開かないと治らないと云っていた事を思い出します。

他には、ノイローゼになった一年は座禅を10年した事と同じと云っていました。悟りを開くための修行は死を絶えず思う事と物の本に書いてあります。

貴方が恐怖症になった事は、貴方に対して貴方の問題を解くように貴方に課せられた使命と考えて下さい。

これを機会に禅を学ぶ事をお勧めします、それも鈴木大拙博士の本が良いと思います。鈴木知準先生の本と鈴木大拙博士の本が貴方の人生に付いての考察に対して参考になると思います。

私の場合もこの御二方によって、生死の問題が解決した経験が在るからです。聞きたい事があるなら質問をして下さい。わかる範囲でお答えする用意があります。
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生老病死の四苦を理解できれば良いと思います。



その為に、釈尊は法を説いているのですから。
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「死」についての悟り(さとり)って、生物には必ず死がある


形有る物はいつか崩れる。それだけの事よ。
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「死」についての悟り(さとり)って、


どういう状態なのでしょうか?
 ↑
キュブラー・ロスの、死の五段階説
てのがあります。

死を宣告されたとき、人間は
どうなるか。

「否認」「怒り」「取り引き」「抑うつ」「受容」
とういう段階で死を受け入れる。

最後の受容に到った状態が悟り
だと思います。

●否認:余命が残りわずかであることに衝撃を受け、それを頭では理解しようとしているが、その事実を否認している段階
●怒り:自分が死ぬという事実を認識することはできたが、「なぜ自分が」といった思いが強く、怒りがこみ上げてくる段階
●取り引き:死の先延ばしや回避ができないか、奇跡が起きないかなど神にすがったり、善行を行ったりする段階
●抑うつ:死が避けられないことがわかり、あきらめ、悲観、虚しさ、憂うつ、絶望といった抑うつ症状が出現し、落ち込む段階
●受容:死は誰にでも訪れる自然なものとして自分の死も受け入れるようになり、人生の終わりを心静かに見つめることができるようになる段階




私は「死」を受け入れられず、恐怖に囚われています。
どうしたら、おだやかに「死」を受け入れられるでしょうか。
 ↑
健康に留意して、長生きすることです。


■エリクソンの老年的超越理論というのがあります。
超高齢になって至るとされる主観的幸福感のことで、
近年の老人研究により、実証されるに至っています。

これによれば。
たとえ寝たきりになっても、100歳を過ぎると
苦痛も恐怖も無くなり、こんなに長生きできた、と
感謝の念に包まれ死ねる。
そういう人が多い。
こういうことが判ってきました。


○老化に伴う各種能力の衰えを否定的に捉えず、現状を肯定し、
多幸感を抱くという心理的適応を指します。
元はエリクソン学派の発達理論を拡張し、
80歳を超える高齢者の発達段階として
提唱された概念であるが、100歳を超える超高齢者を
対象とする各種調査により、
その傾向を示唆する結果が多く得られています。
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すみません、回答の方向が変わるので最初にひとつ確認です。



余命宣告などを受けていますか?

「目の前の死」の話か、「いつか来る死」の話かで少し変わります。

後者なら、祖父の死に立ち会いましたが、「死ぬのが怖い」と感じるのも脳の機能であって、老衰だとそもそもその脳機能自体が衰えていくので、あまり「死ぬのは嫌だ」と思いながら死ぬことはなさそうな印象を受けました。

なので、老衰死を目指して健康かつ安全に生きたら良いと思います。それまでは、忘れていたら良いんじゃないかなと思います。

「目の前の死」の場合、私の目の前にはないので乗り越え方はパッとは分かりません。その方向で回答が必要なら少し考えます。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2024/07/12 23:51

人生を理解することです



そして、死とは人生そのものであり、死は救いでもあります。

おだやかに死ぬ為には貴女の人生をしっかり生きて満足する事です

何をしても終わりは来ますのでやりたい事をやって死にましょう

人生とは、時間そのものであり、その間に何を成し遂げるのか?

それが大切です

恐怖している時間は人生においては無駄そのものかと思います

恐怖して成し遂げられるものはないからです
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死は生の延長ととらえるか



人は必ず死ぬ、100年もしたら
貧乏人も社長さんも大臣も必ず死ぬ、、、

あの世へはてぶらですね


生まれてくるときも
死ぬ時もひとり

裸です
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2024/07/13 20:31

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