出産前後の痔にはご注意!

最近、母を亡くしたのですが、初七日法要は葬儀後に行い、

その後、二・三・四・五・六と法要を行い そして四十九日、 

さらに百か日、一周忌、三回忌、その後百回忌、まで何度も続きますが、

何故、こんなに法要を重ねるのでしょうか。

お詳しい方、是非ご教示いただきたいのですが。

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A 回答 (12件中1~10件)

四十九日までの七日ごとの法要に関して、二通りの説をききました。



 一つは皆さんがお答えしていらっしゃるように、亡くなられてから七日ごとに裁判が行われ、それが7回あるとの説。これは、どんなに善人であっても生前におかした罪、たとえばささいな嘘をついてしまったとか小さな虫を殺してしまったとかがあるので、それに対して行われている裁判。それをこの世に残った者(つまり遺族など)がお経を唱えることによりこちらから応援してあげる。ちなみに三十五日にあたる五七日の裁判官は閻魔大王だとか。(実際にお会いしたわけではないので本当のところはわかりませんが)
 その結果で極楽浄土か地獄に行くかが決定する。

 もう一つは、亡くなられてから極楽浄土に行くまでには大きな7つの階段があり、一段昇るのに7日かかる。それをこの世から応援し支えてあげるためにお経をあげる。

 どちらの説もお寺に聞いた話ですが、宗派によって多少解釈が違うのかもしれません。

 七日ごとの法要にしても年忌法要にしても、大事なのは忌明け法要の四十九日(三十五日で切り上げでもOK)と一周忌、三回忌なので親戚をよびます。あとはその家の方針などがおありでしょうから、その都度決めればいいでしょう。法事が多い家は発展するとも聞いたことがあります。

 
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この回答へのお礼

非常にわかりやすい解説ありがとうございます。

私の乏しい知識だと、

四十九日の法要は、七七日忌とも言われ、

葬儀の後の最初の大きな法要で、特に「四十九日」が重要視されるのは、

仏教で、亡き人はこの日、閻魔大王に最後の審判を受け、

極楽往生できるか地獄へ落ちるかが決まると言う信心があるらしいのです。

死後49日間は死者の霊は家を漂い、四十九日目に行く先が決まり家を離れるとされているらしく、

葬儀後、家に飾った祭壇(中陰飾り)という祭壇に霊が祭られ、

四十九日が終わると霊は祭壇から仏壇に入ると教えられました。

諸説あるようですが、とにかく葬儀が終わって法事に関心が出てまいりまして、今色々と調べているところです。

私は長男と言う立場上、少しは法事に関する知識を身につけようと思い、今は必死なのです。

最近は○○会館、○○殿などの葬儀屋で通夜告別式を行う事が多いようですが、

田舎と違い厳しいしきたりや妙な拘りを気にしなくてよく、

親切丁寧で簡素化しているので、正直言って色々と気が楽で、非常に助かりました。

さすがに火葬場でのお骨拾いで亡き母の変わり果てた姿には驚きましたが、

母を苦しませた病魔も焼き尽くされたと解釈すればほっとします。

とにかく葬儀屋さんには色々と面倒を見ていただき感謝したくなりますね。

また、ここではさらに具体的な事を学ばせていただいてありがたく存じます。

お礼日時:2005/06/12 00:03

 インドの死生観では「antara<長音>-dhava」という考えがあります。

これを訳して「中有(ちゅうう」あるいは「中陰(ちゅういん)」ともいいます。これは来世に転生するまでの期間であり、この間に儀式を行い善処へ転生することを祈っていたようです。
 このような思想が仏教にも取り入れられ、特に『倶舎論(くしゃろん)』という論書では、中有は七日を一区切りとしてどこかに転生する、それでも転生できなければ最大7回、中有を繰り返して必ずどこかに転生すると、ですから7×7ですから四十九日を「満中陰」といいます。ですから、四十九日までの間に、仏事作善を執り行い、浄土への往生を祈るのが中陰法事です。
(インド思想・仏教に基づく説)

 一周忌・三年忌・三十三回忌などは、支那の儒教における「祖先祭祀」の影響を受けて、日本の仏事でも行われるようになりました。また道教では死後、冥官による裁きをうけるとして、仏教による中有思想と融合し(7×7)、さらには百ヶ日・一年忌・三年忌のこの期間に十王(閻魔王もその一つ)による裁きを受けるとします。
この影響を受け日本では、十王の本当の姿は仏であるとの説が生まれます。
(支那思想・儒教、道教に基づく説)

日本では、死者は定期的な祭りを行うことにより、生前の罪・穢れが清められ、災いをもたらす「荒魂(あらみたま)」から、幸いをもたらす「和魂(にぎみたま)」へと鎮められ、子孫を守る「神」へと昇華すると考えます。そして定期的な祭りにより、その力は強められると考えました。特に死んで間もない死者は、「穢れ」が大きいためより丁重なる鎮魂儀礼が必要とされ、仏教が日本に伝来すると当時の日本人は、仏教に対して「個人の救済」よりも「死者の鎮魂・滅罪」の力に期待を寄せました。そのため、日本では鎮魂儀礼に仏教が積極的にかかわるようになります。それは仏教は「罪を滅ぼしてくれる教え」だと、そしてその力によって「死者の魂が静まる」と理解したのでしょう。葬儀において、死者に法名を授け、出家得度の儀式を行うのも、出家による滅罪の力を求めたことによるものでしょう。そのような「鎮魂のための定期的な祭り」が仏教化したものが「法事」でしょう。
 このあたりが仏教教義の建前の部分と、信者の求める本音の部分に矛盾が生じるので、ただ単に「経典にないことだから無意味」というわけではありません。
(日本思想・神道、民俗仏教、民間信仰に基づく説)

以上は概説ですのでこれ以外にもさまざまな死生観・信仰観にもよります
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この回答へのお礼

非常に専門的で興味深い解説をいただきありがとうございました。

各々が亡くなった者に対して供養し、

無事現世で生きていられることに感謝するいい機会でもあると思います。

母の遺影を見て、その後、手を合わせ明日の無事を祈り、いつもすぐに寝ることにしています。

お礼日時:2005/06/13 23:42

 7日ごとに違った仏様・菩薩様の裁判を受けるので,遺された者が亡くなった者に追善するというのが通説のようですが,浄土真宗の場合は,亡くなられてすぐに阿弥陀様のおられる極楽浄土に往生されますから,追善など必要ないのですが,7日ごとに法要をすることによって,残された者が仏法との縁を結ぶという聞法の機会と捉えているようです。


 亡くなった日を1日目と数え,7日目の前日(逮夜)に法要を行うようで,例えば,月曜日に亡くなった方の逮夜法要は土曜日になります。
 
 私の住んでいる地域では古くは,昼間にお坊さんがお経を上げに来て,夜に近所の方々が来て,西国三十三箇所の御詠歌を上げるということがされていましたが,昨今はそのような家を見なくなりました。
 
 通夜・葬儀ではバタバタしていて,お参りくださった方々に十分なことができませんから,初七日には親族,二七日にはご近所さん,三七日は故人が仕事上でお世話になった方々・・・・というように人を招いて法要をし,ささやかな食事を提供してお礼を申し上げる丁寧な家もあり,招かれたこともありました。
 
 私の父が亡くなった時も,初七日・三七日といった奇数の折には親族を招き,偶数の折は家族だけで法要を行いました。
 
 「法事が多い家は発展する」と似た言葉は,聞いた事があります。本当は,発展した家だからこそ法事が行える訳です。生活に困窮している家が,7日ごとの法要や百箇日,一周忌・三回忌などの年忌法要といった経費のかかる法事を行える筈がありません。
 法事を重ねられるというのは,幸せである証拠のようなものですし,そのような状況にあることを感謝する機会でもあると思うのです。
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この回答へのお礼

>浄土真宗の場合は,
>亡くなられてすぐに阿弥陀様のおられる極楽浄土に往生されますから,
>追善など必要ないのですが,
>7日ごとに法要をすることによって,
>残された者が仏法との縁を結ぶという聞法の機会と捉えているようです。

亡くなってからすぐに極楽往生できるとは知りませんでした。母はとっくに往生しているのですね。

昨日法要があり阿弥陀経を詠いましたが長いし早いしついて行けませんでした。

しかしまあ、最近の坊さんはビジネスという色彩が強くなりましたね、携帯持参で軽自動車で来て、読経を読んでいただいた後、誰でもが話題にする世間話の後、後一件ございますので失礼させていただきますとの調子、

しかし、あちこちから葬儀や法要でお布施をいただき尚且つ非課税というわけですから、随分と儲かる商売ですね。

ああ、不謹慎な発言でした。お許しください。

お礼日時:2005/06/13 23:34

浄土真宗でしたら、



なくなった方は、「49日」をまたずに「往生」されているわけですから、「7日ごとの裁判云々」は意味がありません。

遺族としたらいきなり家族を失って新しい生活をはじめるための心づもりをつける期間なんだ、ぐらいに思っていればいいのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2005/06/13 23:21

うちは関西の古い田舎ですが、質問者さんと同じようにやります。

2年前に父を亡くしましたが、6日目の夜に初七日をとり行ったあとは同じでした。66日(むなのか)と49日(77日・なななのか)の間に忌明けがありました。49日まで近所の方もお参りするようになっています。
最近ではそんなにするところは珍しいんでしょうね。
宗派は浄土真宗です。
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この回答へのお礼

うちは冠婚葬祭の業者に葬儀を頼んでいただきました。

初七日も一気に葬儀後に執り行われ散開となりました。

お布施の相場、香典の相場、などこれから学ぶべき点が多々あるので大変ですが、

うちは初七日を葬儀会館で終え、

その後の法要は三七日と五七日法要のみを自宅で行います。

四十九日法要は再び葬儀会館で行うつもりです。

お礼日時:2005/06/12 00:15

“法要”の意味はみなさんがお答えされているように“御霊”をおまつりし極楽浄土に導くためです。

先祖を思う気持ちを大切にする事です。(宗派・地域によって法要の日取りは変わっています)
下記サイトは冠婚葬祭全般が掲載されてますので、ご参考に☆★☆

参考URL:http://allabout.co.jp/family/ceremony/subject/ms …
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この回答へのお礼

サイトを紹介していただきありがとうございました。

それにしても葬儀や法事とは大変ですね。

香典返しもこれまた大変な作業です。

お礼日時:2005/06/11 18:16

#1のお方が戸惑われているのは少しご質問の書き方に省略があったからでしょう。

仏教の世界においては、一般的に、人は死ぬと七日七日ごとに極楽浄土に至る審判を受けて、めでたく四九日目を経て、七七日(なななぬか)または満中陰(まんちゅういん)と言いますがこのようにして成仏するというふうに考えられています。そのために生きているものは霊を慰め極楽浄土に行けるよう七日ごとに祭るのです。したがつて二・三・四・五・六でなく初七日から始まりニ七日(になぬか)三七日(みなぬか)四七日(よなぬか)五七日(ごなぬか)六七日(むなぬか)七七日(なななぬかいわゆる49日)になるのですが、現在は殆ど省略されています。又最近では五七日(ごなぬか)で満中陰とすることが多いです。それだけ生活が忙しいのでしょうか。
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この回答へのお礼

非常に明解なお答えありがとうございます。

生活が忙しいと言うよりも、
マンション住まいで親戚は高齢者が多く
遠方の田舎の人が多く、
狭い部屋に親戚全員に座っていただくことは
事実上不可能だからです。
相手に気を使うのも大変なので
だから法要を省略して行う事にしました。

お礼日時:2005/06/11 18:11

初七日の次で


二・三・四・五・六の後に
49日ですから
2×7日、3×7日、4×7日・・・
という意味なのでは?
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#3です



 今 思い出しました


 「二・三・四・五・六と法要を行」うというのは
命日と同じ曜日に 毎週 その夜に お帯夜とかいうので 行うのですよね

 住職さんというか僧侶は 初七日の次は 四十九日まで 来ないけれど 家族と ごく近い親戚が 集まって 霊前で 供養の お経を あげるのですよね

 なぜ そんなに 法要を重ねるかどうかは 故人を
残された 家族が いかに 追悼しているかに かかっているのでは ないでしょうか
 
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この回答へのお礼

>なぜ そんなに 法要を重ねるかどうかは 
>故人を残された 家族が いかに 追悼しているかに
>かかっているのでは ないでしょうか
 
そういえば父も私も初七日後から四十九日までは、
朝晩は手を合わせ拝まないといけないと思い込んで毎日拝んでおります。

この間を「中陰」と言うのでしょうね。

部屋の祭壇「中陰飾り」は四十九日で取り払われるらしいです。

わかりやすくお答えいただいてありがとうございました。

お礼日時:2005/06/11 18:04

こちらの地方も#1さんと同じパターンですね


「二・三・四・五・六と法要」の意味が理解できませんでした

 法要を重ねるのは,住職さんも収入がないと困るからですかね(^^;と言ったら不謹慎かも(^^;

 世間の目が気にならないなら適当に省いて行えばと思います

 参考URLを見られたら法要の由来が一部載っていますので,転記しました

●中陰供養の始まり

 人が死んで次の生を受けるまでの49日間を中陰といい、この間7日ごとに供養を行う。この供養は仏典の『梵網経』『地蔵菩薩本願経』などにある。『梵網経』には「父母兄弟 …亡滅の日、及び37日ないし77日には、また本乗経律を読誦講説すべし」とある。日本では10世紀項から49日の法要が盛んとなった。

●法事の始まり

 ◇百ケ日法要
 「百ケ日」法要はもともと儒教の「卒哭忌」を仏教で採用したもの。『礼記』(BC402~ 221)に「士は三月にして葬る。この月や卒哭す」これまでは喪祭であったが、卒哭忌をもって吉祭とする。日本では687年9月9日に崩御された天武天皇の百ケ日法要が12月 19日に行なわれた。
 ◇一周忌・三回忌
 一周忌は中国で行なわれた小祥忌が、仏教に取り入れられたものである。また大祥忌は仏式の3回忌に当たり、死亡より25ケ月目に行なう祭儀である。一周忌は757年の聖式天皇のものが始めで「僧千五百余人を東大寺に議して、斎を設ける」とある。3回忌は鎌倉時代に入ってからで、286年の平重衡の3回忌が始めである。

参考URL:http://www.sousai.com/hp/institut/minzoku/minzok …
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この回答へのお礼

人が死んで次の生を受けるまでの49日間を中陰といい、この間7日ごとに供養を行う。この供養は仏典の『梵網経』『地蔵菩薩本願経』などにある。『梵網経』には「父母兄弟 …亡滅の日、及び37日ないし77日には、また本乗経律を読誦講説すべし」とある。日本では10世紀項から49日の法要が盛んとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり、死亡しても初七日から四十九日までは、
霊が極楽浄土か地獄へ行くかの閻魔様の裁判期間と言う解釈でよろしいのでしょうね。

だから審判の日である四十九日は重要な法要なのでしょうね。

貴重な資料を提示していただきありがとうございました。

お礼日時:2005/06/11 17:55

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Q七日ごとの法要でお布施は?

はじめまして。
先日祖母が亡くなり、葬儀(葬儀の時に初七日も一緒に)が終わりました。
我が家は、父(60歳)と兄と私の三人になりました。
父はあまり冠婚葬祭など詳しくなくて、現在困ることがたくさんあります。
葬儀は家族葬ということで、ごくごく身内でしました。
その時は、葬儀社の方がいろいろ教えて下さり、なんとか終えることが出来ました。
お布施は葬儀10万円 初七日1万円 (葬儀社の方が参考ですが・・・と金額を言われました)
お寺さんは、葬儀の日は朝10時から結婚式があるとのことで、
9時前に葬儀を始め、初七日までのお経?をすべて1時間くらいで終わらせてすぐ帰られました。
枕経と通夜はちゃんときていただいてます。

数日後に、七日ごとの法要があります。
お寺さんから連絡をいただき、平日午後七時に来られるとのことでした。
(お寺との連絡等は父がしています)
これから毎週来られると思います。
おそらく、父と私の二人だけしかいません。
父が仕事で遅くなれば私だけの時があるかもしれません。

わからないことだらけなので、教えて下さい。

1、七日ごとに来られる際に、毎回お布施をお渡しするのでしょうか?
する場合、いくらすればいいのでしょうか?
もしくは、49日にまとめてすればいいのでしょうか?その際の金額は?

2、お茶をお出しする気でいるのですが、午後七時って、夕飯時ですよね。。。
お食事の用意もするものなのでしょうか?

3、お経が終わったら、お茶とお菓子を出しますが、
来られたときにもすぐに一回目を出すものですか?
お菓子は、一個300円位する和菓子?
それとも一個100円くらいのスーパーで売っているもの?
お出しするのは、一つですか?二つですか?

4、お寺さんのお着替えの部屋とか必要なのでしょうか?
我が家には、生活感溢れる部屋しかないのですが・・・

その他、気をつけなければならないこと、しなければならないことなど、
細かいことでも教えていただければうれしいです。
読みにくい文章ですがどうぞ宜しくお願い致します。

はじめまして。
先日祖母が亡くなり、葬儀(葬儀の時に初七日も一緒に)が終わりました。
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父はあまり冠婚葬祭など詳しくなくて、現在困ることがたくさんあります。
葬儀は家族葬ということで、ごくごく身内でしました。
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Aベストアンサー

前の回答者様の方が明らかに詳しそうなので私の回答は不要そうですが(笑)、
同じく今年家族が亡くなり、浄土真宗で七日ごとの法要がありましたので、ご参考に…

1.お布施はその都度でなくとも纏めてでも構わないのでは…とは思います。
 が、わざわざ足をお運びいただくので、1回ずつの方が丁寧ではあるかなと思います。
 金額は、自分が準備していない(義父母がやっている)のでいくら包んだかは分からず…(^^;
 まとめて渡すにしても、後ではなく先で、
 まとめてということがしっかり分かるように言葉を添えてお渡しするのがいいと思います。

2.わが家も7時でしたが、お食事はありませんでした。
 食事時とは言え、世の中で食事の時間が正確に決まっているわけではないので、
 毎週のことですしそこまで必要ない気もしますが…
 七日ごとのお経は日にちがずらせないので、スケジュールの都合上、
 あちらもこちらも夜が空けやすい…という理由でこの時間なのだと認識してます。
 気になられるのであれば、お寺の方に思い切ってお尋ねになるのも手かと思います。
 夕食時なので食事を準備させて頂こうかと思いますが、ご迷惑でしょうか?などといった感じで… 
 その家とご縁さんとの付き合い方にもよりますが、
 うちはかなり親しくフランクなので、聞ける感じの関係です。

3.お茶は、わが家はいつでも、来られた時とお経が終わった時の2回出します。
 お菓子は義母はいつも2つ出しています。
 が、これは多分決まりではないので1つでも大丈夫と思います。
 (実家は浄土宗ですが、1つです。これは多分宗派は関係ないかなと…)
 最初のお茶の時はまずお菓子は召し上がらないので、
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 頂き物などちょうど良いものがなければ、やはりわざわざ買ってきていました。
 スーパーで買ってきたようなのではなく、和菓子屋さんで買ってます。
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 和菓子屋さんでも、150円も出せば美味しい和菓子が色々ありますよ(^^)
 お菓子は持ち帰られることが多いので、包んであるお菓子にするといいかもしれません。
 本来は個別包装でも取ってお出しするのが正式ですが、そのままの方が持ち帰りやすいので。

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 普段のお坊さんのお着物から、袈裟などの部分的なものを着替えられるだけなので、
 いつもその場で座ったまま着替えられています。


同じ宗派でもそのお寺によって違う部分もありますので、
「こうするのが正解です」というのは難しいとは思いますが…
少しでも参考になれば幸いです。
毎週来て頂けるなら、これを機に分からないことを全部お尋ねしておくのもいいと思います。
わが家のご縁さんはお話をたくさんしてくださる方で、
義母もその都度疑問に思ったことはお尋ねしていました。
こういう機会でないと、疑問に思うこと自体発生しないというのもありますし。
毎週は大変かとお察ししますが、まずは49日まで、無事に終えられますように…(^^)

前の回答者様の方が明らかに詳しそうなので私の回答は不要そうですが(笑)、
同じく今年家族が亡くなり、浄土真宗で七日ごとの法要がありましたので、ご参考に…

1.お布施はその都度でなくとも纏めてでも構わないのでは…とは思います。
 が、わざわざ足をお運びいただくので、1回ずつの方が丁寧ではあるかなと思います。
 金額は、自分が準備していない(義父母がやっている)のでいくら包んだかは分からず…(^^;
 まとめて渡すにしても、後ではなく先で、
 まとめてということがしっかり分かるように言葉を添え...続きを読む

Q四十九日までの自宅での供養を教えてください

四十九日まで、初七日や逮夜以外の日に、家族はどのように供養すればよいか教えてください。

数日前、喪主として母の葬儀を終えました。
(ちなみに父はずいぶん昔に亡くなっています)
今のところわからないまま、家族で毎夜般若心経を3回唱えています。
(般若心経の本がたまたま家にあったので、なんとなく3回です)

宗教は、私自身は信仰はありません。
私の実家(母の婚家)は浄土真宗です。
亡くなった母の実家は真言宗です。
葬儀は音楽葬という形でお坊さんはお願いしませんでした。
引っ越しを期に(浄土真宗)の檀家ではなくなり、仏壇は置いていません。
お盆やお彼岸はお墓参りだけで、自宅で祀ることはしていません。

現在、遺骨はローボードの上で、写真とろうそく立て・線香立て・花入れを並べています。
これもわからないまま、なんとなくです。
(住宅事情で後飾り壇・中陰壇というものを設置できません。)
仏壇があった頃は平常、仏飯器と華瓶を仏壇に供えていました。
この時期も同じようにしてもよいのかどうか。
故人の好物などを供えてもよいのかもわかりません。

お参りに来られる方も呼ぶべき人もいませんので、対面を気にする必要はありません。
信仰している宗教はないのだから好きなようにしていいのじゃないかと思いつつ、腑に落ちないまま日が過ぎています。
最初に初七日・逮夜・四十九日といった言葉を使いましたが、法要や、お骨やお墓をどうするかもまだ考えていません。
十分に悲しんで母との別れを納得したいです。
含めて助言をいただけたらと思います。
よろしくお願いします。

四十九日まで、初七日や逮夜以外の日に、家族はどのように供養すればよいか教えてください。

数日前、喪主として母の葬儀を終えました。
(ちなみに父はずいぶん昔に亡くなっています)
今のところわからないまま、家族で毎夜般若心経を3回唱えています。
(般若心経の本がたまたま家にあったので、なんとなく3回です)

宗教は、私自身は信仰はありません。
私の実家(母の婚家)は浄土真宗です。
亡くなった母の実家は真言宗です。
葬儀は音楽葬という形でお坊さんはお願いしませんでした。
引っ越しを期に(浄...続きを読む

Aベストアンサー

 お母様を亡くされてご愁傷様です。
 人間は死んだら物体になるだけと思っていますし、宗教はビジネスだと思っている者です。そんな人間の意見なので参考まで。
 
 三谷幸喜さんが若くして他界された、俳優の伊藤俊人さんの葬儀で、「人間は2回死にます。1回は肉体的な死。そして、もう1回は友人たちがその人のことを語らなくなった時です。僕たちは君のことを語り続けます」と言う内容の弔電を述べられました。
 また、居酒屋で知り合った男性は他界された奥様のことを今でも心から愛していると話されていました。奥様が他界される1週間前、病床で私は生まれ育った故郷の墓に入りたいと言われたので離婚届を提出され、奥様を故郷の菩提寺に供養されたそうです。お墓参りには中々、行けないけど、奥様と過ごした写真を部屋中に貼られているそうで毎日、行って来ます、ただいま、と声を掛けられ、、その日の出来事を奥様の写真に話しをされているそうです。
 何が言いたいのかと言うと供養の方法等どうでもよいのです。ただ、悲しみが癒えるまでお母様との思い出に浸り、納得が行ったときにお墓に供養されればいいのです。そして、たまには故人を思い出すことが大切だと思います。

 大体、多くの日本人はクリスマスを祝った1週間後に初詣に行き、春になったらお墓参りしているんです。質問者様がどうかわかりませんが、そんな宗教にいい加減な人が仏教の供養方法にこだわっても無意味だと思いませんか?

 お墓は、離婚をされていなければお父様のお墓に供養されればいいです。ただ、遠くてお参りできないのなら近所に建てるのも良い思います。質問者様がご結婚されていて息子さんがいらっしゃるのなら、外墓地を探されるのもよいし、未婚、あるいは息子さんがいらっしゃらないのであれば納骨堂での永代供養墓というのもあります。納骨堂は比較的、費用を安く抑えられると思います。
 お墓に納骨する時期ですが、一般的には四十九日前にされる方が多いですが、それを過ぎたらいつ納骨しても同じです。ただ、永代供養墓の場合、契約期間が、十三回忌までとか三十三回忌までとなっているので手元にお骨を置いて供養する期間が長ければ、お墓の使用期間が短くなります。納骨堂の場合、使用期間を過ぎると合祀墓に合祀されます。
 話が前後しますが、故人を忘れないために、法事を行い、子孫に故人を語り継いでいく、そのことで故人の2度目の死を避ける事ができます。

 お母様を亡くされてご愁傷様です。
 人間は死んだら物体になるだけと思っていますし、宗教はビジネスだと思っている者です。そんな人間の意見なので参考まで。
 
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 また、居酒屋で知り合った男性は他界された奥様のことを今でも心から愛していると話されて...続きを読む

Q亡くなった人の法要は何回忌までするのが常識ですか

私の父が亡くなりまして15年です。
13回忌まではお寺様をお呼びして法要をして参りましたが、一体何回忌まで法要を行うのが常識でしょうか?
因みに宗派は曹洞宗です。

Aベストアンサー

曹洞宗の僧侶です。
いちおう曹洞宗では、以下の年忌法要を行うことになっています。

一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌
二十七回忌、三十三回忌、三十七回忌、四十三回忌、四十七回忌
五十回忌、百回忌(以降は、50年ごとに百五十回忌、二百回忌‥‥と続きます)

地域の風習やお家の慣習によって、この通りに行わない場合がほとんどです。四十七回忌を行う地域は少ないと思いますし、逆に四十九回忌を行う地域もあります。
地方によっては「弔い上げ」と称して十三回忌、十七回忌あるいは三十三回忌で打ち切る習慣があります。曹洞宗では「何回忌までで終わり」というきまりはありませんが、とくに三十三回忌を清浄本然忌とよび、故人が完全に諸仏の位に同化する年限ともいわれますので、「弔い上げ」の習慣が無い地域でも三十三回忌で打ち切りにする場合が多いようです。

Q百か日と初盆ですが・・・

今までは 葬儀当日の初七日 次35日(家族だけ) 次49日(私の親戚だけ)と法要をしました

次は百ヶ日だと思うのですが 6月の末がその日になっていますが
私としては 初盆を考えてます(百か日省略して)

続くということもありますが親族が遠方で来てもらう事も難しいのと続くから 初盆までいいかな?とか思っていました
宗派は 曹洞宗(旦那さんの家)ですが

旦那さんの実家のほうでは 葬儀以外 呼ばれませんでした(遠いのでと言う理由で)
こんな感じですし 初盆も私の親戚を呼ぶつもりです(故人は主人)

百か日 省略する人も多いと聞きます
なのでついそっちに考えが行きます
初盆ですませるのは よくないでしょうか?

Aベストアンサー

うちは曹洞宗じゃないので考え方が違うかもしれませんが、
盆は法事じゃないですよ。法事は法事、初盆は初盆、
同じ日にやることはあり得ますが、どちらかを省略することは
できないのではないでしょうか。法事の中で49日、初七日、
一周忌に次いで重要なのが百か日でしょう。でも百か日で
親戚を招く必要はないと思います。
お盆は元々地域の習慣なので地域によってやり方が違いますが、
初盆だからといってわざわざ親戚を招待することはないと思います。

Q法事はしないといけないのですか?

祖父、祖母が短い期間で亡くなり
すると法事をします。
亡くなった期間が短いので終わってひと安心すると次の法事・・・
場所を借りたり食事で相当のお金を使います
当方は離れた都会に住んでるので参加するのも大変です。

普通は
四十九日、一周忌、三回忌などすると思います。

四十九日だけで終わらせてはいけないのでしょうか?
法事自体しない家もありますか?

うちは古い考えの親父なんで初七日からきっちりやります

Aベストアンサー

なければならないとか言われてしまうと、やらないと遺族の生活が成り立たないわけではありません。

ただ、法事をやっている者としての感想ですが、四十九日、一周忌、三回忌とだんだんと間隔が開いていき、その機会に故人をしのぶという形になり、悲しみからも立ち直っていけると思います。

飲食やらお返しなどは、やりかたで節約できるはず。そのときはご仏前もご遠慮するとか、、、。

Q49日の法要を家族だけで行っても良いのでしょうか

いつもお世話になります。

親族がすべて遠方である・経済的に苦しい、という理由から、
49日法要は家族(3人)だけでお寺に伺ってお経を上げてもらうだけの質素な形で行いたいと思います。
しかし、色々な事例を見ると、49日は重要なので親戚や友人を呼んできちんとやるべきだ、
というような書き方がされていてとても迷っています。
家族だけで49日、というのは一般的に許されることなのでしょうか。

また、この場合、会食(精進落とし)をしない予定なので
お寺へのお布施に「お膳料」をプラスするべきでしょうか。

何卒ご教授お願いいたします。

Aベストアンサー

1法要はより多くの方に参列いただくのが望ましい=理想論です。現実には呼ばれる方も大変です。
2我が家の場合も同居家族のみでしました。
3住職いわく「葬儀・法要は故人追悼の大事な行事ですが、みかけを大掛かりにするのと、それぞれのご遺族一人一人が哀悼の意を込めるのとは別物」義理や見栄で大勢集まるより、現地にいけなくても一人一人が心中で哀悼の意を表せば目に見えなくても「仏様」にはわかります。」

4ご住職によりますが「お布施」「お膳料」「お車料」と3つに分けました。金額は事前に直接お聞きしました。一応宗派で戒名のランク・葬儀の祭壇のランクで基準があるようです。

Q四十九日って喪服ですか?

こんばんわ。
義母が亡くなり、週末にお寺でささやかに四十九日の法要をします。
本当にささやかで、出席は私と夫(喪主)、親戚同様の老人の計3人です。

四十九日法要って、喪服を着るべきですか?
地味な色の普段着の方が、かえって自然でしょうか?
お寺に聞くのもヘンかなぁ?と思って、夫婦2人で悩んでいます。

尚、法要当日は、その後石屋さんと霊園管理事務所、近隣の方に顔を出して、日帰りします。

Aベストアンサー

四十九日は略式喪服が一般的なようです。
家も先日、祖父の四十九日の法要をいたしました。
身内だけのささやかな物でしたが
洋装の喪服、学生は地味な色彩の服で行いました。

よろしければこの辺もご参考になさってください。
冠婚葬祭マナー百科「法要/仏式の法事」
http://5go.biz/kankon/r12.htm

参考URL:http://5go.biz/kankon/r12.htm

Q百か日法要の御布施について

だいたいの目安が知りたいのですが、四十九日や一周忌等は載ってても”百か日”は見つけられませんでした。
浄土真宗(西本願寺)です。

Aベストアンサー

こんばんは。

補足いたします。
私は浄土真宗(大谷派・東本願寺派)兵庫県です。
私の経験上ですが、初七日・たちび・三十五日・四十九日・百か日・一周忌・・・となります。

法要に出席する場合四十九日(仕上げ法要)一周忌には読経も三部経があがり、食事も頂きますので“ご仏前”“お供え”“上”を持参します。他の法要は(極近親者で執り行う場合が多いです)“お供え”を持参します。
私の住む地域では仕上げ法要の時“お礼呼び”と称しご仏前辞退をされる場合があります。

なお、施主の場合。三部経は5万円・お膳料1万円・お車代5千円を御寺院様にお渡し致します。
ご質問にあります“百か日”には“1万円”です。

法要に出席(呼ばれた立場)では、ご仏前3万円・お供え5千円・上2000円です。

不明な点は直接ご寺院様にお聞きするようにしております。(門徒総代の方にお聞きになられても良いかと思います)

Q初七日の後の法事は何?

 先日、義父が亡くなりました。告別式のあと、初七日の法要を済ませたのですが、そのあと主人(喪主です)がお坊さんから10日後の日曜日にまた法要をやると言われたそうです。これは、何日法要というのでしょうか?初七日の後は四十九日の法要とばかり思っていたのですが、宗教や宗派によって違うのでしょうか?ちなみに、主人の実家は日蓮宗です。
 また、この時の費用はどのくらいかかるのでしょうか?(家族だけで行うつもりです)

Aベストアンサー

七日ごとの法要ですね。

お寺から「中陰表」をいただいてませんでしょうか?

亡くなられた日の前日を一日目として(お寺によって多少考え方に違いがあり)七日目が初七日、そのあと七日ごとに二七日、三七日・・・と続き、七七日が四十九日となります。
四十九日が忌明けです。

七日ごとの法要は地域によって、親戚をよんでされるところと、家族だけでするところがあります。

#5さんの答えにもあるように毎週される家もあれば、奇数のみ、または初七日の次に初月忌(はじめての月命日)をして忌明けの法要、という場合もあります。

家族でどのようにするか相談し、お寺様にお伝えすればいいですよ。

ただし、日蓮宗は作法などに厳しいと聞いたことがありますので、都合がつくならきちんとお勤めをしていただいたほうがいいかなと個人的には思います。

費用ですが、二七日から六七日までは5千円~1万円くらいです。
御膳料や御車料はとくには必要ありません。(してもかまいません。)

余談ですが、関西では忌明けを三十五日で切り上げることがよくあります。
これは葬儀から四十九日まで三ヶ月にまたがることを嫌うためです。「四・九・三」で「しじゅう苦労が身につく」という語呂合わせで、皆さん気にされているのです。
単なる語呂合わせなので、本来ならば気にする必要はまったくありません。
古参の親戚筋からチクリと嫌味は言われるかもしれませんが。

大変でしょうが頑張ってください。

七日ごとの法要ですね。

お寺から「中陰表」をいただいてませんでしょうか?

亡くなられた日の前日を一日目として(お寺によって多少考え方に違いがあり)七日目が初七日、そのあと七日ごとに二七日、三七日・・・と続き、七七日が四十九日となります。
四十九日が忌明けです。

七日ごとの法要は地域によって、親戚をよんでされるところと、家族だけでするところがあります。

#5さんの答えにもあるように毎週される家もあれば、奇数のみ、または初七日の次に初月忌(はじめての月命日)をして忌明...続きを読む

Q84才の父が食事を食べなくて衰弱する一方

父(84歳)が、この前の暑さでまいってしまったのか、食事を受け付けなくなり、一切食事を拒否します。意識はしっかりしていますが、しんどい様子で眠っている時間が多いようです。
医師に相談すると、食事をとらないほかにも、点滴もしても10分と長続きしなくて(自分で抜いてしまう)もうやめてしまったと言いましたので、当方がべったり付き添いで見守っていた所2本まで点滴が入りました。多少安心しました。(私が居なくなるとまただめかもしれません)
老人が食事を取らなくなる理由は何なんでしょうか?エンシュアという液体栄養物質も嫌がって口にしませんし・・。
父親が言うには、圧迫感があるというのです。
それだけで、食欲は無くなるものなのでしょうか?

聞くところによると、老衰の症状として、衰弱と食欲の減退から食事を取られなくなり、更に衰弱が進行し、死に至るケースが老衰であるという考えがありますが、どうなのでしょうか?(このケースは老衰によるものなのでしょうか)

医師も初めてのケースらしく戸惑っております。(処置する方法が見つからない) 頑なにここまで食事を拒むケースは見たことが無いようです。精神面からアプローチすべきか?  老人性痴呆を疑ってみるほうが良いのでしょうか?医師も病院を出て行ってほしがります。正直この状態で出て行けば、必ず死が目の前です。

身体は、がりがりで、生きているのが不思議な状態です。栄養経路を断絶し、このまま、家で見取って最後を迎える方が本人の為なのか、わかりません。

どうぞ、お知恵をお貸しください。

父(84歳)が、この前の暑さでまいってしまったのか、食事を受け付けなくなり、一切食事を拒否します。意識はしっかりしていますが、しんどい様子で眠っている時間が多いようです。
医師に相談すると、食事をとらないほかにも、点滴もしても10分と長続きしなくて(自分で抜いてしまう)もうやめてしまったと言いましたので、当方がべったり付き添いで見守っていた所2本まで点滴が入りました。多少安心しました。(私が居なくなるとまただめかもしれません)
老人が食事を取らなくなる理由は何なんでしょうか?エ...続きを読む

Aベストアンサー

僕の母は胃腸科の入院で点滴の限界を医師から告げられ、飢餓状態で命も危なく(飢餓と発熱)当院では手に負えないこと、そして胃ロウ手術の実績のある医師のいる救急病院の紹介をされ、待ったなしで父と僕の兄弟姉妹で相談して胃ロウ手術のできる病院に入院し、手術の内容と過去の手術実績、成功率の説明(インフォームドコンセプト)をうけ、手術承認書を書いて、手術室控え室の隣(カーテンを引いただけ)の手術室で手術をして貰いました。父、僕、妹が隣で手術が終わるのを待ちました。手術後は胃ロウの回りに肉や皮が盛り上がって外部と胃の内部が栓付きチューブでつながった状態になって内出血も無ければ10日~2週間位後(はっきり覚えていない)包帯をとって退院OKがでて、ホームへ一ヶ月以内に戻れました。
医療や介護が家族でできない以上、他人の医師や看護婦や介護士に任せるしかありません。できるだけ頼み込んで要望を入れてしまうしか無いですね。腹を立てていてもお父上の飢餓状態と命の危険が進むだけです。飢餓状態になると脳に十分なブドウ糖や酸素や血流量が確保されずお父上の正常な脳機能(判断能力)が無くなってしまい、栄養失調状態が続けば脳萎縮などが進行して痴呆が進行しないとも限りませんので、まず飢餓状態から脱出するために、早急な胃ロウ手術が必須となります。できるだけお父上の手術に絶えるだけの体力があるうちに手術をされた方がいいと思います。僕の母の場合が、手術病院から胃腸科医院に迎えにきてもらい、手術に耐えるだけの体力を確認して1~2日経過を見てから手術を行いました。
貴方のお父上の場合、お父上の体力があるうちに、胃ロウ手術をされた方がいいような気がします。精神科の治療は時間がかかりますし、飢餓状態が続くほど脳も萎縮して痴呆が進むのではと思います。
精神科は元気で十分な体力と痴呆もなくまともに精神科医師との会話が成立することが前提で、治療に半年以上かかるかと思います。その前に飢餓状態が進めば、命が危なくなってしまう恐れが十分あります。
飢餓状態を回復するには、精神科より、栄養を確保するための便法としての胃ロウ手術の方が良いかと思います。飢餓状態になるとお父上がまともに意思表示さえできなくなってうつろな状態になって、精神科どころでないと思います。
まず、生命を維持できるだけの栄養を身体に取り込むことが必須だと思います。精神科が必要なら命の危機がなくなったそのあとでよいのではないでしょうか?
胃ロウの手術できる病院の医師に一度お会いになって説明を受けたり、手術概要を書いたパンフレット(説明書)を貰ってこられたら如何でしょうか?

僕の母は胃腸科の入院で点滴の限界を医師から告げられ、飢餓状態で命も危なく(飢餓と発熱)当院では手に負えないこと、そして胃ロウ手術の実績のある医師のいる救急病院の紹介をされ、待ったなしで父と僕の兄弟姉妹で相談して胃ロウ手術のできる病院に入院し、手術の内容と過去の手術実績、成功率の説明(インフォームドコンセプト)をうけ、手術承認書を書いて、手術室控え室の隣(カーテンを引いただけ)の手術室で手術をして貰いました。父、僕、妹が隣で手術が終わるのを待ちました。手術後は胃ロウの回りに...続きを読む


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