「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

中学校とかで習ったのですが、うる覚えになってしまい、ちゃんとした意味を忘れてしまいました。知っている方お願いします。

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アンサープラス

この句を詠んだ場所である平泉は「おくのほそ道」の折り返し地点でもあったようです。



・おくのほそ道 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8F …

A 回答 (3件)

 これは松尾芭蕉が奥の細道の旅の途中、平泉(今の岩手県平泉町)で詠んだ句です。



 この地で長く栄えた奥州藤原氏も滅んでしまった、英雄源義経もここまで追われてついに討ち果ててしまった……という感傷の句です。

ちなみに
兵達   → 兵ども
うる覚え → うろ覚え
です。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~bk8s-sndu/hiraizumi. …
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この回答へのお礼

わかりやすい回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/10/10 23:36

これは芭蕉が奥州平泉に立ち寄ったときに詠んだ句ですね。


平泉といえば義経が臣下と共に立てこもって討伐軍と戦った地。
「兵どもが夢」というのはそのことを指しています。
かつてつわものどもが功名の野望をいだいて奮戦し、儚く散っていった居城も今は夏草が生い茂るばかりだ、というような情景を謳っています。
例年生い茂っては枯れをくり返す夏草は、それ自体が人の夢のはかなさを象徴しているとも言われますね。

#うる覚え→うろ覚え
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この回答へのお礼

わかりやすい回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/10/10 23:34

夏草や兵どもが夢の跡  


(なつくさや つわものどもが ゆめのあと)

この句の意味は、
『今見れば、このあたりは夏草が生い茂っているだけだが、昔は藤原氏たちが、その繁栄や栄華を夢にみた場所なんだなあ。でも、自然の営みの中では、そんな繁栄や栄華も、むなしく一時の夢になってしまい、今はだた夏草が無心に茂るばかり。』
ということらしいです.
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この回答へのお礼

わかりやすい回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/10/10 23:35

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高校の面接で、長所短所を書く欄があるのですが…
うまくまとめられなくて悩んでいます。

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ちなみに…

気が弱い
優柔不断
負けず嫌い
好きなことには没頭する
おおざっぱだか変なところに神経質
人見知りだがなれるとよくしゃべる


とこんな性格です。


この性格をどうゆうふうに長所と短所にすればいいでしょうか?

良い書き方を教えてください。


お願いします。

Aベストアンサー

「私の短所は多少優柔不断なところがあり、実行するまで時間がかかったりします。ただし、よく考え、慎重に行動するのでおかげで失敗は少なくすむので長所にも置きかえれます。人間関係にも言え、人見知りしますが、時間がたてば、相手も気を許してくれ、なんでもいい合えるような仲になります。」

結構憶測も入ってますが、こんな感じはどうでしょうか?

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この作品の上五についてお訊ねします。ネットで見ると「閑かさや」と「閑けさや」の両派があります。
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2 現代では「しずかさや」と音読するものだとの説は誰の、どんな考証に基づいていますか。
3 現代では「しずけさや」と音読するものだとの説は誰の、どんな考証に基づいていますか。
4 他者の考証を俟つまでもなく何がしかの根拠を背景にして、どう音読するべきか自説をお持ちの方は居られますか。単に書籍に振り仮名がしてあるとの主張は困ります。そう仮名を振る根拠が知りたいです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

以下の文献で、「しづかなり」「しづかさ」、および「しづけし」「しづけさ」の例を拾ってみました。

「しづか」系は、以下に示す(数字はページ・行)24例の所在が確認できましたが、「しづけし」系は1例もありませんでした。

ここからどうお考えになるかは、質問者様にお任せするとして、私はデータを提供するだけで失礼いたします。なお以下に挙げる各例はまったく吟味しておりません。芭蕉以外の人物の使用例も含まれています。同じ句が重複していることもあります。いちいち例文を挙げればよいのでしょうが、さすがに面倒なのでやめました。あしからずご了承ください。

日本古典文学大系45巻『芭蕉句集』
46・8
102・11
173・8
348・5
374・4
406・3
429・2
457・2
497・2
513・5
日本古典文学大系46巻『芭蕉文集』
76・14
83・3
87・3
145・2
147・15
156・13
174・1
179・15
182・11
184・8
186・7
189・2
213・15
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Q有名俳人の有名な俳句を教えてください。

有名な句を調べています。
有名な俳人までは調べて見ましたが、有名な句ってどういうものがあるのでしょうか?よろしくお願致します。


■小林一茶
■高浜虚子
■種田山頭火
■正岡子規
■松尾芭蕉
・古池や蛙飛こむ水のおと
・夏草や兵どもが夢の跡

■与謝蕪村

Aベストアンサー

ざっとですが、

小林一茶

めでたさも中くらいなりおらが春
名月を取ってくれろと泣く子かな
我と来て遊べや親のない雀

高浜虚子

春の浜大いなる輪が画いてある
流れ行く大根の葉の早さかな     
蓑虫の父よと鳴きて母もなし

種田山頭火

分け入っても分け入っても青い山
もりもり盛り上がる雲へ歩む
炎天のレールまっすぐ
うしろすがたのしぐれてゆくか
しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

正岡子規

もののふの河豚にくはるる悲しさよ
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鶏頭の十四五本もありぬべし
痰一斗 糸瓜の水も 間にあわず


松尾芭蕉

松島や ああ松島や 松島や
秋深き隣は何をする人ぞ
旅に病で夢は枯野をかけ廻る
山路来て何やらゆかしすみれ草
閑さや岩にしみ入る蝉の声
五月雨をあつめて早し最上川

与謝蕪村

春の海ひねもすのたりのたりかな
菜の花や月は東に日は西に

あたりでしょうか(虚子や山頭火は好きな人でないとちょっと馴染みがないかもしれません)。

ざっとですが、

小林一茶

めでたさも中くらいなりおらが春
名月を取ってくれろと泣く子かな
我と来て遊べや親のない雀

高浜虚子

春の浜大いなる輪が画いてある
流れ行く大根の葉の早さかな     
蓑虫の父よと鳴きて母もなし

種田山頭火

分け入っても分け入っても青い山
もりもり盛り上がる雲へ歩む
炎天のレールまっすぐ
うしろすがたのしぐれてゆくか
しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

正岡子規

もののふの河豚にくはるる悲しさよ
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鶏頭の...続きを読む

Qおくのほそ道、「卯の花に」は良い句?

おくのほそ道を読んでいて、平泉はすばらしい場面だなあ、と感心させられます。ところで、あの場面で詠まれた曾良の句なんですが、
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 俳句というのは風景を切り取った写真のようなものと考えています。するとここに見える風景はたとえば心霊写真のようなものになってしまう。この句の良さ、そして芭蕉がこの句をここに挿入した意図を教えていただきたいものと思います。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こちらを参考にされてはいかがでしょうか。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1421212244

私は趣味で俳句を嗜んでいます。
私見になりますが、「テレビアニメで登場するの俳句人のイメージ」でしょうか。案外と一般の多くの方が、俳句というと、実際に見た風景や花などを詠むもの。とのイメージがあるようで、なるほど。もっともだと思います。
が、(ど素人の私のような自称俳句師もどきであっても、)実際には、目前の原風景のみならず空想であったり、理想、妄想、回想等、人の心に介在するものは、おしなべて「俳句」となりえます。短歌や小説、絵画等と同様です。
 芭蕉や楚良などであれば、古文や漢文、短歌などへの傾倒も半端なものではないでしょうし、尊敬する人物への思いは相当なものでありましょう。

そう考えると、芭蕉、楚良には当地に於いて、双方の共通の意識感覚に「兼房」への思いを強く揺さぶられたのだと想像します。そんな時は「形にしたい」そんな意識の衝動が起こります。それが自然と形になったのだと思います。

ご指摘のとおり、「心霊写真」のようなもの。素晴らしい!!!
そのとおりだと思います。短歌、俳句、漢文、文学。。。。時空間を瞬時に移動できるタイムマシンのようなもの。(そう私は思います。)
その「心霊写真」のようなもので、芭蕉も楚良も兼房への対面をされたのでしょう。(もちらん心の内で。)

ところで、良い句かどうかは、良くわかりません。この句の背景がわかれば良いと思えてくるかもしれませんね。私もこの句を調べてみようっと。

こちらを参考にされてはいかがでしょうか。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1421212244

私は趣味で俳句を嗜んでいます。
私見になりますが、「テレビアニメで登場するの俳句人のイメージ」でしょうか。案外と一般の多くの方が、俳句というと、実際に見た風景や花などを詠むもの。とのイメージがあるようで、なるほど。もっともだと思います。
が、(ど素人の私のような自称俳句師もどきであっても、)実際には、目前の原風景のみならず空想であったり、理想、妄想、回想等、人...続きを読む

Q「こんばんは」「こんばんわ」どちらが正しいですか

今さら聞きにくいことですが、「こんばんは」の「は」と「こんばんわ」の「わ」のどちらが正しいですか。語源は「今晩は寒いですが如何お過ごしですか」等から来ているため「こんばんは」でも間違いでないと思っていますが如何でしょうか。小学生の教科書ではどちらを使っていますでしょうか。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんばんは です。
わざとこんばんわと書く人も多いみたいですが・・・
ちゃんと書いたほうが日本語として凛としていて綺麗ですよね。
というかいくらなんでも「こんばんは」と書けない大人がいると子どもとして情けなく思います。

語源がわかっていらっしゃるのなら
疑うこともないのでは・・・?

参考URL:http://gogen-allguide.com/ko/konbanwa.html

Q松尾芭蕉の旅への思いとは?

松尾芭蕉の旅へのおもいをおしえてください^^


明日のてすとに出ます涙

Aベストアンサー

No1です。
テストに出るのなら、冒頭の文章から出るのでしょう。

 冒頭の文章を現代語訳すると

年月は通り過ぎ二度と帰らない旅人である。
例えば船頭や馬子も日々の暮らしの中で旅をしているようなものである。

 これは人生を旅としていますね。
しかし、この後に続く文章では旅について具体的な計画を立てています。

 たとえば、遠い遠い松島が見たいので、老齢な自分はもう帰って来られないかもしれないため住んでいる家も処分するとか。

 そう思えばやはり「人生は旅である」ってことでいいと思います。

Q石垣りんの詩

「挨拶」第4連の意味を教えてください。
前後を読むと、「明日の表情」とは「一瞬にして被曝した焼けただれた顔」への暗転、だと思うのですが、解説書などには違うことが書いてあります。曰く「今の平和に安心しきった顔」などと。それでは、第3連で既に述べていることと同じであって、今さら「慄然とする」ことはないと思うのです。
どうぞ、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

No.3、4です。
当方、回答を要領良く纏められませんでしたが、趣旨を理解していただけたとのこと。
ありがとうございます。


>私が当初に感じた「2度目の被曝で焼けただれた明日の顔の幻」が一瞬、目に浮かんだ、という解釈も否定できないのではないでしょうか。

この詩は「過去 ― 現在 ― 未来」を人々の表情(思い)から読み取ることで、全ての時が単独で存在するのでも無縁でないことを説いています。
作者が慄然とするのは、時代時代を切り取って無縁の物、無用の長物として扱ってしまうことだと思います。


『挨拶』第3連、後半のこの箇所

>戦火の後もとどめぬ
すこやかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を

の直後に、

>その顔の中に明日の表情をさがすとき
私はりつぜんとするのだ

と言葉が続きますが、「明日の表情」という対比表現を使うことで、読者を一瞬にして原爆投下直後のヒロシマに誘い、「被爆で焼けただれた顔」をフラッシュバックさせる効果を狙っているというのは確かにあると思います。
また、この詩が過去から始まる以上、「明日の表情(未来)」と「ヒロシマの被爆者の焼けただれた顔(過去)」が無縁ではないということは、詩を最後まで読めば解る仕掛けになっています。

しかし、最後まで読まずとも、ご質問者が「被曝で焼けただれた明日の顔の幻」が一瞬、目に浮かんだのは、その時々が決して無縁ではないという作者からのメッセージが、文章としてよりも「視覚的にダイレクトに伝わった」結果だと思います。
視覚に訴えるだけの力強さを持った構成であることを感じ取ってもらえたのなら、作者も本望なのではないでしょうか。

これは私の解釈ですが、作者は友の明日の表情の中に「被曝で焼けただれた顔に対する苦渋の思いと平和への誓いを求めた」、つまり、「自分がいつ被曝者になるのか解らないという緊張感、被曝で焼けただれた明日の自分たちの顔を思い描くことを望んだ」しかし、現実にそこにあったのは、ご質問者が読んだ解説書にあるような「今の平和に安心しきった顔」だった。このことで作者はその危機感の無さに「りつぜんとするのだ」と。


詩人は、「被曝で焼けただれた明日の顔の幻」を読者に見せて、それを回避する努力を惜しまないでくれとメッセージを送っていたはずなのです。
例え、目の前にいる友の顔が「今の平和に安心しきった顔」であっても。


>つまり、「ルビンの壺」のように、二通りの解釈が可能な詩ではないか、と思うのですがどうでしょうか。

「なるほど」と思いました。
「明日の表情」が「今の平和に安心しきった顔」である限り、「被曝で焼けただれた明日の顔」は無縁ではないですよね。
平和と悲劇は隣り合わせだというこの詩は、仰るとおり、「明日の顔」に「ルビンの壺」のように二つの顔を持たせていると思います。

ご質問者の解釈は私とはまた違うところにあるかもしれませんが、
私の友の顔は「今の平和に安心しきった顔」だけれど、友にもあなたにも「被曝で焼けただれた明日の顔」を生み出さないように、危機感を持って現実に立ち向かって欲しい、そうあるべきだ。
――というのが「明日の顔」に込められた詩人の想いだと捉えると、この詩の奥深さがぐっと増しますね。

No.3、4です。
当方、回答を要領良く纏められませんでしたが、趣旨を理解していただけたとのこと。
ありがとうございます。


>私が当初に感じた「2度目の被曝で焼けただれた明日の顔の幻」が一瞬、目に浮かんだ、という解釈も否定できないのではないでしょうか。

この詩は「過去 ― 現在 ― 未来」を人々の表情(思い)から読み取ることで、全ての時が単独で存在するのでも無縁でないことを説いています。
作者が慄然とするのは、時代時代を切り取って無縁の物、無用の長物として扱ってしまうことだと思います。

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Q会員チケットをキャンセルしたら次回に影響しますか?

こんにちは。先日、友達に頼まれたコンサートのチケットの先行予約をチケット会社の会員である私が行いました。すごく難しいと聞いていたので、2社申し込みを行い、2社とも予約は取れたのですが、だけど、その友達から「予想外でチケットがたくさん取れたので(私の)チケットはキャンセルしたい。そのままお金を振り込まなければ大丈夫」と言われました。しかし、会員である場合、キャンセルをすると次回のチケット予約や抽選の時に影響が出ると聞いたことがあります・・・自分がチケットを買う時に影響が出たらと思うと、悩んでしまいます・・・。キャンセルすると影響が出る(チケット会社のブラックリストにみたいなものに載ったり・・・)実際にそのようなことは起こるのでしょうか?詳しい方、どうか教えてください。ちなみにキャンセルするのは今回が初めてです。

Aベストアンサー

こんにちは。
とあるサイトでも同様の書き込みを見ました。
おそらく7月の3日間のライブの事かと思いますので、それを前提として書き込みます。
もし違っていたら申し訳ないです・・。

チケット会社(ローソン、ぴあ、e+)に取れたチケットをキャンセルすると今後に響くと私も聞いた事があります。
だけど、一度や二度ぐらいでは影響ないと思います。
実際統計を取った事がないので、自信はありませんが・・
ただ、あまりに多いとブラックリストに載り会員を解約させられる事もあるので、それはご注意下さい

ちなみに私は、以前キャンセルした事がありますが、その後抽選で当選した事はあります。


※追加ですが、ぴあ会員は引き落としがクレジットが殆どです。
それは、キャンセル防止の手段なのかもしれませんね。

Q「月日は百代の過客にして」は、誰の言葉なのですか?そして、どういう意味ですか?

「月日は百代の過客にして」という言葉をヤフーの掲示板で見ました。
いい言葉のように思いましたが・・・誰の言葉なのですか?そして、どういう意味ですか?
教えてください。

Aベストアンサー

No.5のご回答参考URLに少し説明がありますが、
これは中国、唐の時代詩人、李白の『春夜宴桃李園序』の「夫天地者万物之逆旅、光陰者百代之過客」
(天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客なり)
を意識して作られたものです。

過客:旅人
逆旅:旅人を迎えるもの。つまり宿屋。

 李白の詩に出てくる光陰は、光陰矢の如しと
同じで、光→日、陰→月を意味し、芭蕉は
月日と読み替えたんですね。


 詩は当然、漢詩などの教養の深い人が
読むだろうという事で、芭蕉は多分以下の
ように考えていたんだと思います。

 李白の詩に
天地は万物の逆旅、

光陰は百代の過客なり

というのがありますが、私(芭蕉)は、
月日(光陰)は百代の過客で
行かふ年も又旅人なんだと思います・・・

と言った感じです。

Qうろ覚え?うる覚え?どちらでしょうか!?

私はずっと「うろ覚え」と使っていたのですが

最近ネット上で「うる覚え」という表現を見かけるようになり
どちらが正しいのかわからなくなってきましたぁ~!

どちらが正しいのでしょうか?

※ちなみにCD-ROMの辞典で調べると「うる」は出てこなかったんです・・・。

Aベストアンサー

うろ覚えが正解です。

過去にもありましたね、この質問。

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=167373


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