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松尾芭蕉の旅へのおもいをおしえてください^^


明日のてすとに出ます涙

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A 回答 (2件)

No1です。


テストに出るのなら、冒頭の文章から出るのでしょう。

 冒頭の文章を現代語訳すると

年月は通り過ぎ二度と帰らない旅人である。
例えば船頭や馬子も日々の暮らしの中で旅をしているようなものである。

 これは人生を旅としていますね。
しかし、この後に続く文章では旅について具体的な計画を立てています。

 たとえば、遠い遠い松島が見たいので、老齢な自分はもう帰って来られないかもしれないため住んでいる家も処分するとか。

 そう思えばやはり「人生は旅である」ってことでいいと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます^¥^

参考にさせていただきます

お礼日時:2012/07/10 23:09

 松尾芭蕉は「おくのほそ道」を岐阜大垣で終え、その後の旅の途中、大阪で亡くなります。


その辞世の句。辞世の句というのは死ぬ間際に詠んだ句ってことですが・・・


旅に病んで夢は枯野をかけ廻る


 この辞世の句をどう解釈するかですね。
文字通り、旅の途中で病んでしまったが、私の思い(夢)は今尚旅を続けている と、訳すのもいいですし、旅の途中で病んでしまったので、私の思いだけが枯れ果てた野原をかけめぐっていると訳すのもいいと思います。

 すなわち、芭蕉にとって旅とは人生そのものってことです。
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Q松尾芭蕉はどうして旅に焦がれたの?

松尾芭蕉は身を野ざらしになってまでもと、悲愴な決意で旅に出ています。
奥の細道のたびは半年がかりでした。
そして死の床でも「旅に病んで夢を枯野をかけめぐる」と読んでいます。
どうして旅に執着したのでしょうか?
旅をしないとよい句ができなかったのでしょうか?
漂泊のおもいはどこから生まれてきたのでしょう。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

芭蕉の旅は俳諧を極めて行くうちではやむを得ぬ必然性がありました。深川あたりで点者生活でもなんとか生活は出来ましたが、問題は作品についての不満が多く、また芭蕉の一番の得意は「連句」でした。連句はご案内のように千変万化する特異な形式で、これは当然同じ連衆ではマンネリなってしまいます。芭蕉はこれを一番嫌いました。その根底には大きく「西行」も関与してきますが、なんと言っても作品の停滞を恐れたのです。弟子に「季語の一つも見つたる手柄」ともで言っているように、定住する事による作品の停滞を嫌いました。さすれば「旅」という「非定住」な生活形態を「定住」としたのです。旅することが棲家なのです。山頭火などと決定的に違うのは放浪ではなく、旅が「定住」であった事です。このほか多々ありますが、ここの字数では蕉風山脈にとても分け入る事はできづ私見だけお答えいたしました。

Q松尾芭蕉の人生観

明日期末テストがあるのですが、国語で松尾芭蕉の人生観についての問題が出る!と先生に予告されています。しかし、いくら考えてもよくわからないのです。少しでも多くの方の意見を聞きたいのでよろしければ回答お願いします。

「おくの細道」 -松尾芭蕉-
古)月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
訳)月日は永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、過ぎ去っては新しくやってくる年もまた旅人に似ている。

Q.1)ここからわかる芭蕉の人生観は何?
こんな感じで出されます。

また、
Q.2)何故芭蕉は全てを捨てて旅に出たのか?
こういう問題も出されるかもしれません。

Q.1が特にわからないので、どんなことでもいいので回答お願いします!

Aベストアンサー

こんばんは。

私は、松尾芭蕉の『奥の細道』の旅の出発点(東京・深川-芭蕉稲荷神社から少し西より)の隅田川に立って、彼がどんな風に思って旅に出たか考えてみたことがあります。

ただ、学校の試験とは違いますので、正解とはいえないかもしれません。私は、感情移入してしまって、回答にはなりません。

1). 彼も、弟子の曾良も、お坊さんの格好をしていたし、やはり、彼が言っているのは、「無常観」だと思っています。過去の詩人(西行)たちも、みな同じような考え方だったと思います。

「月日は百代の過客にして」自体は、中国の詩人、李白からで、「万物流転」の様だそうですから、それ自体は、「無常観」とは違うものだと思います。中国人は、そこから「もののあわれ」は、受け取りません。しかし、彼は、禅の心得は十二分に持ち合わせていたそうですし、日本人独特のの感性(霊性)からすると、「無常観」ではないかと思いました。ただ、彼は、禅だけではなく、歴史の知識も豊富だったのか、それが高じて、東北の旅に出たのかもしれない、と思いました。

こうした人たちを、隠遁者の文学とか言いますが、これは、決してネガティブなものの見方ではなく、鎌倉時代以降の日本人の情感だと思います。今でいうなら、『フーテンの寅さん』や『水戸黄門』のようなものです。根強い人気のあるのは、こうした日本人の情感に触れられているからです。

2).何故芭蕉は全てを捨てて旅に出たのか?
>こういう問題も出されるかもしれません。

それは、ちょっと問題としては重過ぎますね。これについても、考えたことがあります。川から船に乗った時には、深川の近所の人たちは、もう永遠の別れだと思い、みんな千住まで同行してきてくれて、別れを惜しんだのです。私は、その時の光景が目に浮かぶような気がします。

深川の界隈って、あの鬼平犯科帳の舞台に近いです。しかし、その後、歴史からすると、関東大震災とか関東大空襲とか、いろんな歴史を経た場所でもあります。私は、芭蕉の時代は、歴史的には一番良い時代ではなかったかなって思うことが多いです。今は、隅田川のほとりは、ホームレスさんたちの青いテントが一杯です。夜になると賑わいなど何もないさびしい場所です。芭蕉の時代には、想像もつかなかったありさまだと思います。まさに、『月日は百代の過客』だと思います。ただ、深川の人情は、いまだ消えたわけではなさそうです。

彼は、旅の途中で死ぬかもしれない、と思いながら、漂白の思いに誘われて、

 「草の戸も住み替わる代ぞ雛の家」

と芭蕉庵(かなり小さいです)の柱に掛けておいたわけです。この時の年齢としては、彼は 46歳で、もうそろそろ自分の寿命について感じていたころで、事実、51歳で亡くなっています。旅の俳句自体は、実際の場所でひらめいて読んだわけではなく、数年掛けて、『奥の細道』の編集をして、現在のような形になったそうです。そして、彼は、もう江戸には戻ってこなかったのです。

数年前に、『奥の細道』の原本が出てきて、切り貼りとかしてあって、その下に何が書かれていたとか、ものすごく話題になりました。

こんばんは。

私は、松尾芭蕉の『奥の細道』の旅の出発点(東京・深川-芭蕉稲荷神社から少し西より)の隅田川に立って、彼がどんな風に思って旅に出たか考えてみたことがあります。

ただ、学校の試験とは違いますので、正解とはいえないかもしれません。私は、感情移入してしまって、回答にはなりません。

1). 彼も、弟子の曾良も、お坊さんの格好をしていたし、やはり、彼が言っているのは、「無常観」だと思っています。過去の詩人(西行)たちも、みな同じような考え方だったと思います。

「月日は百...続きを読む

Q「奥の細道」の冒頭について

奥の細道の冒頭で「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」とありますが、この「旅人」とはどういう意味なのでしょうか。

旅人と聞くと各地を転々と動き回っているイメージがあります。そこから「時間とは、止まっておらず常に流れているものだ」という解釈になるのでしょうか。しかしそれでは「時間は流れている」という、あまりにも当たり前すぎる内容のような気がしてしまいます。

また「月日」や「年」など、なぜ「時間」について言及しているのでしょうか。その後の文章では船頭や馬子や古人など、「人間」の旅についての記述があるのと比べると、時間について述べている冒頭部分だけがどこか突出している感じがします。

結局、芭蕉の言いたい「行きかう年もまた旅人なり」とはどういう意味なのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

私も、冒頭の一節は浮いているように感じています。何かしっくりはまりませんよね。

アイデアのもとである李白の漢詩の序文「夫れ天地は万物の逆旅(旅館)にして、光陰(月日)は百代の過客なり。而して浮生は夢の若し。歓びを為すこと幾何ぞ」と置き換えると、枕としては判りやすいのですね。「万物は旅籠であり、時間は旅人」であれば、その水墨画的宇宙観にそって、自分の人生は短い、残りは何に使おうか、と続いて、芭蕉の場合は「旅をしたい」と続けることができると思います。

一方「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」は、「時間は旅人だ」と同じ内容を二つ続けただけで、何の枕かよく判りません。もしかすると、本歌取りのように「李白の序文はみんな知ってるよね、あの李白の気持ちと同じなんです。李白は酒なのでしょうが私の場合は旅に出たいと思うのです」と解釈すればいいのかと感じます。
その場合、「月日は百代の過客」だけで充分なのですが、リズム感のために二つ並べただけなのだろうと考えられます。単なるパクリかも(笑)

Q「月日は百代の過客にして」は、誰の言葉なのですか?そして、どういう意味ですか?

「月日は百代の過客にして」という言葉をヤフーの掲示板で見ました。
いい言葉のように思いましたが・・・誰の言葉なのですか?そして、どういう意味ですか?
教えてください。

Aベストアンサー

No.5のご回答参考URLに少し説明がありますが、
これは中国、唐の時代詩人、李白の『春夜宴桃李園序』の「夫天地者万物之逆旅、光陰者百代之過客」
(天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客なり)
を意識して作られたものです。

過客:旅人
逆旅:旅人を迎えるもの。つまり宿屋。

 李白の詩に出てくる光陰は、光陰矢の如しと
同じで、光→日、陰→月を意味し、芭蕉は
月日と読み替えたんですね。


 詩は当然、漢詩などの教養の深い人が
読むだろうという事で、芭蕉は多分以下の
ように考えていたんだと思います。

 李白の詩に
天地は万物の逆旅、

光陰は百代の過客なり

というのがありますが、私(芭蕉)は、
月日(光陰)は百代の過客で
行かふ年も又旅人なんだと思います・・・

と言った感じです。

Q芭蕉(おくのほそ道)について

今日学校の宿題として
松尾芭蕉、もしくはおくのほそ道について
調べなければいけなくなりました。
先生が言うには…

「教科書に載っていることは書くな。
みんなが思わず、"へえ~"と口にしてしまうような
面白いことや関心してしまうことを書け。」

だそうで、
調べても調べてもでてくるのは普通の内容ばかり…

なにか面白い情報、噂等、
知っている人がいたらぜひお願いいたします。

Aベストアンサー

No.4です。追加。(あまり硬くないものを....)

(1) 芭蕉の一番有名な句:古池や蛙飛び込む水の音
この句の英語訳は100種類以上あります。

Old pond
Frogs jumped in
Sound of water (Lafcadio Hearn)

The old mere!
A frog jumping in
The sound of water (正岡子規)

など....

昔、学生時代に流行っていた(?)訳は、
Free care
Cow was to become
Me is not. (おふざけです)

(2) 閑さや岩にしみいる蝉の声
この蝉はニイニイゼミとの説あり。

(3) 塩にしても いざことづてん 都鳥
芭蕉の初期の作品で、軽い面白みがあり個人的に好きな句です。
これは『伊勢物語』東下りにある「名にしおはば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」(在原業平)を前提とした句で教科書にも解説があるかと思います。
都鳥は「ゆりかもめ」という鴎の一種。いま東京都の新交通システムの愛称となっています。(乗ったことありますか?)
隅田川河口を通るのも風情があっていいですね。(埋立地ばかりだけど)

以上 おそまつでした。

No.4です。追加。(あまり硬くないものを....)

(1) 芭蕉の一番有名な句:古池や蛙飛び込む水の音
この句の英語訳は100種類以上あります。

Old pond
Frogs jumped in
Sound of water (Lafcadio Hearn)

The old mere!
A frog jumping in
The sound of water (正岡子規)

など....

昔、学生時代に流行っていた(?)訳は、
Free care
Cow was to become
Me is not. (おふざけです)

(2) 閑さや岩にしみいる蝉の声
この蝉はニイニイゼミとの説あり。

(3) 塩にしても いざ...続きを読む

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Q「夏草や兵達が夢のあと・・」の意味を教えてください。

中学校とかで習ったのですが、うる覚えになってしまい、ちゃんとした意味を忘れてしまいました。知っている方お願いします。

Aベストアンサー

 これは松尾芭蕉が奥の細道の旅の途中、平泉(今の岩手県平泉町)で詠んだ句です。

 この地で長く栄えた奥州藤原氏も滅んでしまった、英雄源義経もここまで追われてついに討ち果ててしまった……という感傷の句です。

ちなみに
兵達   → 兵ども
うる覚え → うろ覚え
です。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~bk8s-sndu/hiraizumi.html

Q「昏い」の意味

恩田陸さんの「禁じられた楽園」をよんでいたら
「昏い」という言葉がでてきました。読みは「くらい」でいいのでしょうか?
意味を調べましたが よく分かりません。
「暗い」との違いを教えてください。
また調べる事が可能なサイトあれば教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。
何で読んだかは忘れてしまったのですが、
「暗い(くらい)」→主に明暗明るさを現す。
「昏い(くらい)」→日が暮れて暗いさま。転じて、心理状態を現すときに使う。
まるで日が暮れてあたりが真っ暗になったときのように気持がふさぎこんだ状態。先が見えずどうすればいいか戸惑っている様子……。
だったような……。
記憶なのでちょっとあいまいですみません。
     

Q有名俳人の有名な俳句を教えてください。

有名な句を調べています。
有名な俳人までは調べて見ましたが、有名な句ってどういうものがあるのでしょうか?よろしくお願致します。


■小林一茶
■高浜虚子
■種田山頭火
■正岡子規
■松尾芭蕉
・古池や蛙飛こむ水のおと
・夏草や兵どもが夢の跡

■与謝蕪村

Aベストアンサー

ざっとですが、

小林一茶

めでたさも中くらいなりおらが春
名月を取ってくれろと泣く子かな
我と来て遊べや親のない雀

高浜虚子

春の浜大いなる輪が画いてある
流れ行く大根の葉の早さかな     
蓑虫の父よと鳴きて母もなし

種田山頭火

分け入っても分け入っても青い山
もりもり盛り上がる雲へ歩む
炎天のレールまっすぐ
うしろすがたのしぐれてゆくか
しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

正岡子規

もののふの河豚にくはるる悲しさよ
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鶏頭の十四五本もありぬべし
痰一斗 糸瓜の水も 間にあわず


松尾芭蕉

松島や ああ松島や 松島や
秋深き隣は何をする人ぞ
旅に病で夢は枯野をかけ廻る
山路来て何やらゆかしすみれ草
閑さや岩にしみ入る蝉の声
五月雨をあつめて早し最上川

与謝蕪村

春の海ひねもすのたりのたりかな
菜の花や月は東に日は西に

あたりでしょうか(虚子や山頭火は好きな人でないとちょっと馴染みがないかもしれません)。

ざっとですが、

小林一茶

めでたさも中くらいなりおらが春
名月を取ってくれろと泣く子かな
我と来て遊べや親のない雀

高浜虚子

春の浜大いなる輪が画いてある
流れ行く大根の葉の早さかな     
蓑虫の父よと鳴きて母もなし

種田山頭火

分け入っても分け入っても青い山
もりもり盛り上がる雲へ歩む
炎天のレールまっすぐ
うしろすがたのしぐれてゆくか
しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

正岡子規

もののふの河豚にくはるる悲しさよ
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鶏頭の...続きを読む

Qバーフォード反応について

 バーフォード反応を行うとなぜ二糖類は単糖類よりも遅れて反応するのですか?本には『反応が弱いため』としか記述がなくて困っています。教えてください。

Aベストアンサー

二糖類、例えばしょ糖などは、そのままでは還元性がありません。
(単糖同士を繋ぐ炭素が還元性の元となる部位でもあり、そこが切れた状態でないと直鎖型の構造となって、還元性の元となるアルデヒド基の形にならない)

バーフォード反応では酸性下で加熱した状態で銅(II)イオンを作用させるため、二糖類の加水分解が起こります。
この結果、単糖同士を結合していた部位もアルデヒド基の形をとれるようになり、還元性を示せるようになるわけです。

つまり、二糖類は「二糖類の加水分解→単糖類」という段階を経てから銅(II)イオンと反応するため、即座に反応を始められる単糖類に比べると、反応が遅い、ということになります。


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