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プロ野球ファンに限らず、いろいろな人に聞きたい質問です!。
現プロ野球解説者の西本幸雄さんは、監督時代、リーグ優勝は8度もしているのに、1度も日本一になれなかったのは、どうしてだと思いますか??

西本監督って言っても、その時代はよくわからないんですが・・・。
これは、ただ単に僕個人の意見です・・・。やっぱり、運とかツキとか、そういった類のものが、何かしらあるんだと思います・・・。
みなさんは、どう思いますか??。

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A 回答 (16件中11~16件)

あと、思い出した「事件」


阪急岡村捕手のホームベース上のタッチが「セーフ」と判定されて、さんざん抗議しまくった事件がありました。
あれがアウト判定だったら、変わった結果になっていたでしょう。
よく覚えていないのですが、これで岡村選手は退場をくらってたと思います。
「たら・れば」の世界ですね。
仰木監督の時の近鉄も、3勝0敗から、4連敗しました。
どこか悲運のチームがないとおもしろくない、という運命の女神がいるのでしょうかね。

この回答への補足

そういえば!、阪急対ヤクルトの日本シリーズで、大杉選手の幻のホームラン?の時の監督も、西本監督だったですか!?。

>阪急岡村捕手のホームベース上のタッチが「セーフ」と判定されて
nozomi500さん、すみません(^^ゞ。この試合は、いつの試合でしたか??。

補足日時:2001/10/11 21:11
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この回答へのお礼

>阪急岡村捕手のホームベース上のタッチが「セーフ」と判定されて、さんざん抗議しまくった事件がありました。
↓これですか!!
http://giants.yomiuri.co.jp/g-data/play/play-005 …
もう一つ
http://www2.netwave.or.jp/~fiva/okoshi.html

ビデオテープでは、一瞬先に土井の足がホームベースを踏んだみたいですが、これ本当ですかね~???。なんかあやしいなあ~~(^_^;)。
どっちにしたって、審判も、巨人びいきだったんでしょう!!!!。
(もう一度写真を見て・・・)
あれれ??、あの足って、岡村捕手の足ではなく、土井選手の足でしたか・・・(^_^;)。
しかし、ほんと皮肉だなあ~~(>_<)~~~。

岡村選手が審判を殴る気持ちめっちゃわかります!!・・・なんかもう運に見放されているとしか思えないですよ・・・ほんとに・(T_T)。。。

>仰木監督の時の近鉄も、3勝0敗から、4連敗しました。
しかし、あの日本シリーズも本当に不思議でした。。。
当時、近鉄の小野投手でしたか?(間違ってたらごめんなさい)。「巨人はロッテより弱い」と言ったのがきっかけ??らしく、4試合目から流れが変わったらしいですが、どっちにしろ対巨人戦は、運もツキも巨人に行っちゃうんですよね~~(>_<)。

>『どこか悲運のチームがないとおもしろくない、という運命の女神がいるのでしょうかね。』
この言葉、100%以上!!全く同感です!!。
これは、名言ですね~!!d(>_< )GOOD!ベリーね!

nozomi500さん、いろいろ教えてもらって、本当にありがとうございました!!。
不運の女神も、この世には存在しているんだということを知ったおかげで、いろんなことで、考える幅が一段と広がりました!!。

お礼日時:2001/10/13 08:34

「江夏の21球」はたしかにポイントでしたが、ただ、近鉄は2年連続、3勝しているわけですから、弱かったわけではないでしょう。

「負けるべくして負ける」なら、かつてジャイアンツの岡崎が西武の野球に「質がちがう」と言わざるを得ないほど完敗したような結果だと思います。
古葉さんも、大洋の監督ではBクラス続きでしたから、野球は監督でどうなるものでもない部分も大きい。
ドラフト前に有力選手をかき集めた時代のジャイアンツに勝つのは、盗塁王福本やサブマリン山田を擁しても、難しかったでしょう。セリーグのほかのチームが勝てなかったのだから。最初と最後は、運もあるでしょうね。
よく、日本シリーズに出るチームを育てた、と賞賛されるべきでしょうか。

不運といえば、最強の頃の古葉カープで、エース北別府は、あれだけの実績を持ちながら日本シリーズで1勝もしていないそうです。相性が悪くてうたれているばかりでなく、ぴしゃりと押さえていても打線の援護がなくて、0点で降板したこともありました。
そういう人がいるから、(本人には気の毒ですが)ドラマがあっておもしろい。
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この回答へのお礼

>ただ、近鉄は2年連続、3勝しているわけですから、弱かったわけではないでしょう。
プロ野球を見始めた当時から思ってたんですが、近鉄って本当は強いのに、結果的に負けてしまう、そんなチームに見えてました。。。
弱いチームが好きなんですが(^_^;)、ん~なんて言ったらいいんだろぉ~~(>_<)、言葉わるくなっちゃいますが(すみませんm(__)m)、自分に似てる??チームが好きです!。まぁみんなそうでしょうけどね!(^^)。
そういう意味も含めて、仰木監督でしたか?、あの10、8のロッテ対近鉄の試合をニュースステーションで見れたのがきっかけで、結構好きになりました!(^^ゞ。


>「負けるべくして負ける」なら、かつてジャイアンツの岡崎が西武の野球に「質がちがう」と言わざるを得ないほど完敗したような結果だと思います。
もしかして、第1試合目で、センターのクロマティが返球している間に、辻がホームインした日本シリーズですか??。
あの時は、僕も、西部の野球は全然違うぅ(@_@)!!って思いました!!。

>古葉さんも、大洋の監督ではBクラス続きでしたから、野球は監督でどうなるものでもない部分も大きい。
古葉さんが大洋に来た時は、すごく興味ありました!!。でも、成績は良くなかったですよね。。。
nozomi500さんのおっしゃるように、監督だけでどうなるわけではないんですね~。。。ん~~~、野村監督、どうなのかな~~??(^_^;)。

>よく、日本シリーズに出るチームを育てた、と賞賛されるべきでしょうか。
西本監督の下で野球をした選手の気持ちはもちろんわかりませんが、僕は賞賛したいです!!。
ダイエーの王監督は、賞賛されるべきなのかどうかは、わからないですけどね(^_^;)。

>不運といえば、最強の頃の古葉カープで、エース北別府は・・・。
そういえば、すっかり忘れてましたが、何かのテレビで知りました!!。
やっぱり不運の女神っているもんなんですね~~(^_^;)。。。

nozomi500さん、回答して戴きまして、大変ありがとうございました!!。
それでは、No.8に行きます!!(^o^)。

お礼日時:2001/10/14 21:32

西本幸雄という監督は、本当の意味で(別の意味で?)勝負師でした。

が、
幸雄という名前に反して、シリーズに関しては幸が薄かったのでしょう。

最初のパリーグ制覇だった大毎オリオンズの1960年、山内和宏、田宮
謙次朗、榎本喜八、葛城××(情けないけど名前忘れた)など、圧倒的な
攻撃力で戦力的には有利を伝えられながら、前年最下位だった大洋の
三原マジックに敗れました。このとき、大映社長だった当時のオーナー、
永田雅一(今のナベツネも真っ青の超ワンマンオーナー)の逆鱗に触れ、
詰め腹を切らされた形で更迭されたのがケチの付き始めと思います。
当時の大毎は戦力が安定し、少なくとも2~3年続けて指揮をとっていれば、
間違いなくシリーズ優勝を果たしたことでしょう。勝負の世界に「たら、
れば」は禁句ですが、これは衆目の一致するところです。

1963~73。万年3~4位を上下し「チームカラーは灰色」と皮肉られる
ほど超地味な阪急を率いて5度リーグ優勝しながら、日本シリーズでは
そのいずれも川上巨人に敗れました。当時の巨人はV9時代の最強にあたる
でしょう。速球・足立、剛腕・米田、変幻・山田の三本柱も小技に崩れ、
長池を始めとする打線も、伏兵堀内の鋭く曲がり落ちるカーブにタイミングが
合わず、悔しい想いをしました。ですが、後に球史に残る「江夏の21球」
の前に、阪急・巨人戦でも、シリーズを左右する1球があったのです。

1971年。一勝一敗で乗り込んだ後楽園の第3戦。9回一死まで3安打に
封じていた山田がランナーを1,2塁に許して迎えたバッターが3番王。
ワン・スリー(ワン・ツーだったかも)からの5球目を王は豪快にホームラン。
1-3でサヨナラ負け。これがシリーズの分かれ目となりました。
1-0のこの場合、右アンダスローの山田は、左の王を敬遠して右の長島と
勝負する手もあったわけです。でもそれが西本幸雄というもの。
王は日本最強のホームラン打者。打たれれば逆転サヨナラ。しかし山田も
優れた投手で、調子もいい。ならば勝負しかない。打たれて負ければシャーない。
しかしここを抑えればシリーズの命運を制することができる。ならば迷わず
勝負・・・これが西本流というものでしょう。

勝負して負ければ終わり。勝ち負けではない勝負だけを求めた・・・。
そしてもっとも勝負らしい勝負がついたわけで、これこそ西本が求める
形であったことでしょう。もし山田が王を抑えていれば「西本は勝負に勝った」
わけです。打たれただけ。勝負して負けた・・・それだけです。

1974からは、当時パのお荷物といわれた近鉄に転じ、6年がかりで
強豪チームに仕立て上げました。81までに優勝2回を果たしたものの、
今度はいずれも古葉に敗れました。古葉も川上も管理型であり、しかも
彼らのピークにあった時代です。

西本幸雄という人には、選手時代を含めてそうしたピークはありません。
そういう人なのです。監督として優勝を目指して戦ったことは疑いも
ありませんが、勝ちより勝負にこだわった人なのでしょう。結果として
勝てばいい。しかし勝ちにこだわって勝負を捨てたくはない・・・というような。
一徹な勝負師でありながら、勝ち負けには恬淡としていた・・・。

西本を引き継いで阪急の監督となった上田利治は、後に巨人を散々に打ち負かして
雪辱を遂げましたが、それは西本の遺産を活用しながら、あくまで勝ちを重視し、
そうした彼自身のアクの強さで成功しました。しかしちょっと考えてください。
西本の視点は長期のスパンで選手を見、個性を引き出しながら大切に育てる、
というものです。いい例は投手の使い方。梶本が長く左のエースとして君臨し、
米田が350勝(うち、パで340勝)もできたのは西本だったからです。
それに対して上田が、当時160キロは超えていたと考えられるほどの伝説の
超速球投手・山口高志を酷使し、10年足らずでツブしたこととは対照的です。

「江夏の21球」は1979ですね。あの時、西本には、石渡が江夏を打てない
くらい先刻承知だったはず。だから勝負はスクイズバント。それが石渡への
西本流の信頼です。ここで替えれば石渡は終生「負」の傷を負ったままだろう。
お前もベテランや、勝負させてやる、バントを決めてみい・・・というところ
でしょう。結果は江夏の投球術が上回った。それだけのこと。スクイズが決まれば
近鉄の勝ちだったから勝負に出た。そして負けた。江夏の方がスゴかっただけです。

話は逸れますが、史上に残る天覧試合のこと。5-5の同点で迎えた延長10回裏。
村山が長島を敬遠して、5番の坂崎(いや、森だったかな)と勝負するなんて
できますか?同じです。西本にとっては、天皇が見ていようがいまいが、
毎日が真剣勝負。投手が打たれて点を取られれば負け、それが野球ですから、
勝負どころは必ずある。そこで勝負しないでどこで勝負するか。勝ち負けは
自ずと決まるもの。こだわるものではないのです。

西本幸雄は、勝負して負けるべくして負けた。もし例に上げた二つのポイントで
勝っていれば、勝負して勝つべくして勝っていたのですから。そのような在り方を
求めたとしか思えない・・・そんな美学を感じます。

弱いチームが好きだった53歳より。

この回答への補足

補足ではなく、お礼です!!。
seikixxさん、こんにちは!!。
今、お礼を書いてる途中なので、もうちょっと待ってて下さい!!(^o^)・m(__)m。。。

こんなにいろいろたくさん教えてもらえたので、最後の1行を読ませて戴いた時には、本当~に嬉しかったです!!m(__)m。
僕もseikixxさんと全く同じく、弱いチームが大好きな30歳(!?)より(^^ゞ。

seikixxさんのおかげで、西本幸雄さんのことがますます好きになりました!!。
お礼に続きます。。。ちょっと時間かかりますが、m(__)mすみません・・・。

補足日時:2001/10/11 03:10
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この回答へのお礼

★最初のパリーグ制覇だった大毎オリオンズの1960年・・・。

大海オリオンズ等よくわからなかったんで(^^ゞ、いろいろ調べてみました!。

☆大海オリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)・・・“オリオンズ”・・・そういえば、ロッテ“オリオンズ”でしたね!(^^ゞ。
http://www.lint.ne.jp/~lucky/brm/teams/index07.h …

☆大洋 (現横浜ベイスターズ)
http://www.lint.ne.jp/~lucky/brm/teams/index08.h …

大海オリオンズでの西本監督は、残念ながら1年で終わってしまったんですか・・・。
しかし、西本さんをたった1年で見切ってしまうなんて。人の才能をよめない永田
オーナーは、よくそれで社長やってましたね~(^_^;)。

>当時の大毎は戦力が安定し・・・・。
戦力が安定している条件のうえに、なお西本監督が2、3年指揮をとったら、当時のことを知らない僕が予想するだけでも、きっと優勝してたはずだと思います!!。


★1963~73。万年3~4位を上下し「チームカラーは灰色」・・・。

>「チームカラーは灰色」と皮肉られるほど超地味な・・・
こういうチーム!大好きです!!(^^ゞ。ただ僕は、71年生まれなもんでよく知りま
せんでした・・・(^_^;)。

↓参考に、これで調べてみました!!。
年度別優勝チームhttp://www.actv.ne.jp/~aaa/yuusyouti^mu.htm
しかしこの時代が、皮肉にも巨人がV9と言われる時代だったんですね・・・(^_^;)。
なんだって巡り合わせが悪いというか・・・、ほんと皮肉な運命だな~(>_<)。。。

米田さんって、もしかしてプロ野球ニュースに出る、フジテレビの解説者ですか?
?。名前は聞いた
ことあるんですが・・・、誰かと間違ってますかね?

↓またまた調べました!!。
米田哲也投手
http://www.meikyukai.co.jp/member/tousyu/kojin/y …

梶本隆夫投手
http://www.meikyukai.co.jp/member/tousyu/kojin/K …

米田さんって、こんなにスゴイ人だったんですか!!(@_@)。初めて知りました!
!(^^ゞ。


★阪急・巨人戦でも、シリーズを左右する1球があったのです・・・。

>1971年。一勝一敗で乗り込んだ後楽園の第3戦。
↓これですね!
http://www.tv-tokyo.co.jp/athlete/digest/34_base …

>『勝負して負ければ終わり。勝ち負けではない勝負だけを求めた・・・。
そしてもっとも勝負らしい勝負がついたわけで、これこそ西本が求める
形であったことでしょう。もし山田が王を抑えていれば「西本は勝負に勝った」
わけです。打たれただけ。勝負して負けた・・・それだけです。』

言葉でなんて表現したらいいのかわからないんですが、その、「勝負をする」とい
う、そんな感覚とてもわかります!!。
適切な言葉ではないですけど、『逃げない!!』という、そんな感じがします!。


★1974からは、当時パのお荷物といわれた近鉄に転じ

近鉄って、そんなひどいこと言われてたんですか!!。まだ1度も日本一になってないんですよね・・・(>_<)。
今年の日本シリーズは、絶対、近鉄を応援します!!。
ヤクルトは、弱い時代いっぱい応援したんで、今回はいいでしょお!(ヤクルトファンのみなさん、すみません。杉浦、若松、尾花、八重樫等の時代が好きだったもんで・・・(^^ゞ。ちなみに、松岡投手の時代は、まだ小さかったせいか、プロ野球は全然見てなかったんですよ・・・(>_<))。

>『勝ちより勝負にこだわった人なのでしょう。結果として勝てばいい。しかし勝ちにこだわって勝負を捨てたくはない・・・というような。』

これが西本幸雄という人間なんですね。。。
人間味にあふれて、とても味のある人なんですね~>^_^<。。。


★西本を引き継いで阪急の監督となった・・・。

>当時160キロは超えていたと考えられるほどの伝説の超速球投手・山口高志・・・。
日本人で160キロ!!(@_@)/ヒョエ~。
「考えられる」ということは、スピードガンがまだなかった時代でしょうか。。。
そういう投手だったら、伝説と言われても、全然不思議でないです!!。

山口投手も、西本監督の下で野球ができたら、もっと活躍できたでしょう・・。

上田監督は、名監督だと思ってたんですが、いろいろあるもんなんですね。


★「江夏の21球」は1979ですね。あの時、西本には・・・。

教えてもらったおかげで、初めていろいろ事情がわかりました。。。
なるほどです・・・。西本流そのものですね~。


>★村山が長島を敬遠して、5番の坂崎(いや、森だったかな)と勝負するなんて
できますか?
いや~!これはで・き・ま・せ・ん!!(^_^;)。

>『西本幸雄は、勝負して負けるべくして負けた。もし例に上げた二つのポイントで勝っていれば、勝負して勝つべくして勝っていたのですから。そのような在り方を求めたとしか思えない・・・そんな美学を感じます。』

長年思っていたこの不思議な~?不思議な疑問?が、seikixxさんのおかげで、やっと解決しましたm(__)m!!。
seikixxさん、本当にありがとうございました!!。

p.s 僕は、西本流で生きたいです。

お礼日時:2001/10/14 00:53

ばらばらになってスミマセン。



僕はあの試合をテレビで観ておりました。
手に汗握る大接戦!
最後の最後、日本シリーズの最終戦の無死満塁、一打逆転サヨナラ負けを防いだ江夏の気迫には恐れ入りました。
ホント凄かったですよ!!
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この回答へのお礼

>ばらばらになってスミマセン。
全然そんなことないですヨ!!(^o^)。

生中継であの試合を見たら、それはすごかったでしょうね~!!。
だって、僕はVTRで放送したのを見ただけなんですが、あれだけでもめっちゃ興奮してしまいました!!(^o^)。
今はビデオになってるぐらいですから、それぐらいの名場面だったんでしょうね!!。
Leon-okさん、いろいろ教えて戴きまして、本当にありがとうございました!!。

お礼日時:2001/10/11 23:05

そうですよ。


あの江夏の21球は西本監督の時でした。

参考URL:http://www.nikkansports.com/osaka/ocp/ren/sangok …
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この回答へのお礼

早速、回答して頂いてありがとうございます!!(^o^)。
まさか!あの江夏の21球の時が、西本監督だったなんて!!。
しかしなんだって西本幸雄さんという人間は、巡り合わせが良くないんですね・・・(>_<)。。。でも、別に悪い意味じゃあないですよ!!。
だって去年の日本シリーズなんか、ダイエーの4番!の小久保が、ケガをして出れなくなりましたよね。。。
あの時パッと思いました!!。長嶋茂男という人間には、運とかツキというものがつきまくってるなぁ~って・・・。
つづいて、No.3のお礼に行きます!!(^o^)。

お礼日時:2001/10/08 21:12

やはりあのスクイズ失敗が痛かったのではないでしょうか。


相手がその上を行っていたと言われたらそうかも知れませんが、スクイズは、選手には大変ストレスのかかる戦略です。
高校野球と違い、プロ野球では大事な場面で成功する事はほとんどありません。

そういう事も含めて、勝負師としてはやや物足りないものがあったのかも知れませんね。

この回答への補足

Leon-okxさん、すみません!!。
あのスクイズっていうのは、もしかして、江夏の21球のことですか??。
もしそうでしたら、あの時の近鉄の監督って、西本監督だったんですか!!

この質問する時に、自分なりにちょっとだけ調べたんですが(^^ゞ、最後の最後で逆転されてしまうことが結構あったんですね~!!。
参考URL
http://www.tv-tokyo.co.jp/athlete/digest/34_base …

補足日時:2001/10/08 03:51
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この回答へのお礼

>スクイズは、選手には大変ストレスのかかる戦略です。
な・る・ほ・ど・です。教えてもらったお陰で、初めて知りました!(^o^)。

しかしあの場面、もし、もしですよ、僕が監督だったら、運の良い奴に交代させます(^^ゞ。
他の監督だったら、どうしてましたかね??。森監督とか、野村監督、長嶋監督、その他は、え~っと、etc・。
ちなみに、みなさんだったら、どうしてますか??

>そういう事も含めて、勝負師としてはやや物足りないものがあったのかも知れませんね。
森監督みたいに、試合に勝つという勝負師ではなく、また別の意味での勝負師だったんですね。。。

お礼日時:2001/10/10 01:08

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