マンガでよめる痔のこと・薬のこと

キリストの母は聖母として尊敬されています。
一方でキリストの父はあまり聞いたことがありません。
精霊とマリアが交わってキリストが生まれてきたことになっていますが、それにしてもあまりにも父親をないがいしろにしすぎではないでしょうか?
宗教画でもキリストの父が描かれているのを見たことがありません。
キリストの実父であり、キリストを立派な人物に育てたはずなのに、この仕打ちはひどいと思います。
それともキリストの父はキリスト誕生後すぐに亡くなってしまったのでしょうか?
あるいは教会などの力で歴史上から抹殺されてしまったのでしょうか?

よろしくお願いします。

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A 回答 (14件中1~10件)

キリスト教においては、イエスはマリアが聖霊に満たされて宿した子とされ、ヨゼフは実父ではありません。



ですが、ヨゼフも聖人として崇敬されています。ヨゼフの聖画も多数あります。そして聖母子の聖画だけでなく、聖家族の絵画(ヨゼフ・マリア・イエス三人の構図)は代表的な聖画です。スペインで建設中の聖堂「サクラダ・ファミリア教会」は聖(サクラダ)家族(ファミリア)教会の意です。また、幼子イエスを抱くヨゼフという構図も多くあります。マリア像しか見た事がないかも知れませんが、単体のヨゼフ像もあります。

聖ヨゼフの記録は少ないのですが、イエスが30歳になる前には亡くなったと伝統的に理解されています。

http://www.pauline.or.jp/saint/saint05.html#01_01

参考URL:http://www.pauline.or.jp/saint/saint03.html#19_01
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キリスト教においては、イエスはマリアが聖霊に満たされて宿した子とされ、ヨゼフは実父ではありません。



ですが、ヨゼフも聖人として崇敬されています。ヨゼフの聖画も多数あります。そして聖母子の聖画だけでなく、聖家族の絵画(ヨゼフ・マリア・イエス三人の構図)は代表的な聖画です。スペインで建設中の聖堂「サクラダ・ファミリア教会」は聖(サクラダ)家族(ファミリア)教会の意です。また、幼子イエスを抱くヨゼフという構図も多くあります。マリア像しか見た事がないかも知れませんが、単体のヨゼフ像もあります。

聖ヨゼフの記録は少ないのですが、イエスが30歳になる前には亡くなったと伝統的に理解されています。

参考URL:http://www.pauline.or.jp/saint/saint03.html#19_01 http://www.pauline.or.jp/saint/saint05.html#01_01
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まあ地味な奴ではありますが、「マタイによる福音書」の冒頭はアブラハムからダビデを経てヨセフに至る系図が書かれていますから、由緒ある血筋の出なんじゃないですか、多分。

(処女受胎だから関係ないじゃん、とか言わない言わない・・・)
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キリスト教会が、ゲルマン人などに布教するときに、ゲルマン人の持っている地母神信仰を利用しました。


さらに、わかりやすく説明するために(なんせ、相手は字の読めない相手だったので)ビジュアルで示したわけです。像とか、絵画とか。

ちゃんと文字で布教ができた(識字率が高かった)東方教会地区では、マリア信仰禁止となっております。
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 「補足」ですけどマリアが“処女受胎”で“神の子”イエスを身篭り産んだ後、ヨセフとの間で(イエスにとっての)“弟”を産んでいるみたいですよ。



処女受胎から出産に至るまでのマリアとヨセフの“葛藤”は確かに聖書のなかで描かれていますけど、確かにそれ以後はヨセフの事柄についてはほとんど記されてはいませんね。少なくとも悪い人ではなかったみたいですけど…(学校の講演で“立派な男性だった”との内容の講義を聴かされたことが個人的にはありますが…)。

まあ、仮に「異父兄弟」でもイエスの“弟たち”が現実に存在していたとなると、その子孫たちが我々と同じようにこの地球上で今日も空気を胸いっぱいに吸って生きているのかもしれませんね(笑)。
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キリストの父が、母に比べ、神聖視されないのは、キリストの三位一体論を主張するカルケドン派の特徴です。



カルケドン派は、現在では全キリスト教徒の9割を占める、カトリック、プロテスタント、正教などを含めたもので、カルケドンの公会議で、正当とされた宗派です。

三位一体とは、「父なる神と、子なるキリスト、人を導く精霊が、一体となって、キリストに宿っている」という考え方です。

母マリアは、父なる神の神性を受け入れ、子なるキリストを生んだとされています。
この時、マリア自体が、神性を得たとされ、信仰の対象となりました。

これは、ギリシャ、ローマ、メソポタミア、エジプトなどに広がっていた、大地母神の影響と言われています。

メキシコの守護聖人グアダルーペは、褐色のマリアとも言われ、元をたどれば、エジプトの大地母神イシスだと言われています。

母マリアが、神性を認められるのに対し、キリストの父は、あくまで神であるため、ヨセフには、神性が与えられず、信仰の対象とはなりませんでした。

カルケドンの公会議で、異端とされた単性派や、エフェソスの公会議で異端とされたネストリウス派には、マリアを信仰する事はありません。
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すぐには亡くなってなかった筈。


確か、キリストを自分の稼業の大工を継がせようとしてましたから。
それに、キリストを神殿のお祭か何かに連れて行って、そのまま迷子になったキリストを探しているという記述があったような気が。
その後は見かけません。

キリストは神の子、マリアのはらんだ子であって、このままいくと、実の父親としての血のつながりはないから、じゃないかなぁ。
処女受胎っていう。

ついでに、キリストを育てたのは父親じゃないと思います、多分。父親はある程度まで彼を育て、大工仕事を教えましたが、幼い頃、キリストが自ら神殿にとどまることを望んで以来、彼らは縁を切ったような感じもします。
よくわかんないけど。

どっちにせよ、子供に必要なのは母であって父じゃないんでしょう。

でも、結婚前に突然自分のじゃない子供をはらんだマリアの「神の子だ」といういい分を認め、且つ育児しようと考える旦那はスゲェと思いますなァ。
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まず最初に、キリストというのは人の名前ではありません。

救世主という意味で、メシアのギリシア語訳。直接の意味は「油を注がれたもの」です。だから、「キリストの父」といった場合、神になります。
キリスト教は、イエスがキリストである、と信ずることが根本なんで、そのことをイエス・キリストといっているので、誤解してはいけません。

お尋ねの件がイエスの父ということであれば、たとえば最古の福音書であるマルコ福音書には全く登場しません。もっとも母のほうも正確には母とは書いてなくて「小ヤコブとヨセの母マリヤ」と書いてあるのが学説ではそうだろう、というだけですが。
マタイとルカにはマリアとヨセフが登場しますが、ヨハネになるとまたも父は登場せず、母がマリア(といってますが当時の発音からするとミリヤムないしマリヤム。ギリシア語にうつしてマリア)である、とはっきり記述されてもいません。
また、イエス自身が「父」というときはすべて「神」のことのようです。

と、このようにそもそも口伝はともかく、文献資料としてヨセフがどういうひとであったか曖昧なんです。
推定されているのは、イエスがああいう活動を始めた頃、ヨセフ(?)は亡くなっていたらしい、ということです。
これに対し、マリア(?)はイエス死後も生きていたようですし(確証はありませんが)、さらにマグダラのマリアと混同されていたり、さらに地母神信仰との習合があったり、というような中で次第に神の母としての地位を獲得していったのではないかといわれています。
つまりマリアさんのほうが「次第に重視されるようになった」のに対し、ヨセフさん(?)は特に重視する必要がなかった、ということではないかと思います。抹殺というよりはじめから大して重視されていなかっただけだと思いますが。

とはいえマリアさんが信仰の対象になるのは主にカトリックで、プロテスタントでは特別扱いはされません。
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 この問題は聖書研究者の間でも謎のようで、明確な答えを目にしたことがありあません(外国では疑問すら稀のようです)。

だから以下すべて臆測です。
 聖母マリアに比べ父ヨセフが話題にならないのはヨセフがキリスト(イエス)の本当の父でないこと、従って聖書のヨセフへの記載が冷淡なくらい少ないことから起きたのだろうと思います。
 キリスト教においてヨセフの地位がイエスの弟子たちよりも低いことは、ヨセフに聖人の地位が与えられ聖ヨセフと呼ばれるようになったのはかなり後年であり(たしか15世紀?)、また16世紀(ルネッサンス期)までの絵画でのヨセフは無視されたというよりもほとんど「卑屈な老人」として描かれています。
 ヨセフがなぜこうまで貶められたのかは実は私も理解していません。
 余談ですが、絵画の上ではイエスの父ヨセフだけでなく洗礼者ヨハネの父サカリも戯画化されて描かれたのですが、これは「神を疑ったから」という理由が篭められたのかもしれません。
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キリストの父は「主なる神」であって、家庭で父親となったヨゼフは聖母マリアの夫であるに過ぎないんです。



ただ、マリアの懐妊を知っても妻を(そして神を)信頼し、離縁せずに産まれた子を自分の息子として育てたということで、教会ではやはり尊敬される人物です。
ヨーロッパでヨーゼフとかジョセフとかいった名前の人が多いことからもわかるように、決してないがしろにされているわけではありません。

まあ、目立たない存在ではあるかもしれませんね。
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Qイエスキリストはどうして処刑されたのですか?

イエスがなにか変なことをしたがために処刑されたのでしょうか?

Aベストアンサー

一応、主流となっている説です。

まず、イエスはユダヤ教徒であったことを理解してください。
また、ユダヤ人はローマの支配下にあった事も頭に入れておいてください。

当時のユダヤ教は主に2つの派に別れていました。
議会派(サドカイ派)と民衆派(ファリサイ派)です。
議会派の人々は、その権力の基盤がローマに服従することによっていたので、ローマ人の顔色ばかりうかがっていました。(この意味ではユダヤの王ヘロデも同じ)
そんな彼らを、批判していたのは民衆派ですが、彼らは彼らで「戒律主義」に走っていました。

そんな中に現れたのは、洗礼者ヨハネ(十二使徒のヨハネとは別人)とその教団でした。
彼らは、そんな議会派や民衆派の事を激しく批判していました。
そこに現れたのがイエスでした。
彼は、洗礼者ヨハネの主流2派の批判には納得していました。
しかし、完全には洗礼者ヨハネの言うことに納得は出来ませんでした。
そして、修行をするウチに「救世主(キリスト)」として目覚めていきました。(ただし、イエスは自分では「私は救世主だ」とは言ってません)
そして、ユダヤの各地を遊歴して弟子を得ていきました。

やがて、イエスの主導する勢力はだんだんと大きくなり、その影響力は洗礼者ヨハネをも超えていきました。
また、洗礼者ヨハネはヘロデ王も批判していたので彼に捕まり処刑されてしまいました。

ここに来て、主流2派にとってはイエス派の勢力を無視出来なくなってきました。
特に、議会派の人々はイエス派の人々が反乱を企てローマが怒るのを恐れました。
また、付き従っていた人々の中にもイエスが「救い=ローマからのユダヤの解放」をしてくれないので不満が募ってきました。
そこで、紆余曲折を経てイエスをとらえました。
しかし、イエスを裁判で罪にしても死刑にする権限はユダヤの議会にはありませんでした。
そこで、ピラトの元に行き
「イエスはユダヤの王を名乗り、ローマへの反乱を企てた。死刑にすべきだ」
と言いました。
ピラトはイエスの事を調べましたが、嫌疑不十分であるとして「ユダヤの事はユダヤで決めよ」と言い、ヘロデ王に任せました。(ヘロデ王は、イエスの故郷ガリラヤの支配者でした。)
ヘロデ王もイエスを取り調べましたが、やはり「罪」は無いと言い、ピラトに送り返しました。

ピラトは、「罪が無い」と言っているにもかかわらず、ユダヤの人々は「死刑にせよ」と要求します。
このままでは反乱になると恐れたピラトは、人々に取引をもちかけました。
当時とらえられていた「殺人犯」と「イエス」どちらかを「死刑」とし、どちらかを解放しようと。
「どちらを解放するか?」
とのピラトの問いに、人々は「イエスを十字架に」と叫びました。
この結果、「殺人犯」は解放され、イエスは十字架に架けられることになりました。

と、以上が大まかなイエス処刑の経緯です。
つまり、議会派の人々はローマを恐れる余り、民衆はイエスが「神の国」と言ってるわりには「ユダヤをローマから解放」してくれない事への不満のため、イエスは十字架に架けられることになったのです。
しかし、イエスは一言も「ユダヤをローマから解放する」とも「私は救世主です」とも言っていません。(救世主については、弟子には言わせてましたが、、、。)
そして、イエスのいう「神の国」はあの世の事だったのですが、民衆は理解しませんでした。
結論としては、議会派の人々による「冤罪(ローマに反乱を企て、ユダヤの王を僭称した罪)」に、民衆がイエスを「誤解」していたために議会派の人々の提案(扇動)にのった結果、イエスは十字架上で死んだのです。

余談2・イエスが言った一番良い言葉なのに、キリスト教ではあまり実戦されてない言葉に「皇帝のモノは皇帝に、神のモノは神に」があります。
このことからも、イエスはローマへの反乱の意志はなかったと推測できます。

一応、主流となっている説です。

まず、イエスはユダヤ教徒であったことを理解してください。
また、ユダヤ人はローマの支配下にあった事も頭に入れておいてください。

当時のユダヤ教は主に2つの派に別れていました。
議会派(サドカイ派)と民衆派(ファリサイ派)です。
議会派の人々は、その権力の基盤がローマに服従することによっていたので、ローマ人の顔色ばかりうかがっていました。(この意味ではユダヤの王ヘロデも同じ)
そんな彼らを、批判していたのは民衆派ですが、彼らは彼らで「戒律...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Qキリスト教の「父と子と精霊」とは何でしょうか?

キリスト教のお祈りで、「父と子と精霊の御名において」という文言があります。
これの意味を教えてください。
父=神、子=イエスでしょうか?
それなら「神とイエス」といえばいいですよね。
これはキリスト教以前のユダヤ教に根ざしているのでしょうか。
また精霊はマリアと交わったので、イエスの父でしょうか?
三位一体などともいわれますが、その意味もよくわかりません。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

もともと原始キリスト教では三位一体はありませんでした。
後世にカトリックの司祭たちがその概念を生み出したものです。

その元となるものが、処女ー聖母ー破壊者の概念を持つ女神です。
神は三相だと古代は思われていました。
女性原理の時代から男性原理の時代に変化して、紀元前300年頃は、男性原理にあの地域一体となり、神は女から男に代わり、キリスト教は女性を憎んでいますので、教父たちは神は男だとして、三位一体 父ー息子ー聖霊 という概念を作り上げていきました。

イエスの考えではなく、後世の人の考えが現在の三位一体になっただけです。

何故聖霊になったかというとキリスト教は「男が罪を犯したのは女のせいだ」と決定したからでした。
それで両親と子供という聖家族の中から女性を排除して、聖霊をとってつけたわけです。
父親と息子と聖霊が神の豊穣をもららすと考えたのでしょうか。

今の科学でしても、父親と息子が交わっても子孫はできませんが、キリスト教は精神世界でそれは可能であると考えたようです。
永遠の命を与えられる人は子孫はいらない という考えだったのかもしれません。
それで、男性オンリーの修道会など作り、男性だけで暮らしたようです。

もし、イエスが実在の人物だったとしても、イエスは天から突然降って沸いたものではなく、ちゃんと人間の父親がいたようです。
司祭で<神の父>と呼ばれる人物の一人がイエスの本当の父親だったようです。

それで神殿で「父の家」とイエスが言ったわけです。
司祭ですから神殿が住居でもおかしくないですね。

もともと原始キリスト教では三位一体はありませんでした。
後世にカトリックの司祭たちがその概念を生み出したものです。

その元となるものが、処女ー聖母ー破壊者の概念を持つ女神です。
神は三相だと古代は思われていました。
女性原理の時代から男性原理の時代に変化して、紀元前300年頃は、男性原理にあの地域一体となり、神は女から男に代わり、キリスト教は女性を憎んでいますので、教父たちは神は男だとして、三位一体 父ー息子ー聖霊 という概念を作り上げていきました。

イエスの考えではなく...続きを読む

Qキリスト教・カトリック・プロテスタント 3つの違いは?

こんにちは。

先日、アメリカのmixiのようなサイトを見ていた時、わからない点がありました。

プロフィール欄で10個くらいある宗教の選択肢の中に、キリスト教・カトリック・プロテスタントという選択肢があったのです。

私はキリスト教が大まかにカトリックとプロテスタントの2つに分かれていると思っていたのですが、そのサイトの解釈だと、キリスト教はカトリックとプロテスタントとは別物のようでした。

3つの宗教の違いを教えていただけないでしょうか?
生活に関係するルールや習慣などを教えてもらえるとありがたいです。

私の知人の生活を見ると、、、

<カトリック>
・神父さんがいる教会(ほとんどのカトリック信者の知人が毎週日曜日にミサに通い、行かなかった日は良くない事をしたと思っている)
・お酒・たばこは禁止
・恋人はいても婚前交渉は禁止(避妊も禁止)
・夕食の前にお祈りをしている

<プロテスタント>
・牧師さんのいる教会(気が向いた時に行く)
・お酒・たばこOK
・婚前交渉OK(避妊もOK)
・夕食のお祈り(する人としない人がいる)

<キリスト教>
?キリスト教ってカトリックとプロテスタントのことじゃないの?
他の少数派のグループのこと?

といった印象です。よろしくお願いします。

こんにちは。

先日、アメリカのmixiのようなサイトを見ていた時、わからない点がありました。

プロフィール欄で10個くらいある宗教の選択肢の中に、キリスト教・カトリック・プロテスタントという選択肢があったのです。

私はキリスト教が大まかにカトリックとプロテスタントの2つに分かれていると思っていたのですが、そのサイトの解釈だと、キリスト教はカトリックとプロテスタントとは別物のようでした。

3つの宗教の違いを教えていただけないでしょうか?
生活に関係するルールや習慣などを教...続きを読む

Aベストアンサー

 こんにちは。カトリック信者ですので良かったら参考にして下さい。
 キリスト教という宗派の中で様々の教派があると思ってください。例えば仏教というくくりの中に、真言宗とか浄土真宗とか日蓮宗とかがありますよね?あれと同じです。キリスト教の中には大きな教派があり、カトリック、プロテスタント諸派、正教会の3つです。諸派と書いているのはプロテスタントは様々な教派が沢山あるのでプロテスタントという教派ではないためです。多分プロテスタントの方でもルター派とかカルヴァン派とか長老派とかバブテスト、メソジスト、聖公会など沢山あります。その中には狭義的な所で1教会しかないものもありますし、大きなもの、ゆるやかにカトリックと一致しているものなど様々です。
 カトリックはヴァチカンを中心とした1教派です。そこから正教会が最初に分かれ(ロシア正教とかギリシャ正教などです)、さらにカトリックの腐敗のためにルターがプロテスタントを立ち上げます。プロテスタントとは抗議するものという意味もあるそうです。大きな派としてはこの3つが主流になると思います。

 質問者様の印象では、カトリックは非常に厳しいように見受けられますが、多分知人の影響じゃないでしょうか?カトリックは代々信仰している人が多く、あまり熱心にというか声高に自分がカトリックだと主張しない人が多い傾向にあります。傾向にあるというだけで、中には非常に熱心で視野の狭い人もいますが、大体がおおらかというかあまり他宗教を排斥しない傾向にあります。神父(司祭)がいるというのはまあ当てはまりますが、ミサは毎週参加する人もいますし、しない人もいます。しないからといって咎められませんし、クリスマス&復活祭だけに来る人もいます。来るもの拒まず去る者追わずの印象です。お酒タバコや全然咎められませんよ。司祭の方でヘビースモーカーの方いらっしゃいますし、お酒大好きな人もいます。ビアガーデンにいったりとか、普段でも飲酒をたしなむ人はいます。ただ今は四旬節ですので節制した生活を送りますのであまり酩酊するほど飲まないと思いますが。婚前交渉はまあその考え方ですが、あまりガチガチの人っていないんじゃないでしょうか。夕食のお祈りは私はしません。むしろカトリック信者はロザリオの祈りを熱心にすると思いますよ。つねにポケットにいれて祈っている人は割と多いです。
 プロテスタントの方は数人しか知りませんし、先程述べましたように教派が多岐に渡っていますのでこれという印象をつけるのは難しいですが、牧師さんがいらっしゃって、妻帯可能ですので牧師さんのご家族がいらっしゃる人は大勢います。聖書をよく読んでいるという感じで、ちょっとした手紙にも聖句が書かれてあったりします。数人で集まって聖書を読む会などもよく行われていて熱心に勉強しています。お酒タバコは同じくOKですし、夕食の祈りはむしろプロテスタントの方がよくやってるんじゃないでしょうか?友人などで夕食前に祈っている人知ってますので。教会も熱心によく行ってます。カトリックはミサといいますが、プロテスタントは礼拝といいます。礼拝に参加した事は1度ぐらいしかないのですが、カトリックは儀式的なのに対して(ある程度形が決まっています)、プロテスタントは説教を非常に重んじていて自由な雰囲気があります。ゴスペルなんかもプロテスタントですよね。
 正教会はわかりません。私の住んでいる地域にはありませんので。ニコライ堂などがそうです。

 ご参考までにm(__)m。

 こんにちは。カトリック信者ですので良かったら参考にして下さい。
 キリスト教という宗派の中で様々の教派があると思ってください。例えば仏教というくくりの中に、真言宗とか浄土真宗とか日蓮宗とかがありますよね?あれと同じです。キリスト教の中には大きな教派があり、カトリック、プロテスタント諸派、正教会の3つです。諸派と書いているのはプロテスタントは様々な教派が沢山あるのでプロテスタントという教派ではないためです。多分プロテスタントの方でもルター派とかカルヴァン派とか長老派とかバ...続きを読む

Qキリスト教では親を敬えと教えないのですか?

仏教では、親を敬い親孝行をすべきだと教えますが、キリスト教ではそのように教えているとは思えません。
親を敬うどころか、親を捨ててキリストに従えと言っています。
キリスト教では神が絶対だからそうなるのだと思いますが、やはり、親を敬い親に感謝し、親を大切にする、などという教えは、キリスト教にはないのでしょうか?
もし、あると言うなら、聖書のどこにそんな事が書いてあるか、教えて戴きたく、よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

##他の方々がすでに聖書箇所を上げておりますので、重複をしていますが、再度関連箇所を並べてみました。

(出エジプト20:12)
「父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。

出エジプト21:17-21
「自分の父あるいは母を呪う者は、必ず死刑に処せられる。」18ある人にわがままで、反抗する息子があり、父の言うことも母の言うことも聞かず、戒めても聞き従わないならば、19両親は彼を取り押さえ、その地域の城門にいる町の長老のもとに突き出して、20町の長老に、「わたしたちのこの息子はわがままで、反抗し、わたしたちの言うことを聞きません。放蕩にふけり、大酒飲みです」と言いなさい。21町の住民は皆で石を投げつけて彼を殺す。あなたはこうして、あなたの中から悪を取り除かねばならない。全イスラエルはこのことを聞いて、恐れを抱くであろう。

##この箇所は、神さまが親と子の関係においては親に子を育てる権威が与えられており、子供はその権威の下にいることを知るべきだと述べています。

エペソへの手紙6:1-3
1子供たち、主に結ばれている者として両親に従いなさい。それは正しいことです。2「父と母を敬いなさい。」これは約束を伴う最初の掟です。3「そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる」という約束です。

コロサイの教会への手紙 (コロサイ3・20-21)
妻たちよ、主を信じる者にふさわしく、夫に仕えなさい。夫たちよ、妻を愛しなさい。つらく当たってはならない。子供たち、どんなことについても両親に従いなさい。それは主に喜ばれることです。 父親たち、子供をいらだたせてはならない。いじけるといけないからです。

ブライ人への手紙12:7-10
7あなたがたは、これを鍛錬として忍耐しなさい。神は、あなたがたを子として取り扱っておられます。いったい、父から鍛えられない子があるでしょうか。8もしだれもが受ける鍛錬を受けていないとすれば、それこそ、あなたがたは庶子であって、実の子ではありません。9更にまた、わたしたちには、鍛えてくれる肉の父があり、その父を尊敬していました。それなら、なおさら、霊の父に服従して生きるのが当然ではないでしょうか。10肉の父はしばらくの間、自分の思うままに鍛えてくれましたが、霊の父はわたしたちの益となるように、御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。

##この箇所では聖書は子供を鍛える親は子供に尊敬されると述べているように思います。また子供を鍛錬しないのであればその子は実際の子供では無いと述べています。小生にも高校生の子供がおりますが、可愛いさのあまり、甘やかしてしまっているのでは無いか、回答者さんも同じなのではないかと、なにか身につまされるものがございます。クリスチャンは聖書を神の言葉と信じておりますので、上に挙げたような箇所を直接読みなさいといういいますと反発すると思いますが、娘さんに聖書を教えてくれないかなどと、なにげに読んでみたらどうかと思います。

##他の方々がすでに聖書箇所を上げておりますので、重複をしていますが、再度関連箇所を並べてみました。

(出エジプト20:12)
「父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。

出エジプト21:17-21
「自分の父あるいは母を呪う者は、必ず死刑に処せられる。」18ある人にわがままで、反抗する息子があり、父の言うことも母の言うことも聞かず、戒めても聞き従わないならば、19両親は彼を取り押さえ、その地域の城門にいる町の長老のもとに突き出して、2...続きを読む

Q聖母マリアの慈悲とは具体的にどういったものなのでしょうか。

いつもお世話になっております。
キリスト教における慈悲について調べていたところ、聖母マリアが「慈悲の聖母」として信仰されていることを知りました。
それでは、聖母マリアの慈悲とは何なのだろう、と思い調べてみたのですが、具体的にどういった内容なのかわかりませんでした。
聖母マリアの慈悲とは具体的にどういったものなのでしょうか。
それとも、大乗仏教における慈悲=四無量心、のようにはっきり定義されたものではないのでしょうか。
キリスト教については概説程度にしか勉強したことが無いので、的外れな質問をしていたら指摘してください。
また、関連する書籍やサイトがあれば紹介していただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

まず聖書をお読みになれば解ってらっしゃるはずですが、マリア様に関する事跡そのものがほとんどありません。
つまり本来の歴史的な事象としてはマリアという人はイエスを生んだ以外になにもしていないのです。(なにかおかしなことを言っている場面はありますが)
ですから、いわゆる聖母伝説というものはキリスト教成立以後、特に地母神信仰との習合のなかで、あるいはさらに後の時代に形成されたもの、ということになります。神学的にこれを深めたものはまず存在しないでしょう。なぜならキリスト教の場合、聖者というものは聖母を含めあくまで人であって神ではない。その属性もいわば神の力を代行しているに過ぎないからです。
ですから、結局その母性的なイメージ、女性の属性としてのやさしさのごときイメージの問題なので、個別地域的な聖母伝説みたいなものはあっても、キリスト教全体、あるいは神学のなかで位置づけることはできません。なぜといってそういう慈悲というものも結局神の属性を女性的なイメージの側から代表しているに過ぎないからです。
もし定義されたものがあるとしてもかなり特定の宗派にしか通用しない考えでしょうね。

まず聖書をお読みになれば解ってらっしゃるはずですが、マリア様に関する事跡そのものがほとんどありません。
つまり本来の歴史的な事象としてはマリアという人はイエスを生んだ以外になにもしていないのです。(なにかおかしなことを言っている場面はありますが)
ですから、いわゆる聖母伝説というものはキリスト教成立以後、特に地母神信仰との習合のなかで、あるいはさらに後の時代に形成されたもの、ということになります。神学的にこれを深めたものはまず存在しないでしょう。なぜならキリスト教の場合、...続きを読む

Qイエスとキリストと主と父と神の関係

色々な本で様々な記述を見かけるために混乱しております。
例えば、イエスが真のキリストである、
主なる父
主、イエス
などなど

どなたか、イエス、キリスト、主、父、神の5者の関係を整理して教えていただけますでしょうか。

Aベストアンサー

古代ヘレニズム時代のユダヤ社会(ナザレのイエスもそこに生まれた)は、かなり宗教色の強い社会で、一神教(いわゆるユダヤ教)が盛んでした。

で、その頃は、世界を創造した唯一神を、「神」と呼ぶほかに「ご主人さま」とか「われらの父」などとも呼ぶことがあったんですね。信者の頭の中では、「主」「父」は神のこと。

イエスというのは個人の名前。現地の発音(ヘブライ語、アラム語)では、イェホシュア(ないし訛ってヨシュア?)といった男の名前だったとか。
当時のユダヤにはよくある名前で、だから他のイェホシュアさんと区別するために「ナザレ出身のイェホシュア」と呼ばれた。(イェホシュアは生まれた村の外で活動していた。)

「キリスト」はギリシャ語の単語で、ユダヤ教の考える救世主=「メシア」のギリシャ語の訳語として使われました。
初期のキリスト教徒にはギリシャ語話者が多かったから。新約聖書もギリシャ語が原典。

で、ナザレのイエスの死後、「彼はメシア(=キリスト)だったのだ」と信じる人たちが生まれて、ユダヤ教から次第に分かれて教団を形成しました。これがクリスチャンです。

クリスチャンにならなかったユダヤ教徒は、ナザレのイエスがメシア(キリスト)だとは見なさなかった(取りあわなかった)。
だから、イエスをキリストだと信じるのがクリスチャンである、と言えます。

しかし、キリスト教の教義の中の、イエスを神の子とみなす信仰が、一神教原則との関係で問題になります。そこでキリスト教会は、「父(本来の唯一神、創造神)=神=主」と、「イエス(キリスト教によれば、キリストで神の子でもある)」とが、ひとつの同じものだという教義(ドグマ)を決めます。

だから、深く考えないクリスチャンにとっては
「神=父=主」 = 「イエス=キリスト」
ということなんでしょうね。

古代ヘレニズム時代のユダヤ社会(ナザレのイエスもそこに生まれた)は、かなり宗教色の強い社会で、一神教(いわゆるユダヤ教)が盛んでした。

で、その頃は、世界を創造した唯一神を、「神」と呼ぶほかに「ご主人さま」とか「われらの父」などとも呼ぶことがあったんですね。信者の頭の中では、「主」「父」は神のこと。

イエスというのは個人の名前。現地の発音(ヘブライ語、アラム語)では、イェホシュア(ないし訛ってヨシュア?)といった男の名前だったとか。
当時のユダヤにはよくある名前で、だ...続きを読む

Qイエスキリストって、何人?

イエスキリストは、人種で言うと、
白人、黄色人種、黒人のいずれですか。
また、ヨーロッパ人、アジア人、アフリカ人のいずれでしょうか。

Aベストアンサー

キリストは、住んでいた土地、ユダヤ人であることから、コーカソイドと推定されます。

コーカソイドは、ヨーロッパ系、アラビア系、イラン系、インド系の人達をさします。

鼻が高く、背が高いのが特徴です。

現在の人類は、コーカソイド、モンゴロイド、アウストラロイド(ポリネシア人やアボリジニ、マオリ、ニューギニア人)、コンゴイド(サハラ以南のアフリカ人)に、大きく分類されます。

白人という概念は、ヨーロッパ人とするならば、キリストは、ヨーロッパ人ではありません。
モンゴロイドを、アジア人とするならば、アジア人ではありません。
アラビア系、イラン系の人と、モンゴロイド(中国人や日本人)と、一緒にして人種を述べるのは、人類学的にムリです。

ですから、コーカソイドか、西アジア人などの呼び方が良いと思います。

Qキリスト教の唯一神の名は何ですか

ユダヤ三教はいずれも一神教です。

例えば、
1.ユダヤ教の唯一神の名は「エホバ(ヤハウエ)」、
2.イスラム教の唯一神の名は「アッラー」です。

それでは、
3.キリスト教の唯一神の名は何ですか。ご存じの方、教えて下さい。

Aベストアンサー

高校生の時カトリックの洗礼を受けた60代の男性です。
これまでの回答も間違ってはいないのですが、少し混乱されそうだと思いましたので、もういちど整理して回答してみましょう。

・あなたの言われるとおり、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の神(引いてはそれ以外の宗教も、という考えもある)は、同じ唯一神であり、呼び名は色々ある。(呼び名はどうでもよい、という側面もある。)
・キリスト教の場合は、古くからヤーウェ(エホバ)或いは、デウス(「神」のラテン語訳でギリシャ神話のゼウスも同じ語源)という呼び名もあったが、
・現代のキリスト教では、単にGod(神)と大文字で表記し、普通名詞としてのgodと区別することが多い。
唯一神なのだから、単に、固有名詞の「神」だと考えればわかりやすい。
・日本の信者間での通称は、「主」(しゅ)が一般的である。
・私が子供の頃は、「天主」という呼び方もあったと記憶している。古い教会で「浦上天主堂」などと呼ばれているのはその名残。多分「天使」と混同するから使われなくなったのだろう。

・尚、カトリックでは、「三位一体」説というのがあり、神には、「父」と「子」と「聖霊」の3つのペルソナ(人間なら「人格」と訳すが、神なので「位格」と訳す。英語のパーソンに相当)があるが、本来は同じ一体の「神」の別の表れ方という解釈がなされている。
→ http://www1.tcat.ne.jp/eden/Hst/dic/trinitas.html
仏教の阿修羅のように、一体なのに、顔が四方についているイメージを思い浮かべば、イメージしやすいかもしれない。

この内、「父」は、「天の父」であり、
「子」は、「神の子」でありながら、人類の救いのため、人間の姿になって地上に降られた「イエス・キリスト」であり(その意味で、「イエス・キリスト」は「救い主」(メシア)と呼ばれる。)
「聖霊」(「精霊」ではない)は、イエスの誕生、洗礼及び復活のとき、イエスの中に満たされるとともに、今日ペンテコステ(聖霊降臨の日)と呼ばれる日に舌の形で弟子たちのもとに下り、一瞬の内に出身国・国語の異なる弟子たちの言葉が通じ合い、喜びに満たされた、という話があり、今後も「聖霊」が人類に与えられることによって救いが完成すると言われています。
→ http://www.pauline.or.jp/spirit/sps3.php

このように、三位一体説は、非常にわかりにくい教義で、3つのペルソナの中で、すぐにイメージしやすいのは「子」であるイエス・キリストのみであり、教会内にキリスト像ないし十字架上のキリスト像があるが、あとの2つは、像もなく、目に見えにくいイメージですね。

神=イエス・キリストという回答も間違いとは言えませんが、正確には、イエス・キリストは神の3つのペルソナの一つであり、「キリスト教の唯一神は固有名詞の「神」Godという呼称で呼ばれています。」という回答の方が、現代では一般的だと思われます。

高校生の時カトリックの洗礼を受けた60代の男性です。
これまでの回答も間違ってはいないのですが、少し混乱されそうだと思いましたので、もういちど整理して回答してみましょう。

・あなたの言われるとおり、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の神(引いてはそれ以外の宗教も、という考えもある)は、同じ唯一神であり、呼び名は色々ある。(呼び名はどうでもよい、という側面もある。)
・キリスト教の場合は、古くからヤーウェ(エホバ)或いは、デウス(「神」のラテン語訳でギリシャ神話のゼウスも同じ語源...続きを読む

Qキリスト様の復活後の人生は?

すみません かなり無知な者からの質問です。
このカテで少し前に投稿された質問(キリスト様の死因は?)を見掛けて、それで単純に思いついて、この質問を立てています。

キリストについては十字架に架けられて死ぬまでの人生は、キリスト教信者でなくても聞くことも多いと思いますが、復活されてからの人生はどんな感じだったのでしょう。やはりまた弟子とかいたのでしょうか。結婚もしたのでしょうか。二度目は寿命を全うするような形で亡くなられたのでしょうか(死因)。

簡単でもいいので教えて頂けたら幸いです。

Aベストアンサー

複数の研究者の本を読むと、イエスは自分が死ぬ計画をし、回りの人はそれでは困ると彼を説得したのだが、イエスは将来を計画し、その計画通りにしか行動が取れない、いわば柔らかい思考ではなく硬い思考の性格だったと思えます。
人によってはルールを決めて、その通りに実行しないとカンシャクを起して、周りが道を折れると収まるとかって人いますよね。
そういうわけで自分自身は預言書(聖書)に書かれている人物だと思えるようになり、後は預言書(シナリオ)通りに計画して自分の将来を決めたようです。


周りの人はそこまで言うのならって思ったし もし預言書が真実を言ってうるのなら自分達ではどうにもできなないという考えになり、イエスに道をゆずったのではないかと思います。
それで計画通り処刑され本人は大満足なのですが、さて、、、、
後に残されたそれまでイエスを利用してきた人たちは困った。
が、シナリオがあらかじめわかっていたので、先手を打って次のシナリオを書いた。
主に新興ビジネスのバックアップによりイエスの集団は金銭的に潤っており、イエスの集団のパトロンになることにより新興ビジネスも潤っていたようです。いわばもちつもたれつの関係であった。
ところが狂信的な考えのイエスが死んでしまってはビジネスも下火になりかねない。
それでシナリオを実現するためにヨセフ(父親のヨセフじゃない)が自分の領地内の墓にイエスを埋葬し、イエスが言うとおり3日後に復活するという事を実現させるため、イエスの死体を墓から撤去した。
マリア(母親のマリアじゃない)が来ることはわかっていたので、それを利用したわけです。

そして噂を流させ後は集団催眠で「自分が会った人は最初は誰なのかわからなかったが、あの人は顔は違うがイエスだった」 って思い込む人たちが続出。
またしてもイエスは利用されたわけです。
噂はさらに尾ひれがついて、真実っぽい話が各地に出現することになり、一種の社会ヒステリー現象が起こった。

天からの使いが墓の前にいたというのも、恐らく運び出した二人だったのだろうと思えます。
「マリア~ まだ来ないのかよ~ 腹減ったよ~ 来ないと帰れないよ~」と言ったかどうかは別として 石の大きさから考えると一人では動かすのは無理で、二人必要だったようです。
マリアがやっと油を塗りに来たので、アクション! 
後は計画通り演技したわけです。


死海文書とかエジプトから出た書物を読むと、イエスとマリアは事実婚だったのではないかと思えます。
もしくはあの当時結婚は早かったし、宗教関係者は率先して結婚をしていたようなので、イエスが30代半ばまで独身だったということは考えにくく、マリアが妻だったんじゃないかとも思えます。
その旦那が妻を置いて宗教に身を投じ、マリアが後を追ってきたとなると、足を髪でぬごったというのも意味があるように思えます。
「やっと見つけた もう 私を置いていかないでよ」と言ったかどうか。
ボロボロになってやっと愛する夫を見つけ出したが、しかしみんなのまで真実は話せない。

その後、マリアは第一のイエスの本当の思想を引き継ぐわけですが、なんせ男尊女卑のキリスト教ですから、女がイエスの思想をひきついでもらうわけにはいかないとなり、マリアを暗殺しようとたくらみ、マリアを帆の無い船で流すわけですが(直接殺したことにならない)、マリアは死なずにフランスに流れついて、イエスの子どもを生み、それでフランスはキリスト教が盛んになって、ローマとは違うキリスト教の権力を得たというとんでも話もあります。

イエスは人間だったので、殺されて(自殺?)後は周りの人がシナリオに沿って演技したまで、大きな失敗が無かったので計画とおり3日後に復活したという事を事実として広めることに成功したことになりますが、他の話しだと双子のトマス・・・・。
イエスは双子の兄弟がいた!
となると・・・・イエスの死後トマスがイエスのわき腹に手を入れて確認したと言うのの信憑性は・・・自作自演かな。
双子でありながらトマスが人々の注意を引けるのはこの場面しかないなんて。
複雑な兄弟関係。


さらにイエスはセム族だから、アジア系の顔をしており、処刑されたのは身代わりの双子の兄弟で、本人はアジアを渡って日本に来た。
顔がアジア顔なので違和感もなかった。
今の天皇の家系がそうですってとんでも話も聞いたことがあります。
ユダヤ人が日本の金融を支配している(乗っ取っている)と聞いたことがありますが、もしかしてイエスの子孫が日本を牛耳っている?・・・(ってこれは私の想像ですが 笑)


というわけで、聖書を読むと同じ場面でも人によって言っている「これが事実」というのが複数存在するので、どれが真実なのかわからないんです。
勝った勢力のキリスト教団が言うのが今日の主流の事実とされていることになっていますが、勢力がすごくない教団の認識も聞くと、どっちかというとまっとうなのは、勢力の強かった方じゃなく、勢力に押されて異端とされた方が事実だったんじゃないかなって思える節があります。

複数の研究者の本を読むと、イエスは自分が死ぬ計画をし、回りの人はそれでは困ると彼を説得したのだが、イエスは将来を計画し、その計画通りにしか行動が取れない、いわば柔らかい思考ではなく硬い思考の性格だったと思えます。
人によってはルールを決めて、その通りに実行しないとカンシャクを起して、周りが道を折れると収まるとかって人いますよね。
そういうわけで自分自身は預言書(聖書)に書かれている人物だと思えるようになり、後は預言書(シナリオ)通りに計画して自分の将来を決めたようです。

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