『奥の細道』の「松島の月まづ心にかかりて」の
掛詞を教えて下さい。

A 回答 (1件)

掛詞は、「かかりて」ではないですか?



『かかる』は月が天に「かかる」のと、
心に「かかる」のを、掛けている表現だと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございました。ずっと、心にひっかかっておりました。
Rikos様のおかげで、すっきりしました。

お礼日時:2001/11/04 00:30

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q英語の省略について。

英語の省略について。
 英語の授業で、「be busy (in)Ving のinは省略されて分詞に見えるけど、動名詞なんだぞ。」といわれたのですが、このような英語の省略ってよく聞くんですけど、この場合なんで省略できるんですか?

Aベストアンサー

 「busy in ...ing」や「spend in ...ing」は、1900年代前半までは実際に使われていた用法です。

 Mrs Joe was prodigiously busy in getting the house ready for the festivals of the day. (Dickens)

 I have spent my life in finding that out. (Galsworthy)

 そもそも「in」という前置詞の後で用いられていたわけですから、その当時は当然「動名詞」と考えられていたはずです。その意味では、先生の言われていることは全くの的外れでもないでしょう。

 確かに「動名詞」と「現在分詞」は区別が難しいのですが、英英辞典で「gerund」を調べると「a noun in the form of the present participle of a verb」とされていますので、native speakerにもそれなりの違いは認識されているのだと思われます。

 ただし、現代においては「in」が用いられることはほとんどなくなっていますので「in」を用いた場合には非常に古臭い印象を与えます。例えば、日本語で「私は忙しゅうございました。」という表現は理解できないわけではありませんが、わざわざそのような言い方をする人はほとんどいないでしょう。それと似た感じではないでしょうか。

 なお、今では「go ...ing」で定着している表現も、もとをたどれば「go for ...ing」の「for」が取れた形だと言われています。

 ご参考になれば・・・。

 「busy in ...ing」や「spend in ...ing」は、1900年代前半までは実際に使われていた用法です。

 Mrs Joe was prodigiously busy in getting the house ready for the festivals of the day. (Dickens)

 I have spent my life in finding that out. (Galsworthy)

 そもそも「in」という前置詞の後で用いられていたわけですから、その当時は当然「動名詞」と考えられていたはずです。その意味では、先生の言われていることは全くの的外れでもないでしょう。

 確かに「動名詞」と「現在分詞」は区別が...続きを読む

Q松尾芭蕉の『野ざらし紀行』『奥の細道』について。

野ざらしを心に風のしむ身かな
 芭蕉の『野ざらし紀行』の冒頭にこの句が置かれています。この句は、無常の身だからいつ旅の途中で死ぬかもしれないという気持ちを詠んだものといわれています。この旅は、「野ざらしを心に」した旅でもあり、「死にもせぬ旅」ともいえて、「死」の観点の上に立っての「旅」であると考えることができます。それには、母の死を体験した芭蕉に「死」が一段と迫りくるものとして意識されていたのではないかと思いました。つまり、芭蕉のいう無常の根本には死があり、「死」の観念がはかない多くの美的世界を発見したと思いました。
そして、そのことは『奥の細道』中にもいえて、冒頭部分に、
 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり、舟の上に生涯を浮かべ馬の口をとらへて老をむかふる者は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。
 明らかに、「無常」のことを述べ表していると思いました。
上記に挙げたことは、私の考えですが間違いですか?
芭蕉は、多くの旅で、姿ある風景ではなく、何を見てきたのですか?
 歌の伝統、伝統の文学の心を、風景に投影したのですか?
教えてください。
とても分かりにくくなってしまいすみません。

野ざらしを心に風のしむ身かな
 芭蕉の『野ざらし紀行』の冒頭にこの句が置かれています。この句は、無常の身だからいつ旅の途中で死ぬかもしれないという気持ちを詠んだものといわれています。この旅は、「野ざらしを心に」した旅でもあり、「死にもせぬ旅」ともいえて、「死」の観点の上に立っての「旅」であると考えることができます。それには、母の死を体験した芭蕉に「死」が一段と迫りくるものとして意識されていたのではないかと思いました。つまり、芭蕉のいう無常の根本には死があり、「死」の観念が...続きを読む

Aベストアンサー

>上記に挙げたことは、私の考えですが間違いですか?
 間違いかどうか、というご質問ですと難しいところです。
 理由は簡単なことで、「正解」というものが存在し得ないためです。

 文学研究では「正解」はありえません。
 「限りなく真実に近いと確信できる答え」を探すのがやっとです。古典研究であれば作者はもう居ませんし、仮に「こう書いたつもり」という記録が見つかったとしても、作者の中にある無意識がこの文章を書かせた、という論は成り立ちます。
 要は、どこまでも「こうなんじゃないか」の連続、積み重ねがあるだけで、真実も正解もあろうはずがないのです。

 ということで間違いかどうかは言えません。
 しかし、私個人の見解としては、芭蕉の文に「無常観」が見られる、という意見には概ね賛成です。

>芭蕉は、多くの旅で、姿ある風景ではなく、何を見てきたのですか?
>歌の伝統、伝統の文学の心を、風景に投影したのですか?
 まず「歌の伝統、伝統の文学の心」とは一体何を想定してお話されているのでしょうか?
 芭蕉が何を見てきたか、という問いに答えられるのは芭蕉だけです。
 従って次の問いに答えられるのも芭蕉だけです。

 この問いに関する「限りなく真実に近いと確信できる答え」を探すためには相当な研究を重ねる必要性があります。それこそ先行研究が山のようにある分野ですので、まずはそこの読み込みからになります。本文研究も相当必要です。
 ぶっちゃけた話、大学の卒論クラス、もしくはそれ以上の問いになりますので、答えるとしても全角800文字の制限がある中では不可能といわざるを得ません。
 ですので、こればっかりはご自分で研究して、「答え」を見つけるよりほかないと思われます。

 そこまで深刻ではない、というのであれば、お近くの図書館で松尾芭蕉と無常観に関する本をお探しになられるとよろしいのではと思います。


 最後になりますが、私は、芭蕉は旅の中で風景を見て、その中から何かを感じ取って作品を書いたのではないかと思います。
 その感性は無論彼の人生観やその形成に関わった書物の影響の下に存在しているでしょう。彼が尊敬する人物の中に西行法師が挙げられることからも、無常観というものは常に彼の中にあったものとは思います。
 しかし、これが正解ではありませんので、あしからず。

>上記に挙げたことは、私の考えですが間違いですか?
 間違いかどうか、というご質問ですと難しいところです。
 理由は簡単なことで、「正解」というものが存在し得ないためです。

 文学研究では「正解」はありえません。
 「限りなく真実に近いと確信できる答え」を探すのがやっとです。古典研究であれば作者はもう居ませんし、仮に「こう書いたつもり」という記録が見つかったとしても、作者の中にある無意識がこの文章を書かせた、という論は成り立ちます。
 要は、どこまでも「こうなんじゃない...続きを読む

Q英語の日記では、主語の“I”は省略されることが多いでしょうか

英語国人が英語で日記を書くときには、一人称の主語“I”は省略することが多いでしょうか。
例えば、“I joined a party today.”を、“Joined a party today.”と、“I”を省略して、日記には書くことが多いでしょうか。

Aベストアンサー

多いと思います。
友達同士のメイルなどでもよく省略されていますし、私も省略しています。

Q「松島や ああ松島や 松島や」の作者

有名な句なのですが、誰が作者なのですか?

Aベストアンサー

残念ながら作者は不明です。
松尾芭蕉が「奥の細道」で松島を訪れた際に、あまりにも絶景だったので句が浮かばず「松島や ああ松島や 松島や」と詠んだという逸話がりますが、これは狂歌師の田原坊曰く「芭蕉作ではない」との事です。

Q会話時の英語においての主語の省略

おはようございます。
英語における主語の省略についての質問です。
日本語では「私はそこにいった」という意味の事柄を述べるとき
話の前後関係で
私はの部分を省略することができますが
英語では無理なのでしょうか?
例えば
went there.といえば 命令文でもないし、
二人で話をしているとしたら聞き手が行ったということもないでしょうから、話し手がそこへいったということが明確だと思うのですが。
会話において、英語では主語は省略されないのですか?
またはかなり弱く発声されるのでしょうか?
お分かりになられる方、教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

25年以上殆ど英語の生活をしている者です。

命令形や詩、古典など特殊な場合を除き、英語の会話やメール、手紙で主語を省略することはあり得ないと思います。

これは英語が動詞の変化の少ない言語だからだと思います。例えば一人称、二人称、三人称と動詞がそれぞれ変化する言語なら主語を省略することがあります。

ロシアに行ったらロシア人は主語をバンバン省略してロシア語を喋っていますし。

普段英語を喋ったり書いたりするときは、ほぼ100%の確率で主語は省略しないと考えておいたら間違い無いと思います。

Q「奥の細道」の冒頭について

奥の細道の冒頭で「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」とありますが、この「旅人」とはどういう意味なのでしょうか。

旅人と聞くと各地を転々と動き回っているイメージがあります。そこから「時間とは、止まっておらず常に流れているものだ」という解釈になるのでしょうか。しかしそれでは「時間は流れている」という、あまりにも当たり前すぎる内容のような気がしてしまいます。

また「月日」や「年」など、なぜ「時間」について言及しているのでしょうか。その後の文章では船頭や馬子や古人など、「人間」の旅についての記述があるのと比べると、時間について述べている冒頭部分だけがどこか突出している感じがします。

結局、芭蕉の言いたい「行きかう年もまた旅人なり」とはどういう意味なのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

私も、冒頭の一節は浮いているように感じています。何かしっくりはまりませんよね。

アイデアのもとである李白の漢詩の序文「夫れ天地は万物の逆旅(旅館)にして、光陰(月日)は百代の過客なり。而して浮生は夢の若し。歓びを為すこと幾何ぞ」と置き換えると、枕としては判りやすいのですね。「万物は旅籠であり、時間は旅人」であれば、その水墨画的宇宙観にそって、自分の人生は短い、残りは何に使おうか、と続いて、芭蕉の場合は「旅をしたい」と続けることができると思います。

一方「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」は、「時間は旅人だ」と同じ内容を二つ続けただけで、何の枕かよく判りません。もしかすると、本歌取りのように「李白の序文はみんな知ってるよね、あの李白の気持ちと同じなんです。李白は酒なのでしょうが私の場合は旅に出たいと思うのです」と解釈すればいいのかと感じます。
その場合、「月日は百代の過客」だけで充分なのですが、リズム感のために二つ並べただけなのだろうと考えられます。単なるパクリかも(笑)

Q以前塾で英語の受動態の単元を習った時、 byのあとの省略について、 by us, by you,

以前塾で英語の受動態の単元を習った時、

byのあとの省略について、

by us, by you, by people, by someone

は、省略可能で

by a lot of peopleとby many people

は、省略不可と教えてもらいました。

なぜ a lot of や many が付くと省略できないんですか?

Aベストアンサー

○by us, by you, by people, by someoneというのは「一般的」だから省略可能なのです。

 たとえば、日本語でも、「ベニスは水の都と呼ばれている。」、「ライオンは百獣の王と呼ばれている。」・・・これらは「誰が」ということではなく一般的に呼ばれているから明示する必要がないのです。

 これに対し、a lot of people,many peopleは「限定的」なのです。数の多少とは関係なく、限定された人々なのです。だから、受動態になった時、省略は一般にしないのです。

Q松尾芭蕉の奥の細道「旅立ち」で、

松尾芭蕉の奥の細道「旅立ち」で、

月日は百代の過客にして~面八句を庵の柱にかけおく。

ここまでを現代的仮名遣いに直せません!!
どなたかわかる人いませんか??

Aベストアンサー

つきひははくたい(はくだい)のかかくにしていきかうとしもまたたびびとなり。ふねのうえにしょうがいをうかべ、うまのくちとらえておいをむかうるものはひびたびにしてたびをすみかとす。こじんもおおくたびにしせるあり。よもいずれのとしよりかへんうんのかぜにさそわれてひょうはくのおもいやまず。かいひんをさすらえ、こぞのあきこうじょうのはおくにくもの(ふる)すをはらいてややとしもくれ、はるたてるかすみのそらにしらかわのせきこえんとそぞろがみのものにつきてこころをくるわせ、どうそじんのまねきにあいてとるものてにつかず、ももひきのやぶれをつづり、かさのおつけかえてさんりにきゅうすう(ゆ)るよりまつしまのつきまずこころにかかりて、すめるかたはひとにゆずりさんぷうがべっしょにうつるに
くさのともすみかわるよぞひなのいえ
おもてはっくをはしらにかけおく


以上、参考までに。

Q英語を話すときに、省略することがおかしい場面はあるのでしょうか? 例えばwanna 、tryna 、

英語を話すときに、省略することがおかしい場面はあるのでしょうか?
例えばwanna 、tryna 、he's/she's 、I'm/you're 、there're などなど…。
会社との契約時には省略形は使わない方が良いだとか、目上の人には使わない省略の仕方などあるのでしょうか?

Aベストアンサー

wannaとかgonnaとかの省略形っていうか崩れた言葉って感じ。
それらはビジネスの場面では使わない方が良いと言われてるね。
とは言え、実際にはみんなちょいちょい使ってるけどね。
目上の人なんかには、want toとかじゃなくてwould like to とか使うけど、その時はI'd like toって省略するのは特に問題ないね。
それと、It'sとかI'mとかは、まさに省略形なんだけど、こういう省略形はどんな場面でも普通に使うよ。
逆にこういうのは省略しないと相手は違和感があると思う。

Q「まづは諸願の 叶はずば 身より仏の 名こそ惜しけれ」の意味を教えて

次のような伝説があるそうです。

小野小町は晩年各地を流浪していたが、瘡病をわずらった。
里人に「薬師を参拝すると、瘡病が治る」と聞かされ、
千日詣(あるいは百日詣)した。
満願の日、小町は次のような歌を詠んだ。

(1)南無薬師 まづは諸願の 叶はずば 身より仏の 名こそ惜しけれ

すると薬師が、

(2)むらさめは 唯一時の ものぞかし おのが身のかさ ここにぬぎおけ
と返した。

この(1)と(2)の歌を自分なりに訳してみたのですが

(1)南無薬師→薬師様に帰依します。
 まづは諸願の 叶はずば→いろいろな願いが叶うのならば?
 身より仏の 名こそ惜しけれ →私の身より御仏の名前がもったいない?(全く意味がわかりません)

(2)むらさめは→にわか雨は
 唯一時の ものぞかし→たった一時のものです。 
 おのが身のかさ ここにぬぎおけ →あなたの身につけている笠をここに脱いでおきなさい。
※笠に瘡(かさ)を掛けている。

と訳してみたのですが、間違いがありましたらご指摘いただきたいです。

また、「まづは諸願の 叶はずば 身より仏の 名こそ惜しけれ 」は
さっぱり何のことかわかりません。
意味を教えていただけると嬉しいです。

次のような伝説があるそうです。

小野小町は晩年各地を流浪していたが、瘡病をわずらった。
里人に「薬師を参拝すると、瘡病が治る」と聞かされ、
千日詣(あるいは百日詣)した。
満願の日、小町は次のような歌を詠んだ。

(1)南無薬師 まづは諸願の 叶はずば 身より仏の 名こそ惜しけれ

すると薬師が、

(2)むらさめは 唯一時の ものぞかし おのが身のかさ ここにぬぎおけ
と返した。

この(1)と(2)の歌を自分なりに訳してみたのですが

(1)南無薬師→薬師様に帰依します。
 まづ...続きを読む

Aベストアンサー

この歌は小野小町となっておりますが、日本各地の薬師さまに残っている話で、場所によっては和泉式部の歌となっております。

先ずは、和泉式部から:
彼女が癩病を患い、京都清水の観音に参籠したら、越後の米山、三河の鳳来山、日向の法華嶽寺の三薬師に祈れとの夢告を受けた。そこで米山鳳来寺に参籠したが、その験なし。そこで,わざわざ九州の日向の法華嶽寺まで来たが、またその験なし。そこで、「願を掛けたのに叶わなかった私の身はどうなっても大したことはないが、仏様の名に傷がつきますよ」と恨み節で詠ったのが、
 南無薬師諸病悉除の願立てて 身より仏の名こそ惜しけれ
そして合掌閉目して千尋の崖より飛び降りたら、薬師様に助けられ、また薬師様から返歌を賜ったのが、
 村雨はただひと時のものぞかし おのが蓑笠そこにぬぎおけ

次はの3つは小野小町の恨み節:
備中都窪郡清音村大字黒田の昼間薬師、
 南無薬師諸病悉除の願立てて 身より仏の名こそ惜しけれ
それに対する薬師様の返歌、
 村雨はただ一ときのものぞかし そこに脱ぎおけおのがみのかさ

美濃山県郡厳美村大字岩井の薬師堂、
 南無薬師諸病悉除の願しめて 仏を祈る身こそつらけれ
それに対する薬師様の返歌、
 村雨はしばしばかりのものなるに おのがみのかさそこに脱ぎおけ

上州甘楽郡小野村大字後賀の鹽薬師堂、
 南無薬師先づは諸願の叶わずば 身より仏の名こそ惜しけれ
それに対する薬師様の返歌、
 むらさめは只一時のものぞかし おのがみのかさここにぬぎおけ

また、記録に残る最も古い出典は、江戸前期の安楽庵策伝の笑話集『醒睡笑』巻六(岩波文庫):比叡山根本中堂へ山門北谷の児(ちご)、七日参籠すれども効無し。うち恨みて
 南無薬師諸病悉除の願ならば 身より仏の名こそ惜しけれ
と短冊に書いて内陣に投げ入れると、内より御声ありて、
 村雨の降るとは見えて晴れにけり そのみのかわをそこにぬぎおけ
本坊に還れば瘡みな痕無し。

柳田國男に言わせると、この歌は皆、「可なり近代式は俳諧であったが、其代わり之を聴いた人には、心持ちはよく解ったらう」とのことです。要するに、和泉式部の歌でもなく、小野小町の歌でもないそうです。

参照:定本柳田國男第八巻、『和泉式部の足袋』pp275-282、筑摩書房

この歌は小野小町となっておりますが、日本各地の薬師さまに残っている話で、場所によっては和泉式部の歌となっております。

先ずは、和泉式部から:
彼女が癩病を患い、京都清水の観音に参籠したら、越後の米山、三河の鳳来山、日向の法華嶽寺の三薬師に祈れとの夢告を受けた。そこで米山鳳来寺に参籠したが、その験なし。そこで,わざわざ九州の日向の法華嶽寺まで来たが、またその験なし。そこで、「願を掛けたのに叶わなかった私の身はどうなっても大したことはないが、仏様の名に傷がつきますよ」と恨み...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報