『銀魂2 掟は破るためにこそある』がいよいよ公開!>>

藤村操は、その有名な辞世の句、
(悠々なる哉天襄、
遼々なる哉古今、
五尺の小躯を以て比大をはからむとす、
ホレーショの哲学竟(つい)に何等のオーソリチィーを値するものぞ、
万有の真相は唯一言にしてつくす、
曰く「不可解」我この恨を懐いて煩悶終に死を決す。
既に厳頭に立つに及んで、
胸中何等の不安あるなし、
始めて知る、
大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを。)
から、人生は不可解だから死ぬことを決意した、と解釈できますが、
彼についてどう思いますか?

A 回答 (5件)

>彼についてどう思いますか?


様々な文献でも彼の言動について多くの見解が語り継がれていますが、難しい質問故、以下あくまで私見です。華厳の滝に身を投げたときにはセンセーションを巻き起こし、当時世に絶望感を持つ若者達が共鳴し次々と後に続きましたが、世の中全て不可解なりという名言は極論を唱えるなら神に対する冒とく。人間の力では解決できないものを求めつづけた結果だと考えます。しかしながら神の存在自体が彼の中にはありえないものであり、彼自身が神であるという存在だったのだろうと考えます。神であるなら死は恐怖ではなくなります。続いた若者達は藤村を神と崇めたのかもしれませんね。今で言う超エリートであった彼が自ら命を絶つことが人間の最高の美徳と考えたのは、エリートであったからこその悲劇とも言えると思います。貧しく、学識も乏しい人間は昔も今もとにかく生きることだけに必死です。私見につき全く自信なしの回答ではありますが。
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この回答へのお礼

私見につき全く自信なしの回答ではありますが。 >いえいえ、立派な意見だと思います。かわって私の考えは、半分共鳴半分不可解といったかんじです。私も、うまく言葉では説明できませんがどうしようもなく死にたくなるときがあります。このことを無理やり言葉にすれば、「世の中が不可解だから」になるのかもしれません。しかし、やはり今とは違い学歴がものをいったあの時代にエリートとして順調に歩んでいたわけですから、そんなことで命を絶たずに、その約束された人生にのっかって、地位も名誉も富も女もほしいままにして暮らせばよかったじゃないって思ったりもしてしまいます。
貴重な意見、ありがとうございます。他にもいろいろな人の意見を聞いてみたいものです。

お礼日時:2005/08/28 04:59

難しいことはわかりませんが。

彼についてどう思うか、という質問なので。

私は、失恋がきっかけだと聞いています。
エリート意識と自意識のカタマリのような少年が、初めての挫折にあっけなくノックダウンされたのでは。そんな理由で死んでしまうのはプライドが許さないから、こ難しいことを書き残したんじゃないか、と冷ややかに見ています。

おなかの大きい時から期待をかけ、赤ん坊のときは夜中にもおむつを替えて(布おむつだからねえ)、苦労して育てた息子にあっさり自殺された母親がホントに気の毒です。
くだらないものに酔わんでほしい。

自分の命だから自分の勝手と言うなら、百歩も千歩もゆずって、自殺もよしとしましょう。でもそれなら、死んだあとの死体の始末を赤の他人にさせるなよ! って言いたい。人里離れた山の中で、野生動物のエサになって土に還れば、と言いたいです。

生かされている自分の僥倖に感謝し、命を大切に生き抜いてほしいです。
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この回答へのお礼

私は、失恋がきっかけだと聞いています。
エリート意識と自意識のカタマリのような少年が、初めての挫折にあっけなくノックダウンされたのでは。そんな理由で死んでしまうのはプライドが許さないから、こ難しいことを書き残したんじゃないか、と冷ややかに見ています。>個人的に、初めての挫折は年が大きいほど本人にとっては耐え難いものになっていくと思います。16,7そこそこは、乗り越えられれば乗り越えられる微妙な年だと思いますが、まだ思春期をひきずっている年でもあるので難しい時ですよね。。

お礼日時:2005/08/29 23:42

人間は、誰だって死について考えるものです。

特に若い時期は、誰でもそのような経験を乗り越えてこそ、成長して行きます。

僕にとって人生とは絶望です。愛とか勇気とか友情とか、とにかく人間って素晴らしい!と思うと同時に、人間ほど汚く、醜く、卑しい存在はないと思います。そういう葛藤、矛盾を、誰だって感じると思います。それを克服できなくなってしまい、片方に偏ってしまい、つまりバランスを崩してしまえば、そのとき人は、死を選ぶのかもしれません。

失恋が原因で彼は死を選んだのかは、わかりませんが、恋愛をしているときは、心が敏感になります。純粋ゆえに傷つきやすい。なにゆえに自殺を決意したのか、やはり本人に聞かないとわかりませんが、地位も名誉も富も女もほしいままにしても満たされない、それ以上の価値があることを彼は知っていたのかもしれません。

死が美しいと思うのは、生きているからです。有限な世界に生きているからこそ、死が美しくみえるんです。
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この回答へのお礼

片方に偏ってしまい、つまりバランスを崩してしまえば、そのとき人は、死を選ぶのかもしれません。>確かに・・。納得できます。

やはり本人に聞かないとわかりませんが、地位も名誉も富も女もほしいままにしても満たされない、それ以上の価値があることを彼は知っていたのかもしれません。>その価値をぜひ聞いてみたいものですねぇ・・しょせん無理ですが。

お礼日時:2005/08/29 23:36

彼が自殺したのは、確か16歳の時でしたよね。


言の趣旨は「>人生は不可解だから死ぬことを決意した」でしょうが、
論理的に無理を感じます。
つまり、何か他の理由があったのだろうと。

冷静に考えれば、「人生不可解」から「死ぬ」の間には何の脈絡もありません。
不可解だからといって、死ぬ必然性は生じないということです。

しかし、彼は「不可解」に死ぬ必然性を求めざるを得なかった。
ここから導き出される結論は、理由の如何を問わず
彼は死の欲求に圧倒されていた、ということでしょう。

彼の精神を強く揺さぶる大きな出来事があって(死の直近である必要はないが)、
その為に精神が揺さぶられ、その不安定さに耐えられなかったのだと思います。
死というのは、全てがこれ以上分解できない原子(または、もっと小さいもの)に帰すること、
即ち、全てが安定することに他ならないからです。

精神を大きく揺さぶる「振り子」を一旦止め、
「ゼロから再出発する」という機能を人は備えています。
この機能を使うことに思い至らないほど、彼の受けた衝撃が大きかった、
ということになるのだろうと推測します。

余談です。
ご存知かもしれませんが、夏目漱石は彼の先生でした。
彼の自殺後1年ほどして「我輩は猫である」を書きます。
「放っておくと、木に遺書を書き付けて滝から飛び込まれるかも・・・」
といった記述が出てくるようです。
漱石は嫌いではありませんが、ちょっとひっかかる一節です。
死んだら終り、ということでしょうかね。
後に書くことになる「こころ」の「先生」は、この藤村操の自殺原因を漱石なりに考えて、
モデルにしたのではないかと勝手に想像してみました。
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この回答へのお礼

彼の精神を強く揺さぶる大きな出来事>やはり失恋でしょうか?何かで読んだのですが、一つ年上にガールフレンドだか憧れの女性だかがいて、自殺する前に振られたのだと記憶してます。でも私は、失恋したから自殺したのではなく、自殺を決意したからこそ告白を決意したのではないかと考えました。死ぬ前の身の回りの整理、みたいなかんじで。

死というのは、全てがこれ以上分解できない原子(または、もっと小さいもの)に帰すること、
即ち、全てが安定することに他ならないからです。>素敵な言い回しですね。言葉が美しいと感じました。

漱石は彼の自殺の真の原因を知っていたんでしょうかね・・。私は、藤村操と年が近いせいもありますが興味が消えません。一度話してみたかったです。

お礼日時:2005/08/28 18:30

自分の意見ではないですが、「犬儒派だもの」呉智英(双葉社)の「虚無に向きあう言葉」というものに詳論されてます。

一読の価値はあると思います。
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この回答へのお礼

「犬儒派だもの」呉智英(双葉社)の「虚無に向きあう言葉」>貴重な情報どうもありがとうございます。さっそく探してみます。

お礼日時:2005/08/28 18:17

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とても賢い少女神埼麗美が、自分の自殺をほのめかした時に、どこかの大学生?(東大生?だったような。。。)が自殺をするときに残した遺書の一文を読み上げていた気がします。

その遺書はどんな内容だったでしょうか? また誰の文章でしょうか? しっているかた教えてください。

Aベストアンサー

昨日久々に一巻から全巻読破したモノですが、No2さんの上げたので大体あっているのですがるようですが若干かわっているようです。

悠々たる哉天壌
遼々たる哉古今
___________

五尺の小躯をを
以って戸の此大を
はからむとす

オレーショの
哲学 竟に何等の
オーソリチーを
値するものぞ

万有の真相は
唯一言にして悉す
曰く_______

『不可解』_________

我この恨を懐て煩悶 終に
死を決す____________

既に巌頭に立つに
及んで胸中何等の
不安あるなし

始めて
知る
_________

大なる
悲観は 大なる

楽観に一致
すると_______

Q過去の事を思い出して恥ずかしくなる

皆さんにも、そんな経験があるかと思いますが、
私の場合は、例えばある言葉を別の意味と勘違いしていたとか、
大勢の前ですっ転んだというような種類のものではなくて、
もっと自意識的なものが多いのです。
例えば、数人の知人達との会話で、あまり詳しく知らないことをさも得意げに話してしまったとか(詳しくないのは周囲にはバレバレだったはずです)、
いろいろな場面で虚勢をはってしまったなぁ、とか。。。
当時も、「あ、今のマズかったかな」と思ってはいたのですが、
それをずーっと3年、4年も引きずって、
今でもたびたび思い出しては、なんてバカだったのだろうとか、
皆はきっと「痛々しいヤツだなぁ」と思っていただろうな、と想像しては、恥ずかしくなってしまいます。
これが苦しいのです。
その知人たちとは最近まではあまり会う機会がないのですが
これから会うことがありそうな気配です。
恥ずかしいなぁ。
きっと知人たちは、私を「痛々しいヤツ」と思ってしまっているでしょうし。
自意識が強いのですね。
もっと大人になったら、そんな自分のことも受け入れられるのでしょうか?「ばかだったけど、可愛いもんだ」って、いとおしく思えたりするようになるのでしょうか?
皆さんの「恥ずかしい過去」(自意識的な)ってありますか?
また、そういったことを克服したことはありますか?

皆さんにも、そんな経験があるかと思いますが、
私の場合は、例えばある言葉を別の意味と勘違いしていたとか、
大勢の前ですっ転んだというような種類のものではなくて、
もっと自意識的なものが多いのです。
例えば、数人の知人達との会話で、あまり詳しく知らないことをさも得意げに話してしまったとか(詳しくないのは周囲にはバレバレだったはずです)、
いろいろな場面で虚勢をはってしまったなぁ、とか。。。
当時も、「あ、今のマズかったかな」と思ってはいたのですが、
それをずーっと3年、4年も...続きを読む

Aベストアンサー

 ええっと、私もあります。
 寝る時とか、静かにしているときに思い出すこととか多くて、ふとんにくるまってごろごろ転げ回りたくなります。
 電車の中でぼーっとしているときにふと思い出し、照れ隠しが思わず口についてでてしまい・・ということもありました。。。尚更恥ずかしい記憶が増えるうぅぅう(T▽T)。
 
 でも・・茨木のり子さんの本を読んだとき、はっとしました。けっこう有名なこの詩人さんが、自分の好きな国内の詩について語った本だったんですが、その問題の詩は、戦時中の人の詩です。
 戦時中、朝鮮人が差別されていた事実があって(それがもう過去形なのかどうか私は断言はできませんが、このサイトでもたびたび、「韓国人だから悪い」みたいな感情むき出しで屁理屈こねてる人もいて、人種差別の対象になる国だと思われていることは確かみたいですね)、子供は残酷で、みんなでよってたかってチョウセンジン臭い、といっていじめたんだそうです。鼻をつまむ仕種をして・・。
 作者はそんないじめのなかでも素直さを失わない、ほんとうに大事な朝鮮人の友人を一人持っていました。が、ある日、日本人の友達がその朝鮮人の友人をはやしたてる場面に遭遇してしまいます。
 それまで友人と思い、仲よくしていたのにも関わらず、彼は、日本人の友人たちがしているのと同じように、遠くから鼻をつまむしぐさをしてみせてしまった、と書いています。その時のことを思い出すたび、がむしゃらに食堂にかけこんでラーメン屋ら餃子やら、何杯でも口に押し込まずにはいられない、そういう告白でした。
 そのどっちにとっても酷い身を切られるような切ない話を思い返すと、私は、自分が虚勢をはるのに失敗した程度、なんだろう、と思うようになりました。
 結局、虚勢をはって失敗したことで何がそんなに「ふとんにくるまってごろごろ転げ回りたい」ほど恥ずかしいか、というと、自分かわいさ以外の何者でもない(ごめんなさい、tuliさんを責めてるわけじゃありません)、もし虚勢を張ることに成功していたら、そんなに恥ずかしかったのか?というと、違うと思いました。得意満面で、自分のちっぽけなプライドが満ちて安心していたんじゃないでしょうか。そっちのほうが恥ずかしいのに。
 仮に自分が本当に思い描いたとおりの立派な人物だったとしても、そんなに得意気にしてもいいってわけじゃない・・。謙虚になるべきだ、そう思うようになったんです。
 つまり、思うようにならなかったそのこと自体が恥ずかしく思っているように思うんです。「風とともに去りぬ」の中で、二番目の夫を間接的に死に追いやった罪に怯えるヒロイン・スカーレットに、バトラーが慰めの言葉をかけます。「君は、本当に後悔しているわけじゃない。ただ、地獄に行くのが恐ろしいだけだ。言うなれば、泥棒がつかまって、その盗み自体を反省しているわけじゃないが、罪が露顕して刑務所に行くことになったので残念がっているのと同じだ」と言うんです。
 そんな感じです、わたしの場合。
 ないからない、それは確かに恥ずかしいことで、みじめだけれども、失敗した自分も痛々しく、その痛さは大人げなくて可愛くないが、愛すべき余地がないわけじゃない。
 友人を、もっともひどい方法で傷つけた自責とやりきれなさ、その弱さを自覚しながら一生背負うよりは、まだましだ、みたいな。
 上手くいえませんね・・。
 結局、少しは、「なんてばかだったんだろう、しかも今もあまり変わっていない」と思って焦りますが、ある意味、自分も可愛いな、と思うようになったってことなんだと思います。
 でも同時に、そういう、恥ずかしい、身の程しらずな自分が恥ずかしいという感覚を忘れないほうがいい面もあると思います。分相応を忘れるると、日本の年齢序列制の社会では、厚かましい無恥なおばさん、おじさんに成り果てるような(;^_^A。

 「自分が可愛い」という言葉一つでも、二通りの意味がありますね。両方で読んでください。も、ほんとしょうがないな(笑)、お前って・・な、だめだから愛しい可愛いさと、自分だけが大事だろ!っていう、保身の意味と。

 ええっと、私もあります。
 寝る時とか、静かにしているときに思い出すこととか多くて、ふとんにくるまってごろごろ転げ回りたくなります。
 電車の中でぼーっとしているときにふと思い出し、照れ隠しが思わず口についてでてしまい・・ということもありました。。。尚更恥ずかしい記憶が増えるうぅぅう(T▽T)。
 
 でも・・茨木のり子さんの本を読んだとき、はっとしました。けっこう有名なこの詩人さんが、自分の好きな国内の詩について語った本だったんですが、その問題の詩は、戦時中の人の詩です。
...続きを読む

Q旧帝大ってどんくらいすごいですか?

旧帝大ってどんくらいすごいですか?
私の祖母はめっちゃ旧帝大信者です
姉が私立大なのですが 実家帰るたび嫌味を言われていてかわいそうです
信者はうちの祖母の世代に限るんでしょうか?
皆さんは「旧帝卒」って聞くとどう感じますか?
教えて下さい

Aベストアンサー

国立大の話をすると、各県に教育学部と医学部が必ずあります。学校の先生とお医者さんは、各県に必ずいる大切な職業で、しかも高等な教育が必要だから、地元に養成機関を作ったんですね。また、ほとんどの県で、工学部か農学部、希に水産学部があります。これも地元の産業を担う人材を育てたい、ということですね。
旧帝大は、これら各県の枠では収まらない優秀な人材を集めて地元の産業の枠を超えた、国として産業や学問を発展させよう、という研究機関となります。北海道、東北、関東、中部、近畿、九州の各地方(なぜか中四国にはないんですよね)にあります。
特徴としては総合大学として、文学部、商学部、法学部、理学部、工学部が必ずあり、各分野の進歩を担う人材の育成を目的としています。
要は、「研究者」つまり「学者」を養成することが大きな目的です。

対して私立大の両雄、早稲田、慶応の例で書くと、これらは、社会に実際に役立つ人材を広く育成することが目的で、「実学」(実際の社会活動に役立つ学問)を教えることが主になります。
たとえば、建築の話ですると、
旧帝大は建築学の権威を育てたいと考え、私立大は優秀な建築家を育てたい、と考えているわけです。

ここでのポイントは、学者さんと技師さんとで、どちらを尊敬するか、ということですね。
昔は多くの人は中学にも行かずに職人や商売人になりました。職人は技師と同じ職場にいますし、経営者も商売人と直接関わる間柄になりますよね。技師さんや経営者さんは大学を出ていても身近な存在なんです。大学を出たばかりの設計技師さんよりも、現場で腕を磨いた頭領の方が優秀なことも多かったでしょう。
でも、身近に学者さんはいなかったでしょう。

で、回答になりますが、「旧帝大卒」と私が聞いた場合、研究者になるための一通りの作法を学んだ人だ、という認識を持ちます。実際に研究者になっていなくても、学んだ、つまりそういう考え方を習ったというところがキーになります。お茶の師匠になっていなくても、その作法を習った人は、茶道とは、というところを知っているだろう、というのと同じです。

これ、言い換えると、「私大卒」と私が聞いた場合、社会に実践的に役立ついろいろなことを知っている、身についている、と思います。

上下がある話ではなく、社会に貢献するやり方の違い、だという認識です。

国立大の話をすると、各県に教育学部と医学部が必ずあります。学校の先生とお医者さんは、各県に必ずいる大切な職業で、しかも高等な教育が必要だから、地元に養成機関を作ったんですね。また、ほとんどの県で、工学部か農学部、希に水産学部があります。これも地元の産業を担う人材を育てたい、ということですね。
旧帝大は、これら各県の枠では収まらない優秀な人材を集めて地元の産業の枠を超えた、国として産業や学問を発展させよう、という研究機関となります。北海道、東北、関東、中部、近畿、九州の各地...続きを読む


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