幻覚は存在するのでしょうか?

私は「幻覚を見たことがある」と言明したことがあります。しかし、それは、どうしてそれが幻覚であるとわかったかと申しますと、過去にはそれと同じようなありかたのものはなかったからです。つまり過去との比較において、それは幻覚であるに違いないと考えたわけです。しかし、それは新しくそういうものが現れただけであって、私は本当にそれを知覚しただけなのではないでしょうか?私が知覚したものはすべて存在すると言って何か不都合なことはあるのでしょうか?
私はそのとき他人に確認していないのですが、仮に他人が「そんなものは見えない」と言っても、私には見えるのであるから、それだけで幻覚であるとはいえないと思います。他人がうそを言っている場合、他人が見逃してしまった場合、その他、いろいろ可能性はあるでしょう。

私は幻覚が存在してしまっては困るというわけではありません。ただ、幻覚が存在するためには何か条件があるような気がするのです。例えば、私が見たものはすべて存在すると思っている人には幻覚というものが理解できないはずなのです。そして、おそらく多くの人がそう考えていると思います。
幻覚というのは他人が言明するものであって、当人が言明するものではないのでしょうか?しかし、私は他人に何も言われずに、自分で、幻覚が見えたと言ってしまいました。これはどう説明したらよいのでしょうか。私は他人の視点に立てたのでしょうか。

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A 回答 (25件中11~20件)

#10です。



>これは古典哲学に多い誤謬なのですか?

人の幻覚を見たことを受容しようが、自分の幻覚を見たことを確信・言明しようが、存在と何の関係が?
「峠を越えたときに、彼は、神が雲の中に立っておられるのを見た。」しかし「それは実際見たわけではなく幻覚と彼は承知している」という場合--
脳の中の幻覚という現象を神経細胞機能による知覚という意味で存在と呼ぶ(しかしその存在という言葉の使い方はそもそも間違っています)ならば存在したといえます。幻覚で見た神の存在を問うならば、誰にも答えは出せず、命題は無意味。#12さんの猿で置き換えてもいいでしょう。--
「思惟と対象は一致するか」という昔ながらの命題のように偽の命題を含んでいるものについて、いくら思索を重ねても存在を記述することなんてできないと言っているのです。

>ヴィトゲンシュタインは哲学探究を読めばよいのでしょうか?

順番から言ってまずは『論理哲学論考』でしょう。
言語ゲームを語る『哲学的探求』も悪くはありませんけど。

>何か幻覚について論じているところがあるのですね。

幻覚について論理的な考察をしたいのであれば、自然科学の大脳学あたりをあたってみるべきでしょう。木星の重力や霊魂の存在を自然科学以外で説明して何か意味が有りますか。
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この回答へのお礼

命題が無意味だったんですね。
存在というのは難しいですね。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/09/20 11:40

入眠時幻覚で検索してください。


一言で言うと割と頻繁に幻覚は現れます。
これは当方も経験したことが有りますし何らかの理由で覚醒時に現れても不思議ではありません。

もう一つ盲視で検索してください。
これは意識では見えている自覚が無いのに脳は認識していると言う現象がありえることを示しています。

結論から言うと幻覚が非科学的であるという事は野蛮な発想です。
精神疾患になると症状として幻覚が現れるのは普通の事ですし、健康な人でも個性や条件によって起こり得ます。
仮に精神病患者でも幻覚を見ているのは疑いようも無い事実ですし、脳にそのような現象が起こりうる条件は有ります。

幻覚が見えても変なものを楽しんでいいですよ、大半の場合精神面にも脳にも異常はありません。

この回答への補足

私は幻覚が非科学的であるといっているのではありません。ただ、それらの事実の多くは医者、あるいは実験者の立場からのことであって、患者、あるいは被験者の立場からのことではないということなのです。

補足日時:2005/09/19 17:52
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ある知覚が、幻覚であるかどうかは、その知覚によって得られたイメージに対応するものが、物質界に存在しているかどうかで決まります。

質問者の方は、物質界に対応物が存在しているかどうかについて、調べられたかどうかは書かれていないので、それが、幻覚か、あるいは、通常の知覚かは、判断しがたいと思います。

ただ、質問者の方は、この辺のことは、恐らく、既にご了解済みのことだと思いますので、私が、今回の質問のポイントをあまりよく理解していないのかも知れません。例えば、物質界そのものが幻覚ではないかという疑問なら、非常によくわかりますが、そういう疑問では、ないんですよね。

この回答への補足

物質界に対応物が存在するかを調べるとは幻視の場合、それを触ってみるとかですかね。私はしていません。たぶん。ただ、虹というか三原色の立体画像(妖精?)が動いていました。あるいは、凝視すると渦を巻いていたり。

物質界そのものが幻覚であるということは面白いのですが、それでは、何が幻覚でなくなるのかがわからなくなり、結局、幻覚という概念は消滅してしまうと思います。それとも物質界以外で何か幻覚でないとされる候補があるのでしょうか?

私の疑問は物質界そのものが幻覚でないかという疑問とは違うと思います。でも、究極的には同じことになるかもしれません。それはわかりません。

補足日時:2005/09/19 16:55
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質問者の方の疑問点は、主観と客観の対立があった場合、如何に対処すべきか、という点に尽きると思います。

幻覚が幻覚であるとされる所以は、それが主体にのみ確認でき、客体には確認できない、という点に尽きるためです。

対立があった場合、客観を重視する、というのが現在一般的ですが、主観を重視する立場も存在します。現在の主流である前者の立場に立つのであれば、客体に確認できない以上、幻覚は存在します。
一方でもし後者の立場に立つのであれば、何であれそこにあると知覚されるものものは実際に存在するのですから、幻覚は存在しないことになります。

幽霊の存在と似た事ですね。「見た」というある人の経験(=主観)が、他のある人には「見えない」(=客観との対立)場合、幽霊がいると信じる(=主観を優先させる)かいないと信じる又は物的証拠を要求する(=客観を優先させる)かの違いで、結局立場の違いであると考えられます。
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この回答へのお礼

うまくまとめていただきました。

すべての人が同じ幻覚を見ることができないということですね。主観と客観の対立が起きないから。

それから、すべての人がそれぞれ違う幻覚を見ることはできますかね。これはちょっとわかりません。

お礼日時:2005/09/19 16:53

 > 私は他人に何も言われずに、自分で、幻覚が見えたと言ってしまいました。


 そもそも他者の視線があるから、こういう発言があるんだと思います、自分で見た物が100%実在だと思ってたら、他人とは見てるものが違うかなんて気にならないし、最初からそんなことも考えないでしょう。
 純粋な新しい経験(もしそんなものがあったとして)が、純粋な自分一人の野生の過去の経験(そんなものがあったとして)とバッティングしたのではなくて、それまでの社会的に他人と共有した過去とバッティングしたからこそ、新しい感覚の方に違和感を憶え、その感覚は個人的な異常によるものだと判断したのだと思います。
 当然、そのような感覚について本人から説明を受けた他者も、それは異常な感覚だと判断するでしょう。
 その辺が曖昧であれば、幻覚を本物と主張し、通ってしまうこともあると思いますし、そういう形で認められたある個人の幻覚が、その他大勢に物語的に伝わることはあると思いますが、幻覚が存在する為の条件を求めるとすれば、当然、他者に認められるという話になってくるので、こういう、本人が幻覚を見た云々でなく、どう他人に伝わったかという話になると思います。

 
 
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この回答へのお礼

確かに、仰るとおりだと思います。

そのまま私は幻覚を見ることができない。他人が私が幻覚を見たという発言を受容することにより、私は初めて幻覚を見たことになる。

これは私に誤解があるでしょうか?

私は幻覚を見ているという発言と彼は幻覚を見ているという発言とでは全く違うような気がしてきました。前者では他人が認めてくれなければ、それは幻覚ではなく、後者では彼にとって他人である私が認めているので、それは幻覚である。

どこか間違っているような気もしてきました。

いろいろ考えさせてもらい、ありがとうございました。

お礼日時:2005/09/19 16:29

#5さんが回答されているような自然科学で説明できる問題を、「存在」という言葉を曲解して「幻覚」を思考しようとする古典哲学に多い誤謬です。


ヴィトゲンシュタインを読んでみてください。
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この回答へのお礼

これは古典哲学に多い誤謬なのですか?
ヴィトゲンシュタインは哲学探究を読めばよいのでしょうか?何か幻覚について論じているところがあるのですね。
ありがとうございます。

お礼日時:2005/09/19 16:10

>私は他人の視点に立てたのでしょうか。



かつて刊行された、「ソフィーの世界」という著書があります。(映画もありますが、「空想」という観点から書物に限りたいと思います)

ソフィーという空想の人物に依る歴史探検という内容なのですが、ソフィー自体が、架空であり、また、体感した描写も架空ということになります。しかしながら、ソフィーは、作者の代弁者でありながらも、読者の案内役でもあるというような企画であったと認識しています。

いわば、ソフィーの世界とは、架空の世界でありながら、歴史に基づいた構成になっていて、作者の世界でもあり、それを読んでいる読者の世界でもあるのです。
ここで、作者が意図した世界構成(世界観)と読者が認識した世界構成が共通したものかどうかというと、必ずしも同じではありません。
だとすれば、「ソフィーの世界」のソフィーは、架空でありながら、無数(読者の数だけ)に存在するということになります。
作者が意図したソフィーは1人であるにもかかわらず、ソフィーは無数に存在するのです。

ソフィーとは、誰なのでしょうか?

参考になれば...
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この回答へのお礼

他人の視点も架空の視点であるということでしょうか?そうではないですよね。

作者の世界と読者の世界が同じであるかどうかはどうやって判定するのでしょうかね。

毎度ありがとうございます。

お礼日時:2005/09/19 16:04

視覚障害と似ているのですが、、、



『ある網膜の部分が、光を感受しない』というのは視覚障害と同じなのですが、その場所は「盲点」と呼ばれ、我々に共通してあるものです。


盲点
http://www2.ttcn.ne.jp/~good.live/mouten.htm

☆気付かなければ、『一生』気が付きません。
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この回答へのお礼

それは盲点でした。
盲点がない人は逆に視覚障害なのでしょうかね?そんな人はいないはずですが。
幻覚も一生気がつかない人もいるかもしれませんね。

お礼日時:2005/09/19 15:51

視覚とは実は曖昧なもので、現実世界を正確に描写しているとは限らないのです。



その原因となるものが、錯視であったり・疾患であったり...それにより、「錯覚」のような混乱が生じます。

corpus様ご指摘の通り、「目を閉じていても、視野が動いた。」というのも、『残像と記憶』が大きく影響し、それに加え、光の明暗に対する感受性が関係しているように思います。

例えば、広大な風景を写真に写した時、思った以上に小さく感じることがあるかと思います。

現場にいた自分は、複数の風景を記憶し、それを脳内で再構成し、視覚に入っていない部分も含め、ひとまとまりの映像として知覚しているのです。
一方、写真の方は、記憶の部分がバッサリと欠落していて、1つの固定ポイントを中心とした本来の風景(現実上の視覚)が表されています。

☆『知覚』と『認識』の違いは、そこにあります。

corpus様は、そのように知覚したかもしれませんが、目を閉じた状態で周囲を観察できるはずはなく、経験則と記憶とが、残像と連動し、そのような虚像を感じたのかもしれません。

ちなみに、代表的な感覚に、「視覚」「聴覚」「味覚」「嗅覚」「触覚」の五感がありますが、それらのうち、面白い例で、視野を覆った状態で、冷たさと痛さを区別する実験において、区別できなかったという実験結果があります。

人の感覚とは、その生体的仕組み上、案外いい加減なのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
ところで、写真が正確で、視覚が正確でないというのはどのようにしてわかるのですか?

お礼日時:2005/09/19 15:47

>医者から孤立した患者は幻肢というものはないとは言えませんか?私は患者自身がどのようにして幻覚がわかるかということに疑問を持っているのです。



昼間に「コウモリが見える」という人がいます。
本人は、コウモリだと思っています。。。

視野欠損
http://www.gankaikai.or.jp/info/10/03.html
飛蚊症
http://www.gankaikai.or.jp/health/15/index.html
40才こえたえらNTGにゴチューイ!
http://www.ntg40.jp/index2.html
緑内障 簡単簡易チェッカー
http://www.on.no-ip.biz/ryokunai/

この回答への補足

いろいろな視覚障害というのがあるのですね。それはわかります。しかし、それが障害だとわかるのはなぜでしょうか?それがその当人にとって普通であるということはないのですか?現にそうであるようにしか感覚されないのではないですか?本当はこう見えるはずなのだが、障害があるために違って見えてしまう。これは他人(医者)が障害だとすることによってではないですか?

補足日時:2005/09/18 21:51
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