学校の授業でイスラムと西洋について比較することになりました。それで、世界史をやってない私は何もわかりません。しかしレポートの期限が迫っており困ってます。宗教的な面での比較など、どんなことでもかまいません。教えてください・・・ 

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A 回答 (3件)

 


  あまり、こういう形の依頼に対し回答する気は起こらないのです。それは No.1 の方が述べているのと同じ理由からです。自分の課題であるものに、取り組む努力姿勢が窺えない人に何を答えるのかというのが疑問なのです。
  
  とはいえ、簡単に述べてみます。No.2 の人の回答は、少し首を傾げるようなものにもわたしには思えます。
  
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  西洋は、古典ギリシアやローマの文化遺産を継承し、最初、森の文化として、ゲルマンやケルトが部族社会を造っていた。ゲルマンの大移動によって造られた多くの国家は、部族社会を基礎にするものであった。
  
  西欧はしかし、その後、キリスト教を受け入れ、カロリング朝フランク王国になって、西ローマ帝国の継承者と認められ、みずからもローマ帝国の後継者を任じた。この頃より、西欧の社会は、農業生産を大きく開発するようになり、従来の牧畜に加えて、土地と結びついた農業生産によって、契約によって人々の関係が定められ、また身分制が明瞭にさだめられた、封建社会へと展開した。
  
  中世封建社会はおよそ800年ほど続いたが、16世紀に宗教改革が起こり、また商人階級の力が増すに連れ、解体し、やがて西欧は近世社会へと向かった。近世社会においては、啓蒙や人権の概念が、初歩的ながら認められ、また個人の責任や自由を重視するキリスト教の基本思想から、西欧では、近代国民国家の成立が促進された。近代国民国家は、互いに競争し、経済、技術、軍事、政治などの面で、世界の他の文化を征服する実力を示し、結果、19世紀末には、世界は、西欧文明によってすべて影響を受け、多くの国や地域が西欧の植民地となり、西欧の支配に屈した。
  
  西欧は、社会の発展段階において、明確な段階を持って展開した。中世においては、思想的に、アラビアの影響を受けつつも、独自の思想を展開し、また近代科学技術を開発したのは西欧であった。経済的に世界を征服するというのも、西欧が見いだしたかつてなかった方法であった。西欧はたいへんユニークだとも言えるのである。
  
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  イスラムは、7世紀初めにムハンマドが、自己の宗教的体験から、キリスト教・ユダヤ教をモデルにしてイスラム教を造った時にすべてが始まった。それ以前にもアラブ族には文化があったが、それは素朴なものであった。
  
  ムハンマドがイスラム教を生み出し、アラブ族を統一して、わずかの時間のあいだにイスラムは、広大な世界を征服した。それは、アラブ族より文化の高い、ササン朝ペルシア帝国も含まれ、また、ムハンマド没後、1世紀と経過しない裡に、イスラムは、北アフリカを征服し、スペインに侵入し、西欧は辛うじてこれをくいとめたが、イスラム勢力はスペインに残存した。
  
  イスラムは、広大な領土を支配する大帝国を築き、12世紀頃には、古典ギリシアの哲学を応用して、アラビアの神学を造り、それは、西欧にも影響を与えた。またアラビアの科学技術が存在し、西欧もそれを模倣した。しかし、イスラムの科学技術は系統的なものとは言えず、一時は、思想や科学技術で高い文化を築いたイスラムは、結局、砂漠の民の文化へと帰ってしまったとも言える。
  
  イスラムは大帝国を1200年以上に渡り維持したが、その支配者は時代と共に変化し、最後は、トルコ系のオスマントルコが帝国を把握した。しかし、イスラムの社会は、全体に見れば、古い時代の部族社会連合とあまり変わりなく、西欧が辿った「中世封建社会」「近代啓蒙主義」などの段階を辿らなかった。かつて、一時期は、豊かな思想や科学技術の文化を誇ったイスラムであるが、それらは組織的な理論でなかったので、永続しなかったとも言える。
  
  こうして、西欧に最終的支配されたイスラムは、20世紀に入って、西欧から独立しようとしたが、部族を単位とする古いタイプの国家としかならなかった。サウディアラビアなどに、その例が見られるであろう。
 
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  西欧とイスラムの大きな違いは:
  
  1)社会的には、西欧は封建中世社会を経過し、近世・近代社会へと展開し、啓蒙や人権の思想を発展させたのに対し、イスラムは大帝国を築いたが、その社会は部族社会で、明確な封建制社会というものは造られなかった。また西欧的啓蒙や人権の概念が発展しなかった。
  
  2)生産から見ると、西欧は牧畜を行い、それから農業を主要な生産方法として、最後には、経済や通商が、国を立てるシステムであった。しかし、イスラムは、多くの民族や地域で遊牧が優位を占め、農業生産もなかった訳ではないが、それが社会に大きな影響を与えるほどでなかった。
  
  3)宗教で見れば、西欧はキリスト教で、イスラムはイスラム教である。西欧のキリスト教は、教えにおいて、一神教の神と、個人である人間のあいだの関係を重視し、個人の良心における救済を語ったが、現実には、教会組織(カトリック教会)が、個人と神のあいだに介在した。また、それ故、教会組織の介在を否定する運動が起こり(宗教改革)、結果的に、個人の自由や人権などなどの概念が成立した。また、キリスト教では、早くから「宗教上の律法」と「世俗の法律」を分けて考え、最終的には、律法は良心の問題となり、宗教と分離した法による社会の統治が可能となった。
  
  しかし、イスラム教では、一神教の神と個人のあいだを介在する組織は特になく、ウラマーが教会に似た働きをしているが、それはイスラム共同体の長老組織とでもいえばよいもので、カトリック教会とは異なっている。イスラムには「教会組織」がないのである。他方、イスラムは、宗教的律法と世俗法律を分けなかった。その結果、「法」が宗教と密接な関係にあり、裁判官がイスラム教の学者であるというような、政教分離とは反対の事態になっている。キリスト教では、戦争を起こすのは、共同体か国家であり、個人が、自己の宗教的信念に基づいて戦争を起こすなどは、「世俗法」がそのような行為を禁じている。しかし、イスラムでは、個人の信仰心で、聖戦(ジハード)を起こすことが認められており、法治主義の不徹底が結果する。
  
  また、イスラームは、アッラーの元での万人の平等や同胞性を述べるが、世俗法と宗教律法が分離していないので、アッラーの教えに反する者は、犯罪者であるという結論が導き出される危険性がある。西欧のキリスト教では、宗教は個人の信仰・良心の問題となっており、中世ならともかく、近代以降では、無神論や、反キリスト教徒や他宗教の信徒であることは、世俗法から見て、何も犯罪の要素はない。信教は自由であり、信教を持って人は犯罪者になどならないということが、原理的に合意されている。しかし、イスラムでは、信教の自由を謳っても、反アッラーは宗教的に犯罪であり、それは世俗法が独立していないので、犯罪でないという保証にならない。
 
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「イスラムと西洋の宗教的な事」と言われるので、イスラム教とキリスト教の事を言われているのだと思います。



キリスト教の教えは「人類皆兄弟」という考えですが、イスラム教は「ムスリムは同胞」と言う考えです。つまり、同じイスラム教徒は皆同胞(対等な仲間)だが、それを脅かすものは敵だ!という教えです。

丁度、イスラエル・パレスチナ問題もこれがポイントの一つでしょう。
パレスチナの地に異教徒国家イスラエル建国から仲介役をしているアメリカは、キリスト教的な考えで「人類皆兄弟」を掲げて両国間に口を出していますが、
イスラムは上記の様に「ムスリムは同胞」的考えなので、異教徒が自分の生活を脅かすのを極端に嫌います。
これが簡単なパレスチナ問題の説明にもなるでしょう。
(当然実際はこの様に単純な宗教的イデオロギーだけではないです。宗教的考えを挙げるとすれば、ユダヤ教に関しても外す事はできませんが、私はこのテーマをイスラム圏とキリスト圏と解釈しましたので割愛させていただきます。)

私はイスラム教、キリスト教の教義に関して詳しくないので宗教的イデオロギーに間違いがあれば、詳しい方の修正を期待します。
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 自分で調べましょう。

あなたの学校や町の図書館に行きましょう。調べ方がわからなければ司書に聞きましょう。適切な訓練を受けた司書に適切な尋ね方をすれば、適切な助言が得られるはずです。


 ……だけではあんまりなので、もう少しお付き合いします。
 「イスラムと西洋」という比較は大根と包丁を比べるようなもので、ポイントが曖昧になります。

 まず「イスラム教とキリスト教」という比較をしてはどうでしょうか。そうすれば、参考URLのように明快にまとめることができます。

 次に、両者の宗教がそれぞれの文化圏に及ぼした影響(政治・経済・その他)に進みます。このあたりで参考書としては、入手のしやすさとわかりやすさという点で次の本をお薦めします。

小室直樹『痛快!憲法学』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797670 …

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~bt6k-ogt/sa/3hikaku. …
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