今、いろいろ調べてるんですが、前期倭寇が日本人中心で、後期倭寇が中国人中心の海賊ってことぐらいしか知りません。だれか教えてくださーい。

A 回答 (1件)

倭寇についてのサイトが参考URLに載ってますので参考にしてみてはどうでしょうか。



参考URL:http://www.ccn.ne.jp/~s-nasubi/shijikiyama/index …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ほんとだ!すごく詳しく書いてありました。助かりました。回答どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/01/19 17:28

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q鎌倉時代の女性の地位はどれくらいだったのでしょうか?

「鎌倉時代は比較的女性の地位が高かった」と高校の日本史の先生が授業で言っていました。
証拠物件も残っています。
鎌倉時代には守護・地頭という役職が置かれていましたが、
守護もしくは地頭であることの証明書に「○○の母」などと、
女性の名前が記録されている物が歴史資料集に写真で載っていました。
女性の守護・地頭も存在したということです。
ですから、女性の地位はおそらく高めであったと判断できます。
しかし、時代が下るにつれて女性の地位は下がっていった。
ではどの辺の年代から下がり始めたんでしょうか?
歴史(女性史)に詳しい方、教えて下さい。

Aベストアンサー

あまり詳しく無いのですが、おそらく本格的になったのは「明治時代以降」だと考えます。

江戸時代は「士農工商」などの「階級制度」があったのに、男性、女性の性差による「階級わけ」は行われていません。
一般庶民は言うに及ばず、武家社会でも「役職として不可」と言われていたものもありますが、地位としては「奥様」だったわけで、家来よりは上、ということになりますから。
ただ江戸時代には「儒教」が武士の学要として入ってきたこともあり、その結果から「男尊女卑」の傾向が見られる部分もあると思います。

明治時代になると「思想」としての儒教が政府の一部によって推し進められた結果、一般民衆にも広く思想が浸透する結果になり、男尊女卑の傾向が高まっていったと思われます。

「女性ならでは」という役割が欠如し、西洋文明で言うところの「男女平等」の深い理解が得られないままに、男女の役割に対する「意義」が薄れていきました。
そして「二次世界戦」を戦っていく中で、時の政府による政策「銃後の守り」により、男性の優先性はよりクローズアップされる結果になりました。
現在でも「男女平等」というスローガンがうたわれている割には、真剣な論議が尽くされることは少なく、うやむやのままになってしまっている、というのが現状だと考えています。

あまり詳しく無いのですが、おそらく本格的になったのは「明治時代以降」だと考えます。

江戸時代は「士農工商」などの「階級制度」があったのに、男性、女性の性差による「階級わけ」は行われていません。
一般庶民は言うに及ばず、武家社会でも「役職として不可」と言われていたものもありますが、地位としては「奥様」だったわけで、家来よりは上、ということになりますから。
ただ江戸時代には「儒教」が武士の学要として入ってきたこともあり、その結果から「男尊女卑」の傾向が見られる部分もあると思...続きを読む

Q律令制の成立について

律令制の成り立ちを知りたいのですが、
大宝律令、養老律令、また弘仁格式などの関係もよくわかりません。
中国のものをもとにして、日本のものは少し緩和されているというの
は本当でしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>律令制の成り立ちを知りたいのですが、
大宝律令、養老律令、また弘仁格式などの関係もよくわかりません。
中国のものをもとにして、日本のものは少し緩和されているというの
は本当でしょうか?
よろしくお願いします。

こんにちは。
律令制の成り立ちですが、589年隋そして続く唐による中国の統一によって東アジア世界は統一中国への対応で激しく揺れ動くことに政治的関係があります。その中で朝鮮半島の高句麗・百済・新羅そして日本は国内の統一を目指し、それぞれの国内で政治的な変換期を迎えます。高句麗は隋及唐と対立・戦争関係に陥ります。そして泉蓋蘇文を中心とする豪族連合政権により国内を統一し中国に対します。隋との戦争に勝利し、隋の滅亡のきっかけを造ります。唐の明主太宗にも勝つなどの力を見せます。百済は高句麗・日本と結んで唐に攻められ滅びます。新羅は金春秋中心に王を頂点とする中国律令型中央集権制度を選択して隋・唐に接近し、百済・高句麗を唐と挟み撃ちすることにより最終的な勝者として勝ち残ります。
このような激動の東アジア世界において日本も政治的混乱期を迎えます。蘇我氏中心の豪族連合体制をとるのか、天皇中心の中央集権体制をとるのか。そして、日本と関係が深い新羅と百済のいずれと結ぶのか。その結論が大化の改新(乙巳の変)であったと思いますます。(この段落は私見)

推古天皇の時代、聖徳太子を中心として、先進国の中国隋朝の制度に倣い、王族中心の中央集権制度を導入しようとし始めます。冠位十二階や憲法17条などはその目的のために制定されたとされています。聖徳太子の実在や、制度制定に実否について議論がありますが。
その後大化元年(645)の大化の改新とそれに続く改革により、天皇中心の中央集権体制・公地公民制などへの移行が示され、天智天皇治下の668年に中臣鎌足の編集で「近江令」が制定され、671年に施行されます。近江令については実在について議論のあるところですが。また、最初の戸籍である庚午年籍が670年に作成されます。しかし、一方で663年に白村江の戦で敗北し、唐・新羅連合軍の進攻が現実化すると、部曲を認めるなど大豪族と妥協的になります。
672年の壬申の乱で勝利した天武天皇の時代には、壬申の乱で大豪族が没落したこともあり、中央集権体制の完成を目指して体制の整備が進みます。675年には部曲の廃止と豪族の山林を収公しています。官僚制の整備や、八色の姓を定めるなどしています。681年以降と想定される「飛鳥浄御原令」を制定します。施行は持統天皇治下の689年になります。近江・飛鳥浄御原令共に律は作られていません。
701年文武天皇治下で刑部親王と藤原不比等らによって「大宝律令」が制定され、翌年に施行され、形の上では律令制は完成します。
その後、藤原不比等は元正天皇治下の718年に「養老律令」を制定しますが、どうしたわけかお蔵入りして40年後の孝謙天皇治下の757年に施行されます。この施行も藤原仲麻呂が祖父の不比等を顕彰し、自己の権威を高めるために実施したとされています。また、内容的にも大宝・養老律令間に根本的な違いは無いと言われています。

平安時代になると桓武・平城・嵯峨天皇を中心に政治改革や法制の整備が進み、現実に合わせて律令体制の再編成されます。律令制定後の律令の補足・修正する詔勅・宣旨・太政官符・官奏などを集めた「格」と、律令の施行細則の「式」の編成が進みます。弘仁格式・貞観格式・延喜格式を三大格式と言います。格の原本は全て伝わっていませんが、11世紀に作られた「類聚三代格」に記載されているため(全て残っているわけではないが)、復元されている。
弘仁格式は嵯峨天皇治下の820年に藤原冬嗣らにより編纂・施行される。
貞観格式は清和天皇治下に藤原氏宗らにより編纂される。格は869年に編集・施行。式は871年に編集・施行される。
延喜格式のうち格は醍醐天皇治下の907年に藤原時平らより編纂され、翌年に施行される。式は醍醐天皇治下の927年に藤原忠平らにより編纂され、その後も改定が続けられ、967年に施行される。

格式の編纂と共に、令の官撰注釈書である「令義解」が清原夏野らによって、833年に編纂、翌年施行。
これとは別に、惟宗直本が令の私撰注釈書「令集解」が貞観年間に完成したとされている。

隋・唐の口分田に関する規定は、21~59歳の男子に対して、5ヘクタ-ルを口分田として与えることになっていますが、59歳を過ぎると、8割を返還することになっています。これに対して日本では、男子が24ア-ル、女子が2/3の16ア-ルを死亡時まで口分田として与えられます。隋・唐が税の取立てや耕作を主に考えるのに対して、日本は面積が狭いものの、福祉型といわれています。
また、中国では科挙の制度が採られますが、日本では科挙は形式であって(大学の試験を通っても上級貴族になるのは大変稀-菅原道真など)、5位以上の子には父親の位階に応じて一定の位階につける貴族に有利な蔭位の制が厚く、貴族制が維持された。この制度は唐にもありますが、科挙をたて任官した官僚に圧倒され、貴族層は崩壊します。
このような面から、日本の律令制は中国に比べ貴族の特権が残り、貴族層に妥協的な部分を中心に「中国のものをもとにして、日本のものは少し緩和されているという」ことに
なります。

うまくまとめられなくて、長くなってすみません。参考まで。

>律令制の成り立ちを知りたいのですが、
大宝律令、養老律令、また弘仁格式などの関係もよくわかりません。
中国のものをもとにして、日本のものは少し緩和されているというの
は本当でしょうか?
よろしくお願いします。

こんにちは。
律令制の成り立ちですが、589年隋そして続く唐による中国の統一によって東アジア世界は統一中国への対応で激しく揺れ動くことに政治的関係があります。その中で朝鮮半島の高句麗・百済・新羅そして日本は国内の統一を目指し、それぞれの国内で政治的な変換期を迎え...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング