プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

私は聞きたくないことや受け入れたくないこと、話に対して心が無みたいになっちゃうんです。
自然と頭の中で耳をふさいでるような感じなんです。

以前ここで家庭にヒステリーな方がいるとそこで育った子は、怒られたときなどにおとなしくなってしまいがち。というような話がありハッとしました。
私もそれは感じていて、そういう局面になると頭の中が一生懸命考えているんだけど何を伝えればいいのかわからなくなる。という感じがありました。
私も小さい頃から家庭でヒステリーになる母や祖母をみて育ってきました。だからどうしてこうなるのかという、喧嘩はしてほしくない。耳を塞いで何も聞こえないようになりたい。という気持ちがあります。
その喧嘩も私の頭の中では無にしたくて空っぽみたいになってしまって、母からも「こういう環境がそうさせてしまったのかな。」と言われたことがありました。
また、一人暮らしを始めてから、そういう喧嘩の夢も多々見るたびにうなされ実際に泣いています。

育ってきた環境のせいにして自分を悲観するつもりもなく、逆にそれではいけないと思っていますが実際にこういうことは有り得るのでしょうか。
またこういう夢をみてしまうのはトラウマみたいなものでしょうか。

A 回答 (3件)

その時はそのやり方があなたにとっての正しいやり方だったはずです。



いまは、そのやり方は必要にない環境になりました。
でもそのような想いが出てくる。
それは習慣だからですね。

ある意味環境のせいにしたほうがいいかもしれません。
いまは昔の環境ではありません。
だから、あなたはいまの環境に合わせるために
昔の習慣はやめてしまえばいいのです。
自分が良く変わりたいのならば、自分の都合に合うように
解釈してもいいのです。
だからと言って昔の環境に戻ることがあったとしても、
せっかく良くなったものをやめる必要はありませんよ。
自分が良くなるために気持ちよく楽しく解釈してしまいましょう。
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この回答へのお礼

>自分が良くなるために気持ちよく楽しく解釈してしまいましょう。

そうですね!自分の気持ちしだいで変えていけるのだから今は違う環境で自分なりに楽しく過ごしていますし、昔のことは思い出しても嫌ですが今はその経験を活かしてそうならないために過ごしているんだなって思います。

解釈って言葉になんだか納得いたしました。
ありがとうございました。

お礼日時:2006/05/24 16:23

こんにちは。


一度、専門のカウンセラーに相談なさってみてはいかがでしょうか。
もちろん、質問者さんはご病気などではありません。ですが、夢に見て涙するようでは、それも辛い話ですよね。あまり深く気に病むのは良くありませんから、専門家の助けを借りてみるというのも一策なのではないかと思います。

夢に見るというのは、それは「トラウマ」ではありません。どちらかといいますれば、質問者さんが起きているとき、他人との接触といった外的刺激に対して発生してしまう反応や行動の方が言わばトラウマ的ということになります。
とはいいましても、このようなことを申し上げて話を大袈裟にしようというわけでは決してありません。まず、ご質問に対する回答の方から申し上げますと、我々の日常で無意識のうちに選択される反応や行動の様式というものが生後に与えられた環境から学習・獲得されるというのは、それは当たり前のことでありまして、これそのものは我々哺乳類のような高等動物では例外無く正常な現象であるということです。

我々動物には「本能行動」といいまして、生得的に定められた反応や行動のパターンというものがありますよね。このようなものは生まれながらにして備わっているものですから、遺伝的な体質の違いを除いては「個体差・個人差」というものはありません。それ対しまして、生まれたあとの環境から獲得された反応や行動が組み合わされたものを「学習行動」といいますが、こちらは何れも生後の個人体験に基づくものですから必ず個体差というものがあり、例え全く同じ刺激であってもひとそれぞれに少なからず反応や行動の結果が異なります。
ですから、このように我々の「個性」「性格」「学習行動」といったものは、全てがまず、必ず生後環境というものの影響を受けて形成されてゆくものなわけでありまして、少なくともこれに就きましては、当人にとって印象に強い弱いというものはありますが、それが特殊な体験であったかどうかということには一切の関係がありません。つまり、生後にどのような環境が与えられたとしましても、我々はただそれに従って成長するだけなんですね。このため、そのひとの行動様式というものは必然的に成長期の生活環境と因果関係を持つことになるわけです。
では、いったい何が特殊なのかといいますならば、このような生後学習によって獲得された反応様式を「通常の事例」といったもの照らし合わせることにより、それが「癖」や「個性」あるいは「習慣行動」などといった範囲には収まらないものを、取り敢えず便宜的に「異常反応」「異常行動」というわけでありまして、そして更には、そこで必要以上に過敏であったり、通常では表れないような反応であるため、日常生活に支障をきたすような状態に至った場合に限ってそれを病的現象と呼ぶことになります。
ということでありますので、それが当人にとって悩みの種であることは察するばかりではありますが、まだ質問者さん場合であるならば、個人差の範囲に収まる程度の反応であると考えて良いのではないかと思います。質問者さんばかりではありませんよ。世の中なんてのは、何でもずけずけ言えるひとと、そうでないひとの比率が半々でちょうど上手くいっているんです。

夢になって現れるというのには、ふたつの要素が考えられると思います。まずひとつは、それが質問者さんにとって印象の強い記憶であるということです。そしてもうひとつは、質問者さんはご自身が現在でもしばしばそれを頭の中に思い描いているということです。
その夢の原因を過去の体験と結び付けるということは、質問者さんは現在でも少なからずそれを気に掛けているということですよね。つまり、質問者さんが過去に拘り、必要以上にそれを意識することが、その記憶を夢の中に想起させる手助けをしているのではないかということになります。
夢に現れるものが質問者さんにとって印象の深い体験であること自体は今更変更することはできません。ですから、改善しなければならないのは、どうしても質問者さんの現在の意識の方です。ですが、とはいいましても、あまり気にするなと言われて簡単にできるものであるならば何もわざわざカウンセラーの助けを借りる必要もないわけです。何れにしましても、夢にしましてもトラウマにしましても、過去を変更するということはできませんので、何らかの方法で現在の状況を改善する以外に手段はないわけですよね。そしてもうひとつは、質問者さんの事例というものが比較的軽微な状態であるのは恐らく間違いのないことだとは思うのですが、それがトラウマであるかどうかということになりますと、ここはやはり専門家に相談しなければきちんと判断をすることはできません。但し、トラウマにもでかいのと小さいのがいますから、トラウマだ! さあ困った、とは考えないで下さい。まして、仮に原因がトラウマであったとしましても、反応が正常の範囲であるならば全く問題はないんです。

質問者さんは、ご自分の反応の原因が成長期の家庭環境にあると自覚をなさっています。ですが、このような鮮明な記憶といいますのは、どちらかといいますれば質問者さんがある程度成長してからのものと考えられます。そして、トラウマというのは多くの場合、幼年期、更には生後3歳頃までの人格形成期といった、専ら捉え所のない深層的な体験に影響を受けているものでありまして、当人がその原因を自覚していることの方が少ないはずなんです。
お話を伺います限り、記憶として残されている体験が現在の質問者さんの行動に大きく反映しているという可能性は十分にあると思います。ですが、もしそれがトラウマであるとするならば、その直接の原因というのは質問者さんがご存知ないもっと深いところにあるものかも知れないんです。
このようなものを見付け出すというのは専門のカウンセラーでもたいへん困難なことだそうです。ですが、相談をしてみれば、質問者さんにはそのような手続は必要ないということにもなるかも知れませんし、もしトラウマを見付けることできないとしましても、現在の状態でしたら質問者さんの日常生活にそれ以上の影響が及ぶということは全くないわけです。そして何よりも、専門家のところには質問者さんと同様の体験を持つひとたちの事例というものがたくさんあるはずですから、それに基づいてアドバイスを受けるだけでも状況はだいぶ改善されるのではないかと思います。涙で枕を濡らす生活なんてのは、やっぱり良くありませんよ。

かつて、マスコミが「アダルト・チルドレン」という言葉を取り上げたとき、突如日本中がアダルト・チルドレン軍団で溢れ返ってしましました。自分の人生が未だ思わしくないのは、それは全てが成長期に与えられた生後環境のせいだというわけですね。ですが、本当にアダルト・チルドレンと判定されるひとは、実際にはほんの僅かでしかないそうです。質問者さんも仰います通り、このように手っ取り早い原因を見付け出して安易な結論を選択してしまうというのは、決して前向きな行動とはいえませんよね。
我々が生後に獲得した行動様式というものの全てが成長期の生活環境と因果関係を持っているというのは明らかな事実です。ですが、だからといって過去を変更することはできませんし、仮に結果が思わしくなかったとしましても、何時までもそれに拘っているというわけにはゆきませんよね。ならば、気持ちを整理するためにもそれなりの手段を講じ、現在の状況を改善することによって過去と上手く折り合いを付ける方法を考えてゆくというのがまず先決なのではないでしょうか。そしてそのあとは、生後に与えられた環境から学習・獲得をした、争いを好まず、ひとの苦しみを理解してあげることのできる、質問者さんが授かった「優しい性質」というものを、他人とのコミュニケーションや、ご自身の未来に対して活用してゆけば良いのではないかと思います。ひとり暮らしで独立をなさったということですから、これを機会にどうか頑張って下さい。
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この回答へのお礼

丁寧に回答くださりありがとうございます。
物心つくまえからこのようなことがあったみたいです。母の話から聞いたのですが。

育ってきた環境ですくなからずこのような経験はあるのですね。

過去は過去ですからそこで私が感じたことを今後に活かせる形になれたならそれは私にとっても今度はマイナスではなくしてプラスになることですから頑張っていきたいと思います。

ありがとうございました^^

お礼日時:2006/05/24 16:19

心理学的には、小学校卒業くらいまでに育った環境がその人の生き方に大きく影響を与えると言われています。


しかし、悪い方の影響の捉え方には二通りあります。
一つは嫌な事を拒絶する、つまりsakurasmileさんのように耳をふさぐということ、もう一つは逆にそれを『反面教師』として捕らえる事です。

たとえば、親が厳しい場合に、人の顔色をうかがってしまうような性格になってしまう場合があります。しかし逆に、自分は厳しくしないでおこうと考える場合もあります。

また、親が酒乱の場合には、自分も飲める体質であることが多いので、自分もついお酒に逃げるようになる場合もあるかと思えば、小さい頃から『私はあんな大人にならない。大人になっても絶対にお酒は飲まない』と育っていく場合もあります。

現実的に、お母さん、おばあさんはすでに性格、人格が出来上がっており、これから変えていただく事は難しいと思います。
なので、sakurasmileさんの考え方を少し変えてみてはいかがでしょうか?
もちろん、過去のトラウマを消し去る事は無理ですので、カウンセリング等を受けながら、自分の考え方をヒステリーや喧嘩ごとから逃げると言う考え方ではなく、それらをきちんと受け止め、自分はそうしないように考えていくようにしていけばいいと思います。

『反面教師』としてそういう状況を少しずつでも受け入れられるようになれば、そういう状況で嫌だった事の経験が豊富ですから、嫌にならないようにという考え方も出来てくるかと思います。

ただ、そう簡単なものではありませんので、やはり専門医、心療内科、あるいはメンタルクリニックに行かれてカウンセリングから気持ちの入れ替えをされる事をオススメしますよ。
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この回答へのお礼

読んでいてなるほどと思いました。

私も顔色をうかがってしまうことが多々あってこれはなんとかならないものかと考えてしまいます。

確かに私は母や祖母をみてきてああはならないと反面教師な気持ちはずっと持っています。

普段は全く大丈夫なのですが、ふと考え込んでしまうことがありました。

受け止めて治していける姿勢を少しづつもっていこうと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2006/05/19 17:29

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