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ここの質問を見ててよく思うのが・・・
自分より他人が高収入だとうらやましいとか
自分は結婚してなくて結婚してる人がうらやましい
自分の収入は安いのか高いのかとか

なんかそういう系の他人と比べたがる人が多くて、
びっくりします。

あこがれてて本当になりたいからうらやましがってる
のか・・・それともただ単にうらやましいのか?
自分の幸せの位置?みたいなものが知りたいって
ことなのでしょうかね。

家庭環境や国によっても全然違ってくると思いますが
なんでそんなに比べたがったり、うらやましがるのか
教えてください。

A 回答 (4件)

若い人、経験不足の人、社会に出ていない人ほど比べたがるところがあると思います。



私も以前は比べたがりでした。
比べたくないのに、比べてしまうんですよ。
他人や自分のそれぞれの魅力や良さ、に気づけない人が、ステレオタイプの価値観によって、良いものを選ぼうとしてる感じがします。
何が良くて幸せにつながるモノなのか、自分ではわからない、更に、自分のこともよくわからない、でも前に進まなくてはいけない、、というような「???」だらけな人が比べたがり、うらやましがり、になってしまうと思います。
でもって、自分に自信がないうえに、他者からの評価を支えに毎日を過ごしているというひとは、うらやましがりだし、比べたがりですね。
物質的なお金や地位や他者からの評価が幸せにつながると思い込まされてるんですよね。

早く自分なりの本当の幸せに気づいて、って感じです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

幸せっていろいろですが、生きていけるのに必要な
お金と住居があればよいと思うのですよ。

私の場合、一人暮らししたときは切実にお金がほしい
と思いましたが・・・
入院するので大金がいるとか留学したいとか
よっぽどの理由が無い限りはそんなに必要ではない
のになぜそんなに欲張りになるのだろうと思って
しまいます。

そうですね。本当の幸せに気づいてほしいと願います。

お礼日時:2006/06/12 10:29

ご無沙汰しております。

全く偶然ですね。HNが覚えやすいので・・
私の専門ではございませんので、直感と推測で回答致します。

さて、「他人と比べたがる人」というのは「自分に自信が無い方」と
推測されます。今の自分に満足していない、自分が一番と言う意識が無い為、
他人を羨むのでしょう。
私は以前自信が無くコンプレックスの塊でしたが、そのコンプレックスを
努力によって解消させ、ようやく自分の人生を歩んでおります。

要するに、
1)「自分には無い」という意識が強い場合
2)「自分よりも良い物を持っている」という意識が強い場合
に羨ましがる衝動が惹起されると推測されます。

尚、前回補足いただいた「どこかで見たような」というご質問の
回答は下記のURLをご参照下さい。
http://en.wikipedia.org/wiki/Sisyphus(日本語版でお読みください)
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

また偶然にも回答していただくとは!
HNは適当につけたので反省してたんですがねー(笑)
やはり私の推測は・・・つづりが英語じゃないなとは
思ったのですよ。(スペイン系かギリシャ系だなと)

自分に自信がない・・・なるほど。
それで比べてしまう。でも努力のきっかけになるのは
よいことです。

お礼日時:2006/06/12 10:24

こんばんわ。


私が思う事ですが、比べる相手というのはなりたい自分だからではないでしょうか?
結婚している人をうらやましいと思うのは、自分もそうなりたいという願望があるけどそうなれない今の自分があって、その悔しさみたいなのが「うらやましい」という気持ちで現れるのでは?
歌のうまい人がいても、本人にそのあこがれがなければ「うらやましい」などとは思わずただ「うまいな~」で終わってしまうと思うのです。
そう考えると「うらやましい」と思うのは自分自身と闘っているということなのかなという気もします。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

なりたい自分。理想として目標にしてるという
ことになりますと、よいことだと思います。
参考になりました。

お礼日時:2006/06/12 10:19

なぜ比べたがるかについては質問者さんも同様ですからよく分かるんじゃないんですかね??


比べたがる他人と比べたがらない自分というテーマで比べたがっていますし。・・・論理矛盾していますけど。

まぁ簡単に言うなら人は社会に生きるものですから、社会生活においては役割や位置は絶対的な基準では意味がありません。
社会から全く切り離して自我というもののみを考えてみれば「我思う故に我あり」というところまで切り詰めることは可能ですが、
例えば男という概念は女がいないと意味がないわけで。全員が男の社会では、男らしさとかそういう価値観もなくなります。
つまり性別だったり地位だったり収入だったり、あるいは生や死というものでさえ、その概念は全て相対的なものなわけで、
比較しないことにはその概念が成立しないということかと思います。

でその比較の方法としてはより上位のものと比較する方が、下のものと比較するよりは健全であるという価値観もまた普遍的なものかと思います。
常に下を見て安穏とするようなら、それは種として発展のしようがない、衰退していくだけの方向でしかありませんから。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

比べるのは心理としてしかたないと思います。
競争社会で、学校は偏差値ありますし。
ただ、なぜむやみやたらにうらやましがるのか?
「比べる」かどうかよりも比べた後で
「うらやましがる」ということが詳しく知りたいのです。
比べること自体は別に何も疑問に思ってません。

私の場合は物事にはプラスマイナスあると思うので
そんなにはうらやましいとは思わないです。

物事の表面だけを見てうらやましがる方が多いので
どうなのかなと・・・

お礼日時:2006/06/09 16:10

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