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 テレビで広島の原爆と長崎の原爆両方に被爆した、いわいる「二重被爆」を取り上げていました。
 推定160人そういう方がいるらしいです。広島に投下された3日後に長崎に投下されたわけですが、わずか3日で被爆した人が長崎へと移動したのでしょうか?。

A 回答 (5件)

一人の方がテレビで出演されていましたが、


その方は出張で広島にいる時に被爆され、
自宅のある長崎に帰ってきたところ2度目の被爆をされたそうです。

参考URL:http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD93 …
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この回答へのお礼

本当に悲しすぎます。
この方がテレビでお話されていたんですが、「二度目の被爆でこれが自分の運命なんだ」と悟ったらしいですが、本当になんて悲劇なんでしょうか・・・。

お礼日時:2006/08/09 01:01

「二重被曝」と言う映画が作られています。


この中に詳しいそうですが、8例くらい収録されていたと思います。

二重被曝には直接被曝と間接被曝があるそうです。
軍務で広島の被害調査をした後、長崎の被害調査に回られた方もあるそうです。

参考URL:http://72.14.235.104/search?q=cache:6qpXvyiX4cYJ …
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この回答へのお礼

被害調査なんて、何の防護服も付けていなかったでしょうから、自殺行為をやらされたようなものですよね。

お礼日時:2006/08/09 01:02

タイミングだと思います。

例えば、3日前に東京に居たあなたが3日後に九州に居るということもあり得ますね。その人はきっと長崎の方ですよ。出張か何かでたまたま6日に広島に居て、長崎に戻ってみたら9日だったとか・・・。それでも、今元気でいらっしゃるとしたら、そのことがとっても素晴らしいですね。生命力を感じます。
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この回答へのお礼

まあ、ありえるとは思うんですが、広島で被爆しているのなら、その場で治療などを受けて3日くらいは現地待機しているのが、けが人として普通かなと思い疑問に思いました。
二重被爆の体験を語っていた方は今年で90歳になるみたいです。
正直、よく二重被爆されて90歳までご健在とは生命力がすごいですね。
しかし、被爆した後遺症などの苦しみは長生きする生命力があるから、なくなるわけではないんですよね。

お礼日時:2006/08/09 21:20

こんにちは、


私長崎在住です。先日二重被爆についてローカルで特集がありました。
そのなかで、山口彊さん(90)は広島で被爆されて大やけどを負ったそうです。三菱長崎造船所の技師として広島出張中に被爆されたそうで、死ぬのなら長崎に帰って死にたいという思いで列車に飛び乗り必死で長崎まで帰ったそうです。そしたら長崎に帰って翌日?だったとおもうんですが、再度長崎に投下された原爆によって被爆されたそうです。広島、長崎には二重被爆ではなくともこのような悲惨な話がたくさんあります。
先日広島で平和記念式典が行われました。今日8月9日は長崎が平和の祈りに包まれます。

参考URL:http://www.toonippo.co.jp/news_kyo/news/20060617 …
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『軍事板常見問題』より


http://mltr.e-city.tv/index02.html

「(第二次世界大戦)アジア太平洋方面FAQ」から
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c …

[原爆投下]に関する質問より
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c …

【質問】稀に見掛ける話ですが、「広島原爆と長崎原爆を両方食らった、とてつもなく運の悪い人」 ってのは、実在するのでしょうか?
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08f …

【回答】実在する。約160人。主に負傷者の救護活動や遺体処理などにあたった軍人や看護師。
 以下ソース。

広島・長崎で2度被爆、約160人 広島祈念館が調査

 広島、長崎への原爆投下後、両市で2度被爆した可能性のある人が少なくとも約160人にのぼることが、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館(広島市)の調査で明らかになった。広島か長崎で被爆後、間もなくどちらかの市に立ち入った例が多く、残留放射能を浴びた人もいたとみられる。

 祈念館は今春、広島、長崎両市で被爆したという広島市在住の女性から体験記の寄贈を受けた。
 これを機に「二重被爆」に注目し、これまでに寄せられた被爆体験記や原爆死没者の遺影など延べ約13万人分のデータを調べ直した。
 その結果、広島、長崎両市で被爆したと申告している人が約160人いたことが判明。男女別では男性約130人,女性約30人だった。
 体験記の記述などから、投下後に両市へ立ち入ったのは,負傷者の救護活動や遺体処理などにあたった軍人や看護師らが目立った。
 原爆の放射線や爆風を直接受けたという人も、両市に工場があった造船所関係者らが複数いたという。

 祈念館の前田耕一郎館長は「二重被爆の人数はまだ十分に精査されておらず、重複して数えている可能性もある。今後も被爆の実態解明に努めていきたい」と話している。
 厚生労働省の統計によると、3月末の被爆者健康手帳の発行数は26万6598人。これまで二重被爆について調査されたことはなく、実態は分かっていない。(朝日新聞。005/8/1)
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上記、質問集にご質問以外の原爆、または(過去、現在を含む)軍事に関する疑問などが多く回答されていますので、目を通されてはどうでしょうか。

また「お礼」の中にある防護服云々ですが、現代でこそ放射線被害に対する認識はありますが、当時の日本、いや世界各国ではどの程度の認識があったかは不明でしょう(回答集にもあるように、日本軍や一般市民の一部にも原爆<新型爆弾>自体の認識はあったようですが)。
 もっとも、ビキニ島の水爆実験当時でも、「日焼け止めクリーム」で熱戦被害を食い止めようとしていたぐらいですから、推して知るべしでしょうね。
(何年か前のアメリカ映画で、核ミサイルがアメリカで爆発する話がありましたが、爆心地近くにもかかわらず、主人公などは通常爆弾被害程度の傷を受けている描写でした。日本人が考えているほど、海外では核兵器に対する被害認識は高くないかもしれません)
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