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素朴な質問で申し訳ありません。味はそれぞれの人の好みであり一概に
決めることはできないことを承知の上で質問させていただきます。魚は一般に天然ものが味も良く値段も高いと言えます。私はグルメではありませんが一般の人達と同じ意見です。養殖で美味しい魚に出会ったことはまずありません。運動や競争をせず身が引き締まってないと聞いた事があります。

多分魚だけでなく他の食用動物も同じではないかと思います。植物に関してもシメジや椎茸などどう考えても自然のものが美味しい気がします。果物は品種改良されたりんごやなし、イチゴはハウスものですよね。でもこの前、青森県のマタギの人達に熊の肉は冬眠直後がやわらかくて臭みもなく美味しいと教えていただきました。
運動していないからだそうです。そういえば豚も牛も養殖ですよね(言葉が間違ってたたらごめんなさい)。

これらの理由は魚類と地上動物の違いなのでしょうか。それとも人間が魚類が美味しいと感じるのでしょうか。何か規則性、理由がありそうな気がします。どなたか味のご専門の方、合理的な理由を教えていただけませんでしょうか。

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A 回答 (7件)

養殖魚がまずいと言われるのは、かつて魚の養殖においては、大量生産が最大の命題だった事もあるでしょう。


考えてみてください。魚の養殖が始まる遥か前から、牛豚鶏は畜産と言う形で生産されてきました。牛肉が全て松坂牛ではありませんね。大量供給を目的に作られ一般の国民の食を支えてきた普通の肉を、松坂牛や黒豚地鶏等のブランド肉に比べるのは無理と言うものです。
魚も同様に、かつて高級魚だったブリがハマチと言う形で誰でも食べられるものになりました。
また天然物には旬があり、それをはずせば魚は味が大きく落ち、キノコ山菜に至っては存在さえしません。
しかし飽食の現代にあって、味を追求しなければ他産地との競争に勝っていけない状況の中ブランド肉は作られ、魚の養殖も研究が行われ天然物の最高水準に劣らぬ物も作られ始めていると聞きます。
またNo.5の方の言われるように、味にははやりすたりや思い込みがあるのも確かですね。
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この回答へのお礼

多くの方にご回答頂き感謝しております。問題があまりに定性的で感性に依存するものであるためぴたっとくる答えが来ることは半分ぐらいしか期待していませんでした。味覚と言うものはそんなに簡単に議論できるもの出ないこともあらためて感じました。世界の人口増に対して食料がどうなるのかと言う不安が質問の背景にあります。
歴史的視点も含めてご回答いただいたことに感謝しお礼申し上げます。

お礼日時:2006/10/22 11:17

これは養殖だから、云々といよりは



業者にとって一番金になる方法と、商品が一番おいしくする
方法がどれだけ違うかにようるのではないかと思います。

松坂牛が美味しいのは高い生産コストに見合う値段で消費者が買って
くれるからでしょう。

どんなに養殖でうまい魚を作れる技術があっても儲からなければ、
その技術は生かされません。まずくても金になるならまずい魚を
作るのも業者にしてみれば有りな方法ではないでしょうか?
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味覚を決める要素として、小さい頃からの経験(どんなものを食べてきたか)と脳(味覚以外の要素)が大きいと聞いたことがあります。


テレビ番組などでも芸能人が一流と三流をマスキングしてわからなくすると三流の方がおいしいとなるそうです。
現在の食の洋風化から脂身が乗った方がおいしいとされていますが、江戸時代にはマグロは赤身がおいしく、大トロの部分はおいしくないので捨てていたとも聞いたことがあります。
天然物は収穫(漁獲)することが大変なのでその分コストがかかり、養殖については安全性は確かですが、不信感があることも否めません。
また、食べる前に1ぴき数万円や高級料亭での食事など味以外の要素が大きいかと思います。
両者をわからなくして一度食べてみてはいかがかと思います。
あと子供には、本物のものを食べさせて「これがおいしい」と教育させてあげることが重要かと思います。○ックバーガーがおいしいと言った甥っ子をみて思いました。財布が許せばですが。
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この回答へのお礼

大トロを捨てていた話はとても興味がありました。私も昔から油だらけの魚はいくら体に良いといわれても通の方に美味しいといわれても頂けません。やはりバランスの取れた食べ物が自然に思われます。健康面から栄養面から美味しいモノは美食であり値段も高く相反する言葉の意味を感じます。野生の動物はきっと最も美味しいものを食して健康を保っているのだと思います。人間も食の教育を小さいころから行うことが
多分心身共に健康な青少年の成長にとって必要なことだと思いました。
勉強と音楽、語学教育よりも食の教育が大事であることをバーガーの事例であらためて感じました。飽食と飢餓が同居するこの世界を発展させるためには食の哲学をもっと研究する必要があると思いました。成人病対策のTV番組がやたら多いことも理解できますが、かなり手遅れな状態だと思います。幼児期の食教育のほうが大事であると思いませんか。
話が脱線しましたが60億を超えた人間も生きる哲学が必要ですね。
一般の方から大変示唆に富んだお話を頂き本当にありがとうございました。

お礼日時:2006/09/15 23:22

水産の研究をしている人がいつもグチっていたのは、



他の農産物は、(品種)改良されたものが高い評価を受けるのに、なぜ魚だけが天然物が高い評価を受けるのか

でしたね。この人は「オレの作った魚は旨いぞ」って言ってました。
サンマだって、旬のサンマじゃないと、美味しくないですよね。

牛肉も、みなさんがお食べになっている肉は、みんな美味しいでしょうけど、パサパサの牛肉も存在しますよ。
牛肉が旨いのは、おいしい牛肉ができるように育てているからです。

豚や牛の場合は、「家畜」であって「野生」のものは、まず、いないでしょう。
「家畜」は、野生のブタやウシとは、品種がちがいます。
養殖とは言わず、飼育であって、特に肉畜を育てることを
「肥育」と言っています。

松坂牛に代表される、「和牛」は、日本が世界に誇る優秀な肉用牛です。先人の心血が注がれた結果です。

No3御回答の
>味覚を科学的に研究できるのかな?
(ちょっとずれるかもしれませんが、)
牛肉の「美味しさ」については、今、畜産の研究の重要な分野になっています。

>何か規則性、理由がありそうな気がします。
質問者様も質問文を書いていて、ほぼ気が付いているのではないかな、と思います。私もなんとなく分かっているような気分なのですが、まとめきれません。
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この回答へのお礼

専門家としての立場でお答え頂き大変ありがとうございました。多くの方のご回答を拝見すればするほど美味しいという意味を表現するあるいは定義することの難しさを感じ取りました。水産の方が愚痴ることは良く理解できました。意味もなく天然モノを評価してしまうからですよね。もしかしたら天然モノの魚は嵐など危険を冒して人が目に見えないところに棲むものを捕獲するからかなと感じました。家畜や果物は食べられると言って逃げませんから希少価値がないのかも知れません。牛肉の「美味しさ」が畜産の重要な研究分野になっていることは驚きですが多分グラム単価が高く教えて頂いた「肥育」にとても人間の労力と時間とエネルギーがかかるからでしょうか。
比較的価格が低い食品はもっと簡単に済ませてしまうのでしょうね。
ご回答を読ませて頂いて牛肉のような複雑な味を分析するのはとても大変だし飽食が許されている国だから出来ることだと感じました。食物連鎖の頂点に立つ大型哺乳類を食べ過ぎるのはあまり良くないことですね。美味しさの研究成果はエネルギー効率向上のためにも使われるべきだと思いました。環境にやさしく美味しい食品が食卓に並ぶべきだと感じました。ご回答ほんとにありがとうございました。

お礼日時:2006/09/15 22:57

あまり科学的な答えではありません。

(味覚を科学的に研究できるのかな?)おいしい牛肉は、霜降りの脂身がはいってることがよいとされます。そうすると天然ものより養殖のほうが脂肪をつけるには有利ですよね。一方魚の場合は、身がしまっていて強い歯ごたえがあるものがおいしいです。つまり強い筋肉が要求されるわけですよね。そうなると養殖ではなく、自然界を泳ぎまくってる魚のほうが当然有利だと思います。ついでに魚の脂は、魚特有の臭みを発します。その点も養殖物の不利な点の一つかもしれません。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなり大変申し訳ありませんでした。餌からくるのか魚の臭みについては合意が得られるものの、味覚とは不思議なものですね。
美味しいと感じるためには幾つかの複合要因があることを教えていただきました。私は少し人間側の感じ方に要因を求めすぎていた様に思います。食べ物そのものと食べる側の両方にバランスよくその原因を求める必要性を感じました。ありがとうございました。

お礼日時:2006/09/15 22:24

興味ある質問ですねー!!


でも答えは持っていません。

ただ1つ、鳥類も、自然に近いものが美味しいというようです。金網個室つきのブロイラーより、外を飛び回る地鶏、あるいは天然ものの方が美味しいというようですね。草や芋虫、みみずがいいのかなー?

牛、豚は、家畜化する前の自然の状態では、肉は硬く筋っぽくて美味しくなかったのを、餌や運動の組み合わせで、現代人が好みの柔らかい肉を作って来たのかもしれないです。いわば肥満児の肉ですよね。

その意味では、マグロも、養殖ものは全身とトロとかいわれる、家畜マグロが出来てくるかも。でも秋刀魚味のトロはなー!? 秋刀魚は嫌いでないですが。
養殖魚も、餌や運動(は直接させるのは難しいかもしれませんが)で変わってくるのでは。

この回答への補足

質問に興味を示して頂いて感謝します。食物連鎖の頂点に立つ人類は100億に漸近する人口増に対応するために食料生産についても理念が求められてくると思います。当然養殖技術は我われの嗜好を反映したものが求められると思います。ご指摘のように食品を人の好みに合わせていくと生態系のバランスが失われることも気になります。でも一番気になるのは人間の美味しいという感覚は長い時間かかってどのように養われてきたのかと言うことです。 別のご意見をお持ちの方に味覚の感覚の不思議さについてのご意見も伺ってみたいと思います。

補足日時:2006/09/07 00:08
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養殖魚のえさは秋刀魚とかいわしです。


これらの魚粉で育てられると体内の死亡成分が秋刀魚などと同じく.追い越さん系統になってしまいます。
ですから.たべるとさんまとかいわしのあじになり.おいしくない。
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Q魚は天然もの方が美味しいのは何故ですか?

肉でも野菜でも天然ものより養殖(栽培)種の方が美味しいのは常識です。
(野生の牛やトマトは現代人には到底食べられるもので無いのでは?)
しかるに魚だけは養殖ものより天然ものが美味しいと言われています。何故ですか?

Aベストアンサー

野菜や肉は、野生の品種から長い年月をかけて品種改良を行い、美味しく、収量が多く、病虫害に強くなっていて、原種とはまったく違ったものになっています。

一方、魚の品種改良はというとほとんど進んでおらず、天然に存在する品種にほぼ近い品種を養殖しているだけです。

養殖については、No.1に方が書かれているように、養殖魚の運動が少ないために、天然の魚に比べると旨味が少ないということです。

これは、家畜でも同様で、食用の鶏の代表であるブロイラーは、狭い鶏舎の中で電灯により昼夜コントロールされ、ただひたすら食べて運動せずに、55日程度で出荷されます。
ブロイラーは早く大きくなって、肉も柔らかいですが、旨味についてはイマイチで養殖魚と同じですね。

一方、地鶏と呼ばれるものは、多くは日本古来の品種と西洋系の品種と掛けあわせて生まれたものですが、屋外での放し飼いで飼われ、出荷まで100日~150日かかります。
結果として、成長の早さや肉の柔らかさではブロイラーに負けるのですが、引き締まった身体は旨味をたっぷりと含んでいます。

Q「米の生産性」 と 「麦の生産性」の比較

米は一粒から200粒ほどできるけれど麦は20粒ほどしかできない。
(これは時代地域によって大幅に違いますので、解りやすくしたものに過ぎませんが、このような違いがあったことは事実です。)

また稲作は二期作も可能なのですが、麦は連作できず、三圃制度がとられました。

これらのことをあわせ考えると、生産性の違いは数倍あることは確実です。

この違いから何が言えるか?というのが質問の趣旨です。


まず耕作面積あたりの生産性が違ってきて、面積あたりの扶養可能人口が違ってくると思われます。

私見ではこれが東南アジア稲作地帯の人口密度の高さに現れている、と考えます。

さて私としては、農民一人当たりの扶養可能人口が違ってくる、つまり農民以外の人口が増加して、工業、商業、文化生活などで豊かな生活が出来る、と言いたいのですが、どのような計算をして、これを立証したらよいかわかりません。

この計算をするための統計も不足していると思います。

どなたかこういうことをどう考えたら良いか、教えていただきたいものです。

Aベストアンサー

資本主義の起源と西洋の勃興
たとえば P130

中国の農業生産性は乾式穀物栽培をこなっていたヨーロッパよりもはるかに高かったので



明代における国家と貴族がヨーロッパとは異なって海外交易(および征服)からの歳入を追求しなかったかの理由であるともいえよう。

とか数カ所で、農業生産性の話が出ています。

単純化するならば

地主という貴族
商人という都市ブルジョワ
国家権力

という三つの存在を考える
農業生産性において、中国、インド > ヨーロッパ

農業生産性の高い、中国、インドでは、地主である貴族、及び皇帝、王などは、交易による収入を期待しなくても、十分な租税を農業生産から期待できた。
【農業生産性の高さが、商業(特に域外交易)の成長を必要としなかった。】という前回回答の部分
農業生産性の低い、ヨーロッパでは、交易が、農業と比べて比較優位となった。
※ 当該著書でも、中国、インドの交易は規模としてヨーロッパよりも大きかったということは指摘しています。あくまで比較優位の話です。

なので、中世において、ヨーロッパでは都市国家や自治都市が成立した。
※ 中国やインドの都市も巨大であったが、王や皇帝の作った都市であり、自主性はなかった。

戦争継続において、中国 インドでは農民への課税強化で行ったが、欧州は都市からカネを借りることで、行った。
※ なので 中国インドでは時として激しい農民反乱が行われたし(欧州との比較で)欧州では、商人が三部会とか、ベネチアなどのイタリア都市国家のように、それなりの政治的発言権を持つようになった。
【地主貴族が低い農業生産性のためブイブイできなかったので】という前回回答の部分、最大の地主貴族である皇帝、国王も含めて、戦争継続のために、課税強化しようとしても、生産性が低いので出来なかった。総額としての納税額を増やそうとして領土を増やそうと戦争するには、商人から金を借りなければならないという構造です。

結果として 「商売って素敵 善い行いだよね」

というのが国家として是認されたので、資本主義が欧州で生まれて成長した。

けっして、中国やインドにおける前近代の経済規模(農業を基礎とした)の量的拡大によって資本主義という質的変化が生まれるものではない

というのが この本書趣旨

資本主義の起源と西洋の勃興
たとえば P130

中国の農業生産性は乾式穀物栽培をこなっていたヨーロッパよりもはるかに高かったので



明代における国家と貴族がヨーロッパとは異なって海外交易(および征服)からの歳入を追求しなかったかの理由であるともいえよう。

とか数カ所で、農業生産性の話が出ています。

単純化するならば

地主という貴族
商人という都市ブルジョワ
国家権力

という三つの存在を考える
農業生産性において、中国、インド > ヨーロッパ

農業生産性の高い、中国、インドでは、地...続きを読む


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