藤田東湖の回天詩死 藤田の詩における死の概念についてお教えくだ

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (1件)

「回天詩史」です。

藤田東湖の死生観というよりも藩政の歴史等が記された、自叙伝的詩になっています。下のURLに全文が載ってますので、確認なさってみたらいかがでしょうか。

参考URL:http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/jpn/toko/kait …
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

」に関するQ&A: 詩の書き方

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q幕末のたられば

幕末は激動の歴史ですが、「もし○○が~~しなかったなら」という
考察はどれくらいあるのでしょうか?
できるだけ教えてください

もし○○が死ななかったなら、、
井伊大老、孝明天皇、家茂、島津斉彬、佐久間象山、松陰、高杉晋作、龍馬
などなど

Aベストアンサー

井伊直弼、佐久間象山、吉田松陰、高杉晋作、坂本竜馬はあのとき死ななくても、どのみち誰かになんらかの形で殺されていた可能性が高いのではないかと思います。松陰先生はある意味破滅に向かって一直線に向かって突撃していったようなものですからね。「たとえ私が斃れようと、後の若者が続いてくれるだろう」というような言葉を残していますが、そのとおりの生き様でしたからね。佐久間象山も、あんなイヤミな人柄なら、誰かが暗殺したでしょう。
高杉晋作は病死ですが、いずれ誰かと袂を分かって死に追いやられたような気がします。この人も世間に自分を合わせられない人ですからね。
坂本竜馬は、長生きしてれば政商となっていたんじゃないかと思います。天寿を全うしていたら、むしろ人気がない人物になっていたのではないかな。志半ばで斃れたからこそ、カリスマとなったのでしょう。
孝明天皇は明らかに毒殺ですからどうしようもない。

旗を持った誰かが斃れても、別の誰かがその旗を拾って次に進みます。よく「歴史にIFはない」っていうのは、そういうことなんですよ。

Q最近 死などが怖くて 死んだら別の宇宙に行って 何かに生まれ変わって それが続いていくんだと 思って

最近 死などが怖くて 死んだら別の宇宙に行って 何かに生まれ変わって それが続いていくんだと 思って気持ちを落ち着かせているのですが やっぱり都合のいい考え方でしょうか?

Aベストアンサー

本当にすばらしい疑問だと思います
現在 この最大の疑問を考える人が少ないのです
 学校の先生に聞いたら「そんな事考えるのやめなさい」
なんていわれそうです
この大問題を避けているのです
いや 答えられないのです
だから エセ宗教にだまされるのです
 
死は必ず訪れる自分の大問題でもあるのです
関係の無い人等いません 例外なく 必ず訪れるのです
 いかに財産を残そうが どんなに名声を高めようが 
どれ程多くの知識も体験も 死を目前にした時 
何の意味も無くなるのです 
 すべてを捨てて この世の舞台から去るのです

ビクリルユゴーは
(人間は 生まれながらにして 
すでに死刑の宣告を受けた存在なのである)
と言っています
ハイデッガー(実存主義者)
(人間は死への存在である) 等など

 この最も大事な問題を抜きにして 
この世の幸せなどあるはずがありません
演繹的に申し上げます
「生きると死ぬ」→「求める」→「幸せの法則」→「演ずる」→「歓喜」と結論します
    
 死の問題と真の幸福の問題はイコール同じなのです
生の問題と真の幸福の問題はイコール同じなのです

その答えは透徹した哲学者 詩人 文学者に
そのヒントを求めなければなりません
シラー ・・・・・(汝の運命の星は汝の胸中にあり)
ソクラテス・・・・(汝自身を知れ)
デカルト・・・(我思うゆえに我あり)
釈迦・・・・・・(汝自身を省みたずねるが良い)
カント・・・・・(・・・我が上なる星と 我が内なる道徳法則とである)
ユゴー・・・・(・・・空よりも大きな眺めがある それは魂の内部である)
ルソー・・・・(私が語らなければならないのは人間についてである)
カーライル・・・(理想は我々自身の中にある)
等々 世界的な文学者 哲学者 詩人は 口をそろえたように
 (一番大事答えは貴方の中にる)と言っています
 あくまで科学的に 道理をわきまえ 科学者 心理学者(ユング  フロイト等)
の学説を交えながら たとえ話を交えて 分かり易く ご説明したいのですが
長くなるので できればこちらへお願いします

http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage17.htm

本当にすばらしい疑問だと思います
現在 この最大の疑問を考える人が少ないのです
 学校の先生に聞いたら「そんな事考えるのやめなさい」
なんていわれそうです
この大問題を避けているのです
いや 答えられないのです
だから エセ宗教にだまされるのです
 
死は必ず訪れる自分の大問題でもあるのです
関係の無い人等いません 例外なく 必ず訪れるのです
 いかに財産を残そうが どんなに名声を高めようが 
どれ程多くの知識も体験も 死を目前にした時 
何の意味も無くなるのです 
 すべてを捨てて ...続きを読む

Q「回天」についての、横山一郎海軍少将のエピソード

「回天」についての、横山一郎海軍少将のエピソード

一般に、日本海軍の記録と米軍の記録を照合した「回天の確実な戦果」は、
『大型タンカー1隻撃沈、駆逐艦1隻撃沈、歩兵揚陸艇1隻撃沈』
『輸送船1隻大破、米軍艦船4隻小破』
であるとされます。
大破とは、沈む寸前の大損傷を受けた状態、小破とは、損傷を受けたが自力航行や戦闘行動に差し支えない状態と理解しています。

一方、昭和20年8月18日に、停戦の軍使としてマニラに行った横山一郎海軍少将は、米軍のサザーランド少将から
「回天を積んでいる潜水艦は、洋上に何隻出ているのか。直ちに攻撃中止命令を出してくれ」
と言われたとされます。

回天の実際の戦果が最初に示した程度であれば、米軍が回天をそれほど恐れる理由はないはずで、腑に落ちません。

(1) 回天の脅威 (米軍の被害) が実際はもっと大きかった。
(2) 巷間伝えられる、横山一郎少将のエピソードが誤っている。
のどちらかではないか?と思います。

質問ですが

『横山少将のマニラでのエピソードは、どのような史料に書かれているのか』
です。よろしくお願いします。

※ 横山少将の回顧録
「海へ帰る―海軍少将横山一郎回顧録」昭和55年 原書房
が出版されていますが、そこに書かれているのでしょうか?

「回天」についての、横山一郎海軍少将のエピソード

一般に、日本海軍の記録と米軍の記録を照合した「回天の確実な戦果」は、
『大型タンカー1隻撃沈、駆逐艦1隻撃沈、歩兵揚陸艇1隻撃沈』
『輸送船1隻大破、米軍艦船4隻小破』
であるとされます。
大破とは、沈む寸前の大損傷を受けた状態、小破とは、損傷を受けたが自力航行や戦闘行動に差し支えない状態と理解しています。

一方、昭和20年8月18日に、停戦の軍使としてマニラに行った横山一郎海軍少将は、米軍のサザーランド少将から
「回天を積んでいる...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは


> 『横山少将のマニラでのエピソードは、どのような史料に書かれているのか』

ご指摘の"「海へ帰る―海軍少将横山一郎回顧録」昭和55年 原書房"の中の
マニラ会談に関する記述が、京都大学の永井先生(文学部教授)のHPに転載
されて、紹介されています(↓)
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/GHQFILM/DOCUMENTS/yokoyama1.html

同HPには、同じくマニラ会談に同席した、河辺参謀長(陸軍中将、団長)や岡崎
氏(外務省局長)の手記も掲載されていました(↓)
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/GHQFILM/DOCUMENTS/index.html

しかしながら、上記いずれの資料にも"回天"に関するやりとりがあったような記述
は、どこにも見当たりませんでした。(もちろん、このHPの内容は抜粋なので、
著書の内容をそのまま一字一句転記しているとは、断言出来ませんが・・・)


さて、当時の米軍とすれば"回天"のような海上(海中)特攻兵器の存在は充分認識
し、決して看過できない問題であると見ていたとは思いますが、それ以上に本会談
は「正式な降伏受理に関する諸事項の打ち合わせ」という極めて重要な目的があっ
たため、目的以外の事項については少なくとも公式の場では話題には上らなかった
のではないでしょうか?

また、(ご質問にあった)サザランド少将は確かに連合軍総司令部の参謀長という
立場ではありましたが、基本は陸軍軍人でしたので、海上戦闘に関する事項を話題
にするのも ちょっと不自然なような気もします。

従って、マニラ会談で横山少将とサザランド少将との間で、件のようなやりとり
があった、という情報は、さほど確度の高いものではないと思われます。


ちなみに、横山少将の著書として
「大海のごとく わが生涯の回想録」日本クリスチャン・ペンクラブ出版部(1984)
というものもあるようですが、こちらの著書の内容に関しては残念ながら判り
ません。

こんにちは


> 『横山少将のマニラでのエピソードは、どのような史料に書かれているのか』

ご指摘の"「海へ帰る―海軍少将横山一郎回顧録」昭和55年 原書房"の中の
マニラ会談に関する記述が、京都大学の永井先生(文学部教授)のHPに転載
されて、紹介されています(↓)
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/GHQFILM/DOCUMENTS/yokoyama1.html

同HPには、同じくマニラ会談に同席した、河辺参謀長(陸軍中将、団長)や岡崎
氏(外務省局長)の手記も掲載されていました(↓)
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~kn...続きを読む

Q死の概念は二分すべきではないのか

一度この場でお披露目していますが怖い怪談です。
非業の死の解釈です。
死後があり、彼岸にわたるならば、そこでは誰もが業因がないことを悟り苦もないであろうと考えます。この非業が判るゆえに安らかな死を迎えるならば、それが非業の死です。
念を押して説明しますが、非業の苦痛でなく、業そのものの苦痛です。良性の業をあるようですが、ならばそのような業を失う苦痛でもあります。
ところが未だ現代にでも業がまかり通っているゆえに、苦痛に満ちた死を想起して実際にそのような死を迎える人もいます。
非業の死に苦の響きがあるのは「死」の一言で生得的に、この世に生を受けたものなら誰でも、本来の死が直感できるゆえに、業があげる痛みです。死が苦痛でなく業が苦痛です。
現代の死の(観念でなく)イメージではこの死を知らない業の痛みが死のイメージに二重写しになっています。そして本来の死は宗教的な言葉で「往生」と表現されています。
本来の死がないがしろにされ違う解釈がなされています。
ならば、苦痛を伴う恐怖の死は「死」ではなく別の解釈をすべきではないでしょうか。
その偽者の死は生きている間だけの幻であり、死を知らぬまま生きる生き様です。
むしろその生き様をもって「屍」の字を当てて解釈するのもいいかも知れません。ゾンビのことです。
宗教論争をするよりも概念を二分するほうが簡単ですっきりします。
いかがでしょうか。

一度この場でお披露目していますが怖い怪談です。
非業の死の解釈です。
死後があり、彼岸にわたるならば、そこでは誰もが業因がないことを悟り苦もないであろうと考えます。この非業が判るゆえに安らかな死を迎えるならば、それが非業の死です。
念を押して説明しますが、非業の苦痛でなく、業そのものの苦痛です。良性の業をあるようですが、ならばそのような業を失う苦痛でもあります。
ところが未だ現代にでも業がまかり通っているゆえに、苦痛に満ちた死を想起して実際にそのような死を迎える人もいます...続きを読む

Aベストアンサー

補足お礼と、質問文読んだのですが、
表現方法はずいぶん違うものの、おそらくほとんど同じことみたいです。
少なくとも僕が理解した部分については、なんも違和感を感じないので。
ただ一部表現が、独特で、理解できないところについては、よく分からないんですが。
言葉の定義とかは実に微妙で、難しいなーと思いました。

概念の2分については、普通こんなこと考えたことがない人にはさっぱりわからないし、宗教や哲学をする人の間だけであれこれ定義するのはいいんですが、
言われてる本来の死がないがしろにされ、というのは世間一般を対象にした話なので、難しいだろうなーと、ぼんやり思います。

Q今日スーパーで買った海老天を、明日おいしく食べるには…?

 知り合いから讃岐うどんの生の真空パックをもらいました。
 天どんにしておいしく食べたいな、と思っていたら、今日買い物に行ったスーパーで、少し大きめの海老天を売っていたので買って帰り、とりあえず冷蔵庫に入れました。
 明日の昼に食べようと思うのですが、海老天を出来るだけおいしく食べるにはどうしたらいいでしょうか?レンジでチンは衣が水っぽくなるかな?とも思うのですが…。
 どなたか、アドバイスをお願いします。

Aベストアンサー

ガスコンロのグリルか、オーブントースターで1~2分加熱すれば
衣がべたつきません。
加熱し過ぎると、焦げたり燃えたりしますので、温める程度にしてください。
(ホイルに包んで加熱したこともあるのですが、衣がべたつき油っぽくなってしまいました)

レンジで加熱する場合は、キッチンペーパーを敷いて
ラップせずに加熱します。
レンジの場合、衣が硬くなりますし、やはりべたっとした感じにはなってしまいますので
グリルのほうを、お勧めします。

Q「人は死ねば消滅し無になる」という概念を信仰する人が

「人は死ねば消滅し無になる」という概念を信仰する人が
殺戮者に対して「殺戮をしてはいけない理由」を説き納得させることは可能でしょうか?

※このとき「人は死ねば消滅し無になる」という概念を信仰する人は、その「人は死ねば消滅し無になる」という概念は壊さないように語る。

Aベストアンサー

>説き納得させることは可能でしょうか?

不可能だと思います。

「死ねば無になる」という理由で人を殺すことは無いと思います。

たとえその人は殺人理由をそのように言ったとしても、本人は自分がどうして人を殺したいのかよくわかっておらず、ひとまずの理由として自分の行為の正当性を表現しているのだと思います。

人は誰しも死ぬと考え、生きていることに価値が無いと思うのなら、当の本人が自殺するはずです。
当の本人は生きながら他人を殺すってのは、生きているから快楽を感じるので、楽しみのための殺人ですよね。

騙されちゃ駄目です。

自分への破壊衝動を自分にではなく、他人に向けることで、代わりに破壊されてもらうってのは、卑怯です。
そして自分自身が終わってはいないので、何度も自分を破壊する衝動が起こったとき、身代わりを立て続ける。
それで他人を殺すわけですよね。
それで再生を果たした気になっている。
ひとまず自分を破壊したいという欲求は身代わりの他人を殺すことで収まったが、また首をもたげて自分を破壊したくなり、身代わりを立てる。
死刑になるまで続きます。

ということで、その人の言い訳は通用しません。
だって嘘だから。

>説き納得させることは可能でしょうか?

不可能だと思います。

「死ねば無になる」という理由で人を殺すことは無いと思います。

たとえその人は殺人理由をそのように言ったとしても、本人は自分がどうして人を殺したいのかよくわかっておらず、ひとまずの理由として自分の行為の正当性を表現しているのだと思います。

人は誰しも死ぬと考え、生きていることに価値が無いと思うのなら、当の本人が自殺するはずです。
当の本人は生きながら他人を殺すってのは、生きているから快楽を感じるので、楽しみのための...続きを読む

Q茨城県の歴史上重要人物、または重要出来事について

茨城県の歴史上、重要な人物と出来事を教えてください。
藤田東湖、水戸光圀‥など。

Aベストアンサー

茨城県ですか…一度しか行ったことがないなあ。思いつくのは水戸泉。

 それはともかく、茨城県のことを研究しようとする場合、貴重な史料があります。茨城県の大部分を占める常陸国には『常陸国風土記』が残っています。5つしか残っていない風土記の一つです。岩波書店『日本古典文学大系』に入っていますから、あなたが本気で研究する気なら、是非購入し、お読みください。

 因みに、薀蓄を一つ。「ヒタチ」は「ヒタシモ」の略だとする説があります。というのは「日高見」(ヒタカミ)と名称が史料に残っているからです。「ヒタ上」・「ヒタ下」というわけです。

 あなたがどの時代のことを中心に研究しようとしているのかがよく分かりませんが、古代史では、私が記すように『風土記』がまず出発点になります。その他は既に回答がありますが、平安時代では平将門の乱(歴史物語『将門記』があります。フィクションの部分もあるかとおもいますが)。中世では古河公方。近世では水戸藩。幕末では水戸学と尊王攘夷運動が中心になるでしょう。幕末の水戸学では、藤田一族の研究が一つのテーマになるでしょうね(藤田幽谷・東湖・小四郎の三代)。

茨城県ですか…一度しか行ったことがないなあ。思いつくのは水戸泉。

 それはともかく、茨城県のことを研究しようとする場合、貴重な史料があります。茨城県の大部分を占める常陸国には『常陸国風土記』が残っています。5つしか残っていない風土記の一つです。岩波書店『日本古典文学大系』に入っていますから、あなたが本気で研究する気なら、是非購入し、お読みください。

 因みに、薀蓄を一つ。「ヒタチ」は「ヒタシモ」の略だとする説があります。というのは「日高見」(ヒタカミ)と名称が史料に残っ...続きを読む

Q主体という概念と主権という概念はどういう相互関係にあるのですか?

主体という概念と主権という概念はどういう相互関係にあるのですか?

Aベストアンサー

主体と主権は主が存在すること、主体は体がメイン主権は権利がメイン
ただ主権を実行しようと思えば必然と主軸が存在する主軸が人であればそれは主権と合一化し客観的にみて主体と合一しているように見える、主体も同じように思い込んでいれば主体と主権が合一していると言えなくは無い。

Q旧日本軍の人間魚雷回天について

靖国神社の遊就館で回天を何度も見ているうちに操縦席の部分がどうなっているか知りたくなりました。勿論、プラモでは存在しません。リアルに見て模型として再現して見たいのですが操縦席を見れるところは日本にあるのでしょうか?

Aベストアンサー

実物ではありませんが「シアトルに現存する回天の操縦席を再現し、映画でも搭乗シーンに使われた国内唯一の「内部操縦席模型」」なる物が展示されてるところがあるようです。

http://hibiki15.blog.so-net.ne.jp/2007-12-7

映画「出口のない海」用に作られたものらしいので、そちらを見るという手もあるやもしれません。


ご参考までm(__)m。

Qエントロピーは増大する一方ですが、最大という概念はあるのでしょうか?あるとすれば、それは宇宙の死と同

エントロピーは増大する一方ですが、最大という概念はあるのでしょうか?あるとすれば、それは宇宙の死と同じ事でしょうか?

Aベストアンサー

この問題は、多くの物理学の教科書で熱力学の成り立つ条件をそれほど深く考えずに書かれているので、多くの人に誤解を生じさせているようです。

この質問の回答のために、始めにエントロピー増大の法則を物理学として正確に表現して置きましょう。

先ず、この法則が成り立つための条件で、普通の教科書に明から様に語られない重要な条件があります。それは、

1)熱力学的記述がその物理学的系の記述に意味がある系に限る

と言う条件です。

そして、その条件の下に、エントロピー増大の法則は

2)孤立系のエントロピーは時間と共に増大するか同じ値に留まる

と表現されます。これを熱力学第2法則と呼ぶこともあります。そして、エントロピーが一定値をとり続ける系が熱平衡状態です。非平衡状態にいる系はエントロピーが増え続け、漸近的に熱平衡状態に近づいて行きます。ですから、系の大きさが有限だろうが無限大だろうが、エントロピーが変わらなくなったら熱平衡状態です。この熱平衡状態のことを、熱死状態とも言います。

この法則は、古典力学のニュートンの法則、古典的電磁気学のマクスウェル方程式、シュレディンガーとハイゼンベルグの量子力学の基本方程式方程式、一般相対性理論のアインシュタイン方程式などの僅かな方程式で構成されている物理学の全ての基本方程式と一見矛盾しております。したがって、熱力学第2法則は基本的な法則であるにもかかわらず、そして、この法則に反する現象に人類がお目にかかったことがないにもかかわらず、今の段階ではこれを基本法則とは呼ばれず、現象論的法則と呼ばれています。

さて、系は無限大だったらエントロピーの値はいくつなのか。そのことが、上の1)の条件と関わり合うのです。実は1)が成り立つためには、その系を特徴付ける物理量に、次の大変きつい条件が必要なのです。それは、

3)系の大きさをN倍すると、その物理量もNの1乗に、すなわち、Nに比例して大きくなるような量が存在する

と言う必要条件です。後で例示しますように、このような物理量が存在するかどうかは自明ではありません。そして、重力の場合には存在しないのです。

物理学では、「系の大きさ」をもっと正確に、「自由度の数の大きさ」と表現します。このような性質を持った物理量のことを「示量変数」と呼びます。そして、示量変数をその系の自由度の数で割ったものを、「示強変数」と呼びます。そのその結果、示強変数は自由度の数をN倍しても、Nに依存しなくなります。

ところで、エントロピーは示量変数です。したがって、系の大きさが無限大になるとエントロピーも無限大になります。しかし、エントロピーを系の自由度の数で割った量は示強変数となり、系が有限だろうが無限だろうが、その示強変数は有限の値をとれます。だから熱死状態でもこの示強変数の値は有限です。

いよいよ本論です。結論から言うと、重力が無視できない重要な役割を演じるときには、示量変数が存在できません。だから、熱力学をこの宇宙全体に適用できなくなり、

「系がエントロピー増大の法則に従って、行く行くは熱死状態に到達する」

という言葉に意味が無くなってしまいます。しかし、始めに述べましたように、多くの物理学の教科書では、上記1)の条件の存在をそれほど深く考えずに書かれているので、多くの人に誤解が生じているようです。

何故、重力には熱力学が適用できないかを説明しましょう。

この宇宙の粒子は個々の粒子が運動エネルギーを持ち、また粒子同士が互いの距離に依存した位置エネルギーを持っています。最も簡単な位置エネルギーは、各々2個の粒子間の距離だけに依存する位置エネルギーで、これを2体力による位置エネルギーと言います。重力は2体力です。もっと複雑な3体力、4体力、、、も重力以外には在りますが、それはほとんど例外的な力です。

さて、粒子の運動エネルギーは粒子の数をN倍するとその総和のエネルギーもN倍される。だから全系の運動エネルギーの総和は示量変数です。しかし、2体力では粒子の数がN倍に増えると、位置エネルギーの総和はN個から2個選ぶ場合の数に比例するので、Nが大きくなるとNの1乗ではなく、Nの2乗に比例大きくなってしまう。だから、一般には位置エネルギーの総和は示量変数ではない。

ところが、力の届く範囲が本質的に有限の場合、一つの粒子に力の働く粒子の数は有限になります。その結果、位置エネルギーも総和もNが大きい極限でNに比例して大きくなることが示せます。このような力を短距離力と呼びます。重力でなく通常の分子間力は皆短距離力です。だから、この場合、位置エネルギーの総和は示量変数となり、熱力学が適用可能となります。

しかし、重力はどんなに粒子間の距離を離しても有意義にその影響力が残るのです。このような力を長距離力と言います。したがって、重力では位置エネルギーの総和は示量変数ではない。だから、熱力学の論理も演算も使えないのです。

実際、分子間力で相互作用し合っている通常の気体では、ボルツマン方程式と言う基本的な方程式が存在するのですが、銀河系を構成している星の集団を記述するボルツマン方程式は存在しません。

だから、この宇宙が閉じていようが、開いていようが、ブラックホールがあろうがなかろうが、この宇宙が熱死状態になることを重力が妨げてくれているのです。

この問題は、多くの物理学の教科書で熱力学の成り立つ条件をそれほど深く考えずに書かれているので、多くの人に誤解を生じさせているようです。

この質問の回答のために、始めにエントロピー増大の法則を物理学として正確に表現して置きましょう。

先ず、この法則が成り立つための条件で、普通の教科書に明から様に語られない重要な条件があります。それは、

1)熱力学的記述がその物理学的系の記述に意味がある系に限る

と言う条件です。

そして、その条件の下に、エントロピー増大の法則は

2)孤立系の...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報