これからの季節に親子でハイキング! >>

こんにちは。

10年ほど前、亡父の出身地(地方)の家庭裁判所から土地の件で揉事が発生したので、出廷するようにと言う要請があったので行きました。
教えていただきたいのは裁判の帰りに、確か役場か法務局か忘れましたが、万延元年○○○男からxxx子に名義が変わったと言う登記簿を見ました。土地の最初からの持ち主や、売買や、相続で土地の名義の変化をきちんと、登記するようになったのは、何時頃からでしょうか?
よろしく、お願いいたします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (6件)

 現在の所有権の基礎が固まったのは明治5年の地券制度導入時です。

それ以前の所有関係は複雑で村ごとの共有地や入会地が輻輳していたのを、一旦所有者を決め、どうしても決められないものは官有地としました。そのとき、所有者と認定された人はその後、制度は変わりましたが、現在に至っています。農地解放のときは該当農地は政府が一旦、地主から買い取って、小作人に売り渡す方法が取られましたので、登記の上で旧地主がそのままという事はありません。また、民法が制定されるとき、民法に規定のない物権は整理されて、登記すべき権利で登記されていないものは無効になりました。しかし、入会権については、登記すべき権利ではありませんので、江戸時代に成立され、登記簿の上でなにも書かれていなくても現在まだ有効となるケースがあります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

詳しく教えていただきありがとうございました。

お礼日時:2002/06/11 17:53

>登記手続の事とはどのようなことか


相続手続きを一切しないでいて.農地解放のとき以後.名義人がまったく変わっていないとか.極端な場合.地券の名義人のまま現在もなっているとか.あります。
単に.名義変更(遺産相続)手数料が高すぎて支払えない(登記できない)だけです。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

相続して名義変更しなくても、罰せられることはないのですね、ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/11 17:39

 売買などの土地の移転や質入・書入(抵当)などについて、公簿での管理(村・町役人が保管する名寄帳・検地帳)及び公証(名主加判の制)は旧幕時代から行われていたと言われています。

この時期は田畑の永代売買は禁止されていましたが、宅地などについては例外的に認められていたものです。
 その後明治に入り地券制度(地券台帳に地券を編纂)や公証制度(奥書割印)が導入され、旧不動産登記法が明治19年に、新不動産登記法が明治32年に制定されることになりました。

 もともとこれらは地租の徴収のためにつくられたという性格を帯びてますから、全国規模のものとしては、太閤検地(地籍調査)の記録あたりが初期のものになるのではないでしょうか。 

参考URL:http://www.city.kawanoe.ehime.jp/benrityo/meisai …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございました。参考にさせていただきます。

お礼日時:2002/06/10 23:04

 明治5年にに土地取引について、旧幕時代の禁令が解除されました。

それ以前は、租税徴収権を確保するための町村役人が保管する公簿である名寄帳、検地帳に土地移動や質入、書入が記載され、契約書には名主加判の制(一種の公証)がありました。明治5年から、地券制度が導入され、土地譲渡があるごとに府知事県令は地券2通を発行し、正本を所有者に渡し、副本を地券台帳に綴られました。建物の所有権移転や担保権の設定については公証制度がとられ、証文に戸長が奥書して、公簿と割印する方法がとられました。このような制度に不備があったり、登録税を取る目的で明治19年不動産登記法が制定されました。
 これらのいろいろな用語で検索してみましたら、下のHPの公図の説明でこれに近いことが書かれています。

参考URL:http://www.ngis.co.jp/yogo1/land.html
    • good
    • 1
この回答へのお礼

土地の登記制度は案外新しい制度なのですね、ありがとうございました。HPもあとで、ゆっくり見させていただきます。

お礼日時:2002/06/10 20:11

仕事で登記関係の書類はよく扱うのですが…。



現在の登記、もしくはその前の役場の土地台帳に名義(所有者の住所、名前、受け渡しの日時)が出されているのは、記憶している中でも明治元年ぐらいが最古のものですね。
江戸末期もごくたまに出ていますが、実際は効力がないもの(小作権等)が多いです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

明治元年位が最古ですか、登記は結構新しい事なのですね、専門的なことを教えていただきありがとうございました。

お礼日時:2002/06/10 20:08

直接の答えではありませんが.


大蔵省印刷局発行.公図の研究
のどこかに書いてあったような木がします。「きちんと」と意味はどうとったらよいのでしょうか.近所では.農地解放以後の登記手続をとっている人が珍しいので。

この回答への補足

農地解放以後の登記手続の事とはどのようなことか、詳しく教えていただければ有り難いです。

「キチンと」とは、この土地は誰々の土地です、と最初の持ち主が○○さんと、初めて書いた書類が出来た年、或いは、初めて書かれた年号(1,550年何月又は、天保4年)を知りたいと思い投稿しました。

補足日時:2002/06/10 04:24
    • good
    • 1

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q登記簿と固定資産課税台帳の違いについて

登記簿と固定資産課税台帳では、どのような違いがあるのでしょうか?

固定資産課税台帳については、大きく5種類にわけられるとwikiに書いてあったのですが、登記簿との違いがよくわかりません。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

土地の上に建物を建てたとします。
この建物が自分のものだと表示するのに、建物に名札をつけるのではなく法務局に登記します。
この登記をしない建物も存在します。
法務局の登記簿にはない建物です。
ところが、固定資産税を賦課する地方自治体では登記がなくても現実に建ってる建物には課税をするために台帳を作成します。
これが課税台帳です。

Q地主さんの土地所有権について(農地)

地主さんの土地所有権(日本の農地に限る)について教えてください。

勉強中で関心があるのですが、いまひとつわからずモヤモヤしているため、詳しい方に教えていただけましたら幸いです。

明治に入ってからの地租改正までは、地主さんといえども土地の使用権・利用権を持っていただけで、所有権は幕府や大名だったと理解しています。売買禁止のもとでの借金の形として譲り受けるとしても同じで、あくまでも手に入れるのは使用権・利用権であり所有権ではなかったという理解をしています。


ここで質問ですが、明治に入ってからの地租改正のあたりで、地主さんはどうやって土地の所有権までを得たのでしょうか。幕府・大名→新政府の流れはわかるのですが、新政府→地主といった流れがわかりませんでした。売買による権利の移転などあったのでしょうか。それとも、明治初期のドサクサに紛れて不当に入手したものなのでしょうか。


今回の質問に至った経緯ですが、ある相続の話において「先祖伝来の土地」云々という箇所に引っかかり、地主さんの一族であっても、その所有の歴史はたかだか明治以来で、それ以前は小作人と同様に所詮他人(大名等)所有の土地を使用・利用していただけで、「先祖伝来所有し続けてきたわけでなく使用・利用し続けてきた土地」に執着する必要が見出せない...といった趣旨の考えを、地主さんのご家族から伺ったことがきっかけです。それが正当な手続きを経て入手したものでなければ、なおさら手放すことに何とも思わないとのことで、ぜひ教えていただけますと助かります。


なお、何百年続く老舗の敷地といった商人世界における土地の話ではなく、農地に限った話で、どうぞ宜しくお願い致します。

地主さんの土地所有権(日本の農地に限る)について教えてください。

勉強中で関心があるのですが、いまひとつわからずモヤモヤしているため、詳しい方に教えていただけましたら幸いです。

明治に入ってからの地租改正までは、地主さんといえども土地の使用権・利用権を持っていただけで、所有権は幕府や大名だったと理解しています。売買禁止のもとでの借金の形として譲り受けるとしても同じで、あくまでも手に入れるのは使用権・利用権であり所有権ではなかったという理解をしています。


ここで質問ですが、...続きを読む

Aベストアンサー

ご誠実なお礼ありがとうございます。
私にも状況が分かって参りました。
善良なご質問だと感心しています。

質問文の農地が武家の物だったというご認識に異議を唱える回答が集まってしまったと思います。兵農分離されていますから武家の物というにはそこら辺からになりますよね。公地公民制まで行かずに江戸時代ぐらいからという観点が現実的でしょう。ややこしくする原因は明治以降の近代化が王政復古的だからですよね。
そこで「(西洋的な)私的所有権が確立」されたわけです。
武家支配下における農民に所有権がなかったわけではありません。農民以外の誰が農地所有者だったのかになります。
年貢米は小作料として納めていませんよね。ヤクザの言い掛かりみたいな物です。このサムライの封建時代がさらに、ややこしさの原因になりますね。
いずれにしても議論は兵農分離以降になります。

地租改正に際しては耕作者が地主になったわけではないでしょう。耕作権は小作人にもありますが、小作人は小作地の地主になれなかった制度です。質問者さんの期待とは逆に思いますけど。小作人なんかお役人と関係しないでしょう。届け出と言っても地域の人間関係で行政との手続きが進むわけですから。地主の皆さんの集まりになります。小作人はかやの外です。
江戸時代は生産者が年貢を納めたという論理体系です。兵農分離の農家が生産者です。石高の体系は軍事徴発です。関東軍の現地調達ではないが、農民から農民の財産を徴発します。朝廷の下の労働者ではないのです。農民が農民の土地で作った農民の作物を差し出せです。武士と生産者の関係です。
武士は消え、明治政府になります。
地租改正で生産者ではなく地主から徴税する仕組みになります。江戸時代のように農地は生産者の物である、という原理が終わったのです。


話題の地主さんは生きているうちにそう言うだけです。生前に墓を立てるのと同じです。死んだ後の事は知りません。先祖うんぬんではなくそういう親の思いに対する葛藤ですね。
現実的には感傷的な人情問題なんか付き合いきれない現実問題に直面して訳もなく処分になります。
ご友人向けとしては、処分したくても処分するのは簡単なの?、悩むべきは親の遺言ではなく処分法を見つける事、になるのではと。蔵を潰して駐車場にしているのか知りませんがどうなるんでしょう。

ご誠実なお礼ありがとうございます。
私にも状況が分かって参りました。
善良なご質問だと感心しています。

質問文の農地が武家の物だったというご認識に異議を唱える回答が集まってしまったと思います。兵農分離されていますから武家の物というにはそこら辺からになりますよね。公地公民制まで行かずに江戸時代ぐらいからという観点が現実的でしょう。ややこしくする原因は明治以降の近代化が王政復古的だからですよね。
そこで「(西洋的な)私的所有権が確立」されたわけです。
武家支配下における農民...続きを読む

Q住所に記されてある「大字」や「字」とはどうゆう意味なのですか

こんにちは。よろしくお願いします。
住所に記されてある「大字」の意味がよく分かりません。
私が勤めてある会社にも明記されてありまが、私の実家の住所には明記されていません。
これはどのような意味なのでしょうか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

他の方の回答の繰り返しになる部分もありますが…

「字」というのは、江戸時代頃から使われていたと思われる土地の区分です。
ほとんどの場合、かなり狭い範囲(今でいう何丁目レベルよりも狭い)を差すようです。
だいたい同じような意味で「町」という言い方もよくします。(市町村というときの町と同じ文字ですが、違う意味の言葉です)
「字」が何か「町」が何かというはっきりとした定義づけは恐らくありません。
江戸時代からの地名が消えて、新しい地名がついている場合も多いと思いますが、その地名のことも、「字名」や「町名」ということが多いようです。
ちなみに、「緑ヶ丘一丁目」という地名であれば、「~~丁目」まで含んでひとつの町名ということになります。

「大字」についてですが、
明治時代になり、廃藩置県に市町村制と、新しい国づくりをするときに、いくつかの町村が合体して、もう一回り規模の大きい町村になるということが全国的に起こりました。
そのときに、もともとの村(町)名が消えてしまうのを防ぐためでしょうか。
もともとの村名は「大字名」になりました。
たとえば、「いろは村」と「ほへと村」が合体して、「ちりぬる町」になったときに、「ちりぬる町大字いろは~~」や「ちりぬる町大字ほへと~~」が生まれたわけです。
これは、明治政府が出した命令文書が残っているので来歴がはっきりしています。

つまり、もともと「字」という言葉があって、明治時代になって、それより大きな範囲の「大字」というものが作られたということです。

ちなみに、「大字いろは」の場合は、「大字~~」の部分まで含んでひとつの地名ということになります。

実際上の表記として、「大字」の部分を省いて表記することが広く行われていますが、登記簿謄本など地名を正式に書いてある文書を確認すると、「大字」がついていることが多いと思います。
「字」もついていることがありますが、これは、明治からの長い歴史の中で市町村合併や区画整理、住居表示などいろいろな理由で、地名変更が起こり消えてしまっている可能性が大きいです。

「大字」についても、同様の理由で、まったく違う地名になっていることが増えています。新しく地名を作ったときには、「字」やら「大字」やらをつけるという決まりはないので、普通はつけません。

「ちりぬる町大字いろは字あいう123番地」
  ↓
「ちりぬる町いろは二丁目123番地」

こんな風に変わっていきます。

質問とは関係ありませんが、「~~丁目」というのも、非常によく使われる地名ですが、「丁目」というのも何ら定義づけのあるものではなく、単に全国的によく使われている表現ということになります。

ちょびっと不正確なところもあるかもしれませんが、だいたい理解に役立つつもりです^^;

まだ、疑問がありましたら、重ねてお尋ねください^^

他の方の回答の繰り返しになる部分もありますが…

「字」というのは、江戸時代頃から使われていたと思われる土地の区分です。
ほとんどの場合、かなり狭い範囲(今でいう何丁目レベルよりも狭い)を差すようです。
だいたい同じような意味で「町」という言い方もよくします。(市町村というときの町と同じ文字ですが、違う意味の言葉です)
「字」が何か「町」が何かというはっきりとした定義づけは恐らくありません。
江戸時代からの地名が消えて、新しい地名がついている場合も多いと思いますが、その地名...続きを読む

Q江戸時代の戸籍謄本を入手する方法は?

私の家の家系図を作成する計画です。その為の参考資料として戸籍謄本を利用したいと思います。

私を起点として、私の祖先(配偶者含む)の名前と生年月日、没年月日、結婚又は離婚の年月、養子縁組の年月、祖先の親の氏名などを世代を遡って把握します。また父母、祖父母、曽祖父母に関する事項だけでなく、彼らの兄弟姉妹に関する情報も必要になります。そこで質問です。

質問(1)今の役所で保存されている戸籍の原本では、祖先の系譜をどの頃まで遡ることができるのでしょうか。明治の初めまででしょうか。

質問(2)(この質問の方が重要ですが)仮に遡る限界が明治初期の場合、それ以前、つまり幕藩体制時代の戸籍についての記録は、どこで保存されているのでしょうか。(ちなみに私の祖先は愛知県知多郡におりましたので、「尾張藩」です。)菩提寺の過去帳では戒名は分かりますが俗名が分からないのです。

ご存知の方、よろしくお願いします。

質問の答が分からなくても、質問の答を見つける方法をご存知でしたら教えて下さい。(どの役所に聞いてみる、とか、どこの歴史資料館で捜す、とか、ホームページとか。)

私の家の家系図を作成する計画です。その為の参考資料として戸籍謄本を利用したいと思います。

私を起点として、私の祖先(配偶者含む)の名前と生年月日、没年月日、結婚又は離婚の年月、養子縁組の年月、祖先の親の氏名などを世代を遡って把握します。また父母、祖父母、曽祖父母に関する事項だけでなく、彼らの兄弟姉妹に関する情報も必要になります。そこで質問です。

質問(1)今の役所で保存されている戸籍の原本では、祖先の系譜をどの頃まで遡ることができるのでしょうか。明治の初めまででしょうか。...続きを読む

Aベストアンサー

ご自身が含まれる戸籍は自由に入手は可能ですが、いくら親兄弟であっても戸籍が別となっていれば、正当な理由や権利が無ければ入手できません。
相続や先祖を祀るなどの理由があれば直系であれば入手は可能でしょう。
それぞれから委任状などを得る必要があると思います。

1については、戸籍によって保存期間があり、既に処分されているものもあるようです。自治体によって法律上の保存期間を超えても処分していない役所も多いと思いますので、それぞれの役所へ確認しましょう。私の地元の役所では江戸時代ぐらいのものはまだあるようです。

2については、役所の戸籍でわからず、寺などの過去帳でわからなければ難しいでしょう。

戸籍謄本は自分との関係を証明しながら取る必要性がありますので、ご自分や親の戸籍から遡って、わかる範囲で戸主の名前で請求するようになるでしょう。縁故者の協力状況によっては、遡るにも限度があると思います。
行政書士などは職権で戸籍謄本などの入手が可能な為、一部の行政書士などが家系図作成を請け負っている場合などもあります。

私自身、家督相続時代を含めた相続手続き(登記)を行った際、遡るのに結構大変でした。

頑張ってください。

ご自身が含まれる戸籍は自由に入手は可能ですが、いくら親兄弟であっても戸籍が別となっていれば、正当な理由や権利が無ければ入手できません。
相続や先祖を祀るなどの理由があれば直系であれば入手は可能でしょう。
それぞれから委任状などを得る必要があると思います。

1については、戸籍によって保存期間があり、既に処分されているものもあるようです。自治体によって法律上の保存期間を超えても処分していない役所も多いと思いますので、それぞれの役所へ確認しましょう。私の地元の役所では江戸時代...続きを読む

Q閉鎖された公図が何故必要か?

赤道(あかみち)の状況を調べるため法務局に行ったところ、閉鎖された公図(マイラー)を見てくれとのことで閲覧しました。

そのとき疑問に思ったことが、何故閉鎖された公図を見なければならないのか?です。公図や登記簿謄本は電子化されているようですが、電子化に当たって昔の公図のデータは全て引き継がれたわけではないのでしょうか?

せっかく電子化しておきながら、閉鎖された公図を見なければわからないことがあることがどうにも腑に落ちません。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

No4/5です。
その経緯ですと、単純に電子化された公図の情報不足(移行漏れ)が確認されたので、古い公図の確認をした・・・というだけなのかもしれませんね。


※余計な話ですが、赤・青線は数年前に地方分権の関係で国から地方自治体で譲与されているケースが多かったと思いますが、質問者様のお住まいの地域では譲与を受ける手続きがされていなかったんですかね(手続きがされていれば、払い下げの手続きは財務局ではなく市町村役場でできるものかと思います)

Q登記簿上にない土地について

字図上には地番があるけど、登記簿上にはその地番がないという場合、この土地は法律的には誰の土地になるのでしょうか。
その土地は、山奥で滅多に人が入らないような所なので、周りの人とかに誰の土地か聞いても分かりませんでした。実際管理している人もいなく、荒れた山になっています。
法務局で字図とか旧土地台帳とか、いろいろ調べたのですが結局分かりませんでした。
すいませんがどうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

再度の登場です。

資料調査の上、やはり、不明であれば、後は交渉テクニックだけです。

 (金に糸目をつけないのなら、方法はあります。
  安価でも、いけるのかな?)

 交渉相手は、誰にするのか?です。
 
  法務局を相手にする方法もあります。
   通常、隣接境界を総て確定しなければ、分筆登記が申請できないように
   思われがちですが、境界確認がとれない側を、残地に残す方法もあり
   ます。
   通常の立ち会い拒否は、その旨「上申」すれば、登記官もしくは表示登記
   担当者は、現地調査と、境界確認拒否者の呼び出しを行い、最終的には、
   その判断で、分筆を行う事もできます。(これは、よほど境界が明確でない
   場合は、このような事はしてくれませんが・・。)

 県の担当者も議論が好きです。好きなやつが多いです。
 官民境界申請に伴う、申請者側への過重な要件の押しつけは前々から問題だと
 感じていました。

 とにかく受け取らせ、不受理等の場合は、不服申請、訴訟という手もあります。
 この場合は、書面で、不受理等の理由を記載させる必要がありますが・・。

 ここまで、書けば、割と引いてしまう人が多いですが、公務員を相手にする時
 は、このくらいの覚悟は必要です。

 とりあえずは、県担当者と十分相談してみてください。

再度の登場です。

資料調査の上、やはり、不明であれば、後は交渉テクニックだけです。

 (金に糸目をつけないのなら、方法はあります。
  安価でも、いけるのかな?)

 交渉相手は、誰にするのか?です。
 
  法務局を相手にする方法もあります。
   通常、隣接境界を総て確定しなければ、分筆登記が申請できないように
   思われがちですが、境界確認がとれない側を、残地に残す方法もあり
   ます。
   通常の立ち会い拒否は、その旨「上申」すれば、登記官もしくは表示登...続きを読む

Q保存登記についておしえてください

はじめてする登記は所有権保存登記っていうらしいですが、土地には所有権保存登記なんてあるんですか??土地は新たに生まれたりしませんよね?家なら新たに建てれば所有権保存冬季だと思うのですが土地は新たに生まれたりしない気がしますが・・すごく素朴な質問ですが、おわかりになるかた宜しくお願いします。

Aベストアンサー

>土地には所有権保存登記なんてあるんですか?

 あります。

>土地は新たに生まれたりしませんよね?

 たとえば、公用水面を埋め立てれば、新しい土地が生まれます。また、埋め立てのような物理的に生じた土地でなくても、たとえば、区画整理事業において、仮換地の指定によって保留地となったところは、本換地処分により、土地の表示登記がなされます。そして、事業者である市町村、あるいは区画整理組合の名義で所有権保存登記をして、保留地購入者に所有権移転登記をすることになります。

Q新築時の引き渡しと登記の順番について

もうじき新居が完成します。
まだ完成していませんが、引き渡しは11月17日を予定しています。
施主側で引き渡し時に揃える書類を確認したところ、工務店より以下のような回答がありました。

1.11月16日までに建物表示登記をする必要がある
2.建物表示登記には住民票が必要なので工務店に郵送して欲しい
3.建物表示登記後、引き渡しの11月17日に建物保存登記、抵当権設定を行う(銀行から住宅ローンで借り入れ)
4.銀行で登記の手続き後引き渡し
5.その他必要書類は銀行へ工務店が問い合わせる

ここで、疑問なのですが、そもそも、引き渡しで、施主側が確認しないで登記まで行うのでしょうか?
新築自体初めてなのですが、私がイメージしていたのは

引き渡し→確認→支払い→登記→抵当権設定

の順番だと思っていました。

本来、引き渡しと登記の順番はどのような物なのでしょうか?
全てが終わった後に、不良箇所を発見しても知らんぷりされそうで、怖いです。
また、気をつけたいポイントがありましたらお教え下さい。

余談ですが、現在、工務店に良い印象を持っていません。
変更内容の最終確認をしても、こちらで減額分を指摘すると忘れていましたと、追加分を平気で加えてきます。
また、銀行とも関係があるらしいのですが、抵当権の設定は施主と銀行の問題なはずなのに、工務店が間にはいるのは問題のように思えます。

もうじき新居が完成します。
まだ完成していませんが、引き渡しは11月17日を予定しています。
施主側で引き渡し時に揃える書類を確認したところ、工務店より以下のような回答がありました。

1.11月16日までに建物表示登記をする必要がある
2.建物表示登記には住民票が必要なので工務店に郵送して欲しい
3.建物表示登記後、引き渡しの11月17日に建物保存登記、抵当権設定を行う(銀行から住宅ローンで借り入れ)
4.銀行で登記の手続き後引き渡し
5.その他必要書類は銀行へ工務店が問...続きを読む

Aベストアンサー

#3の方が書かれている内容に重複しますが、質問内容が
いろいろと混ざっているようなので分かる範囲で書きます。

建物表示登記については「建物仕様の登録だけ」と考えた方が
分かり易いと思います。土地との配置や「(構造などの)仕様」を
確認するだけなので、仕上げとか傷なんかは関係はありません。

銀行では建物の価値を試算しますが、建物表示登記は「建物の
妥当性を確認するのに必要」です。そもそも建物に対して
「銀行員が現地まで出向いて査定はしない」ので、手続きの流れ
としては可能です。(ここでも仕上げなんかは関係ありません)

順番については質問のキーワードを並べ替えると、
「登記→確認→抵当権設定→支払い→引き渡し」でしょうね。

(1)まず建物を登記して「建物の仕様」を登録します。
(2)建物を確認しないと工事は完了しません。
(確認時の補修については、内容・時期・費用で工務店と相談)
(3)仕様に沿って査定され、抵当権設定の設定でお金が借りれます。
(4)借りれたから支払いとなり、支払ったから所有者を移します。

※(2)での確認は(3)には直接関係しません
(銀行としては「提出された仕様どおりでしょ」と言うだけです)

いろいろ切羽詰りますが、ここは淡白に考えると整理できます。
(悪いイメージは持たないで下さい、立場的な考え方の整理です)
【工務店】作った物に対して、質問者がお金を払えればいい
【銀行】お金を貸すが、物があって貸し倒れにならなければいい

上記の立場を基準として「物(土地と建物)」と「お金」の所有権が
移動していきます...誰も失敗して損したくはないので、手続き
を段階的に踏んで、引渡しは本当の最後になります。
(問題のない工期ならば、施主の引越しなんかは関係ありません)

急ぐ必要はありますが、冷静に動かれてください。
(傷などは引越し前に、写真を取られる事をお薦めします)

#3の方が書かれている内容に重複しますが、質問内容が
いろいろと混ざっているようなので分かる範囲で書きます。

建物表示登記については「建物仕様の登録だけ」と考えた方が
分かり易いと思います。土地との配置や「(構造などの)仕様」を
確認するだけなので、仕上げとか傷なんかは関係はありません。

銀行では建物の価値を試算しますが、建物表示登記は「建物の
妥当性を確認するのに必要」です。そもそも建物に対して
「銀行員が現地まで出向いて査定はしない」ので、手続きの流れ
としては可能で...続きを読む

Q登記簿所有者が官有地の土地

土地登記簿謄本をとったところ所有者が『官有地』となっていました。

この場合、所有者は誰になるのでしょうか?
国の場合、国交省とか建設省といった省の名前が記載されている覚えがあります。そのため、国ではないのかなとおも考えたのですが、市町村なら市町村名が記載されるはずですし。

どなたか教えてください。よろしくお願いします。


※併せて質問させてください。
官有地を無断で使用している場合、最終的に時効により土地を取得することはできるのでしょうか?
その場合、測量をし、法務局に行けばよいのでしょうか?

Aベストアンサー

官有地=国有地になると思います。

一般の国有財産は財務省管轄になるはずで、
現在の取扱いでは、所有者=財務省(以前は大蔵省)になりますが、
道路については、国土交通省(建設省)になっている場合もあるようです。

いろいろとみていると内務省になっているものもあったりしますが、
実態が道路であるようなものであれば、
所有者が誰になっていようと関係ないと思います。
(個人取得は無理でしょう)


時効取得に関しては、単に使っているからといって認められるものではなく、
時効取得の要件を満たしていることが必要です。
まずは民法第162条をご確認ください。

Q死者を登記権利者とする相続登記申請書

お世話になります。

以下の事例について、以下の質問につきご教授願います。

・被相続人X 相続人は亡A(Xより後に死亡)とBの2名
・亡Aの相続人は、甲と乙の2名
・X所有の不動産を、亡A持分2分の1、B持ち分2分の1とする登記申請書

目  的 所有権移転
原  因 平成年月日相続
相続人 (被相続人X)
      Aの住所
      持分2分の1  A
      甲の住所
      上記相続人甲
      乙の住所
      上記相続人乙
      Bの住所
          2分の1 B
以下省略

質問(1) 上記申請書の書き方に、誤りはございますでしょうか?申請書に亡は書かないですよね?

質問(2) 上記の場合、甲か乙どちらかのみから委任を受けて申請も可能と思いますが、その場合は申請する甲か乙のどちらかの頭に(申請人)と記載すれば良いでしょうか?

質問(3) 質問(2)のように一人からの申請であっても、亡Aの登記識別情報は発行されますでしょうか?

すみませんが、お解りになるかたがおられましたら、宜しくお願いいたします。

お世話になります。

以下の事例について、以下の質問につきご教授願います。

・被相続人X 相続人は亡A(Xより後に死亡)とBの2名
・亡Aの相続人は、甲と乙の2名
・X所有の不動産を、亡A持分2分の1、B持ち分2分の1とする登記申請書

目  的 所有権移転
原  因 平成年月日相続
相続人 (被相続人X)
      Aの住所
      持分2分の1  A
      甲の住所
      上記相続人甲
      乙の住所
      上記相続人乙
      Bの住所
          2分の...続きを読む

Aベストアンサー

受験ではどうなっているかはわかりませんが,
質問(3)は受験では出てこない問題ですよね,きっと。

(1)
いいと思いますが,「亡」は書いています。

(2)
ご指摘のとおりだと思います。

(3)
実務としては発行されていたように思います。
考えてみるに,申請人となるAの相続人は,形式的には
不動産登記法第21条の「申請人自らが登記名義人となる場合」になりませんが,
登記名義人Aの権利義務を承継し,Aの地位において登記申請を行う者であり,
不動産登記規則第62条1項の者に準じた者として扱われるのかな…と。

もっとも実務ではその次の登記まで一括で申請してしまうでしょうから,
ここを気にする実務家はあんまりいないかもしれません。


人気Q&Aランキング